2009年12月17日

もののあわれ 447

御文いと忍びてぞ今日はある。あいなき御心の鬼なりや。ここにも、「かかる事いかで漏らさじ」とつつみて、御使ことごとしうももてなさぬを、胸いたく思へり。かくて後は、忍びつつ時々おはす。程も少し離れたるに、「おのづから物いひさがなきき海人の子も立ち交らむ」と思し憚る程を、「さればよ」と思ひ嘆きたるを、「げにいかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただこの御気色を待つことにはす。今さらに心乱るも、いといとほしげなり。





御文は、ひっそりと、今日、おつかわしになる。訳も無く、気が咎めるようである。
女の方でも、このようなことは、世間に知られたくないと、思い、お使いを、仰々しく、持て成さないので、入道も、心苦しい。
その後は、こっそりと、時々、通われる。距離も少し離れているので、自然口から口へと、伝わる海人の子もいるかもしれないと、つい、お控えらなることを、女の方では、やはり、思ったとおりだと、嘆いているので、まったく、どうなることかと、入道は、極楽往生の願いを忘れて、ただ、君の、お越しを待つばかりである。
今となって、心を乱すとは、いかにも、気の毒な様子である。

最後の言葉は、作者の思いである。





二条の君の、風のつてにても漏り聞き給はむ事は、戯れにても心の隔てありけると思ひ疎まれ奉らむは、心苦しう恥づかしう思さるるも、あながちなる御志の程なりかし。かかる方の事をば、さすがに心止めて恨み給へりし折々、などてあやなきすさび事につけても、さ思はれ奉りけむなどねとりかへさまほしう、人の有様を見給ふにつけても、恋しさの慰むかたなければ、例よりも御文こまやかに書き給ひて、奥に
源氏「まことや、われながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれ奉りしふしぶしを、思ひ出づるにさへ胸いたきに、またあやしうものはかなき夢をこそ見侍りしか。かう聞ゆる問はず語りに、隔てなき心の程は思し合わせよ。誓ひしことも」
など書きて、
源氏「何事につけても、
しほしほと 先づぞ泣かせる かりそめの みるめはあまの すさびなれども」
とある御返り、何心なくらうたげに書きて、はてに、

紫、「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合わせらるること多かるを、

うらなくも 思ひけるかな 契りしを まつよ波は 越えじものとぞと」

おいらかなるものから、ただならずかすめ給へるを、いとあはれにうちおき難く見給ひて、名残り久しう、忍びの旅寝もし給はず。




二条の君が、風の便りにでも、耳にされるとしたら、冗談にせよ、隠し立てをしたと、嫌がるだろうとも申し訳なくも、面目もなくもある。そんな、懸念をよそに、よくよく愛情が深いのであろう。
このような方面のことにかけては、さすがに、気にして、恨みになった、折々、どうして、あんなつまらない、忍び歩きをして、苦労させたのかと、もう一度、昔に、戻りたく思い、こちらの、女の有様を、ご覧になるにつけても、恋しさは、慰めようもないことで、いつもより、お手紙を、細々と書いて、奥に
源氏は、本当に、我ながら、心にも無い、浮気をして、嫌がられたときの事を思い出すのさえ、胸が痛みます。またしても、不思議な儚い、夢を見てしまいました。こんな風に、お尋ねもないのに、申し上げるのですから、隠し立てはしない、胸のうちを、お察しください。誓いは、忘れません、などと、書いて、
何事につけても

ここで、かりそめに出会った人は、いわば海人の私の、遊びですが、それにつけても、あなたの事が思い出されて、とめどもなく、涙が、こぼれ泣いてしまいます。

と、書いてある。そのお返事は、何の拘りもなく、愛らしいもので、最後に、

堪えきれずに、打ち明けてくださった、夢のお話を伺うにつけ、やはりと、思います事が、多いと思われますが

堅い約束をいたしましたので、末の松山より、波が高くなることは、あるまいと、真っ当に信じております。

と、鷹揚な中にも、一言、恨みをおっしゃつているのを、下に置くことも忘れて、しみじみと、ご覧になり、その感慨の気持ちは、長く尾を引いて、久しい間、岡辺の宿にも、お出でにならないのである。

作者の解説と、物語とが、渾然一体と、なっている。

また あやしうもの はかなき夢を こそ見侍りしか
愛する、相手がいても、遠く離れていれば、浮気の一つ、二つもする、というのは、今も昔も、変わらない、男の性である。

それを、見事に、あやしうものはかなき夢を、と、ぬけぬけと、言うことが、出来るのも、男である。

更に、歌にして、あまの すさびなれども、と、言い訳をする。

だが、紫の上も、なかなかの、やり手である。
鷹揚に構えて、一言で、源氏の心を、射止める。

うらなくも
疑う心はないと、いう。
そして、
契りしを まつより波は 越じものぞと
あなたとの、契りは、末の松山が、波を越えないように、決して、揺るぎません、と、いうのである。

時代は、変わったと思う。
一昔前までは、このような、やり取りが、出来た時代である。
平安期の、男女の在りようが、昭和初期まで、続いていたような、気がする。

敗戦後から、見る見ると、日本人が、変化した。
勿論、恋愛の様も、である。

今は、不倫の時代を終えて、女が男を、買うまでの、時代である。
さて、そこから、芸術、文学が、生まれるのか。
楽しみである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 448

女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。行く末短かげなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人なみなみになるべき身とは思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、なに事をか心をも悩ましけむ。「かういみじう物思はしき世にこそありけれ」と、かねておしはかり思ひしよりも万に悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬ様に見え奉る。あはれとは月日に添へて思しませど、やむごとなき方の、おぼつかなくて年月を過ぐし給ひ、ただならずうち思ひおこせ給ふらむが、いと心苦しければ、一人臥しがちにて過ぐし給ふ。絵をさまざま書き集めて、思ふ事どもを書きつけ、返り事聞くべきさまにしなし給へり。見む人の心にしみぬべき物のさまなり。いかでか空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれになぐさむかたなくおぼえたまふ折々、同じやうに絵を書き集め給ひつつ、やがてわが御有様、日記のやうに書き給へり。いかなるべき御様どもにかあらむ。




女は、思っていたことが、事実となって、あらわれたので、今こそ、身を投げたいと、思う。行く先の短い親だけが頼りで、いつの日に、人並みになれる、身の上とも、思っていなかった。ただ、何となく、過ごしてきた年月の間、これといって、心を悩ますこともなかった。こうまでして、苦労する世の中だったのかと、いつも、考えていた以上に、何につけても、悲しく思うのだが、穏やかに、振る舞い、憎めない感じで、お相手をする。
源氏は、愛しい女だと、月日のたつうちに、その気持ちが、増すのだが、れっきとした方が、帰京を、いつかいつかと、待っていて、年月を過ごしているので、こちらの様子を、大変、案じているらしい。それも、気がかりで、一人で過ごす日も多い。
絵を、あれこれと、書き、それに和歌をつけて書き付ける。返歌が、付けられるような、趣向にしてある。
見る人は、感動するに違いない、出来栄えである。
お互いの心が、どうして、通うのか、二条の君も、悲しみの慰めに、思いの折々に、同じように、絵を書き集めて、そこへ、自分の有様を、日記のように、書き付ける。
この方々は、どのように、なるのだろうか。

最後の言葉は、作者の言葉である。

あはれとは月日に添へて思しませど
ものあはれになぐさむかたなくおぼえたまふ折々
共に、何となく、心に浮かぶ、心境である。

月日が経つと、愛しい女だと、思う。
何となく悲しい気分を、慰める折々に。

あはれ、と言う言葉が、自在に変化するのである。




年かはりぬ。内に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる。当帝の御子は、右大臣の女、承香殿の御腹に男御子生まれ給へる、二つになり給へば、いといはけなし。東宮にこそはゆづり聞えたまはめ。おほやけの御後見をし、世をまつりごつべき人を思しめぐらすに、この源氏のかく沈み給ふ事いとあたらしうあるまじき事なれば、つひに后の御いさめをも背きて、許され給ふべき定め、出で来ぬ。去年より、后も御物の怪になやみ給ひ、さまざまの物のさとし頻り、騒がしきを、いみじき御つつしみどもをし給ふしるしにや、よろしうおはしましける御目の悩みさへこの頃重くならせ給ひて、もの心細く思されければ、七月廿日余日のほどに、また、重ねて京へ帰り給ふべき宣旨下る。





年が改まった。
御所では、主上のご病気とあり、世間では、あれこれと、取り沙汰する。
今上天皇の皇子は、右大臣の姫、承香殿の女御を母君として、男御子が、生まれた。二つになったことで、たいそう幼く、当然、東宮に譲ることになろう。その時に、後見役となって、政治を治める人を、求めると、源氏が、今のような、境涯に沈んでおいでになるということは、誠に、惜しいことであり、不都合なことであるから、とうとう、皇太后の注意にも背いて、お許しが仰せられた。
去年から、皇太后も、物の怪に悩んでいる。あれこれと、前兆が多く、世間が騒がしかったので、厳重な、物忌みをされて、一時は、快復に向かっていた眼病までもが、この頃、また、重くなった。心細く思われて、七月二十何日に、改めて、重ねて、京に、帰られるようにとの、宣旨が、下った。

さまざまの物のさとし
天変地異である。

帝は、源氏に、二度、帰京を、仰せられたのである。
また、重ねて京へ帰り給ふべき宣旨、である。




つひの事と思ひしかど、世の常なきにつけても、「いかになりつべきにか」と嘆き給ふを、かうにはかなれば、うれしきに添へても、また「この浦を今はと思ひ離れむ事」を思し嘆くに、入道、「さるべき事」と思ひながら、うち聞くより胸塞がりて覚ゆれど、「思ひのごと栄え給はばこそわが思ひの叶ふにはあらめ」など思ひ直す。その頃は夜がれなく語らひ給ふ。六月ばかりより心苦しき気色ありて悩みけり。かく別れたまふべき程なれば、あやにくなるにやありけむ、ありしよりもあはれに思して、「あやしう物思ふべき身にもありけるかな」と思し乱る。女はさらにもいはず思ひしかど、「遂には行きめぐり来なむ」と、かつは思しなぐさめき。この度はうれしき方の御出で立ちの、「またやはかへりみるべき」と思すに、あはれなり。





結局は、こうなるだろうと、思っていたが、世の中は常ならず、どういうことになろうかと、嘆いていた折に、急な宣旨が下り、嬉しいと共に、一方、この浦を今を限りに離れてしまうことを、嘆き悲しむのである。入道は、当然、そうなるだろうと、思いつつ、帰京の話を耳にすると、胸が潰れる思いであった。
だが、思う存分に、栄えてくださり、自分の望みも叶うのだと、思い返すのである。
その頃は、毎夜、毎夜、欠かさず、女のところに、通われて、語らうのである。
女は、六月あたりから、気がかりな、兆候が現れて、苦しんでいる。つまり、妊娠したのである。
このようなお別れになる、間際であり、益々、愛情が増すのか、以前よりも、愛おしさが、勝り、不思議に物思いの絶えない、我が身と、心が、騒ぐ。
女は、更に、物思いに、沈む。
無理も無いことである。
思いもかけない、悲しい旅路に、浦へと、ご出立となったが、結局は、都に帰って来るだろうと、一方では、心を慰めていた。
ところが、今度は、嬉しい都への、出立であり、二度と、ここに、来るはずがないと、思うと、胸がいっぱいになる。

後半は、源氏の複雑な心境である。
悲しい旅路であるが、また、嬉しくもある。

それが、あはれ、なのである。
その、複雑な心境さえも、あはれ、なのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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