2009年12月11日

もののあわれ 441

音もいと二なう出づる琴どもを、いと懐かしう弾き鳴らしたるも、御心とまりて、源氏「これは女のなつかしき様にてしどけなう弾きたるこそをかしけれ」と、大方に宣ふを、入道はあいなくうち笑みて、入道「遊ばすより懐かしき様なるは、いづこのか侍らむ。なにがし、延喜の御手より弾き伝へたること三代になむなり侍りぬるを、物の切にいぶせ折々は、掻き鳴らし侍りしを、あやしうまねぶ者の侍るこそ、自然にかの先大王の御手に通ひて侍れ。山伏のひが耳に松風を聞き渡し侍るにやあらむ。いかで、これ忍びて聞し召させてしがな」と聞ゆるままに、うちわななきて涙落とすべかめり。





音色も、この上なく出る琴を、幾つも、たいそうやさしく、弾き鳴らしたのが、君のお耳に、留まり、筝の琴は、女がやさしい姿で、無造作に、弾いたのが、面白いと、何気なく仰せになる。入道は、微笑んで、あなた様が、弾かれますより、やさしい姿が、何処の女にありましょう。わたくしは、延喜の帝の御手法を弾き伝えまして、三代になりますが、このような、ふつつかな身の上で、この世の事は、捨て去り忘れ果てておりますのに、気分が、ひどくふさぐときに、掻き鳴らしました。それを、不思議に、真似るものがいまして、それが自然と、前大王の、御手に似ているのでございます。山伏の、僻耳で、松風の響きあうのを、それと聞くのでございましょうか。何とかして、それを、内々で、お聞きしたいと、御願いしたいものです。と言いつつ、身をふるわせて、涙を落とすようである。





君「琴を琴とも聞き給ふまじかりけるあたりに、ねたきわざかな」とておしやり給ふに、源氏「あやしう昔より筝は女なむ弾きとるものなりける。嵯峨の御伝へにて、女五の宮、さる世の中の上手にものし給ひけるを、その御筋にて、取り立てて伝ふる人なし。すべてただ今世に名を取れる人々、かきなでの心やりばかりのみあるを、ここにかう弾きこめ給へりける、いと興ありけることかな。いかでかは聞くべき」と宣ふ。




君は、私の琴など、琴とは、いえないもの。ばかなことを、しました。と、おっしゃり、楽器を押しやって、どういうものか、筝のことは、昔から、女が奏法を会得するものになっています。
嵯峨の帝からの、ご伝授で、女五の宮は、その当時の、名人でいらしたのに、その系統では、これといった、伝授者は、いません。
総じて、現在に、名声を得ている人々は、通り一遍の独りよがりで、ここにそんな、名人が、潜んでいるとは、まことに、面白いことです。どうにかして、聞きたいものです。と、仰せられる。





入道「聞し召さむには何の憚りか侍らむ。お前に召しても、商人の中にてだにこそ、ふるごと聞きはやす人は侍りけれ。琵琶なむまことの音を弾き静むる人、いにしへも難う侍りしを、をさをさとどこほることなう、なつかしき手など筋ことになむ。いかでたどるにか侍らむ。荒き波の声にまじるは、悲しくも思う給へられながら、かきつむる物嘆かしさ、紛るる折々も侍り」など好きいたれば、をかしと思して、筝の琴取りかへて賜はせたり。げにいと過ぐして掻い弾きたり。





入道は、お聞きくださいますならば、何のご遠慮がありましょう。御前にお召しくださっても、結構です。商人の妻を呼び出しても、古曲を聴いた人がおりました。琵琶は、本当の音色を弾きこなす人は、昔も少ないものでした。しかし、どうやら、滞ることなく、弾くようですし、やさしい弾き方などは、特別のようです。いつの間に、ものにしたのでしょう。荒い波の響きと、一緒に聞きますのは、悲しくもありまが、つもる愁いの慰められる時もあります。などと、風流と思っているので、君は、面白く思い、筝の琴と、取り替えて、与える。なるほど、たいそう、上手に掻き鳴らす。





今の世に聞えぬ筋ひきつけて、手づかひいといいたう唐めき、ゆの音深う澄ましたり。伊勢の海ならねど、「清き渚に貝や拾はむ」など声よき人に謡はせて、われも時々拍子とりて、声うち添へ給ふを、琴弾きさしつつめで聞ゆ。
御くだものなど珍しき様にて参らせ、人々に酒強こそしなどして、おのづからもの忘れしぬべき夜の様なり。





今の世には、知られない曲を、弾きだして、その手さばきが、唐風であり、由の音が、深く透き通るように、響く。ここは、伊勢の海ではないが、清き渚に、貝や拾わん、などと、声の良い者に歌わせて、ご自分も、時々拍子を取って、声を添える。入道は、琴の手を休めて、それを褒めるのである。
お菓子など、珍しい様に整えて、人々に、後から後から、お酒を勧める。
いつしか、憂き世の悲しみも、忘れてしまいそうになる、夜の様子である。

ゆの音、とは、左手で、弦をゆすり、音を響かせること。

清き渚に貝や拾わん
催馬楽伊勢の海より

何とも、優雅な雰囲気である。
物忘れしぬべき夜の様なり、とは、物は、憂き世のこと、それを、忘れるような、夜の有様である。

この、物は、もののあはれの、もの、でもある。

物は、単なる存在する、もの、だけではない。
心の風景も、もの、として、表現するのである。





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2009年12月12日

もののあわれ 442

いたく更け行くままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、静かなる程に、御物語り残りなく聞えて、この浦の住み始めし程の心づかひ、後の世を勤むる様、かきくづし聞えて、この女の有様、問はず語りに聞ゆ。をかしきものの、さすがにあはれと聞き給ふ節もあり。入道「いと取り申し難きことなれど、わが君、かう覚えなき世界に、仮ににても移ろひおはしましたるは、もし、年頃老法師の祈り申し侍る神仏の憐びおはしまして、しばしのほど御心をも悩まし奉るにやとなむ思う給ふる。その故は、住吉の神を頼み始め奉りて、この十八年になり侍りぬ。





夜が更けてゆくにつれ、浜風が涼しく吹き、月も入り方になるにつれて、いよいよ、澄み切って、あたりも、ひっそりとしてくる。入道は、事情を残らず、申し上げる。
この浦に住むようになった、当時のことから、後世を願う、仏道修行のことなどを、ぽつぽつと、お耳に入れる。そして、その娘の有様を、問はず語りに言う。
源氏は、面白い話だと思うが、さすがに、あはれと、不憫であると、感じるのである。
入道は、まことに、申し上げにくいことですが、あなた様が、このような、思いがけない土地に、ひと時でも、移っていらしたのは、もしや、年頃のこの老僧が、祈りましております、神仏が、憐れに思い、しばらくの間、ご苦労をおかけすることになったのではないかと、存じます。
住吉の神に、願いをかけて、十八年になります。




女の童のいときなう侍りしより、思ふ心侍りて、年ごとの春秋ごとにかならずかの御社に参ることなむ侍る。昼夜の六時の勤めにみづからの蓮の上の願ひをばさるものにて、ただこの人を高き本意かなへ給へとなむ念じ侍る。さきの世の契りつたなくてこそかくく口惜しき山がつとなり侍りけめ、親、大臣の位を保ち給へりき。自らかくいなかの民となりて侍り。つぎつぎさのみ劣りまからば、なにの身にかなり侍らむ、と悲しく思ひ侍るを、これは生まれし時より頼む所なむ侍る。




娘が、幼少の頃から、思うことがありまして、毎年、春秋と、必ず、あの社にお参りして、きました。昼夜の六時の勤めも、自分が極楽往生する願いは、それとして、ただ、この娘を、位の高い方にと思う、私の願いを叶えてくださいと、祈願しました。
私は、前世からの、運命がないゆえに、こんな、情けない、山がつ、つまり身分の低い、人間になってしまった。親は、大臣の位を得ておりました。自分は、田舎の人間になり、次々と、このように、落ちぶれることでは、しまいには、どういう境遇に成り下がりますかと、悲しく思います。娘は、生まれたときから、頼もしく思うところがありました。





いかにして都の貴き人に奉らむと思ふ心深きにより、ほどほどにつけて、あまたの人の嫉みを負ひ、身のためからき目を見るをりをりも多く侍れど、さらに苦しみと思ひ侍らず。命の限りはせき衣にもはぐくみ侍りなむ。かくながら見棄て侍りなば、波の中にも交じり失せね、となむ掟て侍る」など、すべてまねぶべくもあらぬことどもを、うち泣き聞ゆ。君もものをさまざま思し続くる折からは、うち涙ぐみつつ聞し召す。





どうかして、都の貴い方に、差し上げようと思う心が、強く、身分が低ければ、低いなりに、多くの人の、嫉みを受け、私自身も、辛い目に遭うことも、ありましたが、そんなことは、苦しみとは、思いません。
命ある限りは、この狭い袖にも、娘を大事に抱いてやりましょう。私が、先に逝くようなことがあれば、海の中に、身を投げてしまえと、申し付けております。などと、全く話しが出来ないことを、泣く泣く申し上げる。
源氏も、色々と、物思うこの頃のことで、涙ぐんで、聞いていらっしゃる。





源氏「横ざまの罪に当たりて思ひかけぬ世界に漂ふも、なにの罪にかとおぼつかなく思ひつるを、今宵の御物語に聞き合はれば、げに浅からぬさきの世の契りにこそはとあはれになむ。などかは、かくさだかに思ひ知り給ひけることを今までは告げ給はざりつらむ。都離れし時より、世の常なきもあぢきなう、行ひよりほかのことなくて月日をふるに、心も皆くづほれにけり。かかる人ものし給ふとはほの聞きながら、いたづら人をばゆゆしきものにこそ思ひ棄て給ふらめ、と思ひ屈しつるを、さらば導き給ふべきにこそあなれ。心細きひとり寝の慰めにも」など宣ふを、限りなくうれしと思へり。




源氏は、無実の罪を蒙り、思いもよらぬ土地に、漂うことになったのは、何かの報いかと気にしていたが、今宵のお話を聞いて、考えてみれば、まことに、浅からぬ前世からの、運命であったと、しみじみわかりました。どうして、そのように、はっきりと、わかっていることを、今まで話してくださらなかったのです。都を離れたときから、無常な世の中が、嫌になり、仏の行をすることばかりで、月日を送っているうちに、すっかり意気がなくなりました。そういう方がいらっしゃるということは、うすうす聞いていました。役にも立たない、私のような者は、ゆゆしきものにこそ、忌まわしく思い、相手にも、してくれないだろうと、気を滅入らせていたのです。さらば導き、それでは、私を案内してくださるのですね。心細い、独り寝の慰めにもなります。などと、おっしゃるのを、入道は、この上なく、嬉しいと、思うのである。





入道
ひとりねは 君も知りぬや つれづれと 思ひあかしの うら淋しさを

まして年月思ひ給へわたるいぶせさを、おしはからせ給へ」と聞ゆるけはひ、うちわななきたれど、さすがにゆえなからず。源氏「されど、浦なれ給へらむ人は」とて、

源氏
旅衣 うらがなしさに あかしかね 草のまくらは 夢もむすばず

とうち乱れ給へる御さまは、いとぞ愛敬づき、いふよしなき御けはひなる。数知らぬことども聞え尽くしたれど、うるさしや、ひがごとどもに書きなしたれば、いとどをこにかたくなしき入道の心ばへも、現れぬべかめり。



入道
ひとり寝の、寂しさは、君も、お分かりになったでしょう。なすこともなく、思い明かす、明石の浦の、娘心のわびしさを。

まして、長い年月、思い続けております、私の心のうちを、お察しください、と、申し上げる様は、声が震えているのである。が、上品さを、失わない。
源氏は、でも、このような、浦に住み慣れている人は、と、仰せになり、

源氏
旅寝の寂しさに、夜を明かしかね、夢の結ぶ夜とて、ありません。

と、くつろぐ姿は、愛敬があり、いいようもない、風情である。
入道は、数え切れないほど、色々と、お話申し上げたが、もう、面倒なこと。
筆の向くままに、間違いまじりに、書きつけているので、それでなくても、頑固一徹な入道の性格が、いっそう、むき出しになったに、違いありません。

最後は、作者の、言い分である。

うるさしや
ああ、もういい、と、作者が投げ出すのである。
ひがごとどもに書きなしたれば
筆の向くままに、書いてきたが・・・
いとど をこに かたくなしき 入道の 心ばへも
入道の性格である。
後は、読者の想像に、お任せするというのである。



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2009年12月13日

もののあわれ 443

思ふ事かつがつかなひぬる心地して、涼しう思ひ居たるに、またの日の昼つ方、岡辺に御文遣はす。心恥づかしき様なめるも、なかなかかかる物の隈にぞ思ひの外なる事も籠るべかめると、心づかひし給ひて、高麗の胡桃色の紙に、えにらず引きつくろひて、

源氏
をちこちも 知らぬ雲居に ながめわび かすめし宿の 梢をぞとふ

思ふには」
とばかりやありけむ。入道も、人知れず待ち聞ゆとて、かの家に来居たりけるもしるければ、御使いとまばゆきまで酔はす。御返りいと久し。




願うことが、まずまず叶い、清清しい心になっていると、あくる日の、昼ごろ、岡辺の家へ、御文を、遣わす。中々、奥ゆかしい人らしいので、かえって、こんな辺鄙な土地に、意外な人が、埋もれていないわけでもないと、気をつけなさり、高麗の胡桃色の紙に、特別に、思いを込めて、お書きになる。

源氏
東西も、わからぬ土地に、侘しく暮らし、少し耳にした、あなたのお宿を、訪れたいと、その心に、負けてしまいます。

と、だけであろうか。入道も、人知れず、御文をお待ち申し上げようとて、かの家に、来ていた頃、お使いが、あったので、お使いの者が、気まりわるがほど、もてなす。
しかし、お返事は、大変、遅いのである。




内に入りてそそのかせど、女はさらに聞かず。いと恥づかしげなる御文のさまに、さし出でむ手つきも恥づかしうつつましう、人の御程わが身の程、思ふにこよなくて、「ここちあし」とて寄り臥しぬ。言ひわびて入道ぞ書く。
入道「いとかしこきは、田舎びて侍る袂に、つつみあまりぬるにや、さらに見給へも及び侍らぬかしこさになむ。さるは、

ながむらむ 同じ雲居を ながむるは 思ひもおなじ 思ひなるらむ

となむ見給ふる。いとすきずきしや」
と聞えたり。陸奥国紙に、いたう古めきたれど、書きざまよしばみたり。「げにも好きたるかな」と、めざましう見給ふ。御使に、なべてならぬ玉裳などかづけたり。





奥に入って、娘に急かせるが、娘は、一向に、聞き入れない。
ひどく立派な、お手紙の様子に、返事をしたためる、筆の運びも気になり、手が出ないのである。
人のご身分と、自分の身分を考えると、空恐ろしく、気分が悪いと、言い、つっぷしてしまう。
困りきって、入道が、お返事を書く。
あまりの、恐れ多い、思し召しが、田舎の袂には、包みきれないのでしょう。ただ、もう、お筆の跡を、拝見することさえできない、勿体無さでございます。
と、申しましても、

君が、眺めておいでになる、同じ空を、娘も、眺めております。きっと、娘の思いも、同じなのでございます。

と、存ずるのでございます。大変、色めいた事を考えまして、恐縮でございますと、申し上げる。
陸奥国紙に、酷く古風な書き方で、書いてあるが、どこか、洒落ている。
なるほど、色っぽく書いたものだと、出過ぎ者と、ご覧になる。
お使いには、結構な、女装束を与える。




またの日、源氏「宣旨書きは、見知らずなむ」とて、

源氏
いぶくせも 心にものを なやむかな やよやいかにと 問ふ人もみな
言ひ難み」と、このたびはいといたうなよびたる薄様に、いとうつくしげに書き給へり。若き人のめでざらむも、いとあまりうもれいたからむ。めでたしとは見れど、なずらひならぬ身の程の、いみじうかひなければ、なかなか、世にあるものと尋ね知り給ふにつけて、涙ぐまれて、さらに例の動なきを、せめて言はれて、浅からずしめたる紫の紙に、墨つき薄くまぎらはして、


思ふらむ 心のほどや やよいかに まだ見ぬ人の 聞きか悩まむ

手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたうおとるまじう上衆めきたり。




翌日、源氏は、代筆のお手紙は、はじめてですと、

源氏
どうしているのかと、訪ねてくれる人もいない。私は、心の中で、うつうつと、悶えて、苦しみます。

言い難きです、と、今度は、たいそう、しなやかな薄様に、美しく書いた。
若い娘が、それに、感激しないのは、あまりに、控え目である。ご立派なと、思うのだが、及びもしない、身の程を思うと、とうてい、話にもならない事である。自分のような者のことを、考えてくださったことは、涙の種でもある。
それで、この前と、同じように、動じようとしないのだが、回りから、無理に責められて、しっとりと香を焚き染めた、紫色の紙に、墨も薄く、趣をつけて、


あなたは、心の中で、悶え苦しんでいると、仰せになりますが、まだ、私を知らない、あなたが、噂だけで、お悩みになることが、ございましょうか。

筆跡や、言葉遣いなど、高貴な方に比べて、見劣りせず、上臈のようである。

いよいよ、入道の、娘と、関係を持つことになるのである。
これが、また、後々、悩みの種になる。
明石の段の、クライマックスである。

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2009年12月14日

もののあわれ 444

京のこと覚えて、をかしと見給へど、うち頻りて遣さむも、人目つつましければ、二三日隔てつつ、つれづれなる夕暮れ、もしはものあはれなる曙などやうに紛らはして、折々も同じ心に見知りぬべき程おしはかりて、書き交し給ふに、似げなからず。心深う思ひあがりたる気色も「見ではやまじ」と思ものから、良清が領じていひし気色もめざましう、年頃心つけてあらむを、目の前に思ひ違へむもいとほしう思しめぐらされて、「人進み参らば、さる方にても紛らはしてむ」と思せど、女はた、なかなかゆむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、妬げにもてなし聞えたれば、心くらべにてぞ過ぎける。





京のことが、思い出されて、なにやら、深くご覧になるのだが、そう頻繁に、遣わすのも、人目が、憚られるので、二、三日おきぐらいに、する事もない夕暮れとか、心寂しい、明け方などと、目立たぬように、時々、相手も、自分と同じような思いをしている時を、想像して、やりとりをされると、まんざらでもないのである。
ものあはれなる曙
この、明け方の、あはれは、ものあはれ、と、寂しい、心象風景である。
思慮深く、気高く構えている様子に、是非、会ってみたいものだと、思うのだが、良清が、我が物のように言っていたとこも、気に障ることであり、年頃、望みをかけていたらしいのを、目の前で、がっかりさせるのも、気の毒に思う。
もし、先方から、進んでくるなら、そういう建前にして、目立たぬように、事を運ぶことだと、思う。が、女の方は、身分の高いお方以上に、お高く留まっていて、じらすような態度である。お互いに、根競べのように、日が過ぎてゆく。





京の事を、かく関隔たりては、いよいよおぼつかなく思ひ聞え給ひて、「いかにせまし。戯れにくくもあるかな。忍びてや迎へ奉りてまし」と思し弱る折々あれど、「さりともかくてやは年を重ねむ。今さらに人わろき事をば」と思ししづめたり。




京の事が、このように、須磨の関より、さらに遠くに流れてきた今は、ますます、心にかかり、どうしたものか、本当に、戯れにくき、まで、恋しいことだ。いっそのこと、内緒で、呼び迎えることにしょうかと、気弱いことを、考えることもある。
いくらなんでも、ここで、年を重ねることは、ないだろう。今になって、外聞きの悪いことなどと、思い返すのである。


次第に、源氏が、入道の娘に、惹かれはじめているのである。
そして、人目や、良清の手前、相手から、進んできたように、見せるのがいいと、思う。

戯れにくい、相手なのであるが、逆に、逢いたくなるのである。




その年、おほやけに、物のさとし頻りて、もの騒がしきこと多かり。三月十三日、雷鳴りひらめき、風雨騒がしき夜、帝の御夢に、院の帝、お前の御階の下に立たせ給ひて、御気色いとあしうて睨み聞えさせ給ふを、かしこまりておはします。聞えさせ給ふことども多かり。源氏の御事なりけむかし。
「いと恐ろしう、いとほし」と思して后に聞えさせ給ひければ、大后「雨など降り、空乱れたる夜は、思ひなしなる事はさぞ侍る。軽々しきやうに、思しおどろくまじき事」と聞え給ふ。




その年、朝廷では、神のおさとしが、引き続いて、物騒がしい事が多かった。
三月十三日、雷が鳴り響き、雨風の強い夜のこと、陛下の夢に、故上皇陛下が、お前の階段の下にお立ちあそばして、大変機嫌の悪い様子で、睨んでいるのを、陛下は、畏まり、見ていた。そして、色々な、仰せがあった。源氏のことでしたのでしょう。
大変、恐ろしく、また、気の毒にも思し召して、大后に申し上げると、后は、雨などが降り、天候が乱れている夜には、心の中にあることが、夢に見えるものです。軽々しく、驚きあそばすものでは、ありません、と、仰る。


源氏の御事なりむかし。
これは、作者の言葉である。



睨み給ひしに見合はせ給ふと見しけにや、御目わづらひ給ひて、絶え難うなやみ給ふ。御つつしみ、内にも宮にも限りなくせさせ給ふ。太政大臣亡せなやみ給ふ。道理の御齢なれど、つきつぎに自ら騒がしき事あるに、大宮もそこはかとなうわづらひ給ひて、程経れば弱り給ふやうなる。内に思し嘆く事さまざまなり。主上「なほこの源氏の君、まことに犯しなきにて、かく沈むならば、必ずこの報いありなむとなむ覚え侍る。今はなほ本の位をも賜ひてむ」と、たびたび思し宣ふを、大后「世のもどき軽々しき様なるべし。罪に愧ぢて都を去りし人を、三年をだに過さずゆるされむことは、世の人もいかが言ひ伝へ侍らむ」など、后固くいさめ給ふに、思し憚る程に、月日重なりて、御なやみどもさまざまに重なりまさらせ給ふ。





お睨みになったとき、眼を見合わせたせいか、眼病を患い、堪えきれないほど、苦しんだ。物忌みの行事が、宮中でも、皇太后宮でも、あらん限りに、執り行われた。そんな折に、太政大臣が、亡くなる。お年からいえば、当然であるが、次々と、穏やかならぬことが、自然に起こる上に、大后も、病の床につかれた。日が経つほどに、衰弱するので、主上も、あれこれと、嘆きが多い。
矢張り、源氏の君が、真実犯した罪もなくて、逆境に苦しんでいるならば、必ずその報いがあるだろうと、思われます。この上は、元の地位を与えましょうと、度々、仰せになる。
だが、大后は、世間でも、軽々しいと、陰口を申すことでしょう。罪を恐れて、都を去った人を、三年も、過ぎないうちに、許しては、世の人は、どのように、言うでしょう、などと、大后が、固く、諌めるので、ためらううちに、月日が経ち、共に、病気が、重くなっていった。


当時、流罪人は、六年以内は、任官せず、その咎に及ばずとても、三年以内は、任官しないとある。

しかし、物語は、源氏を許さないことで、陛下と大后の病が重くなると、進める。
源氏物語の、主人公は、源氏である。

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2009年12月15日

もののあわれ 445

明石には例の秋は浜風の異なるに、ひとり寝もまめやかにものわびしうて、入道にも折々語らはせ給ふ。源氏「とかく紛らはして、こち参らせよ」と宣ひて、渡り給はむことをばあるまじう思したるを、正身はたさらに思ひ立つべくもあらず。「いと口惜しき際の田舎人こそ、仮に下りたる人のうちとけ言につきて、さやうに軽らかに語らふわざをもすなれ。人数にも思されざらむものゆえ、われはみじき物思ひを添へむ。かく及びなき心を思へる親達も、世籠もりて過す年月こそあいな頼みに行く末心にくく思ふらめ、なかなかなる心をや尽くさむ」と思ひて、「ただこの浦におはせむ程、かかる御文ばかりを聞え交さむこそ疎ならね。年頃音にみ聞きて、いつかはさる人の御有様をほのかにも見奉らむなど遥かに思ひ聞えしを、かく思ひかけざりし御住まひにて、まほならねど、ほのかにも見奉り、世になきものと聞き伝へし御琴の音をも風につけて聞き、明け暮れの御有様おぼつかなからで、かくまで世にあるものと思し尋ぬるなどこそ、かかる海人のなかに朽ちぬる身にあまる事なれ」など思ふに、いよいよ恥づかしうて、つゆも気近き事は思ひ寄らず。





明石では、いつものように、秋は、浜風が、身に染む季節であり、ひとり寝も、つくづくと、わびしい。入道にも、折を見て、催促される。
源氏は、何とか、人目に立たぬようにして、こちらに連れてくるようにと、仰り、お出かけすることは、有り得ないことと、思っているのだが、本人は、進んで出掛けるはずがないのである。
取るに足りない、賤しい身分の、田舎者なら、かりそめにも、下ってきた、都の人の、嬉しい一言に乗って、そのような、軽々しく、懇ろになりもするだろうが、人数の中にも、入れてくださらないだろうに、私は、大きな、煩悶を抱えるばかりである。このように、及びもつかない、望みを抱く、親たちも、私が、まだ年のゆかないうちは、あてにもならないことを、頼みにして、将来に望みをかけてもいいが、なまじ苦労の限りを尽くすことだろうと、思い、ただこの浦に、お出でになる間、こういう御文の、やり取りだけをさせていただくのが、幸福というもの。長年、お噂にだけ、聞いて、いつかそのようなお方の、ご様子を、ほんの少しでも、拝みたいものだと、遠く離れて、お願いしていたところ、このように、思いもよらない、お住まいで、少しでも、拝見させていただき、世に類のないと、伺っていた、お琴の音も、風の便りに、漏れ聞いて、明け暮れのご様子なども、拝し、その上、自分のようなものを、こんなにまで、尋ねていただくのは、この土地の海人の中に交じり、朽ち果てる身には、過ぎたこと、と、思うのである。すると、いよいよ、きまりが悪い。仮にも、お傍に、近づこうと思っても、みないのである。

ここでは、娘の心境が、語られる。




親達は、ここらの年頃の祈りのかなふべきを思ひながら、「ゆくりかに見せ奉りて思しかずまへざらむ時、いかなる嘆きをかせむ」と思ひやるに、ゆゆしくて、「めでたき人と聞ゆともつらういみじうもあるべきかな。目に見えぬ仏神を頼み奉りて、人の御心をも宿世をも知らで」など、うち返し思ひ乱れたり。君は、「この頃の波の音にかの物の音を聞かばや。さら゛はかひなくこそ」など常は宣ふ。




親たちは、長年の祈りが、いよいよ叶うのではと、思いながらも、うかつに、お見せして相手にも、してくれなければ、どんなに悲しい思いをするだろうと、思うと、心配で、いくら、ご立派なお方と申しても、そうなれば、みじめで、なるまいものを、などと、悪い想像をして、心を乱す。
君は、この頃の、波の音につけても、娘の、琴の音を聞きたい。こんな季節だからこそ、聞かせてくれなくては、何にもならない、などと、いつも、仰っている。




忍びてよろしき日見て、母君のとかく思ひわづらふを聞き入れず、弟子どもなどにだに知らせず、心一つに起居、輝くばかりしつらひて、十三日の月のはなやかにさし出でたるに、ただ、入道「あたら夜の」と聞えたり。君は「すきの様や」と思せど、御直衣たてまつり引きつくろひて、夜ふかして出で給ふ。御車は二なくつくりたれど、「所狭し」とて御馬にて出で給ふ。惟光などばかりを侍はせ給ふ。やや遠く入る所なりけり。道の程も、四方の浦々見渡し給ひて、思ふどち見まほしき入江の月影にも、先づ恋しき人の御事を思ひ出聞え給ふに、やがて馬引き過ぎておもむきぬべく思す。

源氏
秋の夜の つきげの駒よ わがこふる 雲居をかけれ 時のまも見む

と、うちひとりごたれ給ふ。



入道は、密かに、吉日を選び、母君が、何かと心配するのも、聞き入れず、弟子たちにさえ知らせず、自分だけの、考えで、世話を焼き、娘の部屋を輝くばかりに、飾り立てて、十三日の夜の月が、華やかに、差し出たころ、源氏に、ただ、あたら夜の、とだけ、申し上げた。源氏は、風流ぶっていると思ったが、御直衣をお召しになり、身なりを整えて、夜更けになってから、お出かけになる。
御車は、二つとないほど、立派に整えてある。しかし、大袈裟すぎると、御馬で、出掛けられる。惟光だけを御供にした。
屋敷は、海辺より、遠く入り込んでいる。途中でも、四方の浦々を見渡して、好きな人と、一緒に眺めたい入江に映る月影を見るにつけ、まず、恋しい紫の上のことを、思い出すのである。そのまま、馬を引いて通り過ぎ、都の方へ、行ってしまいたいと、思うのである。

源氏
秋の夜の、月の光を浴びる、駒よ、私が恋しく思う、雲の彼方の、都の空に、翔けて欲しい。

と、思わず、独り言を仰る。

あたら夜の
美しい月夜の夜である。

すきの様や
風流ぶる。

源氏は、入道の親心に、ほだされて、その娘、明石の上に、逢うことにする。

物語は、また、これで、複雑になってゆくのである。

この度は、源氏からの、積極的な、働きかけではない。
それが、面白い。
好色の、源氏としては、珍しいこと。
更に、都の、紫の上を、恋い慕うという。
身分高き男の、この時代の、定めのようなものに、感じる。
作者は、そんな、不可抗力をも、見つめて、描いたのであろうか。

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2009年12月16日

もののあわれ 446

造れる様木深く、いたき所まさりて、見所ある住まひなり。海のつらは厳しう面白く、これは心細く住みたる様、「ここに居て、思ひ残すことはあらじとすらむ」と思しやらるるに、ものあはれなり。三昧堂近くて、鐘の声松風に響き合ひて、もの悲しう、岩に生ひたる松の根ざしも、心ばへある様なり。前裁どもに虫の声を尽くしたり。ここかしこの有様など御覧ず。女住ませたるかたは、心ことに磨きて、月入りたる真木の戸口、けしきばかりおしあけたり。





明石の上の、住まいは、庭木も多く、たいそう趣向を凝らして、一段とまさっていて、見所のある住まいである。海辺の家は、堂々として、趣あり、こちらの娘の家は、ひっそりと、もの寂しく住んでいる様子は、このようなところに住んで、物思いをし残すことはないだろうと、女の心境を、推し量るにつけて、しみじみと、胸が打たれる。三昧堂に近いので、鐘の音が、松風と響き合い、もの悲しく聞こえて、岩に生えている松の根の様も、風情がある。庭の植え込みの、あちらこちらから、虫の音が、聞こえてくる。ここかしこの、有様を、ご覧になる。娘を住まわせている、一棟は、特に、美しくあり、月の光が、差し込む木戸が、ほんの少し開けてある。

ものあはれなり
この場合は、女の住みたる様に、心打たれるというのである。

前裁どもに虫の声を尽したり
庭に、虫の音が、響く様子である。

風景描写に、作者の歌心あり、更に、ものあはれ、なる様を、書きつける。
作者の筆自体が、ものあはれ、なのである。

しみじみと、胸が打たれる
それは、ものあはれと、胸が打たれるというのと、同じである。

あらゆる、心象風景が、感極まり、あはれ、との言葉が、使われるのである。





うちやすらひ何かと宣ふにも、「かうまでは見え奉らじ」と深う思ふに、もの嘆かしうて、うちとけぬ心ざまを、「こよなうも人めきたるかな。さしもあるまじき際の人だに、かばかり言ひ寄りぬれば、心強うしもあらずならひたりしを、いとかくやつれたるにあなづらはしきにや」と妬うさまざまに思し悩めり。「なさけなうおし立たむも、事の様に違へり。心くらべに負けむこそ人わろけれ」など乱れ恨み給ふ様、げに物知らむ人にこそ見せまほしけれ。近き凡帳の紐に、筝の琴のひき鳴らされたるも、けはひしどけなく、うちとけながら掻きまさぐりけるほど見えてをかしければ、源氏「この聞きならしたる琴をさへや」など、よろづに宣ふ。




君は、しばし、佇み、何かと、お言葉をかける。
女は、こんなに、お傍近くには、あがるまいと、固い決心であったので、自然、悲しくなり、お返事も申さない様子を、源氏は、おそろしく貴婦人ぶっている、男と話をすることなど、ありえない身分の女でも、私が、そばに行き、言葉をかければ、はねつけたりはしないはずだったのに、このように、落ちぶれているので、馬鹿にしているのかと、癪に思う。更に、進むべきか、退くべきかと、迷うのである。
女の気持ちを無視して、無理じするのも、入道の心を思えば、よくないことだ。根競べに負けては、外聞が悪い。などと、心乱れ、恨み言を言う。
その様子は、情趣の解る人に見せたいものだ。
女の傍の、凡帳の紐が触れて、筝の琴が、音を立てる。
焦ることもなく、思うが、くつろいで、爪弾いていたと解り、面白く、いつも噂に聞いている、琴も、聞かせてくれないのか、などと、そのようなことまで、仰るのである。





源氏
むつごとを 語りあはせむ 人もがな 憂き世の夢も なかばさむやと


明けぬ夜に やがてまどへる 心には いづれを夢と わきて語らむ

ほのかなるけはひ、伊勢の御息所にいとよう覚えたり。何心もなくうちとけていたりけるを、かう物覚えぬに、いと理なくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで固めけるにかいと強きを、しひてもおし立ち給はぬ様なり。されどさのみもいかでかはあらむ。人ざまいとあてにそびえて、心恥づかしきけはひぞしたる。かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。御志の近まさりするなるべし。常はいとはしき夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、人に知られじと思すも、心あわただしうて、こまかに語らひ置きて出で給ひぬ。




源氏
恋の睦言を、語り合う相手が、欲しいのです。この憂き世の辛い夢が、少しでも、醒めるように。


闇の夜に、迷う私には、何が夢で、何が、うつつか、どのように分かり、お話することができましょうか。

物越しの、かすかな感じは、伊勢にいる、御息所に似ている。
何も知らずに、くつろいでいたところ、このような意外な返事で、困ってしまい、近くの部屋に、逃げ込む。
とのように、閉めたたのか、分からないが、君は、無理じいは、しない。
けれども、いつまでも、固くしていられるわけはない。
抱いてみれば、人柄は、大変上品で、すらりとした、体つきであり、源氏が、引け目を感じるほどである。
このようにして、無理に結んだ、契りであると、思うと、愛情は、増すばかりである。
逢って、ひとしお、愛おしさが、深まるのであろう。
人に知られまいと、思うと、気が急いて、心を込めた、言葉を残して、お立ち出でになった。

かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり
無理に、関係を結んだ、契り、セックスである。それを思うと、浅からず、あはれ、という。
つまり、愛情が湧く。そして、その心が、あはれ、増さるのである。
愛情が、湧くことも、あはれ、なのである。
あはれ、の、風景が、契りの関係にまで、高める、深めるのである。

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2009年12月17日

もののあわれ 448

女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。行く末短かげなる親ばかりを頼もしきものにて、いつの世に人なみなみになるべき身とは思はざりしかど、ただそこはかとなくて過ぐしつる年月は、なに事をか心をも悩ましけむ。「かういみじう物思はしき世にこそありけれ」と、かねておしはかり思ひしよりも万に悲しけれど、なだらかにもてなして、憎からぬ様に見え奉る。あはれとは月日に添へて思しませど、やむごとなき方の、おぼつかなくて年月を過ぐし給ひ、ただならずうち思ひおこせ給ふらむが、いと心苦しければ、一人臥しがちにて過ぐし給ふ。絵をさまざま書き集めて、思ふ事どもを書きつけ、返り事聞くべきさまにしなし給へり。見む人の心にしみぬべき物のさまなり。いかでか空に通ふ御心ならむ、二条の君も、ものあはれになぐさむかたなくおぼえたまふ折々、同じやうに絵を書き集め給ひつつ、やがてわが御有様、日記のやうに書き給へり。いかなるべき御様どもにかあらむ。




女は、思っていたことが、事実となって、あらわれたので、今こそ、身を投げたいと、思う。行く先の短い親だけが頼りで、いつの日に、人並みになれる、身の上とも、思っていなかった。ただ、何となく、過ごしてきた年月の間、これといって、心を悩ますこともなかった。こうまでして、苦労する世の中だったのかと、いつも、考えていた以上に、何につけても、悲しく思うのだが、穏やかに、振る舞い、憎めない感じで、お相手をする。
源氏は、愛しい女だと、月日のたつうちに、その気持ちが、増すのだが、れっきとした方が、帰京を、いつかいつかと、待っていて、年月を過ごしているので、こちらの様子を、大変、案じているらしい。それも、気がかりで、一人で過ごす日も多い。
絵を、あれこれと、書き、それに和歌をつけて書き付ける。返歌が、付けられるような、趣向にしてある。
見る人は、感動するに違いない、出来栄えである。
お互いの心が、どうして、通うのか、二条の君も、悲しみの慰めに、思いの折々に、同じように、絵を書き集めて、そこへ、自分の有様を、日記のように、書き付ける。
この方々は、どのように、なるのだろうか。

最後の言葉は、作者の言葉である。

あはれとは月日に添へて思しませど
ものあはれになぐさむかたなくおぼえたまふ折々
共に、何となく、心に浮かぶ、心境である。

月日が経つと、愛しい女だと、思う。
何となく悲しい気分を、慰める折々に。

あはれ、と言う言葉が、自在に変化するのである。




年かはりぬ。内に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる。当帝の御子は、右大臣の女、承香殿の御腹に男御子生まれ給へる、二つになり給へば、いといはけなし。東宮にこそはゆづり聞えたまはめ。おほやけの御後見をし、世をまつりごつべき人を思しめぐらすに、この源氏のかく沈み給ふ事いとあたらしうあるまじき事なれば、つひに后の御いさめをも背きて、許され給ふべき定め、出で来ぬ。去年より、后も御物の怪になやみ給ひ、さまざまの物のさとし頻り、騒がしきを、いみじき御つつしみどもをし給ふしるしにや、よろしうおはしましける御目の悩みさへこの頃重くならせ給ひて、もの心細く思されければ、七月廿日余日のほどに、また、重ねて京へ帰り給ふべき宣旨下る。





年が改まった。
御所では、主上のご病気とあり、世間では、あれこれと、取り沙汰する。
今上天皇の皇子は、右大臣の姫、承香殿の女御を母君として、男御子が、生まれた。二つになったことで、たいそう幼く、当然、東宮に譲ることになろう。その時に、後見役となって、政治を治める人を、求めると、源氏が、今のような、境涯に沈んでおいでになるということは、誠に、惜しいことであり、不都合なことであるから、とうとう、皇太后の注意にも背いて、お許しが仰せられた。
去年から、皇太后も、物の怪に悩んでいる。あれこれと、前兆が多く、世間が騒がしかったので、厳重な、物忌みをされて、一時は、快復に向かっていた眼病までもが、この頃、また、重くなった。心細く思われて、七月二十何日に、改めて、重ねて、京に、帰られるようにとの、宣旨が、下った。

さまざまの物のさとし
天変地異である。

帝は、源氏に、二度、帰京を、仰せられたのである。
また、重ねて京へ帰り給ふべき宣旨、である。




つひの事と思ひしかど、世の常なきにつけても、「いかになりつべきにか」と嘆き給ふを、かうにはかなれば、うれしきに添へても、また「この浦を今はと思ひ離れむ事」を思し嘆くに、入道、「さるべき事」と思ひながら、うち聞くより胸塞がりて覚ゆれど、「思ひのごと栄え給はばこそわが思ひの叶ふにはあらめ」など思ひ直す。その頃は夜がれなく語らひ給ふ。六月ばかりより心苦しき気色ありて悩みけり。かく別れたまふべき程なれば、あやにくなるにやありけむ、ありしよりもあはれに思して、「あやしう物思ふべき身にもありけるかな」と思し乱る。女はさらにもいはず思ひしかど、「遂には行きめぐり来なむ」と、かつは思しなぐさめき。この度はうれしき方の御出で立ちの、「またやはかへりみるべき」と思すに、あはれなり。





結局は、こうなるだろうと、思っていたが、世の中は常ならず、どういうことになろうかと、嘆いていた折に、急な宣旨が下り、嬉しいと共に、一方、この浦を今を限りに離れてしまうことを、嘆き悲しむのである。入道は、当然、そうなるだろうと、思いつつ、帰京の話を耳にすると、胸が潰れる思いであった。
だが、思う存分に、栄えてくださり、自分の望みも叶うのだと、思い返すのである。
その頃は、毎夜、毎夜、欠かさず、女のところに、通われて、語らうのである。
女は、六月あたりから、気がかりな、兆候が現れて、苦しんでいる。つまり、妊娠したのである。
このようなお別れになる、間際であり、益々、愛情が増すのか、以前よりも、愛おしさが、勝り、不思議に物思いの絶えない、我が身と、心が、騒ぐ。
女は、更に、物思いに、沈む。
無理も無いことである。
思いもかけない、悲しい旅路に、浦へと、ご出立となったが、結局は、都に帰って来るだろうと、一方では、心を慰めていた。
ところが、今度は、嬉しい都への、出立であり、二度と、ここに、来るはずがないと、思うと、胸がいっぱいになる。

後半は、源氏の複雑な心境である。
悲しい旅路であるが、また、嬉しくもある。

それが、あはれ、なのである。
その、複雑な心境さえも、あはれ、なのである。



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もののあわれ 447

御文いと忍びてぞ今日はある。あいなき御心の鬼なりや。ここにも、「かかる事いかで漏らさじ」とつつみて、御使ことごとしうももてなさぬを、胸いたく思へり。かくて後は、忍びつつ時々おはす。程も少し離れたるに、「おのづから物いひさがなきき海人の子も立ち交らむ」と思し憚る程を、「さればよ」と思ひ嘆きたるを、「げにいかならむ」と、入道も極楽の願ひをば忘れて、ただこの御気色を待つことにはす。今さらに心乱るも、いといとほしげなり。





御文は、ひっそりと、今日、おつかわしになる。訳も無く、気が咎めるようである。
女の方でも、このようなことは、世間に知られたくないと、思い、お使いを、仰々しく、持て成さないので、入道も、心苦しい。
その後は、こっそりと、時々、通われる。距離も少し離れているので、自然口から口へと、伝わる海人の子もいるかもしれないと、つい、お控えらなることを、女の方では、やはり、思ったとおりだと、嘆いているので、まったく、どうなることかと、入道は、極楽往生の願いを忘れて、ただ、君の、お越しを待つばかりである。
今となって、心を乱すとは、いかにも、気の毒な様子である。

最後の言葉は、作者の思いである。





二条の君の、風のつてにても漏り聞き給はむ事は、戯れにても心の隔てありけると思ひ疎まれ奉らむは、心苦しう恥づかしう思さるるも、あながちなる御志の程なりかし。かかる方の事をば、さすがに心止めて恨み給へりし折々、などてあやなきすさび事につけても、さ思はれ奉りけむなどねとりかへさまほしう、人の有様を見給ふにつけても、恋しさの慰むかたなければ、例よりも御文こまやかに書き給ひて、奥に
源氏「まことや、われながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれ奉りしふしぶしを、思ひ出づるにさへ胸いたきに、またあやしうものはかなき夢をこそ見侍りしか。かう聞ゆる問はず語りに、隔てなき心の程は思し合わせよ。誓ひしことも」
など書きて、
源氏「何事につけても、
しほしほと 先づぞ泣かせる かりそめの みるめはあまの すさびなれども」
とある御返り、何心なくらうたげに書きて、はてに、

紫、「忍びかねたる御夢語りにつけても、思ひ合わせらるること多かるを、

うらなくも 思ひけるかな 契りしを まつよ波は 越えじものとぞと」

おいらかなるものから、ただならずかすめ給へるを、いとあはれにうちおき難く見給ひて、名残り久しう、忍びの旅寝もし給はず。




二条の君が、風の便りにでも、耳にされるとしたら、冗談にせよ、隠し立てをしたと、嫌がるだろうとも申し訳なくも、面目もなくもある。そんな、懸念をよそに、よくよく愛情が深いのであろう。
このような方面のことにかけては、さすがに、気にして、恨みになった、折々、どうして、あんなつまらない、忍び歩きをして、苦労させたのかと、もう一度、昔に、戻りたく思い、こちらの、女の有様を、ご覧になるにつけても、恋しさは、慰めようもないことで、いつもより、お手紙を、細々と書いて、奥に
源氏は、本当に、我ながら、心にも無い、浮気をして、嫌がられたときの事を思い出すのさえ、胸が痛みます。またしても、不思議な儚い、夢を見てしまいました。こんな風に、お尋ねもないのに、申し上げるのですから、隠し立てはしない、胸のうちを、お察しください。誓いは、忘れません、などと、書いて、
何事につけても

ここで、かりそめに出会った人は、いわば海人の私の、遊びですが、それにつけても、あなたの事が思い出されて、とめどもなく、涙が、こぼれ泣いてしまいます。

と、書いてある。そのお返事は、何の拘りもなく、愛らしいもので、最後に、

堪えきれずに、打ち明けてくださった、夢のお話を伺うにつけ、やはりと、思います事が、多いと思われますが

堅い約束をいたしましたので、末の松山より、波が高くなることは、あるまいと、真っ当に信じております。

と、鷹揚な中にも、一言、恨みをおっしゃつているのを、下に置くことも忘れて、しみじみと、ご覧になり、その感慨の気持ちは、長く尾を引いて、久しい間、岡辺の宿にも、お出でにならないのである。

作者の解説と、物語とが、渾然一体と、なっている。

また あやしうもの はかなき夢を こそ見侍りしか
愛する、相手がいても、遠く離れていれば、浮気の一つ、二つもする、というのは、今も昔も、変わらない、男の性である。

それを、見事に、あやしうものはかなき夢を、と、ぬけぬけと、言うことが、出来るのも、男である。

更に、歌にして、あまの すさびなれども、と、言い訳をする。

だが、紫の上も、なかなかの、やり手である。
鷹揚に構えて、一言で、源氏の心を、射止める。

うらなくも
疑う心はないと、いう。
そして、
契りしを まつより波は 越じものぞと
あなたとの、契りは、末の松山が、波を越えないように、決して、揺るぎません、と、いうのである。

時代は、変わったと思う。
一昔前までは、このような、やり取りが、出来た時代である。
平安期の、男女の在りようが、昭和初期まで、続いていたような、気がする。

敗戦後から、見る見ると、日本人が、変化した。
勿論、恋愛の様も、である。

今は、不倫の時代を終えて、女が男を、買うまでの、時代である。
さて、そこから、芸術、文学が、生まれるのか。
楽しみである。

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2009年12月19日

もののあわれ 449

侍ふ人々、ほどほどにつけては喜び思ふ。京よりも御迎へに人々参り、心地よげなるを、あるじの入道涙にくれて、月も立ちぬ。程さへあはれなる空の気色に、「なぞや心づから今も昔もすずろなる事にて身をはふらかすらむ」とさまざまに思し乱れたるを、心知れる人々は、「あなにく、例の御癖ぞ」と見奉りむつかるめり。「月頃は、つゆ人に気色見せず、時々はひ紛れなどしたまへるつれなさを、この頃あやにくに、なかなかの、人の心づくしに」とつきじろう。少納言、しるべして聞え出でし初めの事などささめきあへるを、ただならず思へり。




家臣一同は、それぞれの、身分に応じて、喜んでいる。
京からも、お迎えの人々が、参り、愉快そうにしているが、家の主の入道は、涙にくれて、その月も、終わった。
季節は、秋である。
胸を締め付ける、空を仰いで、何故、自ら求めて、今も昔も、たわいない恋のために、我が身を捨てて、省みないのかと、あれこれと、思い、心が騒ぐのである。
事情を知る人々は、困ったお方だ、いつもの癖なのだと、むつかるめり、呆れている。
家臣は、一年近く、全然、素振りも、見せず、時々、人目を忍んで、お出かけになる、冷淡な、扱いであったが、この頃になり、あいにく、構わずに、置かれればいいのに、女の嘆きの種になろうと、互いに、頷きあう。
少納言は、自分が、娘への道を、噂し、手引きしたことの、初めのことを、囁きあうのを、聞いて、心穏やかではない。

程さへあはれなる空
季節も秋であり、空も、あはれ、を、誘う。

空模様も、あはれ、に、覚えるという。
程さへものあはれ、とは、言わない。
空が、もの、である。
空、あはれ、なのである。


もののあはれ
もの の あはれ
もの、とは、何か。
あはれ、とは、何か。

しばし、検証してみる。

もののあはれ、に、注目した、本居宣長も、それについては、明確にしていない。

日本国語大辞典から、あはれ、についてみる。
心に愛着を感じるさま。いとしく思うさま。また、親愛の気持ち。
しみじみとした風情あるさま。情趣の深いさま。嘆賞すべきさま。
しみじみと感慨深いさま。感無量のさま。
気の毒なさま。同情すべきさま。哀憐。また、思いやりのあるさま。思いやりの心。
もの悲しいさま。さびしいさま。また、悲しい気持ち。悲哀。
はかなく無常なさま。無常のことわり。
神仏などの、貴いさま。ありがたいさま。
殊勝なさま。感心なさま。

原文の、あはれ、を、訳すときに、これらを参照して、訳している。

しかし、上記は、多数の、あはれ、という言葉の、使われた、場面、場面による、言い換えである。

その場の、訳語を、並べただけでは、一つの、単語の意味記述としては、適切を欠くものとなる。

アハレのような心情表現を理解する一つの手立ては、いきなりそれを分解しようとせず、アハレがどんな言葉と対になって使われているかを見ることである。
源氏物語のもののあはれ 大野晋 編著

をかしうもあはれにもおぼゆるかな

あはれにもをかしうも聞え尽くしたまへど

さまざまにをかしくもあはれにもあるかなと

あはれ、と、をかし、が、対になっている。

をかし、とは、興味がある、面白い、美しい、変わっている、笑うべきだ、という、訳語になる。

アハレは平安女流文学では陽性ではない、むしろ悲しさを底に持つ感情を表すのではなかろうか。
源氏物語のもののあはれ より

あはれに悲しきことども書き集めたまへり
あはれに悲しき御事をさしおきて
あはれに悲しう思ひあへり
悲しうあはれに

あはれ、に、近い意味の言葉として、悲しい、という言葉がある。

悲しいとは、源氏物語では、八割が、別離に対して、使われる。
それ以外の、二割は、生きている人間に対する、愛情を表す。

わがかなしと思ふむすめを
うつくしくかなしと思ひきこえたまへり

愛しい、とも、書く事が出来る。

悲哀と、愛着の、かなしい、は、基底が同じといえる。

悲し、を、あはれなり、と、見ると、対象が、全く相違している。

秋になりゆけば、空のけしきもあはれなるを
かやうなるけはひは、ただ昔の心地して、いみじうあはれなり
寺のさまもいとあはれなり

あはれ、の、対象が、実に、広いのである。
目に見える気色、雰囲気、建物のさま、相手の心遣いなども、あはれ、なのである。

その対象に、共感しているさまを、あはれ、と表現する。

悲し、は、無力の自覚があるが、あはれ、は、常に対象に、共感して、対象と、一体化するような、状況である。

この、共感能力こそ、あはれ、の、重要な働きであると、いえる。

現在でも、人の、不幸や、痛ましい出来事に、共感して、あはれ、だと、言う場合がある。

それでは、もの、とは、何か。
そして、もののあはれ、とは。
それについては、明石の段が、終わった後で、検証することにする。

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2009年12月20日

もののあわれ 450

明後日ばかりになりて、例のやうにいたくもふかさで、渡り給へり。さやかにもまだ見給はぬかたちなど、いとよしよししう気高きさまして、「めざましうもありけるかな」と、見捨て難く口惜しう思さる。「さるべきさまにして迎へむ」と思しなりぬ。さやうにぞ語らひ慰めたまふ。男の御かたち有様、はたさらにも言はず。年頃の御行ひにいたく面やせ給へるしも、言ふかたなくめでたき御有様にて、心苦しげなる気色にうち涙ぐみつつ、あはれ深く契り給へるは、「ただかばかりを幸にても、などか止まざらむ」とまでぞ見ゆめれど、めでたきにしも、わが身の程を思ふもつきせず。波の声、秋の風にはなほ響き異なり。塩焼く煙かかにたなびきて、とりあつめたる所のさまなり。






出発が、明後日という日になり、いつものように、夜が更けないうちに、おこしになった。
まだ、はっきりと、ご覧になったことがなかった、女の器量は、大変に、気高い様子をしている。
生まれには、過ぎたものだと、見捨てにくく、名残惜しい気持ちになる。
しかるべく計らい、都に呼び迎えようと、決心する。
そして、その約束をするのである。
男の顔立ち、お姿は、改めて、いうまでも無い。久しい間の、勤行にひどく面やつれていることすら、いいようもなく、素晴らしいお姿であり、痛々しい様子であり、涙ぐみつつ、心を込めて、約束するのは、これだけの、お情けでも、幸せだと思い、諦めようと、思うが、その立派さに、我が身分を考えると、思いは、尽きないのである。
波の音も、秋風の中で、ひとしお、格別に響く。塩焼く煙が、かすかにたなびき、何から何まで、悲しみを集めた、この地の、趣である。

あはれ深く契り給へるさま
心深く約束する様であり、契りは、交わりでもある。

性描写を、ここまで、格調高く表現するのも、源氏物語の、骨頂である。




源氏
このたびは 立ちわかるとも 藻塩やく けぶりは同じ かたになびかむ

と宣へば、

かきつめて 海人のたく藻の 思ひにも 今はかひなき 恨みだにせじ

源氏
今は、別れても、藻塩焼く煙が、同じ方向に、靡くように、やがては、また、一緒になりましょう。

と、のたまえば、

藻をかき集めて、海人たちが、炊いている火のように、思いは、一杯ですが、申しても、かいないことです。恨みは、しません。


身分とは、身の程である。
実は、日本の身分制度は、他の国の、身分制度とは、違う。
江戸時代に、士農工商という、身分制度が、幕府によって、作られたが、そこには、皇室が、除外されている。
更に、将軍を、お上と、呼ばせた。
実は、日本には、お上とは、ただ、お一人であり、それは、天皇のことである。
将軍も、天皇からの、勅命を受けて、征夷大将軍という、位を得る。
戦国時代、京に上るというのは、それであった。
唯一の、権威である、天皇の命を、いただき、国民の信を得る。

皇室により、身分というものが、はじまるのである。

人は、皆、平等ではない。
そして、それがあるから、国が、定まる。
天皇は、武力を持たない、権威の象徴である。

武力で、統治しなかったとは、世界で、唯一の、家柄である。
それを、今、誇りにして、いいのである。





あはれにうち泣きて言少ななるものから、さるべき節の御答など浅からず聞ゆ。この、常にゆかしがり給ふ物の音などさらに聞かせ奉らざりつるを、いみじううらみ給ふ。「さらば形見にも忍ぶばかりの一ことをだに」と宣ひて、京わりもておはしたりし琴の御琴取りに遣して、心ことなる調べをほのかに掻き鳴らし給へる、深き夜のすめるは譬へむかたなし。入道え堪へで、筝の琴取りてさし入れたり。自らもいとど涙差へそそのかされてとどむべきかたなきに、誘はるるなるべし、忍びやかに調べたる程いと上衆めきたり。入道の宮の御琴の音をただ今のまたなきものに思ひ聞えたるは、今めかしうあなめでたと、聞く人の心ゆきて、かたちさへ思ひやらるる事はげにいと限りなき御琴の音なり。これはあくまで弾きまし、心にくく妬き音ぞまされる。




あはれに、泣いて、言葉少ないが、このような、返歌などは、情を込めて、申し上げる。
この、いつも聞きたがっていた、琴の音を、とうとうお耳に、入れたかったものを、大変、恨むのである。
源氏は、それでは、あなたの形見として、思い出になるように、一節だけでも、是非に、と、仰り、京から持ってきた琴の、お琴を、取りにやらせる。面白き、一曲を低く、掻き鳴らすが、夜更けの澄んだ、風の中では、たとえようも無い。
入道は、たまりかねて、筝の琴をとって、娘の御簾の中に、差し入れた。
娘は、涙を流しての、お願いに、その気になったのだろう。
音も低い、調べだが、まことに、貴婦人と感じられる、奏法である。
入道の宮の、お琴の音を、今の世に、類のないものと、聞いていたが、それは、今風で、結構なと、誰もが皆、感じ入り、お弾きになる、ご器量さえ、目の前に、浮かぶ気がするのである。実に、無上のお琴の音である。
どこまでも、冴えた弾き方で、奥ゆかしく、憎らしい程の、音色が、得意なのだ。

今めかしう あなめでたと
今風であり、とても、素晴らしい。
筝の琴とは、十三弦であり、琴、きんの琴は、七弦である。
七弦の琴は、弦楽器の中でも、最も重んじられた。しかし、一条天皇の頃には、奏法が、途絶えていた。物語の中では、源氏が、最後の名人とされている。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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