2009年08月28日

伝統について 28

山菅の 乱れ恋ひのみ 為しめつつ 逢はぬ妹かも 年は経につつ

やますげの みだれこひのみ せしめつつ あはぬいもかも としはへにつつ

山菅のように、心乱れて、恋する苦しさばかりを、させて、逢うこともない、妹よ。何年も、経っているのに。

片恋、つまり、片思いの歌である。
これは、辛い。
恋しても、会わないのであるから、辛さは、激しい。
乱れ恋のみ、とは、恋の苦しみに、心が乱れ、悶えているのである。


わが屋戸の 軒のしだ草 生ひたれど 恋忘草 見るに生ひなく

わがやどの のきのしだくさ おひたれど こいわすれぐさ みるにおひなく

わが家の、軒の、しだ草は、はえるばかりなのに、恋の忘れ草は、見ていても、はえる気配がない。

これも、片思いの歌。
恋忘れ草というものが、あるのか、どうか。
カンゾウという花との、解釈である。
黄色で、儚げに咲く花である。

打つ田にも 稗は数多に ありといへど えらえしわれの 夜をひとり寝る

うつたにも ひえはあまたに ありといへど えられしわれの よをひとりねる

耕す田に、稗は、沢山あるのに、選び、捨てられた私は、夜を、一人寝るのだ。

失恋である。
選ばれなかった。
えられしわれの
選ばれなかった私は、である。

万葉の時代も、今の時代も、同じである。

あしひきの 名に負ふ山菅 押しふせて 君し結ばば 逢はざらめやも

あしひきの なにおふやまげ おしふせて きみしむすばば あはざらめやも

あしひきの、山を名に持つ、山菅を、押しふせるように、契りを結ぶというなら、どうして、逢わないわけはないでしょう。

押しふせて、という、強い気持ちがあれば、私は、会いますというのである。

ここでは、あなたが、そうであるならば、ということである。
つまり、自分は、その用意が、いつでもあるということ。

実に、激しい恋である。


秋柏 潤和川辺の 小竹の目の 他人にはしのべ 君にあへなく

あきかしは うるわかはへの しののめの ひとにはしのべ きみにあへなく

秋の、柏が潤う、潤和川辺の、小竹で編んだ、目のように、他人には、思いを隠していられるが、あなたには、隠せないのだ。

一人、静かに、熱い思いを抱いている、その心は、あなたには、隠せないという。
目が合えば、隠せるものではない。

小竹で、編んだ目のように、という、比喩である。
その目のように、思いを隠しているという。

何一つをも、彼らには、喩えにする。・・・のように、である。
恋する心は、すべてが、新しく見える。
すべてが、新鮮に見える。

恋心、大和心である。
それが、普遍的になると、おおいなる、やわらぎの、こころ、となる。



posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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