2009年11月24日

もののあわれ 424

姫君の御文は、心ことにこまやかなりし御返りなれば、あはれなること多くて、

紫の上
浦人の 塩くむ袖に くらべ見よ 波路隔つる 夜のころもを

物の色、し給へるさまなど、いと清らなり。

何事もらうらうしうものし給ふを、「思ふさまにて、今はこと事に心あわただしう行きかかづらふ方もなく、しめやかにてあるべきものを」と思すに、いみじう口惜しう、夜昼面影におぼえて、たへがたう思ひ出でられ給へば、「なほ忍びてや迎へまし」と思す。またうち返し、「なぞや。かくうき世に罪をだに失はむ」と思せば、やがて御精進にて、明け暮れ行なひておはす。




姫君の手紙は、特に、心をこめて書いた手紙の、返事である。
心打たれる言葉多く

紫の上
浦人の、塩をくむ袖と、比べてください。波路を隔てて、お会いすることができない、私の、夜の涙の衣を。

お見舞いの品の色、仕立て具合など、見事に美しい。

どんなことも、手際よくされるので、本当に、理想的なお方だ。余計なことを、心配せずに、ゆっくりと、過ごす事が出来るはずなのに。と、思うと、大変残念で、明けても、暮れても、まぶたに浮かび、こらえ切れず、忘れられないので、矢張り、こっそりと、迎えとろうかと、思うのである。
しかし、すぐに思い直して、いやいや、こんな憂き世は、せめて、罪をなくすことだと、思う。そこで、早速、精進されて、一日お勤めをする。




大殿の若君の御事などあるにも、いとかなしけれど、「おのづからあひ見てむ。たのもしき人々ものし給へば、うしろめたうはあらず」と思しなさるるは、なかなかこの道のまどはれぬにやあらむ。




大臣のところの、若君の事なども、手紙にある。大変懐かしいが、いずれ、会うことだろう。頼りになる方たちもいること。心配することはない。と、わが心に、言い聞かせる。
これは、子の道には、惑わされないことだろうか。

最後は、作者の考えである。





まことや、騒がしかりし程の紛れに漏らしてけり。かの伊勢の宮へも御使ひありけり。かれよりもふりはへ尋ね参れり。浅からぬ事ども書き給へり。言の葉筆づかひなどは、人よりことになまめかしく、いたり深う見えたり。



そうでした。騒がしくて、漏らしていました。あの、伊勢の斎宮にも、お使いがありました。
そして、あちらからも、お使いが、迷いつつも、参上したのです。
浅からぬ御心を、書き綴るものです。
言の葉、筆遣いなども、誰よりも優れて、美しく、教養の深さが、伺われた。

人よりことになまめかしく
なまめかしく、とは、心に沁みるほどの、感動を言う。





御息所「なほうつつとは思ひ給へられぬ御すまひを承るも、明けぬ夜の心惑ひかしなむ。さりとも年月は隔て給はじ、と思ひやり聞えさするにも、罪深き身のみこそ、また聞えさせむ事もはるかなるべけれ。

うきめかる 伊勢のあまを 思ひやれ もしほたるてふ 須磨の浦にて

よろづに思ひ給へ乱るる世の有様も、なほいかになりはつべきにか」と多かり。




御息所は、やはり、現実とは、思われぬお住まいを耳にして、夢の中の、迷いではないかと思う。更に、長くは、いらっしゃらないと思いつつ、罪深い私だけは、再び、お目にかかることは、遥かに遠いことと、思います。

世の中の、呻きを集める私を、思ってください。お嘆きの須磨の浦から。

何につけても、心乱れる世の有様のこと、結局、どうなることかな、と、長い手紙を書く。


罪深い意識とは、仏教思想からのものであろう。
生きているだけで、罪があるという、意識。
自虐的である。

当時の、憂き心と、同化して、更に、深まったと、いえる。
別名、無常観、無常罪悪感である。




御息所
伊勢島や 潮干の潟に あさりても いふかひなきは わが身なりけり

物をあはれと思しけるままに、うち置きうち置き書き給へる、白き唐の紙四五枚ばかりをまき続けて、墨つきなど見所あり。「あはれに思ひ聞えし人を、ひとふし憂しと思ひ聞えし心あやまりに、かの御息所も思ひうじて別れ給ひにし」と思せば、今にいとほしうかたじけなきものに思ひ聞え給ふ。



御息所
伊勢島の、潮干の磯にあさりしても、何もならないとは、私のことです。

物をあはれと思しけるままに
ものあはれ、と、思いながら、辛く、心痛く感じつつ、というような、訳になるのか。

置いては書き、置いては書くのである。手紙は、白い唐の紙、四五枚ばかりを、継いで、巻いてある。墨付きなど、見事である。
お慕いした、お方であるが、一つだけ、嫌だと、思ったことが、間違いか。御息所も、愛想をつかして、別れたのだと、思われるのは、今もって、気の毒で、辛く思うのである。





折からの御文、いとあはれなれば、御使ひさへむつまじうて、二三日すえさせ給ひて、かしこの物語などせさせて聞しめす。若やかに、けしきある侍の人なりけり。かくあはれなる御すまひなれば、かやうの人もおのづから物遠からで、ほの見奉る御さまかたちを、「いみじうめでたし」と、涙落しをりけり。




そうした折の、手紙は、胸に迫るものである。
お使いの者までも、懐かしく、二三日、引き止めて、あちらの話を聞く。
若々しい気のきいた、家来であった。
このような、気の毒な住まいで、このような人でも、お側に近くて、かすかに拝する君の、様子、その器量を、たいそうに、立派だと、涙を流して、見ているのだ。

いとあはれなれば
いと あはれ なれば
とても、あはれ、である。
もはや、説明するまでもない。
あはれ、という風景が、物語を読み進むうちに、自然と、身につく。心につくのである。




御返り書き給ふ。言の葉思ひやるべし。「かく世を離るべき身と、思ひ給へましかば、同じくは慕ひ聞えましものを」などなむ。つれづれと、心細きままに、

源氏
伊勢人の 波の上こぐ 小船にも うきめははからで のらましものを

あまがつむ むげきの中に しほたれて いつまですまの 浦にながめむ

聞えさせむ事の、いつとも侍らぬこそ、つきせぬここちし侍れ」などぞありける。

かやうにいづこにもおぼつかなからず聞えかはし給ふ。




お返事を書く。
歌は、想像してください。
源氏は、こうして、世を離れなければならない身と、知って、いましたら、いっそ、後を追っていましたのに、などと、なすことも無く、寂しさに

源氏
伊勢人の、あなたが海を漕ぐ小舟にも、憂き目は、計からで、こんな、憂き目を見ることもなく、ご一緒するのでした。

海人の、積む、投げ木、つまり、嘆きに、悶々として、いつまで、須磨に、わび住まいするのでしょう。

お会いできるのが、いつになるのか、解りません。それが、悲しい。などと、書いてある。
このように、どちらにも、詳しく安心するほどの、便りを、やり取りするのであった。




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2009年11月25日

もののあわれ 425

花散里も悲しと思しけるままに、書き集め給へる御心心見給ふはをかしきも、目慣れぬここちして、いづれもうち見つつなぐさめ給へど、物思ひのもよほしぐさなめり。

花散里
荒れまさる 軒のしのぶを ながめつつ しげくも露の かかる袖かな

とあるを、「下に葎よりほかのうしろみもなきさまにておはすらむ」と思しやりて、「なが雨についぢ所々くづれて」など聞き給へば、京の家司のもとに仰せつかはして、近き国々の御荘のものなど催させて、仕うまつるべきよし宣はす。





花散里も、悲しい思いに任せて、あれこれと、書きつけた。
それらの、便りをご覧になるのは、いいのだが、今はじめての、便りの気がして、どれもどれもと、眺めて、お心を休めるのだが、何か、哀れを誘うことでも、ありそうに思える。

花散里
荒れてゆく、軒の忍ぶ草を眺めては、酷く、露がかかる、私の袖です。

とあるのを、本当に、葎、むぐら、を、頼る者もない状態なのだろうと、察して、長雨に、地も、所々崩れて、なとどあるのを、耳にするので、京の家司の元に、命令して、近くの、国々の荘園の者たちを、集めて、修理するように、仰せ付ける。





尚侍の君は、人わらへにいみじう思しくづほるるを、大臣いとかなしうし給ふ君にて、せちに宮にも内にも奏し給ひければ、限りある女御御息所にもおはせず、おほやけざまの宮仕へと思しなほり、また、かの僧かりしゆえこそ、いかめしきことも出で来しか、許され給ひて、参り給ふべきにつけても、なほ心にしみしかたぞあはれにおぼえ給ひける。



かんの君は、世間の物笑いになって、大変、沈んでいたが、大臣が、たいそう、可愛がるので、しきりに、后や、主上にも、御願いした。
決まりある、女御や、御息所ではなく、普通のお勤めなのだと、柔らかく考えると、あの嫌なことのせいで、厳しい処置もとられたのだが、お許しを得て、再び、参内することになった。しかし、心にしみついている方が、懐かしく思わせれるのだ。





七月になりて参り給ふ。いみじかりし御思ひのなごりなれば、人のそしりもしろしめされず、例の、うへにつと侍はせ給ひて、よろづに恨み、かつはあはれに契らせ給ふ。御さまかたちもいとなまめかしう清らなれど、思ひ出づる事のみ多かる心のうちぞかたじけなき。御遊びのついでに、主上「その人のなきこといとそうぞうしけれ、いかにましてさ思ふ人多からむ。何事も光なきここちするかな」と宣はせて、主上「院の思し宣はせし御心をたがへつるかな。罪得らむかし」とて涙ぐのせ給ふに、え念じ給はず。





七月になって、参内された。
際立つ、寵愛は、尾を引いて、人の悪口も、構わなく、以前のように、お傍に、つく。
何かにつけて、恨んだり、また、しんみりと、一生を約束する。
姿も、顔立ちも、つやつやと、綺麗だが、思い出すことのみ多い、心中は、主上に対して、恐れ多い。
音楽をされた時に、主上が、あの人がいないのが、物足りないのか、どんなに、私以上に、そう思う人が多いことだろう。何をしても、光がないような気がする、と、仰せられ、院の、ご意志や、お言葉の、ご趣旨に背いてしまったことだ。さぞ、罪を作ったことになる、と、涙を浮かべる。
かんの君も、こらえ切れないのである。





主上「世の中こそ、あるにつけてもあぢきなきものなりけれ、さもなりなむに、いかが思さるべき。久しく世にあらむものとなむさらに思はぬ。さもなりなむに、いかが思さるべき。近きほどの別れに、思ひおとされむこそねたけれ。「生ける世に」とは、げによからぬ人の言ひ置きけむ」と、いとなつかしき御さまにて、物をまことにあはれと思しいりて宣はするにつけて、ほろほろとこぼれ出づれば、主上「さりや、いづれに落つるにか」と宣はす。主上「今まで御子たちのなきこそさうざうしけれ。東宮を院の宣はせしさまに思へど、よからぬ事ども出で来めれば、心苦しう」など、世を御心のほかにまつりごちなし給ふ人のあるに、若き御心の強き所なきほどにて、いとほしと思したる事も多かり。





主上は、世の中に生きているとは、つまらないものだと、悟るにつけて、長く、この世に生きていようとは、思わない。
もし、そうなったらと、思うと、何と思うことだろう。
近いところの、お別れよりも、軽く思うだろうが、それが、悔しい。
「生ける世に」とは、全く、その心得がないものが、言ったことだ。
と、大変、打ち解けた様子で、物事を、思いつめる様子に、ほろほろと、涙がこぼれる。
ほらほら、誰のための、涙だろうか。と、仰せになる。
今まで、御子たちのないのが、物足りない。東宮を、院が仰せられたようにしたいと、思うが、いけない事が、色々と出てくるようで、お気の毒だ。
などと、世の中を、おぼしめしに、背いて、勝手に治めようとする方が、あるために、若い心で、強いところの無い、年頃ゆえ、可愛そうだと、思うことも、多い。


あぢきなきものなりけれ
つまらないもの、くだらないこと、である。

近きほどの別れ
源氏の、須磨のことを言う。

物をまことにあはれと思しいりて
物事を、本当に、あはれ、と、思うのである。

よからぬ事ども
藤壺が、大后を恨み、左大臣が、右大臣を恨む。

世をまつりごちなし給ふ人
御祖父の大臣のこと。右大臣。

若い天皇は、力ないゆえに、前院の、ご趣旨にも、添えないのだ。

藤壺の子、源氏の子である、東宮を、故院の仰せの通りに、したいが、それが、出来ないのである。

その子は、世間的には、前帝の子である。

それでは、左大臣にいる、女三宮の、源氏の子は、実際は、柏の子である。

複雑奇怪な、人間模様を、紫式部は、描いたのである。
そして、複雑奇怪な、人の世は、あはれ、なのである。

若い主上が、近い須磨に、生き別れた源氏を、皆は、哀れむが、自分との死別は、それよりも、低いと、感じている。
そして、それが、また、悔しいのである。
だが、それが、生きること、人生なのだと、諦観する。

主上は、天下の主である。
しかし、それでも、思うようにはいかない、世の中である。

紫式部は、人生の不可抗力を、描く。
そして、人生そのものが、不可抗力にあると訴える。
それが、あはれ、なのである。

当時の、仏教思想が、それを、前世の云々と言うが、実際は、すべて、偶然の結果であると、紫式部は、言い切っている。

文の、随所には、前世の云々などと、書くが、そんな妄想チックな、思いは無い。
この世は、すべて、偶然の結果であり、その偶然の結果としての、不可抗力に、人は、生きているものなのだと、見定めたのである。
それを、別名、あはれ、と、いうのである。

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2009年11月26日

もののあわれ 426

須磨には、いとど心づくしの秋風に、海はすこし遠けれど、行平の中納言の、「関吹き越ゆる」といひけむ浦波、夜夜はげにいと近く聞えて、またなくあはれなるものは、かかる所の秋なりけり。御前にいと人ずくなにて、うち休みわたれるに、ひとり目をさまして、枕をそばだてて四方のあらしを聞き給ふに、波ただここもとに立ち来るここちして、涙落つともおぼえぬに、枕浮くばかりになりにけり。琴をすこしかき鳴らし給へるが、われながらいとすごう聞ゆれば、弾きさし給ひて、

源氏
恋ひわびて なく音にまがふ 浦波は 思ふ方より 風や吹くらむ

とうたひ給へるに、人々おどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きいつつ鼻を忍びやかにかみわたす。




須磨には、いと心づくしの秋、である。
ますます物思い深くさせる、秋風が吹く。
海は、すこし遠いが、行平の中納言が、関吹き越ゆる、と歌を詠んだという、浦波の音が、夜毎に、近くに聞こえて、この上なく、しみじみと、心に沁みるものは、都から、遠くに流された、場所での、秋の風情であった。
源氏の、傍には、お付の人も少なく、それらの人も、皆、寝てしまい、源氏だけは、一人目を覚まして、枕から、頭を持ち上げて、四方の激しい風の音を、聞いている。すると、波が、傍まで打ち寄せるようである。
寂しさ増さり、涙が、落ちるとは、思われないのに、しきりに、涙が落ちて、枕が浮くほどである。
源氏は、起きて、琴を少しばかり、弾くのである。
その音が、自分ながら、たいそう、激しく、物寂しい音に、聞こえるので、途中で、弾くことを、止め

源氏
恋しさに、悩んで泣く、私の声に似ている、浦波の音は、私が、恋しく思う都のほうから、風が吹くからであろうか。

と、歌われると、お供の人々が、はっと、目覚めて、源氏の声が、素晴らしいと、思われるにつけても、こらえ切れず、わけもなく起き上がり、涙でつまる鼻を、そっとかむのである。


古今集より
このまより もりくる月の 影みれば 心づくしの 秋は来にけり

この場面は、名文である。

いとど心づくしの秋風に
秋風が、心をつくしている、というのである。
心を尽す秋風とは、風と心が、一つに結び合うのである。
風に、心を驚かすのである。
それは、つまり、物思いの心である。

源氏の、歌詠みは、都を恋うのであり、それは、都を、乞うのである。

都での、生活は、みやびに満ちていた。しかし、今、須磨の、わび住まいにあり、遥かに、都の生活が遠い。
ここ、ここに至る過程に、源氏は、この世の、あはれ、を、感じるのである。

物語は、作り事であるが、作り事の中に、作者が、表現したい、思い、というものがある。
それが、あはれ、である。

いとど心づくしの秋風は、あはれ、そのものなのである。
人生は、また、そのようなものである。
誰もが、一度は、この、あはれ、という、心象風景に佇む時期がある。

日本人の、心性は、あはれ、を、感じ取る、能力があるといえる。
更に、この、あはれ、を、すべての、表現芸術に生かした。

絶対孤独の中に生きる、人間の、有様を、あはれ、という心象風景に、込めたのである。

あはれなる ことのおかしさ 生き抜きて あはれなりつつ あはれに死せる 天山

                       

「げにいかに思ふらむ。わが身ひとつにより、親はらから、かた時たちはなれ難く程につけつつ思ふらむ家を別れて、かくまどひあへる」と思すに、いみじくて、「いとかく思ひ沈むさまを、心ぼそしと思ふらむ」と思せば、昼はなにくれとたはぶれごとうち宣ひまぎらはし、つれづれなるままに、いろいろの紙をつぎつつ手習ひをし給ひ、めづらしきさまなる唐のあやなどに、さまざまの絵どもをかきすさび給へる、屏風のおもてどもなどいとめでたく見所あり。人々の語り聞えし海山のありさまを、はるかに思しやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたずまひ、二なく書き集め給へり。家臣「この頃の上手にすめる千枝、常則などを召して、作り絵つかうまつらせばや」と、心もとながりあへり。





源氏は、本当に、この者たちは、どう思っているのか。私ひとりのために、親や兄弟とは、ほんの少しも離れ難く、それぞれの身のほどにつけて、大事に思っているであろう、家と別れて、この須磨で、こうして、途方に暮れていることだろうと、思うと、ひどく切なく、私が、たいそう思いに沈んでいる様子を、この者たちが見て、心細いと、思っているだろうと、思い、昼間は、なにやかにやと、冗談をいい、気を紛らわせる。退屈にまかせて、色々な色の紙をつなぎ合わせて、歌を書きつける。珍しい織りの、唐の絹などに、様々な絵などを、気の向くままに、書きつけたものを、屏風の表の絵などは、大変素晴らしいもので、見所がある。今までは、人々が話した、海や山の様子を、遥かに想像していたが、今、自分の目で、ご覧になり、本当に想像に及ばないほどに、美しい海岸の景色を、またとなく、上手に、かき集めている。お供の者たちは、それを見て、この頃の絵の名人と世間で評判になっているという、千枝や、常則などを、召して、彩色させてみたいものだ、と、もどかしい気がするのである。





なつかしうめでたき御ありさまに、世のもの思ひ忘れて、近うなれ仕うまつるをうれしきことにて、四五人ばかりぞつとさぶらひける。



源氏の、親しみのある、立派な様子に、お傍近く、親しくお仕えすることを、喜びにして、四、五人ばかりが、いつも、お傍近くに、お仕えしているのである。


物思ひ忘れて
物思いとは、悩み事である。
世の中の辛い悩みを、忘れて、仕えているという。

なつかしうめでたき御さま
懐かしいとは、親しみであり、めでたき、は、愛でたい様である。

愛でたいは、立派な様子なのである。

好色で、どうしようもない源氏の姿と、かけ離れたような、別の姿を描く。
だが、人間とは、このように、実に、複雑なものである。
一人の人間の中に、宿る、様々な、姿を、すでに、平安期に、捉えていたということ。

更に、また、複数の手によって、描かれた物語であるということも、解る。
紫式部が、その種を、撒いたのである。

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2009年11月27日

もののあわれ 427

前裁の花いろいろ咲きみだれ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊にいで給ひて、たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしう清らなる事、所がらはましてこの世のものと見え給はず。




庭の、植え込みの花が、色とりどりに、咲き乱れ、趣深い、夕暮れに、海が見渡せる、渡り廊下に、お出になり、じっと、立っている様子が、ゆゆしう清らなる、不気味なほどに、美しいことは、場所柄ゆえに、まして、この世のものとは、見えないのである。

ゆゆしう清らなる事
不吉なほどに、美しい。
何故、こうまでして、源氏の美しさというものを、描くのか。
その美しさの、描写も、すべて、周囲の状況の中で描く。
決して、気具体的に、源氏の美しい様を、描くことはない。

それは、作家の手である。
作家の面目。
読み手の想像を期待するのである。





白き綾のなよよかなる、紫苑色など奉りて、こまやかなる御直衣、帯しどけなくうち乱れ給へる御さまにて、源氏「釈迦牟尼仏弟子」と名のりて、ゆるるかによみ給へる、また世に知らず聞ゆ。




白の綾の、手触りの柔らかいものを、下着に着て、紫苑色の、衣をお召しになって、色の濃い紫の直衣に、帯を、ゆったりと、しどけなく結び、くつろいだ姿で、釈迦牟尼仏の弟子と、名乗りを上げて、ゆっくりと、お経を、読む声が、また、この世のものとは、思えないほど、素晴らしく聞こえるのである。




沖より舟どものうたひののしりて漕ぎゆくなども聞ゆ。ほのかに、ただちひさき鳥の浮かべると見やらるるも、こころぼそげなるに、雁のつらねて鳴く声梶の音にまがへるを、うちながめ給ひて、涙こぼるるをかき払い給へる御手つき、御数珠に映え給へるは、ふるさとの女恋しき人々の心みななぐさみにけり。

源氏
はつかりは 恋しき人の つらなれや 旅の空とぶ 声のかなしき

と宣へば、良清、
かきつらね 昔のことぞ 思ほゆる かりはそのよの 友ならねども

民部大輔、
こころから とこよをすてて なくかりを 雲のよそにも 思ひけるかな

前の右近の丞
とこよいでて 旅の空なる かりがねも つらにおくれぬ ほどぞなぐさむ

友まどはしては、いかに侍らまし」と言ふ。
親の常陸になりてくだりしにもさそはれで、参れるなりけり。下には思ひくだくべかめれど、ほこりかにもてなして、つれなきさまにしありく。




沖を通り、何艘もの、漁師の船が、大声で、歌いながら、漕いでゆくものも、聞こえてくる。
その船が、かすかに、ただ、小さな鳥が、浮かんでいるように見えているのも、心細い有様である。更に、雁が、列を作って、鳴く声が、船の、梶の音に、間違いそうなほど、似ているのを、源氏は、物思いに、耽って、ご覧になり、涙が、こぼれ落ちるのを、払いのけている、手つきが、数珠に、美しく映えているのを、拝見すると、都に残してきた、妻や、恋人を恋しく思う、人々の心も、みな、慰められるのである。

源氏
初雁は、恋しい人の、仲間なのだろうか。旅の空を飛ぶ声が、悲しく聞こえるものだ。

と、詠まれると、良清は、
次々と、昔のことが思い出される。雁は、その時の、友ではないが。

民部大輔は
心から、常世を捨てて、鳴いている雁を、雲の彼方の、無縁のものと、思っていたことだ。

前右近丞は
常世の国を出て、旅の空にいる雁も、仲間と一緒にいる間は、慰むことだ。

友に、はぐれたら、どんなんでしょうか、と、言う。
右近丞は、親が、常陸介になって、任国に下っていったにも、着いてゆかず、源氏の、お供に来ているのである。心の中では、思い悩んでいるに違いないが、快活に振舞うのである。

つれなきさまにしありく
さり気ない様子でいる

源氏を慕うのである。
我がことよりも、源氏のことを、思う人々である。

誰もが、源氏の方が、辛い境遇にあると、思う。

その証拠は、歌である。

心から とこ世を捨てて なくかりを 雲のよそにも 思ひけるかな
故郷である、常世を捨てて、鳴いている雁を、今までは、無縁のものと、思っていたというのである。
しかし、
常世いでて 旅の空なる かりがねも つらにおくれぬ ほどぞなぐさむ
常世の国を出て、旅の空にいる、雁も、仲間と一緒にいる間は、心が慰む、のである。

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2009年11月29日

もののあわれ 429

五節はとかくして聞えたり、
五節
琴の音に ひきとめらるる 綱手縄 たゆたふ心 君しるらめや

すきずきしさも人なとがめそ」と聞えたり、ほほえみて見給ふ、いとはづかしげなり。

源氏
心ありて ひきての綱の たゆたはば うちすぎましや 須磨の浦波

いさりせむとは思はざりしはや」とあり。うまやの長に句詩とらする人もありけるを、ましておちとまりぬべくなむ覚えける。




五節は、何とか工夫して、お便りを差し上げた。
五節
ことのねに ひきとめらるる つなてなは たゆたふこころ きみしるらめや
琴の音に、引き止められた、綱手縄の、たゆたふ心を、あなたは、ご存知ないでしょう。

出すぎた振る舞い、お見逃しください。と、申し上げた。
にっこりして、ご覧になる。全く恐れ入る、美しさである。

源氏
まことに、真心あって、引く縄のたゆたふならば、素通りするだろうか。この須磨の浦を。

漁師になろうとは、思いも寄らないことだった、と、ある。
宿場の長に、詩を与えた方もあったが、五節は、それ以上の思いで、このまま、留まりたいと、思うのである。





都には、月日すぐままに、帝をはじめ奉りて、恋ひ聞ゆる折節おほかり。東宮はまして常に思しいでつつ忍びて泣き給ふを、見奉る御めのと、まして命婦の君はいみじうあはれに見奉る。入道の宮は東宮の御事をゆゆしうのみ思ししに、大将もかくさすらへ給ひぬるをいみじう思し嘆かる。御はらからの親王たち、むつまじう聞え給ひし上部達など、はじめつかたは、とぶらひ聞え給ふなどありき。あはれなる文を作りかはし、それにつけても世の中にのみめでられ給へば、后の宮聞しめしていみじう宣ひけり。大后「おほやけの勘事なる人は、心にまかせて、この世のあぢはひをだに知る事かたうこそあなれ。おもしろき家居して、世の中をそしりもどきて、かの鹿を馬といひけむ人のひがめるやうに追従する」など、あしきことども聞えければ、「わづらはし」とて、たえて消息きこえ給ふ人なし。





都では、月日が経つにつれ、陛下をはじめ奉り、お慕い申す折節が、多かった。
東宮は、それ以上に、思い出し、一人泣いていた。拝する、乳母、命婦の君は、それ以上に、あはれに思うのである。可愛そうに思う。
入道の宮は、東宮の事を、空恐ろしく思いだったが、大将までが、流浪なさってしまったことを、大変に嘆くのである。
兄弟の、親王たちも、親しくお話していた、上部達など、初めの頃は、お見舞いをすることもあった。
しみじみとした、文を作り交わし、それにつけても、世間から、褒められてばかりいるので、后の宮が、それを、聞きつけて、酷いことを言う。
朝廷のお叱りを受けている者は、気ままに、日々の食べ物を味わうことさえ、難しいという。凝った屋敷を構えて、世の中を悪く言ったり、非難したりするとは。あの、鹿を馬と、言ったという人の間違いに、同じく追従する。など、良くない噂が立つので、面倒だと、便りを差し上げる方も、なくなったのである。

東宮が、源氏の子であるとは、乳母以上に、命婦の君は、いみじうあはれに、思うのである。

勘事
かんじ、とは、勘当であり、罪を考え、法にあてるという意味。
大后は、源氏とっては、義理の母になるが、源氏を嫌う者である。




二条の院の姫君は、程ふるままに思しなぐさむ折なし。東の対にさぶらひし人々も、みな渡り参りし初めは、「などかさしもあらむ」と思ひしかど、見奉りなるるままに、なつかしうをかしき御ありさま、まめやかなる御こころばへも、思ひやり深うあはれなれば、まかで散るもなし。なべてならぬきはの人々には、ほの見えなどし給ふ。「そこらの中にすぐれたる御こころざしもことわりなりけり」と見奉る。




二条の姫君は、紫の上である。
時が経つにつれて、お心の安らぐときが無い。
東の対に、お仕えしていた、女房たちも、皆、こちらに、参上した頃は、まさか、それほどでもあるまいと、思っていたが、お仕えし、慣れるにしたがって、やさしく立派な様子も、日ごろの、お心づかいも、思いやり深く、心打たれるので、暇を取って、出てゆく者もない。
それなりの、身分の女房たちは、ちらりと、姿を見せたりもする。
大勢の中で、とりわけの、ご寵愛も、当然だと、思うのである。

思ひやり深くあはれなれば
やさしく、深いあはれを、持つという。
あはれ、の、風景が、実に広がっているのである。

慈悲深い心を、また、あはれ、として、皆、心打たれる。


須磨の物語も、後半である。
源氏の、須磨での、生活が、描かれる。
更に、源氏を、取り巻く人々の姿である。

それぞれの、やり取りが、細やかで、緩やかに、たゆたふ、のである。
源氏という、架空の人間の中に、すべての、人間の、有り様を、込めた物語である。

平安期の、朝廷、貴族の世界だからこそ、描けたのである。
庶民の生活の中では、描けない。
現代の社会は、平安期の、朝廷のような、社会である。
つまり、源氏物語は、未来の、人間の、日本人の、有り様を描いたといっても、よい。

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2009年11月30日

もののあわれ 430

かの御住まひには、ひさしくなるままに、え念じすぐすまじう覚え給へど、わが身だにあさましき宿世と覚ゆる住まひに、いかでかは。うち具してはつきなからむさまを思ひかへし給ふ。所につけて、よろづの事さまかわり、見給へ知らぬ下人のうへをも見給ひならはぬ御ここちに、めざましう、かたじけなう、みづから思さる。煙のいと近く時々たちくるを、これや海女の塩やくならむと思しわたるは、おはします後の山に柴といふものふすぶるなりけり。めづらかにて、

源氏
山賎の いほりにたける しばしばも こととひこなむ 恋ふる里人
やまがつの いほりにたける しばしばも こととひこなむ こひふるさとびと




須磨の、住まいでは、久しくなるにつれて、とても、我慢しきれないように、思われるが、わが身でさえ、驚くほかはない、運命だと思う、住まいに、どうしているのか。一緒になっては、不都合なことだろうと、思うのである。
場所柄のせいか、すべてのものの、様子が、違う。まるで、君のことなど、知らない、下人の暮らしなど、ご覧もされなかった、お方のこととて、自分ながら、心外にも、もったいなく、思うのである。
煙が、すぐ傍で、時々立ち上るのを、これが、海女の塩焼く煙かと、思っていたが、住まいの後の山で、柴というものを、燃やすのであった。
珍しく、
源氏
山がつが、あばら家に、焚く柴のように、しばしば、私を、尋ねて来ては、くれないだろうか、恋しい、京の人よ。

これは、作者が、下賎のものとして、源氏の生活を、描くのである。




冬になりて雪ふりあれたる頃、空のけしきもことにすごくながめ給ひて、琴を弾きすさび給ひて、良清にうたうたはせ、大輔笛ふきて、遊び給ふ。心とどめて、あはれなる手など弾き給へるに、ことものの声どもはやめて、涙をのごひあへり。



冬になり、雪の降り荒れる日、空の有様も、凄いものだと、ご覧になり、琴を弾きすさび、良清に、歌をうたわせ、大輔は、横笛を吹いて、お遊びになる。
君が心を込めて、しんみりとした曲を弾くと、ほかの楽器は、やめて、皆、涙をぬぐうのである。

あはれなる手など弾く、とは、表現できない気分の、様子を言う。あはれ、としか、書きようがないのである。





むかし胡の国に遣はしけむ女を思しやりて、「ましていかなりけむ、この世にわが思ひ聞ゆる人などをさやうに放ちやりたらむ事」など思ふも、あらむ事のやうにゆゆしうて、源氏「霜ののちの夢」と誦じ給ふ。月いとあかうさし入りて、はかなき旅の御座所は奥までくまなし。ゆかりの上に夜ふかき空も見ゆ。いりかたの月影すごく見ゆるに、源氏「ただこれ西に行くなり」とひとりごち給ひて、

源氏
いづかたの 雲路にわれも 迷ひなむ 月の見るらむ 事も恥づかし

とひとりごち給ひて、例のまどろまれぬ暁の空に、千鳥いとあはれに鳴く。

源氏
友千鳥 もろ声に鳴く あかつきは ひとりねざめの 床もたのもし

また起きたる人もなければ、かへすがへすひとりごちて臥し給へり。夜ふかくお手水まいり、念誦などし給ふも、めづらしき事のやうにめでたうのみおぼえ給へば、え見奉り捨てず、家にあからさまにもえいでざりけり。



昔、漢の元帝が、胡の国に、おやりになったという、女のことを、考えて、帝の胸中は、これ以上、どのようなものだったろうか。この世で、自分が思う女を、そのように、遠くへやるとは、などと、思うにつけ、我がことのように、不吉で、霜の後の夢と、吟じる。
月が、実に、明るく差し込んで、かりそめの、旅の住まいでは、奥まで、素通りである。
床の上からでも、夜の深い空が見える。
入り際の月の光が、凄く見えるので、ただ、これより、西に行くなりと、独り言を言い、
源氏
どの方角の、雲路に、私は、迷って行くのか。月の見ている手前も、恥ずかしいことだ。

と、独り言を言い、いつものように、うとうとともされない、暁の空に、千鳥が悲しく鳴くのである。

源氏
友千鳥が、声を合わせて鳴く。この暁は、一人寝覚めている、私も頼もしい感じがする。鳴くのは、一人ではないのだ。

ほかに、起きている者もなく、繰り返し繰り返し、一人口ずさんで、横になっている。
深夜、手を洗い、念仏読経などされるのも、このような方は、二人とないとまで、ご立派に見えるので、帰京する気も起こらず、我が家に少し、退出する気にも、ならないのであった。

おぼえ給へば
思われるという、源氏に対する敬語であるから、作者の気持ちである。

時に、このように、作者の思いが、入るので、物語が、難しく思われる。
主語というものが、必要ない、時代性、時代精神という。

現代の日本語も、日常会話では、主語が、使われないことが、多い。

これで、当時の、そして、日本人の心性というもの、実に、他者と、我とが、曖昧に、つながるのである。

この、微妙曖昧さというものを、たゆたふ、という、言葉で、表す。
明確にしない、精神世界は、自然、風土によるものである。

季節の、境目が、曖昧であるように、人の心も、曖昧に、捉えるのである。
それは、良い悪いの問題ではない。
それが、性質なのである。

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