2009年11月29日

もののあわれ 429

五節はとかくして聞えたり、
五節
琴の音に ひきとめらるる 綱手縄 たゆたふ心 君しるらめや

すきずきしさも人なとがめそ」と聞えたり、ほほえみて見給ふ、いとはづかしげなり。

源氏
心ありて ひきての綱の たゆたはば うちすぎましや 須磨の浦波

いさりせむとは思はざりしはや」とあり。うまやの長に句詩とらする人もありけるを、ましておちとまりぬべくなむ覚えける。




五節は、何とか工夫して、お便りを差し上げた。
五節
ことのねに ひきとめらるる つなてなは たゆたふこころ きみしるらめや
琴の音に、引き止められた、綱手縄の、たゆたふ心を、あなたは、ご存知ないでしょう。

出すぎた振る舞い、お見逃しください。と、申し上げた。
にっこりして、ご覧になる。全く恐れ入る、美しさである。

源氏
まことに、真心あって、引く縄のたゆたふならば、素通りするだろうか。この須磨の浦を。

漁師になろうとは、思いも寄らないことだった、と、ある。
宿場の長に、詩を与えた方もあったが、五節は、それ以上の思いで、このまま、留まりたいと、思うのである。





都には、月日すぐままに、帝をはじめ奉りて、恋ひ聞ゆる折節おほかり。東宮はまして常に思しいでつつ忍びて泣き給ふを、見奉る御めのと、まして命婦の君はいみじうあはれに見奉る。入道の宮は東宮の御事をゆゆしうのみ思ししに、大将もかくさすらへ給ひぬるをいみじう思し嘆かる。御はらからの親王たち、むつまじう聞え給ひし上部達など、はじめつかたは、とぶらひ聞え給ふなどありき。あはれなる文を作りかはし、それにつけても世の中にのみめでられ給へば、后の宮聞しめしていみじう宣ひけり。大后「おほやけの勘事なる人は、心にまかせて、この世のあぢはひをだに知る事かたうこそあなれ。おもしろき家居して、世の中をそしりもどきて、かの鹿を馬といひけむ人のひがめるやうに追従する」など、あしきことども聞えければ、「わづらはし」とて、たえて消息きこえ給ふ人なし。





都では、月日が経つにつれ、陛下をはじめ奉り、お慕い申す折節が、多かった。
東宮は、それ以上に、思い出し、一人泣いていた。拝する、乳母、命婦の君は、それ以上に、あはれに思うのである。可愛そうに思う。
入道の宮は、東宮の事を、空恐ろしく思いだったが、大将までが、流浪なさってしまったことを、大変に嘆くのである。
兄弟の、親王たちも、親しくお話していた、上部達など、初めの頃は、お見舞いをすることもあった。
しみじみとした、文を作り交わし、それにつけても、世間から、褒められてばかりいるので、后の宮が、それを、聞きつけて、酷いことを言う。
朝廷のお叱りを受けている者は、気ままに、日々の食べ物を味わうことさえ、難しいという。凝った屋敷を構えて、世の中を悪く言ったり、非難したりするとは。あの、鹿を馬と、言ったという人の間違いに、同じく追従する。など、良くない噂が立つので、面倒だと、便りを差し上げる方も、なくなったのである。

東宮が、源氏の子であるとは、乳母以上に、命婦の君は、いみじうあはれに、思うのである。

勘事
かんじ、とは、勘当であり、罪を考え、法にあてるという意味。
大后は、源氏とっては、義理の母になるが、源氏を嫌う者である。




二条の院の姫君は、程ふるままに思しなぐさむ折なし。東の対にさぶらひし人々も、みな渡り参りし初めは、「などかさしもあらむ」と思ひしかど、見奉りなるるままに、なつかしうをかしき御ありさま、まめやかなる御こころばへも、思ひやり深うあはれなれば、まかで散るもなし。なべてならぬきはの人々には、ほの見えなどし給ふ。「そこらの中にすぐれたる御こころざしもことわりなりけり」と見奉る。




二条の姫君は、紫の上である。
時が経つにつれて、お心の安らぐときが無い。
東の対に、お仕えしていた、女房たちも、皆、こちらに、参上した頃は、まさか、それほどでもあるまいと、思っていたが、お仕えし、慣れるにしたがって、やさしく立派な様子も、日ごろの、お心づかいも、思いやり深く、心打たれるので、暇を取って、出てゆく者もない。
それなりの、身分の女房たちは、ちらりと、姿を見せたりもする。
大勢の中で、とりわけの、ご寵愛も、当然だと、思うのである。

思ひやり深くあはれなれば
やさしく、深いあはれを、持つという。
あはれ、の、風景が、実に広がっているのである。

慈悲深い心を、また、あはれ、として、皆、心打たれる。


須磨の物語も、後半である。
源氏の、須磨での、生活が、描かれる。
更に、源氏を、取り巻く人々の姿である。

それぞれの、やり取りが、細やかで、緩やかに、たゆたふ、のである。
源氏という、架空の人間の中に、すべての、人間の、有り様を、込めた物語である。

平安期の、朝廷、貴族の世界だからこそ、描けたのである。
庶民の生活の中では、描けない。
現代の社会は、平安期の、朝廷のような、社会である。
つまり、源氏物語は、未来の、人間の、日本人の、有り様を描いたといっても、よい。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。