2009年12月16日

もののあわれ 446

造れる様木深く、いたき所まさりて、見所ある住まひなり。海のつらは厳しう面白く、これは心細く住みたる様、「ここに居て、思ひ残すことはあらじとすらむ」と思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声松風に響き合ひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへある様なり。前裁どもに虫の声を尽くしたり。ここかしこの有様など御覧ず。女住ませたるかたは、心ことに磨きて、月入りたる真木の戸口、けしきばかりおしあけたり。





明石の上の、住まいは、庭木も多く、たいそう趣向を凝らして、一段とまさっていて、見所のある住まいである。海辺の家は、堂々として、趣あり、こちらの娘の家は、ひっそりと、もの寂しく住んでいる様子は、このようなところに住んで、物思いをし残すことはないだろうと、女の心境を、推し量るにつけて、しみじみと、胸が打たれる。三昧堂に近いので、鐘の音が、松風と響き合い、もの悲しく聞こえて、岩に生えている松の根の様も、風情がある。庭の植え込みの、あちらこちらから、虫の音が、聞こえてくる。ここかしこの、有様を、ご覧になる。娘を住まわせている、一棟は、特に、美しくあり、月の光が、差し込む木戸が、ほんの少し開けてある。

ものあはれなり
この場合は、女の住みたる様に、心打たれるというのである。

前裁どもに虫の声を尽したり
庭に、虫の音が、響く様子である。

風景描写に、作者の歌心あり、更に、ものあはれ、なる様を、書きつける。
作者の筆自体が、ものあはれ、なのである。

しみじみと、胸が打たれる
それは、ものあはれと、胸が打たれるというのと、同じである。

あらゆる、心象風景が、感極まり、あはれ、との言葉が、使われるのである。





うちやすらひ何かと宣ふにも、「かうまでは見え奉らじ」と深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、「こよなうも人めきたるかな。さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、いとかくやつれたるにあなづらはしきにや」と妬うさまざまに思し悩めり。「なさけなうおし立たむも、事の様に違へり。心くらべに負けむこそ人わろけれ」など乱れ恨み給ふ様、げに物知らむ人にこそ見せまほしけれ。近き凡帳の紐に、筝の琴のひき鳴らされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、源氏「この聞きならしたる琴をさへや」など、よろづに宣ふ。




君は、しばし、佇み、何かと、お言葉をかける。
女は、こんなに、お傍近くには、あがるまいと、固い決心であったので、自然、悲しくなり、お返事も申さない様子を、源氏は、おそろしく貴婦人ぶっている、男と話をすることなど、ありえない身分の女でも、私が、そばに行き、言葉をかければ、はねつけたりはしないはずだったのに、このように、落ちぶれているので、馬鹿にしているのかと、癪に思う。更に、進むべきか、退くべきかと、迷うのである。
女の気持ちを無視して、無理じするのも、入道の心を思えば、よくないことだ。根競べに負けては、外聞が悪い。などと、心乱れ、恨み言を言う。
その様子は、情趣の解る人に見せたいものだ。
女の傍の、凡帳の紐が触れて、筝の琴が、音を立てる。
焦ることもなく、思うが、くつろいで、爪弾いていたと解り、面白く、いつも噂に聞いている、琴も、聞かせてくれないのか、などと、そのようなことまで、仰るのである。





源氏
むつごとを 語りあはせむ 人もがな 憂き世の夢も なかばさむやと


明けぬ夜に やがてまどへる 心には いづれを夢と わきて語らむ

ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとよう覚えたり。何心もなくうちとけていたりけるを、かう物覚えぬに、いと理なくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで固めけるにかいと強きを、しひてもおし立ち給はぬ様なり。されどさのみもいかでかはあらむ。人ざまいとあてにそびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。御志の近まさりするなるべし。常はいとはしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、人に知られじと思すも、心あわただしうて、こまかに語らひ置きて出で給ひぬ。




源氏
恋の睦言を、語り合う相手が、欲しいのです。この憂き世の辛い夢が、少しでも、醒めるように。


闇の夜に、迷う私には、何が夢で、何が、うつつか、どのように分かり、お話することができましょうか。

物越しの、かすかな感じは、伊勢にいる、御息所に似ている。
何も知らずに、くつろいでいたところ、このような意外な返事で、困ってしまい、近くの部屋に、逃げ込む。
とのように、閉めたたのか、分からないが、君は、無理じいは、しない。
けれども、いつまでも、固くしていられるわけはない。
抱いてみれば、人柄は、大変上品で、すらりとした、体つきであり、源氏が、引け目を感じるほどである。
このようにして、無理に結んだ、契りであると、思うと、愛情は、増すばかりである。
逢って、ひとしお、愛おしさが、深まるのであろう。
人に知られまいと、思うと、気が急いて、心を込めた、言葉を残して、お立ち出でになった。

かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり
無理に、関係を結んだ、契り、セックスである。それを思うと、浅からず、あはれ、という。
つまり、愛情が湧く。そして、その心が、あはれ、増さるのである。
愛情が、湧くことも、あはれ、なのである。
あはれ、の、風景が、契りの関係にまで、高める、深めるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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