2009年09月14日

伝統について 44

思はぬに 至らば妹が 嬉しみと 笑まむ眉引 思ほゆるかも

おもはぬに いたらばいもが うれしみと えまむまゆひき おもほゆるかも

突然に、訪れたら、妻が嬉しくて、笑うだろう、眉引を、思う。

妻が嬉しいと思う、心。
更に、美しい妻なのだろう。
引き眉、とは、描くことだろうか。

相手も嬉しい、我が身も、嬉しい。
恋とは、そんなものである。

かくばかり 恋ひむものそと 思はねば 妹が手本を まかぬ夜もありき

かくばかり こひむものそと おもはねば いもがたもとを まかぬよもありき

別れていると、これほど、恋しいものだと、思わなかった。共に寝ても、妻の、手枕をしない夜もあった。

今、別れて思うのである。
これほど、恋しいとは、思わなかった。しかし、妻の手枕を求めない夜もあった。後悔している。

かくだにも われは恋ひなむ 玉梓の 君が使を 待ちやかねてむ

かくだにも われはこひなむ たまづきの きみがつかいを まちやかねてむ

せめても、このように、恋い慕うだけでもいい。やがて、玉梓の、あなたの使いを、待ちかねてしまうのだろうか。

使いが来ない。
待ちかねるのか。
不安である。

待ちやかねてむ、とは、このまま、待ちぼうけになってしまうのかもしれない、と、おもうのだ。

片恋、片思いである。
恋は、片思いに妙味があるかもしれない。が、それは、また、特に辛いもの。

妹に恋ひ わが泣く涙 敷袴の 木枕通り 袖さへ濡れぬ

いもにこひ わがなくなみだ しきたへの こまくらとほり そでさへぬれぬ

妻に恋して、泣く涙が、敷袴の木枕を通り、袖までも、濡れてしまった。

恋は、病に似る。
恋煩いである。

恋する感覚は、感情過多になる。
今も、昔も、変わらない。
更に、未来を想像する。

心が乱れて、眠られなくなる。
恋とは、実に、あはれなものである。

立ちて思ひ 居てもそ思ふ 紅の 赤裳裾引き 去にし姿を

たちておもひ いてもそおもふ くれないの あかもすそひき いにしすがたを

立って思い、座って思う。紅の赤裳の、裾を引いて去った姿を。

男の思いである。
彼女にまつわるもの、すべてが、愛しい。
そして、何度も繰り返して、思うのである。

その姿。
その姿。

去る姿は、また、咲く別である。
その姿に、心が、囚われてしまった。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。