2009年12月15日

もののあわれ 445

明石には例の秋は浜風の異なるに、ひとり寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせ給ふ。源氏「とかく紛らはして、こち参らせよ」と宣ひて、渡り給はむことをばあるまじう思したるを、正身はたさらに思ひ立つべくもあらず。「いと口惜しき際の田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざをもすなれ。人数にも思されざらむものゆえ、われはみじき物思ひを添へむ。かく及びなき心を思へる親達も、世籠もりて過す年月こそあいな頼みに行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむ程、かかる御文ばかりを聞え交さむこそ疎ならね。年頃音にみ聞きて、いつかはさる人の御有様をほのかにも見奉らむなど遥かに思ひ聞えしを、かく思ひかけざりし御住まひにて、まほならねど、ほのかにも見奉り、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御有様おぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまる事なれ」など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近き事は思ひ寄らず。





明石では、いつものように、秋は、浜風が、身に染む季節であり、ひとり寝も、つくづくと、わびしい。入道にも、折を見て、催促される。
源氏は、何とか、人目に立たぬようにして、こちらに連れてくるようにと、仰り、お出かけすることは、有り得ないことと、思っているのだが、本人は、進んで出掛けるはずがないのである。
取るに足りない、賤しい身分の、田舎者なら、かりそめにも、下ってきた、都の人の、嬉しい一言に乗って、そのような、軽々しく、懇ろになりもするだろうが、人数の中にも、入れてくださらないだろうに、私は、大きな、煩悶を抱えるばかりである。このように、及びもつかない、望みを抱く、親たちも、私が、まだ年のゆかないうちは、あてにもならないことを、頼みにして、将来に望みをかけてもいいが、なまじ苦労の限りを尽くすことだろうと、思い、ただこの浦に、お出でになる間、こういう御文の、やり取りだけをさせていただくのが、幸福というもの。長年、お噂にだけ、聞いて、いつかそのようなお方の、ご様子を、ほんの少しでも、拝みたいものだと、遠く離れて、お願いしていたところ、このように、思いもよらない、お住まいで、少しでも、拝見させていただき、世に類のないと、伺っていた、お琴の音も、風の便りに、漏れ聞いて、明け暮れのご様子なども、拝し、その上、自分のようなものを、こんなにまで、尋ねていただくのは、この土地の海人の中に交じり、朽ち果てる身には、過ぎたこと、と、思うのである。すると、いよいよ、きまりが悪い。仮にも、お傍に、近づこうと思っても、みないのである。

ここでは、娘の心境が、語られる。




親達は、ここらの年頃の祈りのかなふべきを思ひながら、「ゆくりかに見せ奉りて思しかずまへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」と思ひやるに、ゆゆしくて、「めでたき人と聞ゆともつらういみじうもあるべきかな。目に見えぬ仏神を頼み奉りて、人の御心をも宿世をも知らで」など、うち返し思ひ乱れたり。君は、「この頃の波の音にかの物の音を聞かばや。さら゛はかひなくこそ」など常は宣ふ。




親たちは、長年の祈りが、いよいよ叶うのではと、思いながらも、うかつに、お見せして相手にも、してくれなければ、どんなに悲しい思いをするだろうと、思うと、心配で、いくら、ご立派なお方と申しても、そうなれば、みじめで、なるまいものを、などと、悪い想像をして、心を乱す。
君は、この頃の、波の音につけても、娘の、琴の音を聞きたい。こんな季節だからこそ、聞かせてくれなくては、何にもならない、などと、いつも、仰っている。




忍びてよろしき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに起居、輝くばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ、入道「あたら夜の」と聞えたり。君は「すきの様や」と思せど、御直衣たてまつり引きつくろひて、夜ふかして出で給ふ。御車は二なくつくりたれど、「所狭し」とて御馬にて出で給ふ。惟光などばかりを侍はせ給ふ。やや遠く入る所なりけり。道の程も、四方の浦々見渡し給ひて、思ふどち見まほしき入江の月影にも、先づ恋しき人の御事を思ひ出聞え給ふに、やがて馬引き過ぎておもむきぬべく思す。

源氏
秋の夜の つきげの駒よ わがこふる 雲居をかけれ 時のまも見む

と、うちひとりごたれ給ふ。



入道は、密かに、吉日を選び、母君が、何かと心配するのも、聞き入れず、弟子たちにさえ知らせず、自分だけの、考えで、世話を焼き、娘の部屋を輝くばかりに、飾り立てて、十三日の夜の月が、華やかに、差し出たころ、源氏に、ただ、あたら夜の、とだけ、申し上げた。源氏は、風流ぶっていると思ったが、御直衣をお召しになり、身なりを整えて、夜更けになってから、お出かけになる。
御車は、二つとないほど、立派に整えてある。しかし、大袈裟すぎると、御馬で、出掛けられる。惟光だけを御供にした。
屋敷は、海辺より、遠く入り込んでいる。途中でも、四方の浦々を見渡して、好きな人と、一緒に眺めたい入江に映る月影を見るにつけ、まず、恋しい紫の上のことを、思い出すのである。そのまま、馬を引いて通り過ぎ、都の方へ、行ってしまいたいと、思うのである。

源氏
秋の夜の、月の光を浴びる、駒よ、私が恋しく思う、雲の彼方の、都の空に、翔けて欲しい。

と、思わず、独り言を仰る。

あたら夜の
美しい月夜の夜である。

すきの様や
風流ぶる。

源氏は、入道の親心に、ほだされて、その娘、明石の上に、逢うことにする。

物語は、また、これで、複雑になってゆくのである。

この度は、源氏からの、積極的な、働きかけではない。
それが、面白い。
好色の、源氏としては、珍しいこと。
更に、都の、紫の上を、恋い慕うという。
身分高き男の、この時代の、定めのようなものに、感じる。
作者は、そんな、不可抗力をも、見つめて、描いたのであろうか。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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