2009年08月17日

伝統について 17

宇治川の 水泡逆巻き 行く水の 事反らずそ 思ひ始めてし

うじがわの みなわさかまき ゆくみずの ことかへらずそ おもひそめてし

宇治川の、水泡が、逆巻きつつ流れてゆくように、恋に目覚めた心は、後戻りすることは、できないのだ。

恋の芽生えである。
後戻りできない、恋の初めである。
何とも、初々しいのである。

誰もが、一度は、こういう経験をするだろう。


鴨川の 後瀬静けく 後も逢はむ 妹にはわれは 今ならずとも

かもがわの のちせしずけく あともあはむ いもにはわれは いまならずとも

鴨川の、下流の瀬のように、静かに、後々に逢おうと、妻に私は。今でなくても、いいのだ。

後瀬静けく
のちせしずけく、という、逢引である。
今でなくても、いい。後で、逢うのだ。

きっと、今は、逢えない理由があるのだ。下流ということが、それを言う。


言に出でて 言はばゆゆしみ 山川の 激つ心を 塞かへたりけり

ことにいでて いはばゆゆしみ やまかわの たぎつこころを せかへたりけり

言葉に出して言うことは、恐ろしい。山川のように、激しい心は、抑えて、言わない。

言はばゆゆしみ
言えば、言うことは、恐ろしいのである。
だから、山川のように、激しく内部は、動いていても、言わないでいる。
その心は、恋なのである。

恋心を、堪えているのである。

水の上に 数書く如き わが命 妹に逢はむと 祈誓ひつるかも

みずのうえに かずかくごとく わがいのち いもにあはむと うけひつるかも

水の上に、数を書くと、消えてしまう。そんな、私の命でも、妻に逢おうと、占いをして、確かめるのである。

祈誓ひつるかも
つまり、吉凶判断の占いである。

占いをして、心を静める。
深い思いを、凝らして、妻を思い、占う。占う行為に、恋を託すのである。


荒磯越し 外ゆく波の 外ごころ われは思はじ 恋ひて死ぬとも

ありそこし ほかゆくなみの ほかごころ われはおもはじ こひてしぬとも

荒磯を越して、外に溢れるようなふた心を、私は待たない。恋に死んでも、本望なのだ。

つまり、他に、心を動かさないのである。
この恋に、死んでもいいのである。

他の人を、恋することなんて、無い。
この恋にこそ、命を、賭けている。

自己決定の強さ。自分に言い聞かせるようである。

ここでも、また、一途な恋の心が、ある。
万葉の恋は、兎に角、一途であり、それは、純粋無垢である。




posted by 天山 at 00:00| 伝統について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。