2009年12月13日

もののあわれ 443

思ふ事かつがつかなひぬる心地して、涼しう思ひ居たるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文遣はす。心恥づかしき様なめるも、なかなかかかる物の隈にぞ思ひの外なる事も籠るべかめると、心づかひし給ひて、高麗の胡桃色の紙に、えにらず引きつくろひて、

源氏
をちこちも 知らぬ雲居に ながめわび かすめし宿の 梢をぞとふ

思ふには」
とばかりやありけむ。入道も、人知れず待ち聞ゆとて、かの家に来居たりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。




願うことが、まずまず叶い、清清しい心になっていると、あくる日の、昼ごろ、岡辺の家へ、御文を、遣わす。中々、奥ゆかしい人らしいので、かえって、こんな辺鄙な土地に、意外な人が、埋もれていないわけでもないと、気をつけなさり、高麗の胡桃色の紙に、特別に、思いを込めて、お書きになる。

源氏
東西も、わからぬ土地に、侘しく暮らし、少し耳にした、あなたのお宿を、訪れたいと、その心に、負けてしまいます。

と、だけであろうか。入道も、人知れず、御文をお待ち申し上げようとて、かの家に、来ていた頃、お使いが、あったので、お使いの者が、気まりわるがほど、もてなす。
しかし、お返事は、大変、遅いのである。




内に入りてそそのかせど、女はさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも恥づかしうつつましう、人の御程わが身の程、思ふにこよなくて、「ここちあし」とて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞ書く。
入道「いとかしこきは、田舎びて侍る袂に、つつみあまりぬるにや、さらに見給へも及び侍らぬかしこさになむ。さるは、

ながむらむ 同じ雲居を ながむるは 思ひもおなじ 思ひなるらむ

となむ見給ふる。いとすきずきしや」
と聞えたり。陸奥国紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。「げにも好きたるかな」と、めざましう見給ふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。





奥に入って、娘に急かせるが、娘は、一向に、聞き入れない。
ひどく立派な、お手紙の様子に、返事をしたためる、筆の運びも気になり、手が出ないのである。
人のご身分と、自分の身分を考えると、空恐ろしく、気分が悪いと、言い、つっぷしてしまう。
困りきって、入道が、お返事を書く。
あまりの、恐れ多い、思し召しが、田舎の袂には、包みきれないのでしょう。ただ、もう、お筆の跡を、拝見することさえできない、勿体無さでございます。
と、申しましても、

君が、眺めておいでになる、同じ空を、娘も、眺めております。きっと、娘の思いも、同じなのでございます。

と、存ずるのでございます。大変、色めいた事を考えまして、恐縮でございますと、申し上げる。
陸奥国紙に、酷く古風な書き方で、書いてあるが、どこか、洒落ている。
なるほど、色っぽく書いたものだと、出過ぎ者と、ご覧になる。
お使いには、結構な、女装束を与える。




またの日、源氏「宣旨書きは、見知らずなむ」とて、

源氏
いぶくせも 心にものを なやむかな やよやいかにと 問ふ人もみな
言ひ難み」と、このたびはいといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書き給へり。若き人のめでざらむも、いとあまりうもれいたからむ。めでたしとは見れど、なずらひならぬ身の程の、いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと尋ね知り給ふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からずしめたる紫の紙に、墨つき薄くまぎらはして、


思ふらむ 心のほどや やよいかに まだ見ぬ人の 聞きか悩まむ

手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたうおとるまじう上衆めきたり。




翌日、源氏は、代筆のお手紙は、はじめてですと、

源氏
どうしているのかと、訪ねてくれる人もいない。私は、心の中で、うつうつと、悶えて、苦しみます。

言い難きです、と、今度は、たいそう、しなやかな薄様に、美しく書いた。
若い娘が、それに、感激しないのは、あまりに、控え目である。ご立派なと、思うのだが、及びもしない、身の程を思うと、とうてい、話にもならない事である。自分のような者のことを、考えてくださったことは、涙の種でもある。
それで、この前と、同じように、動じようとしないのだが、回りから、無理に責められて、しっとりと香を焚き染めた、紫色の紙に、墨も薄く、趣をつけて、


あなたは、心の中で、悶え苦しんでいると、仰せになりますが、まだ、私を知らない、あなたが、噂だけで、お悩みになることが、ございましょうか。

筆跡や、言葉遣いなど、高貴な方に比べて、見劣りせず、上臈のようである。

いよいよ、入道の、娘と、関係を持つことになるのである。
これが、また、後々、悩みの種になる。
明石の段の、クライマックスである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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