2009年12月09日

もののあわれ 439

あるじの入道、行ひ勤めたる様、いみじう思ひすすましたるを、ただこの女ひとりをもてわづらひたる気色、いとかたはらいたきまで、時々漏らし憂へ聞ゆ。御ここちにもをかしと聞き置き給ひし人なれば、かくおぼえなくてめぐりおはしたるも「さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほかう身を沈めたる程は、行ひより外のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも心恥づかしう」思さるれば、気色だち給ふことなし。ことにふれて「心ばせ有様なべてなら゛もありけるかな」と、おかしう思されぬにしもあらず。





あるじの、入道の、その勤行振りは、見事なものである。ただ、この娘一人の身の上を、苦にしている様子は、よそ目にも、気の毒なほどである。
時々、君の耳にも、その憂いを漏らすのである。
君も、美しい娘だと、聞いているので、このように、思いがけなく、回りまわって、この地に、来たことも、こうなる、縁があったのであろうかと、思いつつ、矢張り、このような境涯に沈んでいる間は、勤行より、外のことは思うまい。都の人も、何事もないのと思い、約束が違うと思うだろう。それでは、会わす顔がないと、思い、自分からは、素振りを見せることはない。
折に触れて、人柄も、暮らし振りも、並々ではないらしいと、気にされないでいる。

都の人とは、紫の上のことである。
ただなるよりは、何事もないと思い、何事かあれば、約束が違うと思う。
気色だち、とは、明石の女に、心動くことである。
今は、あえて、そのようなことを、しないのである。





ここには畏りて、自らねをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋に侍ふ。さるは明け暮れ見奉らまほしう、あかず思ひ聞えて、いかで思ふ心をかなへむ、と仏神をいよいよ念じ奉る。年は六十ばかりになりたれど、いと清げにあらまほしう、行ひさらぼひて、人の程のあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれほれしきことはあれど、いにしへのことを見知りて、物きたなからず、由づきたることも交れれば、昔物語などさせて聞き給ふに、少しつれづれの紛れなり。年頃、公私御いとまなくて、さしも聞き置き給はぬ世のふるごとどもくづし出でて、「かかる所をも人をも見ざらましかばさうざうしくや」とまで、「興あり」と思すことも交る。





御座所には、遠慮して、入道は、めったに上がらず、別棟の召使の部屋に、控えている。
本当は、源氏を、明け暮れ、その姿を拝みたくて、仕方ないのである。
だが、ままならないのが、残念で、何とか望みを叶えたいと、以前にもまして、仏神に、一心に祈願する。
年は、六十ほどになるが、見苦しくなく、好ましい老人で、勤行のためか、痩せて、生まれの貴いゆえに、頑固で、老いぼれたところはあるが、古いことも経験して、言葉や、動作も、上品であり、風雅なところもある。
昔の話などを聞くと、少しは、退屈も紛れるのである。
この数年、公にも、私的にも、忙しく、あまり話を聞くこともなかった、故事来歴の数々を、ぼつりぼつりと、源氏にお話するので、このような土地で、このような老人を知らなければ、物足りないと思うほど、興ある話があることも、ある。

いかで思ふ心をかなへむ、とは、源氏に娘を差し上げたいと願う心である。

人の程のあてはかなればにやあらむ、とは、貴い生まれ、つまり、大臣の子孫であるからだ。

興あり、とは、興味のあること。
時には、あはれなるお話と、表現することもある。





かうは馴れ聞ゆれど、いと気高う心恥づかしき御有様に、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出で聞えぬを、「心もとなう口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。正身は、おしなべての人だにめやすきは見えぬ世界に、「世にはかかる人もおはしけり」と見奉りしにつけて、身の程知られて、いと遥かにぞ思ひ聞えける。親達のかく思ひ扱ふを聞くにも、「似げなくことかな」と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。





このように、お傍近く、親しくあっても、大変、気高く、立派な君の、お姿の前に出ては、あのように言ったが、気が引けて、思っていることを、自由に申し上げられないのが、気がもめて、残念だと、母君と共に、嘆く。
当の娘は、普通の身分でも、見苦しくない男は、めったに、見つからない田舎に、世の中には、このような方が、いらっしゃるのだと、拝むにつけ、我が身の程が、思い知られて、とても、及ばぬと、思うのである。
親たちが、色々と、思案するのを、聞くにつけて、不釣合いなこと、と、なまじ我が家に、お迎えしては、悲しく、切なく、思うのである。

ただなる よりは ものあはれ なり
何事もないときより、源氏を迎えることは、悲しい、辛い、つまり、ものあはれ、と言うのである。

この、もの、は、心である。
心、あはれ、なのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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