2009年11月18日

もののあわれ 418

よろづの事どもしたためさせ給ふ。親しう仕うまつり、世になびかぬ限りの人々、殿の事とり行なふべき上下定め置かせ給ふ。御供に慕ひ聞ゆる限りは、また選り出で給へり。かの山里の御すみかの具は、えさらずとり使ひ給ふべきものども、ことさら装ひもなくことそぎて、またさるべき書ども文集など入れたる箱、さては琴一つぞ持たせ給ふ。所せき御調度、はなやかなる御装ひなど、さらに具し給はず、あやしの山がつめきてもてなし給ふ。侍ふ人々よりはじめ、よろづの事、みな西の対に聞えわたし給ふ。領じ給ふ御荘、御牧よりはじめて、さるべき所々の券など、みな奉りおき給ふ。それよりほかの御倉町、納殿などいふ事まで、少納言をはかばかしきものに見置き給へれば、親しき家司ども具して、しろしめすべきさまども宣ひあづく。わが御方の中務、中将などやうの人々、つれなき御もてなしながら、「見奉る程こそ慰めつれ、何事につけてか」と思へども、源氏「命ありてこの世にまた帰るやうもあらむを、待ちつけむと思はむ人は、こなたに侍へ」と宣ひて、上下みなまうのぼらせ給ふ。若君の御乳母たち、花散里などにも、をかしきさまのはさるものにて、まめまめしき筋に思し寄らぬことなし。






すべての事を、整理される。
親しく、お仕えし、世の中に、動じない人ばかりを、お邸のことを、執り行う、上役、下役として、決めてゆくのである。
お供は、御願いする者の中から、更に、選ばれた。
山里の暮らしの道具は、どうしても、必要とする品々を、特に飾りもなく、質素にして、更に、適当な漢籍、白氏文集などの入った箱、そのほかには、琴一つを、お持ちになる。
見栄えのする道具や、派手なお召し物などは、一つも持たない。身分のない山里人のような感じである。
お付の、女房たちをはじめとして、何から何まで、西の対に、お譲りになる。
所有の荘園、牧場をはじめ、適当と、思われる、あちこちの、領地の証書なども、すべて、お渡しして、行くのである。
それ以外の、お倉町や、納殿などというところまで、少納言を見込んで、更に信頼する家司たちをつけて、紫の上が、御支配する方法などを、少納言に、教えて、預ける。
ご自分の、お部屋付きの、中務、中将という人たちは、内々のことで、お傍にいるからこそ、心安らいだのだ。これからは、一体、何によってと、思うのである。
源氏は、命あって、この都に、再び帰ることもあろうから、待っていたいものは、西の対にいなさいと、おっしゃり、上も下も、女房を、すべて、そちらに、まわすのである。
若君の乳母たち、花散里などにも、風情あるものから、何まで、気のつかないことが無い。


つれなき御もてなしながら
熱意のあるものではないが、つまり、源氏の存在があればこその、彼らの存在感であるという。だが、解雇することはない。
色好みの、源氏の中にある、やさしさを、書き綴る。
薄情なものではないのだ。





ないしのかみの御もとに、わりなくして聞え給ふ。源氏「とはせ給はぬも、ことわりに思ひ給へながら、今はと世を思ひはつる程の憂さもつらさも、類なきことにこそ侍りけれ。

あふ瀬なき 涙の川に 沈みしや 流るるみをの はじめなりけむ

と思ひ給へ出づるのみなむ、罪のがれ難う侍りける」。道の程もあやふければ、こまかには聞え給はず。女いといみじう覚え給ひて、忍び給へど、遠袖よりあまるも所狭うなむ。

尚侍
涙川 うかぶ水泡も 消えぬべし 流れてのちの 瀬をも待たずて

泣く泣く乱れ書き給へる御手いとをかしげなり。「今一たび対面にくてや」と思すは、なほ口惜しけれど、思し返して、憂しと思しなすゆかり多うて、おぼろげならず忍び給へば、いとあながちにも聞え給はずなりぬ。





ないしの、もとにも、無理をして、お便りされる。
源氏は、お手紙を下さらないのも、無理はないと、思いますが、いざ、この生活を捨てる間際の、憂き辛さ。いずれも、たとえようも無いことです。

逢える瀬のない、涙の川に、嘆いて沈むのです。流れ行く身の、はじめでしょうか。

そのように、思い出すことだけが、罪も避けられないことでしょう。
お手元に、届くまでも、危ういこと。詳しくは、申し上げない。
女君も、たいそう辛く思われて、こらえるが、袖をこぼれる涙は、どうしようもない。

尚侍
涙川に浮かぶ、うたかたの私は、消えてゆくでしょう。流れて後の、会う瀬も、待たずに。

泣く泣く、心乱れて、書き綴る、筆跡は、見事である。
もう一度、会うこともなくと、思うのである。
矢張り、残念なこと。思い直して、嫌なやつだと思う、縁者が多く、真面目に人目を忍んでいるゆえに、無理に、お手紙を差し上げないのである。

憂しと 思しなす ゆかり 多うて
嫌だと、思う、縁者が、多い。
ゆかり、とは、縁するものである。

事のゆかり、などという、表現は、現代では、物の言われを言う。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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