2009年08月31日

伝統について 31

磯の上に 立てるむろの樹 ねもころに 何か深めて 思ひ始めけむ

いそのうえに たてるむろのき ねもころに なにかふかめて おもひそめけむ

磯のほとりに、立つ、むろの木の根のように、ねもころに、ねんごろに、どうして、こんなに深く、思いはじめたのか。

何か深めて
恋である。
自分の心境を、受け入れる戸惑い。
心の何を深めてしまったのか・・・理屈なく。


橘の 下に吾を立て 下枝取り 成らむや君と 問ひし子らはも

たちばなの もとにわをたて しづえとり ならむやきみと とひしこらはも

橘の木の下に、私を立たせて、下枝を取り、恋は成就するでしょうか、橘の実りのように、と、あなたと言った、あの子は。

成らむや君と
実りますか、あなた。
すでに、心は、通い合うのである。


天雲に 翼うちつけて 飛ぶ鶴の たづたづしかも 君坐さねば

あまぐもに はねうちつけて とぶたづの たづたづしかも きみいまさねば

天雲に、翼を打ち付けるように飛ぶ、鶴のように、たどたどしいこと。あなたが、ここに、いないから。

たづたづしかも
心細いのである。


妹に恋ひ 寝ねの朝明に 鴛鴦の ここゆ渡るは 妹が使か

いもにこひ いねぬあさけに おしどりの ここゆわたるは いもがつかいか

妻に恋して、寝つけない朝、おしどりが、ここを通り渡るのは、妻の使いだろうか。


当時、鳥は、何かの使いと、考えた。
前触れとも、思った。

思ふにし 余りにしかば にほ鳥の なづさひ来しを 人見けむかも

おもふにし あまりにしかば にほどりの なづさひこしを ひとみけむかも

思い募り、耐えられずに、にほ鳥が、水に浸かって、苦しむように、来たことを、人は見ただろうか。

思ふにし 余りにしかば
思い高ぶり、その思いに従い、逢いに来たと、告白する。

歌に詠むだけではなく、行動したのである。
それほどに、思いが、高まった。

この、余りにしかば、は、あはれ、である。
耐えられずに、という、心の、強い働きは、あはれ、となる。

思ふにし あはれまされり、なのである。

思いつめ あはれまされり 行く春の 名残の花の 後追う我は
天山

あはれなり 増される心 何あらむ 亡き人偲び 今日に至りて
天山

幻の 影を慕いて あはれなり 行けども尽きぬ 花の散るごと
天山



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。