2009年11月17日

もののあわれ 417

そちの宮、三位中将などおはしたり。対面し給はむとて、御直衣など奉る。源氏「位なき人は」とて、無紋の直衣、なかなかいとなつかしきを着給ひてうちやつれ給へる、いとめでたし。御鬢かき給ふとて、鏡台に寄り給へるに、面やせ給へる影の、われながらいとあてに清らなれば、源氏「こよなうこそおとろへにけれ。この影のやうにや、やせて侍。あはれなるわざかな」と宣へば、女君、涙を一目うけて見おこせ給へる、いと忍び難し。

源氏
身はかくて さすらへぬとも 君があたり 去らぬ鏡の かけは離れじ

と聞え給へば、

紫の上
わかれても 影だにとまる ものならば 鏡を見ても 慰めてまし

柱がくれに居隠れて、涙を紛らはし給へるさま、なほここら見る中に類なかりけり、と思し知らるる人の御有様なり。
親王は、あはれなる御物語り聞え給ひて、募るる程に帰り給ひぬ。






そちの宮や、三位の中将などが、いらした。
お会いになろうと、おんのうしなどを、お召しになる。
無位無官のものは、と、無紋のなおしの、かえって美しく感じられるものを、召して、質素にした姿は、実に見事である。
おぐしを、なでつけようと、鏡に向かわれると、面やつれた姿が、我ながらも、品があり、綺麗である。
源氏は、すっかり、やつれてしまった。本当に、映っているほど、痩せているのか。悲しいことだと、おっしゃると、女君は、涙をためて、ご覧になる。
その姿も、忍び難いものである。

源氏
我が身は、このうよに、流れてゆこうとも、あなたの、お傍を離れぬように、鏡に映る姿のように、私は、思い続ける。
と、おっしゃる。

紫の上
お別れしても、影になり、留まりますならば、鏡を見ても、一人で、慰めることもできますが・・・
柱の影に隠れて、座り、涙を見せまいとしている姿は、矢張り、多く出会った女の中でも、類ないと、思うのである。
親王は、しんみりとした、お話をされて、日の暮れるまで、別れを惜しんで、お帰りになった。






花散里の心細げに思して、常に聞え給ふもことわりにて、「かの人も今ひとたび見ずはつらしとや思はむ」と思せば、その夜はまた出で給ふものから、いともの憂くて、いたう更かしておはしたれば、女御、「かくかずまへ給ひて、立ち寄らせ給へること」と、喜び聞え給ふさま、書き続けむもうるさし。いといみじう心細き御有様、ただこの御陰に隠れて過ぐい給へる年月、いとど荒れまさらむ程思しやられて、殿の内いとかすかなり。月おぼろにさし出でて、池広く山木深きわたり、心細げに見ゆるにも、住み離れたらむ巌の中思しやられる。




花散里が、心細く思い、常に、お便りを、差し上げることも、無理からぬことで、あちらにも、今一度、会っておかなければ、薄情と思うだろうと、考えて、その夜も、また、外出なさる。だが、億劫で、たまらない。
ひどく遅くになり、いらっしゃると、姉の女御も、このように、人並みに、扱っていただき、お越しくださるとはと、お礼を申し上げたことなども、書き続けるのも、煩わしい。
とても、心細く、ひとえに、この君の庇護に隠れて過ごしていられた、これまでのこと。いよいよ、荒れてゆきそうな、これからのことが、思われるほど、屋敷内も、ひっそりとしている。
月が、朧に差し出て、池広く、木々の、深いあたりが、心細く見えるにつけても、都を離れた後の、巌の中を、思うのである。




西表は、「かうしも渡り給はずや」と、うち屈して思しけるに、あはれ添へたる月影の、なまめかしうしめやかなるに、うちふるまひ給へるにほひ、似るものなくて、いと忍びやかに入り給へば、すこしいざり出でて、やがて月を見ておはす。またここに御物語りの程に、明け方近うなりにけり。




西の座敷では、こんにまでしても、お出でくださらないだろうと、諦めていた。
あはれ添えたる月影、とは、実に見事な表現である。
しみじみとした、月影、月の光である。
柔らかくて、しっとりとした、その光の中で、身動きされると、匂う香りも、似るものなく、素晴らしいのである。
静かに、お入りになる。
女は、にじり出て、そのまま、月を見つめている。
また、ここで、お話しているうちに、明け方近くになったのである。





源氏「みじか夜の程や。かばりの対面もまたはえしもやと思ふこそ、事なしにて過ぐしつる年頃も悔しう、来し方行く先の例になるべき身にて、なにとなく心のどまる世なくこそありけれ」と、過ぎにし方の事ども宣ひて、鳥もしばしば鳴けば、世につつみて急ぎ出で給ふ。例の、月の入りはつる程、よそへられて、あはれなり。女君の濃き御衣にうつりて、げに「ぬるる顔」なれば、


月影の やどれる袖は せばくとも とめても見ばや あかぬ光を


いみじとおぼいたるが、心苦しければ、かつは慰め聞え給ふ。

源氏
行きめぐり つひにすむべき 月影の しばし曇らむ 空なながめそ


思へばはかなしや。ただ、知らぬ涙のみこそ、心をくらすものなれ」など宣ひて、明けぐれの程に出で給ひぬ。




源氏は、短い夜だ。これくらいの、逢瀬も、もう一度となると、難しいと思われる。何事なく過ごしてしまった、これまでが、残念である。
今までも、これからも、話の種にされるだろう、私のことで、何となく、落ち着く暇がなかった、と、昔のことを、あれこれと、お話されるうちに、鳥も、しきりに鳴く。
世間を、気にして、急いで、お帰りになるのである。
例の如く、月の入り際に、たとえられて、あはれなり、つまり、胸が詰まるのである。
女君の濃いお召し物に、月の光が、映えて、そのまま、濡れる顔になるので、


月の光の宿る、私の袖は、狭いのですが、お引止めしたいのです。いつまでも、見ることの飽きない、あなた様の、姿を。

大変悲しく思う様が、気の毒である。悲しいことだが、慰める。

源氏
行きめぐっても、ついには、晴れて、この家に宿る、月の光。しばらく、陰っても、悲しむなかれ。

思えば、儚いこと。
ただ、行くへも知らぬ涙だけが、心を曇らせる元なのです。などと、おっしゃり、明けてくる光の頃に、お帰りになった。

知らぬ涙のみこそ、心をくらすものなれ
行く先を知らぬことが、悲しいのである。
しかし、人は、明日のことは、知らない。知らないゆえにこそ、生きられもするのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第10弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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