2009年12月01日

もののあわれ 431

明石の浦はただはひ渡るほどなれば、良清の朝臣、かの入道の女を思ひいでて文などやりけれど、返り事もせず。父の入道ぞ、入道「聞ゆべきことなむ。あからさまに対面もがな」と言ひけれど、「うけひかざらむものゆえ、行きかかりて空しく帰らむ後手もをこなるべし」とくんじいたうていかず。世に知らず心高く思へるに、国の内は、守のゆかりのみこそはかしこき事にすめれど、ひがめる心はさらにさも思はで年月ほ経けるに、「この君かくておはす」と聞きて母君に語らふやう、入道「桐壺の更衣の御腹の源氏の光る君こそ、おほやけの御かしこまりにて須磨の浦にものし給ふなれ。あこの御すくせにておぼえぬ事のあるなり。いかでかかるついでにこの君に奉らむ」といふ。母「あなかたはや、京の人の語るを聞けば、やむごとなき御妻どもいと多く持ち給ひて、そのあまり、しのびしのび帝の御妻をさへあやまち給ひて、かくも騒がれ給ふなる人は、まさにあやしき山がつを心とどめ給ひてむや」と言ふ。腹だちて、入道「え知り給はじ。思ふ心ことなり。さる心をし給へ。ついでして、ここにもおはしまさせむ」と、心をやりて言ふも、かたくなしく見ゆ。まばゆきまでしつらひかしづきけり。






明石の浦は、這ってでも行けるくらいなので、良清の朝臣は、あの入道の娘を思い出し、手紙などをやったが、返事がない。
父の入道が、申し上げたいこともある。ちょっと、お目にかかりたいと、言うが、承知しないようなのに、出掛けて、兎に角、何もならず、帰るようならば、後姿も、みっともないと、落胆して、行かないのである。
またとないほど、気位を高くしていて、国の中でも、今の、守の一族だけを、偉いと思っているのに、変わりものは、そんなことも、考えずに、年月を送るうち、この君が、いらっしゃると、聞いて、母君に、語ることに、入道は、桐壺の更衣が、お生みになった、源氏の光る君が、朝廷のお叱りを受けて、須磨の浦に、おいでになるとのこと。娘のために、この思いがけない出来事が、あるのだ。なんとかして、こういうときに、この君に、差し上げようと言う。
母は、まあ、とんでもない。京の人の話を聞くと、ご立派な奥様を、何人もおもちで、その上に、まだ、陛下のお后とまで、過ちを犯しなさり、このように、騒がれているような方が、どうして、こんな賎しい、田舎者を思ってくれましょうと、言う。
腹を立てた、入道は、分らないだろう。考えが、違うのだ。その心積もりをしなさい。機を見て、ここにも、おいでいただこう。と、いい気になって、言うのも、頑固者のように見える。
眩しい、ほどに、娘を飾り立てて、大事にしているのである。


面白い話である。
入道は、娘を、実に、大切にしている。
このチャンスに、源氏に、差し上げたいと思うのだ。

あこの御すくせにておぼえぬ事のあるなり
あこは、娘に対する敬語で、前世からの、運命だというのである。
そのように、表現する様が、また、面白い。





母君、「などか、めでたくとも、もののはじめに、罪にあたりて流されておはしたらむ人をしも、思ひかけむ。さても心をとどめ給ふべくはこそあらめ、他派ぶれにてもあるまじきことなり」といふを、いといたくつぶやく。入道「罪にあたることは、もろこしにも、わが朝廷にも、かく世にすぐれ、なに事にも人に異になりぬる人のかならずあることなり。いかにものし給ふ君ぞ。故母御息所は、おのがをぢにものし給ひし、あぜち大納言のみむすめなり。いとかうざくなる名をとりて宮仕へにいだし給へりしに、国王すぐれてときめかし給ふこと並びなかりけるほどに、人のそねみ重くて、うせ給ひにしかど、この君のとまり給へる、いとめでたしかし。女は心たかくつかふべきものなり。おのれかかる田舎人なりとて思し捨てじ」など言ひいたり。





母君は、なんのために、立派な方と、申せど、お目出度い話の最初から、罪に当たって、流されておいでになった方を、よりによって、考えるのですか。それにしても、心におとめくださるなら、ともかく、冗談にも、そんなことは、ありえないことです。と言うと、入道は、酷く、ぶつぶつと言う。
罪に当たることは、唐の国でも、わが国でも、このように、世にすぐれ、何事も、人に抜きん出ている方には、必ずあること。どういうお方だと思うのか。
亡き母御息所は、私の叔父であった、あぜちの大納言の令嬢だ。
大評判の方で、宮仕えに、出したところが、国王のご寵愛を遊ばされること、並ぶものがなかったため、皆のねたみが重く、お亡くなりになったが、この君が、お生まれになったのは、大変、喜ばしいことだ。
女は、気位を高く持つべきだ。
私が、こんな田舎者だと、お見捨てにはならない、などと、言った。




この女すぐたる容貌ならねど、なつかしうあてはかに、心ばせあるさまなどぞ、げにやむごとなき人におとるまじかりける。身のありさまをくちをしきものに思ひ知りて、「たかき人はわれをなにの数にも思さじ。ほどにつけたる世をばさらに見じ。命ながくて、思ふ人々におくれなば、尼にもなりなむ。海の底にも入りなむ」などぞ思ひける。
父君、所せく思ひかしづきて、年にふたたび住吉に詣でさせけり。神の御しるしをぞ、人知れず頼み思ひける。




この娘は、すぐれた器量ではないが、優しくて、品があり、頭のよいところなどは、本当に、身分の高い人にも、負けないほど。
我が身の、境遇を情けないものと、諦めて、身分としては、自分を物の数にも、なさるまい。身分相応の結婚は、なおさら、嫌だ。生き残って、頼りにしている、両親に先立たれたら、尼にでも、海の底にでも、沈みもしよう、などと、思っていた。
父君は、何から何まで、大事にし、年に二度、住吉にお参りさせた。
神のご利益を、心ひそかに、頼み思っていたのである。

入道が、源氏と、親戚関係だとは、ここで初めて、書かれる。

源氏の傍には、いつも、女が現れるが、それは、物語を進めるための、ものである。
高貴な身分の、源氏を、主人公にして、もののあはれ、なるものの、姿を、たゆたい、描くのである。

須磨の段は、静かに、終わるようである。


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2009年12月02日

もののあわれ 432

須磨には、年かへりて日ながくつれづれなるに、植えし若木の桜ほのかに咲きそめて、空のけしきうららかなるに、よろづのこと思しいでられて、うち泣き給ふ折おほかり。



須磨では、年も、改まり、日も長く、のんびりとしている。
昨年、植えた、若木の桜も、ちらほらと、咲き始めている。空模様も、うららかであるにつけ、以前のことが、思い出されて、ふと涙のこぼれることも、多い。




二月廿日あまり、いにし年、京をわかれし時、心ぐるしかりし人々の御ありさまなどいと恋しく、南殿の桜さかりになりぬらむ、ひととせの花の宴に、院の御けしき、内の上のいときよらになまめいて、わが作れる句を誦し給ひしも、思ひで聞え給ふ。

源氏
いつとなく 大宮人の 恋しきに 桜かざしし 今日もきにけり




二月廿日過ぎ、昨年、京を離れた時に、可愛そうに思った女たちのことなど、無性に恋しく、南殿の桜も、盛りになったであろう。昨年の、花の宴に、院のご様子、主上の、ひときわ美しく、優雅な姿、自分で作った、詩を、吟じた、ということを、思い出した。

源氏
いつとは限らず、大宮人は、恋しい。桜をかざした、その日が、また、やってきた。




いとつれづれなるに、大殿の三位中将は、今は宰相になりて、人がらのいとよければ時世のおぼえ重くてものし給へど、世の中のあはれにあぢきなく、物の折ごとに恋しくおぼえ給へば、「事の聞えありて罪にあたるともいかがはせむ」と思しなして、にはかにまうで給ふ。
うち見るより、めづらしううれしきにも、ひとつ涙ぞこぼれける。




つれづれで、退屈なので、大殿の、三位中の将は、今は、宰相に昇任して、人柄も、とてもいいので、世間の信用も厚くしている。だが、世の中が、しみじみ、つまらなく、何かあるごとに、恋しく思われるので、噂が立ち、罪に当たるもと、かまわないという、気になって、急に、源氏を訪ねるのである。
顔を合わせると、久しぶりで、嬉しくて、一緒に涙を流すのだ。





住まひ給へるさま、いはむ方なくからめいたり。所のさま絵にかきたらむやうなるに、竹あめる垣しわたして、石の階、松の柱、おろそかなるものから、めづらかにをかし。




お住まいになっている、所は、中国の趣味のようである。
この地の様子も、絵に描いたような所で、その上に、竹を編んで作った、垣根をめぐらしている。石の階段、松の柱、粗末であるが、珍しく、面白い。




山がつめきて、ゆるし色の黄がちなるに、青鈍の狩衣指貫、うちやつれて、ことさらに田舎びもてなし給へるしも、いみじう見るに笑まれて清らなり。取り使ひ給へる調度も、かりそめにしなして、御座所もあらはに見入れらる。碁双六の盤、調度、弾ぎの具など、田舎わざにしなして、念誦の具、行ひ勤め給ひけりと見えたり。



山がつのように、ゆるし色の黄色がかった、下着に、青鈍の狩り衣、指貫。質素に、ことさら、田舎風にしているのが、見るなり、顔も、ほころびてしまう、美しさである。
使われている道具も、一時の間に合わせに作ってあり、御座所も、丸見えである。
碁や、双六の盤や、道具、弾きの具など、田舎風に作り、念誦の具の様子から、察すると、お勤めをしていらっしゃると、見える。





もの参れるなど、ことさら所につけ、興ありてしなしたり。あまどもあさりして、かつひ物もて参れるを、召しいでてご覧ず。浦に年経るさまなど、問はせ給ふに、さまざま安げなき身の憂へを申す。そこはかとなくさへづるも、「心のゆくへは同じ事、なにか異なる」とあはれに見給ふ。御衣どもなどかづけさせ給ふを、「生けるかひあり」と思へり。御馬ども近う立てて、見やりなる倉か何ぞなる稲取りいでて飼ふなど、珍らしう見給ふ。





食事を、差し上げることにして、ことさらに、ここに合わせて、面白くしてある。
海人ども、漁をして、貝の類を持ってくるのを、呼び出して、ご覧になる。
海辺に、年月を過ごす生活などを、質問すると、あれこれと、心細い暮らしの、辛さを申し上げるのである。
とりとめもない、おしゃべりをして、考えるところは、同じこと。何が異なるのかと、しみじみと、ご覧になる。
遠衣などを、与えると、生きていた甲斐があったと、思っている。
幾頭もの、馬を御前近くに並べて、向こうに見える、倉か、何かの、稲を取り出して、食べさせるなどを、珍しく、ご覧になる。





あすか井すこしうたひて、月ごろの御物語、泣きみ笑ひみ、中将「若者の何とも世を思さでものし給ふ悲しさを、おとどの明け暮れにつけて思し嘆く」など語り給ふに、たへがたく思したり。
つきすべくもあらねば、なかなか片端もえまねばず。
よもすがらまどろまず、詩つくり明かし給ふ。さ言ひながらも、ものの聞えをつつしみて、いそぎ帰り給ふ。いとなかなかなり。




飛鳥井を、少し歌い、幾月つもる、お話を、泣いたり、笑ったりと、中将は、若君が、何とも思わずに、いらっしゃる悲しさを、大殿が、明けても暮れても、嘆いていらっしゃる、などと、お話すると、たまらなくなる。
しかし、お話尽すことは、できませんから、なまじに、少しくらいなら、申しません。
とは、作者の言葉である。
一晩中、一睡もせず、詩を作り、夜を明かす。
あのように、言ったが、世間の噂を気にして、急いで、お帰りになる。
なまじに会って、悲しい思いなのである。

飛鳥井とは、当時の、催馬楽という、曲である。




御土器まいりて、「酔ひのかなしび涙そそぐ春の盃のうち」と、もろ声にし誦し給ふ。御供の人も涙を流す。
おのがじしはつかなる別れ惜しむべかめり。
朝ぼらけの空に雁つれてわたる。あるじの君、

源氏
ふる里を いづれの春か ゆきて見む うらやましきは 帰るかりがね

宰相さらに立ちいでむ心地せで、

中将
あかなくに かりの常世を たちわかれ 春の都に 道やまどはむ

さるべき都のつとなど、よしあるさまにてあり。あるじの君、かくかたじけなき御送りにとて、黒駒奉り給ふ。源氏「ゆゆしう思されぬべけれど、風にあたりては、いばえぬべければなむ」と申し給ふ。世にありがたげなる御馬のさまなり。中将「形見にしのび給へ」とて、いみじき笛の名ありけるなどばかり、人とがめつべきことは、かたみにえし給はず。



盃を上げて、酔いの、悲しび、涙そそぐ春の盃のうち、と、声をそろえて、歌う。
御供の人も、涙を流す。
それぞれに、しばしの、別れを惜しんでいる。
朝ぼらけの空に、雁が、列をなして、渡る。あるじの君は、

源氏
ふるさとを、いつの春にか、見ることだろう。羨ましいのは、帰り行く、雁、あなたです。

宰相は、立ち去る気にも、ならず

中将
心残りのままに、雁は、常世を去りますが、花の都への道も、惑いそうです。

立派な、都への、土産など、風情あるものが、整えてある。
あるじの君、このありがたい、お礼にと、黒駒を差し上げる。
源氏は、不吉に思われるかもしれませんが、風に当たれば、いななくでしょうと、おっしゃる。
めったに、見られない、名馬の様子。
中将は、形見として、お忍びくださいと、立派な笛で、評判の高いものを、差し上げることで、人が非難するようなことは、互いに出来ないのである。

花の都に 道やまどはむ
都への道に、惑う、つまり、後ろ髪が引かれる思いなのである。

これは、通常の関係ではない。
恋人同士が、別れるような、描き方である。

須磨の、名場面である。


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2009年12月03日

もののあわれ 433

日やうやうさしあがりて、心あわただしければ、かへりみのみしつつ出で給ふを、見送り給ふけしき、いとなかなかなり。中将「いつまた対面は」と申し給ふに、あるじ、

源氏
雲近く 飛びかふたづも 空に見よ 我は春日の くもりなき身ぞ

かつはたのまれながら、かくなりぬる人は、昔のかしこき人だに、はかばかはう世にまたまじらふ事かたく侍りければ、何か、都のさかひをまた見むとなむ思ひ侍らむ」など宣ふ。宰相、

中将
たづかなき 雲居にひとり ねをぞなく 翼ならべし 友を恋ひつつ

かたじけなく慣れ聞え侍りて、いとしもと悔しう思ひ給へらるる折おほく」など、しめやかにもあらで帰り給ひぬるなごり、いとど悲しうながめ暮らし給ふ。




陽が、次第に昇り、心せわしく、振り返り振り返り、出られるのを、お見送りされる様子は、会わなければよかったと、思うほどである。
中将は、いつ、また、お目にかかれますかと、おっしゃると、あるじは、

源氏
雲居近く、飛び交う鶴は、空から、君は、宮中から、御覧なさい。私は、春日のように、一点の、やましさもない、身です。

帰京を願う者、でも、このようになった者は、昔の、優れた人でさえ、世に再び出ることは、難しいのです。もう、都を再び、見ようとは、思いません、などと、おっしゃる。
宰相

中将
心細い、雲居に、一人声を上げて、泣いています。翼並べて、育った君を恋い慕いつつ。

もったいなくも、親しくしていただき、いとしも、と、悔しく思われることが、多くあります、など、しんみりとして、話すこともなく、帰った後は、ますます、悲しく、思い沈んで、日を過ごすのである。





やよひのついたちにいできたる巳の日、「けふなむ、かく思すことある人は禊し給ふべき」と、なまさかしき人の聞ゆかしうて出で給ふ。いとおろそかにぜじやうばかりを引きめぐらして、この国にかよひける陰陽師召して、祓へさせ給ふ。舟にことごとしき人形のせて流すを見給ふにも、よそへられて、

源氏
知らざりし 大海の原に 流れ来て ひとかたにやは ものは悲しき

とて居給へる御さま、さる晴れにいでて、いふよしなく見え給ふ。




弥生の一日に、とは、最初の巳の日に、今日こそ、このように、ご心配がある方は、禊をなさるものですと、知ったかぶりをする者が、申し上げると、海辺を見たくて、出掛けることにした。
いかにも、粗末な、ぜじやうばかり、一色の布で、松などを描くものを、張り巡らすのである。
この国に、行き来している、陰陽師を召して、祓いをさせる。
舟に、仰々しい、人形を乗せて、流すのを、ご覧になると、我が身に、見えてしまい、

源氏
身も知らぬ、大海原に流れて、一方に、悲しく思う。悲しいことは、数多い。

と、座っておられる様子は、広い明るい場所に出ると、言いようもなく、見える。
例えようもなく見えるのである。
これは、作者の思いである。




海のおもてうらうらと凪ぎわたりて行くへも知らぬに、来しかた行くさき思しつづけられて、

源氏
やほよろづ 神もあはれと 思ふらむ 犯せる罪の それとなければ

と宣ふに、にはかに風吹きいでて、空もかきくれぬ。御祓へもしはてず、立ち騒ぎたり。ひぢかさ雨とか降りきて、いとあわただしければ、みな帰り給はむとするに、かさも取りあへず。さる心もなきに、よろづ吹きちらし、またなき風なり。波いといかめしう立ちて、人々の足をそらなり。海のおもてはふすまを張りたらむやうに光みちて、雷鳴りひらめく。落ちかかるここちして、からうじてたどり来て、「かかる目は見ずもあるかな。風などは吹くも、けしきづきてこそあれ、あさましうめづらかなり」と惑ふに、なほやまず鳴りみちて、雨のあし、あたる所通りぬべく、はらめき落つ。「かくて世は尽きぬるにや」と、心細く思ひ惑ふに、君はのどやかに経うち誦しておはす。暮れぬればかみ少し鳴りやみて、風ぞ夜も吹く。





海上は、うらうらと、一面に凪て、果ても分からない。来し方、行く末のことが、次々に心に浮かび、

源氏
八百万の神々も、私をあはれと、思ってくださるのだろう。これといって、犯した罪はないのだ。

と、おっしゃると、急に風が吹き出し、空も、真っ暗になった。
お祓いもし終えず、立ち騒いで、いる。
ひじ笠雨も、降ってきた。
ひどく、慌しく、皆、帰ろうとするが、かさを取ることもできない。そのような、気配も無かったのに、あたり一面、吹き散らし、大風である。
波も、荒々しく立ち、人々の足も、地につかないのである。
海の表面は、白布を敷いたように、一面に、きらきらして、雷が鳴る。今にも、落ちるような気がして、やっと、家に辿り着いて、こんな日に遭ったことはない。風が吹くにしても、その前触れがあった。呆れる。実に妙なこと。と、うろうろする。
まだ、鳴り止まずに、鳴り渡り、雨の脚は、当たるところが、突き通るように、ぱらぱら落ちる。
このまま、世も、終わるのかと、心細く思うが、君は、ゆっくりと、経を読んでいる。
日の暮れた頃、雷も、少し止み、風が夜中、吹いている。




「多くたてる願の力なるべし。いましばしかくあらば、波に引かれて入りぬべかりけり。高潮といふものになむ、とりあへず、人そこなはるるとは聞けど、いとかかる事はまだ知らず」と言ひあへり。



色々、立てた、願いの力に、ちがいない。もうしばらく、このままだったら、波に呑み込まれて沈むところだった。
高潮というもののせいで、あっという間に、人の命が、失われると、聞いたが、こんなことは、未だ、見たことがない、と、言い合う。




暁がたみなうち休みたり。君もいささか寝いり給へれば、そのさまとも見えぬ人きて、「など、宮より召しあるには参り給はぬ」とて、たどりありくと見るにおどろきて、「さは海のなかの竜王のいといたうものめでするものにて、見いれたるなりけり」と思すすに、いとものむつかしう、この住まひたへ難く思しなりぬ。



明け方、皆、うとうとしていた。君も、少しまどろんでいたところ、誰とも、分からぬ者が来て、何故、宮からお召しがあるのに、いらっしゃらないのか、と、探し回っている夢を見て、目を覚まし、これは、海の中の、竜王が、美しい者を好み、私を見初めたのだと、思うと、酷く気味悪く、この住まいも、耐え難い気持ちになった。

須磨の、段を終わる。

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2009年12月04日

もののあわれ 434

明石
源氏に十七歳の三月から二十八歳の八月まで。

なほ雨風やまず、かみ鳴り静まらで日頃になりぬ。いとどのわびしき事数しらず、来し方行く先悲しき御有様に、心強うしもえ思しなさず、「いかにせまし。かかりとて都に帰らむことも、まだ世に許されもなくては、人笑はれなる事こそ増さらめ。なほこれより深き山を求めてや跡たえなまし」と、思すにも、「波風に騒がれて、など、人の言ひ伝へむこと、のちの世までいと軽々しき名をや流しはてむ」と思し乱る。御夢にも、ただ同じさまなる物のみ来つつ、まつはし聞ゆ、と見給ふ。雲間もなくて明け暮れるる日数に添へて、京の方もいとどおぼつかなく、「かくながら身をはふらかしつるにや」と、心細う思せど、かしらさし出づべくもあらぬ空の乱れに、出で立ち参る人もなし。





なおも、雨も風も、やまず、雷も静まらないままに、数日たった。
ひとしお、辛く思うことは、数限りなく、今までも、これからも、悲しい身の上かと、心も、くじけてしまい、いったい、どうしたものだろうか。
しかし、都に帰るとしたら、まだ、お許しも出ていないのでは、いっそう物笑いになるだろう。やはり、ここより、もっと、深い山を探して、身を隠そうか、と思うが、それも、波風に恐れをなして、などと、噂されるとすれば、後の世までも、身分に相応しからぬ、振る舞いと、笑われてしまう。と、迷うのである。
夢にも、最初に見た、同じ姿の者が、現れて、つきまとう。
雨雲の、晴れ間もなく、明け暮れる日と共に、京の消息も、ますます、途絶える。
このまま、自分は、ここに朽ち果てるのだろうか、と心細く思うが、この大荒れの中では、お見舞いにやって来る者も、いない。





二条の院よりぞ、あながちに、あやしき姿にてそほぢ参れる。道かひにてだに、「人か何ぞ」とだに御覧じ分くべくもあらず、まづ追ひ払ひつべき賎の男の、むつまじうあはれに思さるるも、われながらかたじけなく、屈しにける心のほど思ひ知らる。御文に紫「あさましくをやみなき頃の気色に、いとど空さへとづる心地して、ながめやる方なくなむ。
浦風や いかに吹くらむ 思ひやる 袖うちぬらし 波間なきころ」

あはれに悲しきことども書き集め給へり。いとどみぎはまさりぬべく、かきくらす心地し給ふ。




二条の院から、使いの者が、ひどく、みすぼらしい姿で、びしょ濡れになって、やって来た。
道で、行き逢っても、人なのか、何なのか、解らないほどである。
傍には、寄せ付けられない、このような卑しい男を、源氏は、懐かしく、思うにつけても、自分ながら、勿体無く、何と言う、気の使い方と、思う。
手紙には、紫の上が、恐ろしいばかりに、降り続くばかりの雨、止むこともない、今日この頃、私の心ばかりか、空までも、塞がってしまった思いがいます。心の、晴らしようがありません。

須磨では、浦風が、どのように吹いていることでしょう。遠く思います私でさえ、袖を濡らして、涙の絶える間もない、今日この頃です。

心を打つ、悲しいことの、数々をかき集めている。ひとしお、激しく落ちる涙に、目も、くらむようである。

あはれ悲しきことども
これは、このままで、訳す必要はない。
深く身に沁みて、思うことなのである。

悲しみに、あはれは、勝る。
ここでは、憐れ、という感情である。

いとどみぎは まさりぬべく
更に、いっそう、涙が溢れる。




使者「京にもこの雨風、いとあやしき物のさとしなりとて、仁王会など行はるべしとなむ聞え侍りし。うちに参り給ふ上達部なども、すべて道とぢて、まつりごとも絶えてなむ侍る」など、はかばかしうもあらず、かたくなしう語りなせど、京の方のことと思せば、いぶかしうて、お前に召し出でて問はせ給ふ。使者「ただ例の雨のをやみなく降りて、風は時々吹きいでて、日頃になり侍るを、例ならぬことに驚き侍るなり。いとかく地の底通るばかりの氷降り、いかづちの静まらぬことは侍らざりき」など、いみじき様に驚き怖ぢてをる顔のいとからきにも心細さぞまさりける。





使者は、京でも、この雨風は、恐ろしい、何かのお告げだと、言いまして、仁王会が、行われるゆえと、聞いております。御所に、上がられる、上達部なども、すっかりと、道が塞がり、公の、政事も絶えております、などと、不器用な言葉で、ぎこちなく、話す。
源氏は、京の話しだと思うと、気になり、御前に召して、問わせる。
使者は、ただいつものように、雨が、降り続き、風がときに吹き出して、それが、幾日も続いております。普通のことではないと、驚いています。このような、地の底に通るような、雹が降り、雷の止まないことは、ありませんでした。などと、この地の、酷さにも驚いて、怯えている。
源氏は、その顔を見ているだけで、余計に、心細くなるのである。

氷降り
雹が降ることは、天の諭しの意味がある。

仁王会とは、仁王護国般若経を講ずる行事。

当時の自然の、様は、何かの意味があると、考えられた。
気象学などない、時代である。
天地の心が、自然の有様であると、考えるのである。

いかづちの 静まらぬことは
雷の静まらぬことは、今までなかったのである。


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2009年12月05日

もののあわれ 435

かくしつつ世は尽きぬべきにや、と思さるるに、そのまたの日の暁より風いみじう吹き、潮高う満ちて、浪の音荒きこと巌も山も残るまじけしきなり。



こういうことが、続いて、この世が、終わるのかと、思うとき、その翌日の、明け方から、風が激しく吹き、潮が高く満ちてきて、波の音の荒い様子は、岩も山も、崩してしまいそうである。



かみの鳴り閃めく様さらに言はむ方なくて、落ちかかりぬと覚ゆるに、ある限りさかしき人なし。侍臣「われはいかなる罪ををかしてかく悲しき目を見るらむ。父母にもあひ見ず、悲しき妻子の顔をも見で死ぬべきこと」と嘆く。君は御心を静めて、「何ばかりのあやまちにてか、この渚に命をば極めむ」と強う思しなせど、いともの騒しければ、色々のみてぐら捧げさせ給ひて、源氏「住吉の神近き境を静め守り給ふ。おのおの自らの命をばさるものにて、かかる御身のまたなき例に沈み給ひぬべきことのいみじう悲しきに、心を起こして、少し物おぼゆる限りは、侍臣「身に代へてこの御身一つを救ひ奉らむ」と、とよみて、諸声に仏神を念じ奉る。






雷が鳴り、電光が、ひらめく様は、言いようもなく、恐ろしい。
今にも、落ちてくると、思ったときは、一人として、分別のあるものがない。
侍臣は、自分は、一体、どんな罪を犯して、こんな悲しい目に遭うのだろう。父母にも、顔を合わせず、可愛い妻や子の顔も見ずに、死んでしまうのかと、嘆く。
君は、心を静めて、いったい、どんな過ちがあって、こんな海辺に、命を失うことになろうかと、心を強く持たれるが、辺りがあまりに、騒がしいので、色々な、みてぐらを、お供えになり、この辺りを、静め守りたもう、住吉の神よ、誠に、現世に、跡を垂れ給うならば、助けたまえと、多くの、願を立てるのである。
御供の者たちは、自分たちの命の惜しいのは、むろんだが、このような高貴なお方が、またとないような事で、ここに、沈むということが、酷く悲しい。心を奮い起こして、気のしっかりしている者は、一人残らず、自分の命に代えて、この御身だけでも、お救いしたいと、大声を上げて、いっせいに、仏神に、祈りを上げる。

物語の面白さである。
人々の有様が、目に見えるようである。
暴風雨の様子が、見事に描かれている。





侍臣「帝王の深き宮に養はれ給ひて、いろいろの楽しみに驕り給ひしかど、深き御うつくしみ、大八洲にあまねく、沈めるともがらをこそ多く浮べ給ひしか、今なにの報いにかここら横ざまなる波風にはおぼほれ給はむ。天地ことわり給へ。罪なくて積に当り、つかさ位を取られ、家を離れ、さかひを去りて、明け暮れ安き空なく嘆き給ふに、かく悲しき目をさへ見、命つきなむとするは、さきの世の報いか、この世のをかしが、神仏明らかにましまさば、この憂へ安め給へ」と、御社の方に向きてさまざまの願を立て給ふ。




侍臣は、帝王の、住み給う、九重の奥深くにお育ち遊ばし、様々な栄華を、ほしいままになさったとはいえ、深き恵みは、国中に行き渡り、悲しみに沈む人々を、多く救われましたのに、今、何の報いで、こんな激しい、非道な波風に、溺れることに、なりましょうか。
天地の神々よ、日夜、お心の休まる間もなく、お嘆きになっている、その上に、このような辛い目に遭い、命が、尽きようとしているのは、前世の報いか、この世の罪か、神仏が、確かに、おわしませば、この苦労をなくしてくださいと、住吉のお社に向かい、色々と願いを立てるのである。





また海の中の竜王、よろづの神たちに願をたてさせ給ふに、いよいよ鳴りとどろきて、おはしますに続きたる廊に落ちかかりぬ。ほのほ燃え上りて廊は焼けぬ。心だましひなくて、ある限り惑ふ。うしろの方なる大炊殿と思布しき屋に移し奉りて、かみしもとなく立ちこみて、いとらうがはしく泣きとよむ声、いかづちにも劣らず、空は墨をすりたるやうにて、日も暮れにけり。





そのほか、海の中の、竜王や、万の神々に、願を立てたが、いよいよ雷は、鳴り響き、御座所に続いた、廊下の上に落ちた。炎がたちまち、燃え上がり、廊は、焼けてしまった。生きた心地もなく、一人残らず、あわてふためくのである。
後のほうにある、おおいどの、というべき、建物に、源氏を移して、そこへ上下の差別なく人々が、入り込み、酷く、泣き叫ぶ声が、雷にも、劣らない。
空は、墨をすったようで、日も暮れてしまった。


目の前に、その光景が、浮かぶようである。

いと らうがはしく 泣き とよむ声
大変、騒がしく、泣き叫ぶ声が・・・

空模様が、当時の、表現で、墨をすりたるやうにて、である。
喩える、表現も、面白い。

当時の人々は、自然には、手も足も出ない。
ただ、祈るのみであった。

天地の神々に、言挙げして、つまり、願いをかけて、祈るのである。
それも、こちらの、状況を訴えるという形である。

けっして、神の御心のままに、とは、ゆかない。
訴えるのである。
実に、面白い。

当時の人は、神も、同じように、心あるものと、信じていたと、解る。
超越者ではない。

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2009年12月06日

もののあわれ 436

やうやう風なほり、雨の脚しめり、星の光も見ゆるに、この御御所のいとめづらかなるも、いとかたじけなくて、寝殿に返し移し奉らむとするに、焼け残りたる方もうとましげに、そこらの人の踏みとどろかし惑へるに、みすなどもみな吹き散らしてけり。「夜を明かしてこそは」とたどりあへるに、君は御念誦し給ひて、思しめぐらすに、いと心あわただし。





次第に、風もおさまり、雨足も衰えて、星も、瞬きはじめると、この御所は、あまりに、おかしすぎて、元の寝殿に、移そうとしたが、焼け残った、所も、気味悪い感じである。更に、大勢の者が、踏み荒らしたために、御簾なども、皆、飛んでしまっている。
夜明けを待ってと、うろうろしている中で、源氏は、念仏を朗誦しながら、色々と考える。
しかし、何とも、気分が、落ち着かないのである。






月さし出でて、潮の近く満ち来ける跡もあらはに、名残なほ寄せかへる浪荒きを、柴の戸押しあけてながめおはします。近き世界に、物の心を知り、来し方行く先のことうちおぼえ、とやかくやとはかばかしう悟る人もなし。あやしき海人どもなどの、たかき人おはする所とて、集り参りて、聞きも知り給はぬことどもをさへづり合へるも、づらかづらかづらかづらかいとめなれど、え追ひも払はず、海人「この風今しばしやまざらましかば、潮のぼりて残る所なからまし。神の助け、おろかならざりけり」と言ふを聞き給ふも、いと心細しと言へば愚かなり。

源氏
海にます 神の助けに かからずは 潮の八百会に さすらへなまし
うみにます かみのたすけに かからずは しおのやそあひに さすらへなまし




月が昇り、潮が近くまで、押し上げた跡も、ありありと見える。
今も、嵐の名残の波が、荒々しく、打ち寄せている。
その有様を、柴の戸を開けて、眺めている。
この、界隈には、物の道理をわきまえ、過去や、未来のことも、承知して、明確に判断するする者も、いない。身分、卑しい海人たちが、貴い、都の方がいらしている所だと聞いて、集まって来て、お聞きになっても、解らないようなことを、色々と、話し合っているのも、異様な光景である。だが、誰も、追い払う気も無い。
海人は、この風が、もうしばらく続いていたら、高潮が来て、何もかにも、さらっていっただろう。神のご加護は、並々ならぬものだったと、言うのを、聞いても、源氏には、心細いと、いったくらいでは、いい足りないほどである。

源氏
海の神の、お助けがなければ、潮の渦巻く、沖合い遥かに、漂っていたことだろう。





ひねもすにいりもみつるかみの騒ぎに、さこそいへ、いたう困じ給ひにければ、心にもあらずうちまどろみ給ふ。かたじけなき御御所なれば、ただ寄り居給へるに、故院ただおはしましし様ながら、立ち給ひて、故院「などかくあやしき所にはものするぞ」とて、御手を取りて引き立て給ふ。故院「住吉の神の導き給ふままに、はや船出してこの浦を去りね」と宣はす。いとうれしくて、源氏「かしこき御影に別れ奉りにしこなた、さまざま悲しきことのみ多く侍れば、今はこの渚に身をや捨て侍りなまし」と聞え給へば、故院「いとあるまじきこと。これはただいささかなるものの報いなり。われは位にありし時あやまつことなかりしかど、おのづから犯しありければ、その罪を終ふる程いとまなくて、この世を顧みざりつれど、いみじき憂へに沈むを見るに絶え難くて、海に入り、渚に上り、いたく困じにたれど、かかるついでに内裏に奏すべきことあるによりなむ急ぎ上りぬる」とて立ち去り給ひぬ。





一日中、いりもみつる、物を煎るように騒ぐ、雷の騒ぎに、さすがに、気強い君も、酷く弱ったので、知らずに、うとうとする。
実に、粗末な、おましどころ、である。つまり、寝床である。
物によりかかって、寝入ると、故院が、在世中のままの姿で、お立ちになって、どうして、こんな見苦しい所にいるのか、と、おっしゃり、君の手を取って、引き立てる。
住吉の神のお導きのままに、早く船出して、この浦を立ち去れと、仰せになる。
すごく嬉しくて、源氏は、父上の、尊いお姿にお会いして、あれこれと、悲しいことばかり多くございます、今は、もう、この海辺に、命を捨てようと思いますと、申し上げると、決して、そんなことは、してはならぬ。これは、ほんのちょっとしたことの、報いである。自分は、位にあるときに、過ちは、無かったが、知らず知らずのうちに、犯した罪があったので、その罪を、購う間、暇が無く、この世を、顧みることができなかった。だが、あまりに、酷く難儀しているのを見ると、じっとしていることが、出来ず、海に入り、渚に上がり、たいそう疲れてしまった。このついでに、内裏に奏上したいことが、あるゆえに、急いで、上京するのだ、と、仰り、立ち去ってしまった。


亡き父が、現れて、何事か言うことが、先々の、予言になるのである。
夢は、現のことである。
ゆめは、うつつ、である。
夢も、現実の一つなのである。




あかず悲しくて、「御供に参りなむ」と泣き入り給ひて、見上げ給へれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢のここちもせず、御けはひとまれるここちして、空の雲あはれにたなびけり。年ごろ夢のうちにも見奉らで恋しうおぼつかなき御様を、ほのかなれど、さだかに見奉りつるのみ面影におぼえ給ひて、「わがかく悲しびを極め、命尽きなむとしつるを、助けに翔り給へる」とあはれに思すに、「よくぞかかる騒ぎもありける」と、名残たのもしう、嬉しうおぼえ給ふこと限りなし。胸つとふたがりて、なかなかなる御心惑ひにうつつの悲しき事もうち忘れ、「夢にも御いらへを今少し聞えずなりぬること」といぶせさに、「又や見え給ふ」と、ことさらに寝入り給へど、さらに御目も合はで、暁がたになりにけり。




源氏は、名残惜しく、悲しくて、御供をさせてくださいと、泣き入りながら、見上げると、人影はなくて、月の顔だけが、きらきらと輝いて、夢とも、思えず、まだ、その辺にいらっしゃるような気持ちがする。
空の雲が、あはれ、に、たなびいている。
この年頃、夢の中でも、拝する事が出来ず、恋しく気がかりな有様を、一瞬でも、はっきりと、拝した、そのお姿は、尚目の前に、ちらついている。
自分が、こんな悲しみに沈み、命が尽きようとしていたときに、天翔けて、助けにいらしたのだと、しみじみと、ありがたく、よくぞ、このような、暴風雨も、あったものと、夢の後も、頼もしく、限りなく嬉しく思う。
胸が一杯になり、今は、それで、心が落ち着かず、目の前の悲しい出来事も、忘れ、夢でいま少しお話を、申し上げたかったと、残念に思う。
ひょっとしたら、もう一度、お見えになるかもしれないと、強いて、お休みになるが、全く、目も合わせることもなく、明け方になってしまった。

あはれに思すに
とても、ありがたく思うのである。
それは、空の雲あはれにたなびけり、という、あはれ、とは、違う、あはれであるが、気持ちが高じる思いを、すべて、あはれ、と、表現する。

あはれは、哀れでも、憐れでもなく、喜怒哀楽すべて、更に、感無量の思い、更に、自然、所作における、思いの深さまで、あはれ、なのである。



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2009年12月07日

もののあわれ 437

渚に小さやかなる船寄せて、人二三人ばかり、この旅宿りをさして来。「何人ならむ」と問へば、船「明石の浦より、さきの守しぼちの、御船よそおひて参れるなり。源少納言侍ひ給はば、対面して事の心とり申さむ」と言ふ。良清「入道はかの国の得意にて、年頃あひ語らひ侍りつれど、私にいささかあひ恨むること侍りて、ことなる消息をだに通はさで、久しうなり侍りぬるを、波の紛れに、いかなることかあらむ」とおぼめく。君の、御夢なども思し合はすることもありて、源氏「はや会へ」と宣へば、舟に行きて会ひたり。「さばかり烈しかりつる波風に、いつの間にか船出しつらむ」と心えがたく思へり。




岸に、小さな船を寄せて、二、三人ばかり、このかりそめの御宿所に向かってくる。
何人であろうか、と、尋ねると、明石の浦から、前の播磨の守新ぼちが、お舟をしつらえて、やって来たのです。源少納言が、おいでなら、お目にかかり、事の仔細を申し上げますと、言う。
良清は、驚いて、入道は、播磨の国の知人で、年頃、親しくしておりましたが、私事で、少しお互いに、意見の相違がございまして、特に便りも、交わさないようになりまして、久しくなります。この大荒れに、どんな用があるのかと、不審がる。
君は、夢のこともあり、早く会えと、仰せになる。
船に行き会った。
あれほど、激しい波風の中を、いつの間に、船出したのかと、不思議な気がする。


しぼち、とは、新たに発心して、仏道に帰依したものを、言う。
新発意と、書く。




「いぬるついたちの日の夢に、さま異なる者の告げ知らすること侍りしかば、信じ難きことと思う給へしかど、「十三日にあらたなるしるし見せむ船。装ひ設けて、必ず、雨風やまばこの浦にを寄せよ」と、かねて示すことの侍りしかば、こころみに船の装ひを設けて待ち侍りしに、いかめしき雨風、いかづちの驚かし侍りつれば、ひとのみかどにも、夢を信じて国を助くるたぐひ多う侍りけるを、「用いさせ給はぬまでも、このしましめの日を過ぐさず、この由を告げ申し侍らむ」とて、船出だし侍りつるに、あやしき風細う吹きて、この浦に着き侍りつること、まことに神のしるべ違はずなむ。ここにももし知ろし召す事や侍りつらむとてなむ。いと憚り多く侍れど、この由申し給へ」と言ふ。





去る月の、はじめの日の夢に、異形の者が現れて、お告げを申し上げることがありまして、信じがたいことと、思われるでしょうが、十三日に、あらたかな霊験を見せよう、船の準備をして、雨風が止んだら、必ずこの、浦に漕ぎ出せと、前もって、お告げが、ございました。試しに、船の用意をして、待っていますと、激しい雨風が起こり、雷が鳴り響きましたので、外つ国においても、夢を信じて、国を救うということが、多くありましたので、兎に角、お告げの、ありました日を過ごさずに、この旨を申し上げようと、思いまして、船を出したところ、不思議な風が、一筋吹いて、この浦に着きました。
まことに、神の、導きと、思いました。
こちらにおかれても、もしや、思い当たることもあろうかと、大変恐縮ですが、この次第を、申し上げてくださいと、言う。






良清忍びやかに伝へ申す。君思しまはすに、夢うつつさまざま静かならず、さとしの様なることどもを、きしかた行く末思し合わせて、「世の人の聞き伝へむ後のそしりも安からざるべきを憚りて、まことの神の助けにもあらむを、背くものならば、又これより勝りて、人笑はれなる目をや見む。うつつの人の心だになほ苦し。はかなきことをもつつみて、われより齢まさり、もしは位高く、時世の寄せ今ひと際まさる人には、なびき従ひて、その心むけをたどるべきものなりけり。退きて咎なしとこそ、昔のさかしき人も言ひ置きけれ。げにかく命を極め、世にまたなき目の限りを見尽くしつ。更にのちのあとの名を省くとても、たけきこともあらじ。夢のうちにも父帝の御教へありつれば、又何事をか疑はむ」と思して、御返り宣ふ。




良清は、そっと、ことの次第を、申し上げる。
君は、様々に考えて、夢につけ、うつつにつけ、様々な、物騒がしいことが、続き、お告げのような事が起こった。それを、自分の過去に照らして、世の人が、耳にして、伝えるであろう、後の非難を恐れて、本当の神の、助けであるのに、それに背くことは、今より以上の、物笑いを招くだろう。現に生きている人の心さえも、背くのは、苦しいことである。ちょっとしたことでも、大切にして、自分より、年上の人が、位が高く、世間の人望も、一段と優れている人には、靡き従い、その考えに、従うべきである。退いて咎無しと、昔の賢者も言うことだ。本当に、このように、命がけの災難に遭い、世にまたとない、憂き目の数々を、見尽くした上は、後の世に伝わる、悪評をなくそうとしても、何ほどのこともない。夢の中でも、父帝の、教えがあったのだから、この上、何を疑うのかと、思い、お返事をなさるのである。





源氏「知らぬ世界に、珍しき憂への限り見つれど、都の方よりとて、言問ひおこする人もなし。ただ行くへなき空の月日の光ばかりを、古里の友とながめ侍るに、うれしき釣り船をなむ。かの浦に静やかに隠ろふべき隈侍りなむや」と宣ふ。限りなく喜び、かしこまり申す。入道「ともあれかくもあれ、夜の明け果てぬさきに御船に奉れ」とて、例の親しき限り四五人ばかりして奉りぬ。例の、風出で来て、飛ぶように明石に着き給ひぬ。ただはひ渡る程は片時の間と云へど、なほあやしきまで見ゆる風の心なり。




源氏は、見知らぬ土地に来て、珍しい、辛苦の有様を見尽くしたが、都のほうから、といって、便りをくれる人もない。ただ、行方も知らぬ、空の月日の光だけを、故郷の友として、眺めていたところ、嬉しい釣り船を下さった。明石の浦には、静かに、隠れ住む場所が、ありましょうかと、仰る。
入道は、とても喜び、御礼を申す。
とにもかくにも、夜の明けるうちに、お船にお乗せ申せとあり、例の側近の、四、五人だけを、御供にして、船に乗り込まれた。
例により、不思議な風が吹き、飛ぶように、明石の浦に、到着した。
いかにも、這い渡るほどのところは、少しの間に、行けるのだが、それにしても、気味の悪いほどの、風の働きである。

私は、これを、名文だと言う。

なほ あやしき までに 見ゆる 風の 心なり

その、風が、妖しいのである。それが、風の心と、見抜く力は、後の、風に心が、宿るという、風情の在り処となるのである。

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2009年12月08日

もののあわれ 438

浜のさま、げにいと心ことなり。人しげう見ゆるのみなむ、御願ひに背きける。入道の領じ占めたる所々、海の面にも山隠れにも、時々につけて、興をさかすべき渚のとまや、行ひをして後の世のことを思ひすすましつべき山水のつらに、いかめしきき堂を立てて三昧を行ひ、この世の設けに、秋の田の実を刈り収め、残りの齢積むべき稲の倉町どもなど、折々所につけたる見所ありてし集めたり。高潮におぢて、この頃、むすめなどは岡辺の宿に移して住ませければ、この浜の館に心安くおはします。





浜の有様は、たいそう違っている。
人が大勢いることだけが、君の気持ちに、添わなかった。
明石入道の、領地の所々には、海近くにも、山がけにも、四季折々について、興を催すように、趣向した、渚の、苫屋を建てたり、勤行をして、後の世のことに、思いをいたすに、相応しい、景色の場所に、荘厳な堂を建てて、念仏三昧を行うようにしたり、また、この世での、生活の用意として、秋の田の、実を刈り収めて、余生を豊かに暮らすようにした、稲の倉町を、数多く建てたり、四季につけて、それぞれの、場所に似つかわしく、沢山作ってある。
高潮に驚いて、この頃は、娘など、岡辺の邸に、移住させていたので、この浜の館にて、気楽に暮らしていた。





船より御車に奉り移る程、日やうやうさしあがりて、ほのか見奉るより老い忘れ齢延ぶるここちして、笑みさかえて、先づ住吉の神を、かつがつ拝み奉る。月日の光を手に得奉りたるここちして、営み仕うまつることことわりなり。




船から、お車に、移るころ、ようよう日も、上がり、入道は、ほのかにお姿を拝むと、もう、老いも忘れ、寿命も延びる心地して、にこにこしつつ、まず、住吉の神を、心の中で拝むのである。
日や月の光を、我が物にしたように、感激し、お世話申し上げるのも、無理はない。

これは、作者の思いである。
そのようであると、書きつける。




所の様をばらにも云はず、作りなしたる心ばへ、木立、立て石、前栽などの有様、えも云はぬ入り江の水など、絵に書かば、心の至り少からむ絵師は、書き及ぶまじと見ゆ。月頃の御住まひよりは、こよなく明らかに、なつかし。御しつらひなどえならずして、住ま引ける様など、げに都のやむごとなき所々に異ならず、えんに眩き様は、まさりざまりにぞ見ゆる。




所の、有様は、言うまでも無い。こうした趣向は、植木や、立て石、庭の植え込みなどの様、えもいわれぬ、海沿いの、美しさなど、絵に描いても、心ばえの浅い絵描きでは、とうてい、写し取ることができないだろうと、思われる。
今までの、お住まいよりも、晴れ晴れとして、落ち着くのである。
お部屋の、飾りつけなども、良く整え、入道の暮らしの様は、なるほど、都の高貴な方々の住まいにも、劣らず、贅沢で、煌びやかなことは、こちらのほうが、上だと、思われる。

えんに眩き様
光り輝く様子である。
まさり ざまりにぞ 見ゆる
都の方より、勝っている如くに、見えるのである。






少し御心静まりては、京の御文ども聞え給ふ。参れりし使は、「今はいみじき道に出で立ちて悲しき目を見る」と泣き沈みて、あの須磨にとまりたるを召して、身に余れる物ども多く賜ひて遣す。むつまじき御祈りの師ども、さるべき所々には、この程の御有様、委しく言ひ遣すべし。入道の宮ばかりには珍らかにてやみがへる様など聞え給ふ。二条の院のあはれなりし程の御返りは、書きもやり給はず、うち置きうち置きおしのごひつつ聞え給ふ御気色、なほ異なり。





少し心が落ち着いてから、京への、お手紙をしたためる。
この前参った、使いは、このたびは、大変なときにやって来て、大変な目に遭ったと、泣き沈み、あの須磨に、留まっていたのを、お召しになり、身にあまる、品々を沢山授けて、立たせた。
出入りの祈祷師どもや、しかるべき方々には、この間からのことの有様を、詳しく、したためることであろう。
入道の宮にだけは、奇跡的な、命拾いの様子を申し上げるのである。
二条の院からの、心を込めたお便りの返事には、すらすらと、書く事が出来ない。筆を何度も止めて、涙を流し流し、書かれる様は、やはり格別のものがある。

おしのごい つつ 聞え給ふ
戸惑いつつ、書き、または、書いている。




源氏「かへすがへすいみじき目の限りを見尽くしはてつる有様なれば、今はと世を思ひ離るる心のみまさり侍れど「鏡を見ても」と宣ひし面影の離るる世なきを、かくおぼつかなながらや、と、ここら悲しきさまざまの憂はしさはさし措かれて、

遥かにも 思ひやるかな 知らざりし 浦よりをちに 浦伝ひして

夢のうちなるここちのみして、さめはてぬ程、いかにひがごと多からむ」と、げにそこはかとなく書き乱り給へるしもぞ、いと見まほしき側目なるを、いとこよなき御心ざしの程、と、人々見奉る。おのおの古里に、心細げなる言伝すべかめり。をやみなかりし空の気色、名残なく澄み渡りて、あさりする海人ども誇らしげなり。須磨はいと心細く、海人の岩屋も稀なりしを、人しげき厭ひはし給ひしかど、ここは又、さま異にあはれなること多くて、よろづに思し慰まる。




源氏は、何度も、何度も、恐ろしいことの、すべてに遭ってしまった、思いの、この頃は、もうこの上はと、世を厭う心ばかりが、募ります。「鏡を見ても」と仰った、あなたの面影が、我が身に付き添い、離れる暇もありません。このまま、お会いせずに、お別れすると思いますと、多くの悲しい、様々な、心配事は、二の次になります。

源氏
初めて来た、須磨の、浦から、更に遠く、浜伝いに、明石に来て、遥かに都の、あなたを思います。

まだ、夢の中にいるような気がします。覚めてしまわない間は、どんなにか、間違いが、多いことでしょう。

と、言葉通り、取り留めなく、あれこれと、書き乱れている。
それが、かえって、内容を見せていただきたくなるほどで、並々ならぬ、ご寵愛かと、人々は、拝する。
それぞれ、めいめいも、故郷に、心細いことを書いて送るのだろう。
絶え間なく、降り続いた、空の景色も、跡形もなく、見る限り澄み切って、海人たちは、威勢がいい。
須磨は、大変、心細く、海人たちの、岩屋さえ少なかったが、人が大勢いるのは、心にそらないとはいえ、ここは、また、様子が違い、興を催す事が多く、何かにつけて、心が安らぐのである。

さま 異に あはれなること 多くて
有様は、異なり、色々な状況が、多く。

有様をも、あはれなること多くて、と、あはれ、を用いるのである。

前後の、状況で、あはれ、という、言葉の意味を、推し量るのである。

まさに、あはれなることである。

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2009年12月09日

もののあわれ 439

あるじの入道、行ひ勤めたる様、いみじう思ひすすましたるを、ただこの女ひとりをもてわづらひたる気色、いとかたはらいたきまで、時々漏らし憂へ聞ゆ。御ここちにもをかしと聞き置き給ひし人なれば、かくおぼえなくてめぐりおはしたるも「さるべき契りあるにや」と思しながら、「なほかう身を沈めたる程は、行ひより外のことは思はじ。都の人も、ただなるよりは、言ひしに違ふと思さむも心恥づかしう」思さるれば、気色だち給ふことなし。ことにふれて「心ばせ有様なべてなら゛もありけるかな」と、おかしう思されぬにしもあらず。





あるじの、入道の、その勤行振りは、見事なものである。ただ、この娘一人の身の上を、苦にしている様子は、よそ目にも、気の毒なほどである。
時々、君の耳にも、その憂いを漏らすのである。
君も、美しい娘だと、聞いているので、このように、思いがけなく、回りまわって、この地に、来たことも、こうなる、縁があったのであろうかと、思いつつ、矢張り、このような境涯に沈んでいる間は、勤行より、外のことは思うまい。都の人も、何事もないのと思い、約束が違うと思うだろう。それでは、会わす顔がないと、思い、自分からは、素振りを見せることはない。
折に触れて、人柄も、暮らし振りも、並々ではないらしいと、気にされないでいる。

都の人とは、紫の上のことである。
ただなるよりは、何事もないと思い、何事かあれば、約束が違うと思う。
気色だち、とは、明石の女に、心動くことである。
今は、あえて、そのようなことを、しないのである。





ここには畏りて、自らねをさをさ参らず、もの隔たりたる下の屋に侍ふ。さるは明け暮れ見奉らまほしう、あかず思ひ聞えて、いかで思ふ心をかなへむ、と仏神をいよいよ念じ奉る。年は六十ばかりになりたれど、いと清げにあらまほしう、行ひさらぼひて、人の程のあてはかなればにやあらむ、うちひがみほれほれしきことはあれど、いにしへのことを見知りて、物きたなからず、由づきたることも交れれば、昔物語などさせて聞き給ふに、少しつれづれの紛れなり。年頃、公私御いとまなくて、さしも聞き置き給はぬ世のふるごとどもくづし出でて、「かかる所をも人をも見ざらましかばさうざうしくや」とまで、「興あり」と思すことも交る。





御座所には、遠慮して、入道は、めったに上がらず、別棟の召使の部屋に、控えている。
本当は、源氏を、明け暮れ、その姿を拝みたくて、仕方ないのである。
だが、ままならないのが、残念で、何とか望みを叶えたいと、以前にもまして、仏神に、一心に祈願する。
年は、六十ほどになるが、見苦しくなく、好ましい老人で、勤行のためか、痩せて、生まれの貴いゆえに、頑固で、老いぼれたところはあるが、古いことも経験して、言葉や、動作も、上品であり、風雅なところもある。
昔の話などを聞くと、少しは、退屈も紛れるのである。
この数年、公にも、私的にも、忙しく、あまり話を聞くこともなかった、故事来歴の数々を、ぼつりぼつりと、源氏にお話するので、このような土地で、このような老人を知らなければ、物足りないと思うほど、興ある話があることも、ある。

いかで思ふ心をかなへむ、とは、源氏に娘を差し上げたいと願う心である。

人の程のあてはかなればにやあらむ、とは、貴い生まれ、つまり、大臣の子孫であるからだ。

興あり、とは、興味のあること。
時には、あはれなるお話と、表現することもある。





かうは馴れ聞ゆれど、いと気高う心恥づかしき御有様に、さこそ言ひしか、つつましうなりて、わが思ふことは心のままにもえうち出で聞えぬを、「心もとなう口惜し」と、母君と言ひ合はせて嘆く。正身は、おしなべての人だにめやすきは見えぬ世界に、「世にはかかる人もおはしけり」と見奉りしにつけて、身の程知られて、いと遥かにぞ思ひ聞えける。親達のかく思ひ扱ふを聞くにも、「似げなくことかな」と思ふに、ただなるよりはものあはれなり。





このように、お傍近く、親しくあっても、大変、気高く、立派な君の、お姿の前に出ては、あのように言ったが、気が引けて、思っていることを、自由に申し上げられないのが、気がもめて、残念だと、母君と共に、嘆く。
当の娘は、普通の身分でも、見苦しくない男は、めったに、見つからない田舎に、世の中には、このような方が、いらっしゃるのだと、拝むにつけ、我が身の程が、思い知られて、とても、及ばぬと、思うのである。
親たちが、色々と、思案するのを、聞くにつけて、不釣合いなこと、と、なまじ我が家に、お迎えしては、悲しく、切なく、思うのである。

ただなる よりは ものあはれ なり
何事もないときより、源氏を迎えることは、悲しい、辛い、つまり、ものあはれ、と言うのである。

この、もの、は、心である。
心、あはれ、なのである。

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2009年12月10日

もののあわれ 440

四月になりぬ。ころもがへの御装束、御張の帷など、由ある様にし出づ。よろづに仕うまつり営むを、「いとほしう、すずろなり」と思せど、人様のあくまで思ひあがりたる様のあてなるに、思しゆるして見給ふ。





四月になる。
衣替えの、御装束、御張台の帷子など、趣のあるように、調えて差し上げる。
何から何まで、お世話するのを、気の毒でもあり、出過ぎたことだと、思うが、あくまで、気位を高く持つ、入道の人柄であるから、そのままにして、見ているのである。




京よりも、うち頻りたる御とぶらひども、たゆみなく多かり。のどやかなる夕月夜に、海の上くもりなく見え渡れるも、住み慣れ給ひし古里の池水、思ひまがへられ給ふに、云はむかたなく恋しき事いづかたとなく、ゆくへなきここちし給ひて、ただ目の前に見やらるるは、淡路島なりけり。「あはと遥かに」など宣ひて、

源氏
あはと見る 淡路の島の あはれさへ 残る隈なく 澄める夜の月

久しう手ふれ給はぬ琴を、袋より取り出で給ひて、はかなく掻き鳴らし給へる御さまを、見奉る人もやすからすずあはれに悲しう思ひあへり。





京からも、引き続いて、お見舞いが、次々と来る。
のどかな、夕月夜に、海の上、曇りなく、一面に見渡せる風景も、住み慣れた、古里の邸の、池水に、似ているように思い、たまらなく恋しい事を、誰に言うともなく、行方も知れず、さ迷い出る気持ちになるのである。
その、目の前に見えるのは、淡路島である。
あわと遥かに、などと、言いつつ

源氏
あはれと、呼んだ、淡路島のあはれさえも、残るところ無く、照らす、今宵の月である。

久しく手を触れなかった、琴を、袋から取り出して、少しばかり、かき鳴らす姿を、拝する人々も、何となく落ち着かず、悲しく思うのである。

あはれに悲しう思ひあへり
心深く、悲しみを感ずることを、あはれ、という言葉に託すのである。





広陵といふ手をある限り弾きすまし給へるに、かの岡辺の家も、松の響き波の音に合ひて、心ばせある若人は身にしみて思ふべかめり。なにとも聞き分くまじきこのもかのものしばふる人どもも、すずろはしくて浜風をひきありく。入道もえ堪へで、供養法たゆみていそぎ参れり。




広陵という、曲を全曲、ある限り、力ある限りに、御弾きになると、かの岡辺の家へも、松風や、波の音に響き合って、流れてゆき、たしなみのある、若い女房たちは、身に沁みて、感じているだろう。
何の音かと、聞き分けられずにいるであろう、そこここの、下人たちまでも、つい浜辺に誘い出されて、風邪を引いたりする。入道も、じっとしていられなく、勤行中の、供養法を怠けて、急いで、やってきた。





入道「さらに、背きにし世の中も取り返し思ひ出でぬべく侍り。後の世に願ひ侍る所の有様も、思う給へやるる夜の様かな」と、泣く泣くめで聞ゆ。わが御心にも折々の御遊び、その人かの人の琴笛、もしは声の出でし様に、時々につけて、世にめでられ給ひし有様ね帝より始め奉りて、もてかしづきあがめ奉り給ひしを、人の上もわが御身の有様も、思し出でられて、夢のここちし給ふままに、掻き鳴らし給へる声も、心すごく聞ゆる人は涙もとどめあへず。岡辺に琵琶筝の琴取りにやりて、入道琵琶の法師になりて、いとをかしう珍しき手一つ二つ弾きたり。筝の御琴参りたれば、少し弾き給ふも、さまざまいみじうのみ思ひ聞えたり。いとさしも聞えぬ物の音だに折からこそはまさるものなるを、はるばると物のとどこほりなき海づらなるに、なかなか、春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう繁れる蔭どもなまめかしきに、くひなのうちたたきたるは「たがかどさして」とあはれに覚ゆ。





入道は、改めて、一度捨てた、浮世も、取り戻して、思い出しそうでございます。後世に願っておりますところの、有様、このようであれと、思われます、今宵の風情でございますと、感動に、咽びて、褒めるのである。
君の、お心のうちにも、折々の、御遊び、その人、かの人の、琴や笛の音、あるいはまた、歌声の調子で、その時、かの時、それぞれ、世間から、もてはやされた事など、帝をはじめ奉り、多くの人が大切にし、尊敬してくれたときの事が、人の身の上も、ご自分の事も、記憶に浮かんで、夢見心地のままに、かき鳴らす。
その、音に、心揺らぐ人は、涙を止める事が出来ず、岡辺に琵琶や筝の琴を、取りにやらせて、入道が、琵琶の法師になって、大変面白く、珍しい曲を、一つ、二つと、弾くのである。
君には、筝のお琴を差し上げたゆえ、少し弾かれる。
それを入道は、どの道にも、堪能だと、感じ入る。
それほどでもない、音でも、その折柄の風景によっては、引き立つものであるのに、遠く広く、何物も遮るもののない、海の景色は、かえって、春秋の花や、紅葉の盛りよりも、ただ、何となく、生い茂る緑の、木陰までが、色めいた感じに見えて、水鶏が、ほとほと、と、戸を叩くのは、誰が門さして、と、心を打つのである。

あはれに覚ゆ
くいなの、鳴き声が、戸を叩くように聞こえて、誰が門を叩くのかという、情景をして、あはれに、思うというのである。

この、あはれ、は、感動である。

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