2009年09月15日

マニラの悲劇 1

三流売春婦のお店の、女性をガイドに頼んだことは、書いた。

モンテンルパに行く前の日に、衣服支援を行う。

部屋に来てもらい、支援物資を見せて、今回出掛ける、トンド地区の状態を聞いた。
そして、彼女に、してもらいたいことを、言った。

まず、男女別に、分かれてもらうこと。
つまり、人を整理して欲しい。差し上げた人は、外にはずして欲しい。
そして、写真を撮ることである。

トンド地区とは、マニラのスラム街であり、泣く子も黙るといわれる、危険な場所である。
誰もが、危険だという。

三つの、支援物資のバッグを持って、タクシーに乗った。

そのタクシーを捉まえてくれたのは、ポン引きの、おじさんである。
私は、ポン引きの、おじさんたちと、親しい。
アホな、ポン引きの、おじさんは、私に、女を買えと、煩いが、賢いおじさんは、決してそんなことは、いわない。

ポン引きの、親分肌のおじさんが、日本語ぺらぺらで、私に、自分のことを、ポン引きですと、紹介した。
そして、トンドに行くなら、男を連れた方が、良かったと言った。
すると、他の、ポン引きたちも、そうだそうだ、俺が一緒に行ってやるのにと、言った。

兎に角、物は取られる。女は、連れ去られると、言う。

しかし、私は、もう、彼女、ニーナとしておくが、ニーナを頼んだのだから、行くしかない。

タクシーに乗り込んで、彼女が、行き先を言う。
そして、運転手と、何やら、話し込んでいる。
これから、行うことを、伝えているようだった。

大きな、橋を抜けると、トンド地区に入る。
そこは、前回、私たちが、慰霊をした、スペイン統治時代の、イントラムロスのサンチャゴ要塞から、川向に見えたスラムであった。

次は、あの地区へ行こうと、決めたのだ。

トンド地区の入り口の、公園の横に、タクシーが止まった。
公園では、老若男女が、たむろしていた。

ニーナは、大き目の、一つのバッグだけを、持つようにと、私に言う。
時々、彼女が、命令口調になるのは、自分で、日本語を覚えたからであろう。

カメラを持って、彼女が、公園にいる人々に、声を掛けた。
すると、一斉に、人が集う。
前列に、子供たちに、並んで貰った。
そこまでである、秩序が保たれたのは。

子供に合わせて、一つ一つ、手渡していると、大人、老人たちが、我慢できなくなったのであろう。
取り出すものを、奪いはじめた。
次々に、奪うのである。

そして、更に、人が集ってきた。
どんどん、収集がつかなくなる。
渡すと、それを、奪い合う。

私は、ノーノーと、言った。
ニーナも、叫んだ。
ついに、タクシーの運転手も、出て来て、加勢するが、混乱は、収まらない。

その時の、写真を見ると、何を写しているのか、よく解らない写真である。
ニーナも焦ったのである。

そして、ニーナが、突然、もう行くと、私に言うと、バッグの口を閉めて、持ち出した。私に、車に乗れと言う。

追いかけてくる人々を、押しのけて、車に乗ると、ロックしろと言う。
どちらが、雇い主だか、分からない。

タクシーは、ドアをロックして、すぐさま走り出した。
ニーナが、私の友達のいる、ところに行くと、言う。

そこなら、大丈夫と、言う。

私は、呆然としていた。
今までも、人々が多く集ったが、あれほどまでに、混乱したことは、無い。
後ろで、子供が、転んで泣いていたのを、見た時、駄目だと、思った。

奪い合うという、心が、あの地区を支配しているとしたら、救われない。
皆で、分かち合うことが、貧しい場所の、最低の、ルールである。

ニーナは、お金をくれという人もいたと言って、憤慨していた。

少し行くと、ニーナの友人のいる、家の前に着いた。

ニーナが、一寸待てと、私に言う。
口調が、逆転している。

ニーナが、友人と、何やら話しているのを、見ていた。友人は、頷いて、ニーナの話を聞いている。

ようやく、ニーナが戻って来た。
そして、すべての、バッグを持ち出した。

そこは、少しの秩序があった。
皆、控え目に、私の取り出す物を、待った。

しかし、次第に、人が溢れてくると、バッグから、取り出す人も出始めた。
その時、誰かが、声を出した。
そして、秩序が、保たれた。

男たちも、私が、取り出すまで待ち、控え目に、受け取る。
運転手も、手伝っていたから、驚いた。
だが、最後に、子供用の、靴の袋を取り出して、それを、全部出した時、突然、奪い合いが、始まった。

ニーナが、私に、これで終わりと、言う。
運転手が、残りのバッグを、車に積む。

ニーナの友人という、女性も、少し、呆然としていた。

車に乗り込むと、人々が、私に手を振る。
ニーナの友人は、私に頭を下げた。

ニーナは、運転手と、何やら話す。
そして、私に、これで、戻ると、言う。

まだ、物資は、半分残っていた。

ホテルに、到着して、タクシー料金を、聞いて貰った。
300ペソと言う。
安い。
ニーナが、それでいいって、と、言う。

バイクタクシーに、私がトンド地区に、衣服支援をしたいが、幾らかと、尋ねたとき、何と、5000ペソと言われた。そして、タクシーなら、7000,8000ペソにもなると、言われていたのだ。

メータタクシーだと、2000ペソ程度かと、思いきや、300ペソだと言うので、感激した。

誰もが、ボル訳ではないのだ。
運転手は、私の行為の、主旨を理解したのだ。

ホテルのドアマンのおじさんが、残った物資を見て、ニーナに話し掛けている。
何を言ったのと、尋ねると、どうして持って来たと、聞くから、皆、喧嘩するから、止めたと答えたと言う。

部屋に戻り、しばし、二人でベッドに、横になった。
ベッドは、大きく、両端に分かれて寝たのである。



posted by 天山 at 00:00| マニラの悲劇 平成21年9月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伝統について 45

思ふにし 余りにしかば すべを無み 出でてそ行きし その門を見に

おもふにし あまりにしかば すべをなみ いでてそゆきし そのもんをみに

恋するあまりに、思い余り、どうしようもなくて、出掛けて行った。妻の家の門をみるために。

すべを無み
術が無くて、つまり、どうしようもなく、それは、つまり、心の様を、もてあましてである。

ただ、恋する人の、部屋の前に出掛けるだけで、何かが、満たされる。
それは、自分の心の満たしである。

情には 千遍しくしくに 思へども 使を遣らむ すべの知らなく

こころには ちへしくしくに おもへども つかひをやらむ すべのしらなく

心では、幾重も、しきりに思う。だが、使いをやる、すべが無い。

術、方法である。
使いをやる、方法が無いのである。

それも、切ないこと。

しくしくに
心の思いが、しくしくに、なるのである。

夢のみに 見るすら幾許 恋ふる吾は 現に見ては まして如何にあらむ

いめにのみ みるすらここだ こふるあは うつつにみては ましていかにあらむ

夢に見るだけでも、こんなに恋しい。実際に、会ったら、まして、どんなに、恋しいことだろう。

恋ふる、とは、恋心を、振る、つまり、とても、とても、恋しいのである。

これは、魂振り、たまふりと、同じようなものである。

恋心も、魂の発露である。

相見ては 面隠さるる ものからに 継ぎて見まくの 欲しき君かも

あいみては おもかくさるる ものからに つぎてみまくの ほしききみかも

逢うと、恥ずかしくて、顔を隠してしまう。でも、逢わなければ、しきりに、見たいと思う、あなた。

なんとも、微笑ましいことだ。

千年以上も前の、人たちの、素直で、純粋な心の、有様を見る。

継ぎて見まくの
絶えず、本当は、見たいのである。

好きな人の、顔は、見詰めていても、飽きる事が無い。
それが、継ぎて見まくの、である。

無名の、先祖たちの歌、歌、歌、である。
だが、そこに、私たちの、心の、原型がある。

これが、いずれ、心象風景となって、複雑な、心情の世界を、生んでゆく。
複雑になって、また、元に戻り、意識の、変革と、変容をする。
心の、歴史の有様である。

繰り返す。しかし、その、繰り返しは、後退ではない。
発展生成しているのである。

心は、成長する。
未だに、もののあはれ、を、超える、心象風景は、生まれていないのである。
恋する心から、生まれでた、もの、あはれ、の心である。


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