2009年08月08日

ラオス・ルアンパバーンへ 8

再度、トゥクトゥクに乗って、ゲストハウスに向かった。

私は、汗だくになっていた。
浴衣の袖で、顔の汗をぬぐう。

風自体も、暑いのである。
ところが、現地の人は、あまり汗をかかないのである。
慣れなのであろう。

ゲストハウスに着いて、部屋に入り、まず、20ドルを渡した。
そして、ニッツに、チップとして、5ドルを渡した。

2500円で、とても、大事なことが出来た。
感謝した。

それじゃあ、と、再会の約束をして、別れた。
ニッツは、電話番号を教えてくれた。
次に来た時に、連絡することにした。

しかし、その後、私は、ニッツに、二度会うことになる。

シャワーを浴びて、まず、着替えをした。

ところで、ここでは、土曜日の、深夜3時頃から、日曜の夕方まで、停電になる。
停電だと、エアコンも、シャワーも、駄目。
だから、水シャワーになる。

水シャワーは、温かいので、平気だが、エアコンが効かないのは、困った。

昼過ぎていたので、買い物に出掛けた。
道端で、売っている物を買って、部屋で食べようと思った。

あの、ニッツのいるレストラン以外は、コーヒーショップにも入らなかった。
皆、路上の屋台から、買った。

ミニフランスパンの、サンドイッチが、一万キップである。
それを、夜の分と、二つ買う。
すると、コーヒーは、いかがですかと、声が掛かる。
と、そのように聞こえた。

コーヒーは、煎れたてで、五千キップである。

昼と、夜の、食事で、約、2,5ドルである。
と、思いきや、果物の屋台で、足が止まる。

丁度、多くの果物が、出る時期である。
兎に角、パイナップルが美味しかった。
一個分を、切り分けているものが、五千キップである。

部屋に戻り、窓を全開にして、昼ごはんを食べた。
部屋は、丁度、日陰になり、それほど暑くなかったのが、幸いである。

今夜で、この街と、お別れである。

マッサージにと、思ったが、諦めた。ここで、下手なマッサージをされると、益々、疲れると、思ったからだ。
何せ、こちらは、人に整体をし、マッサージにかかる、プロである。

ミニフランスパンは、多かった。
腹が満タンになった。

コーヒーも、大型のカップに、たっぷり入っている。

私は、そのまま、ベッドに、体を横たえた。

そして、うとうとしている時、ドアが、ノックされた。
ニッツだった。

三時頃だろうか。

彼は、私に会いたいという人がいると、誘いに来た。
それは、有難いと、思ったが、今は、これ以上に、何も出来ないのである。
会っても、何も出来ないのだから、申し訳ないと、その申し出を、断った。
しかし、ニッツは、少し、しつこく、誘うのである。
その人は、少し日本語が出来ると言う。

次に来た時に、会うことにすると、私は、固く辞退した。

渋々、ニッツは、帰っていった。
その時、ニッツが、今日は、まだ何も食べていないと、言うので、夜のために、買った、サンドイッチを上げた。

だが、再び、六時前に、来た。
何と、その時は、酔っ払っていた。

チップ分を、すべて飲んでしまったのかと、思えるほど、酔っていた。

矢張り、私に着物を着てくれ、会わせたい人がいると、言う。

いや、今回は、もう十分だと言ったが、ニッツは、酔っているせいか、頑固である。
と、ベッドに、横たわり、寝た。

酔いで、どろどろになっているようだった。
兎に角、私に会ったことが、嬉しくて嬉しくて、たまらないようだったことは、解った。

英語で、私を絶賛していた。

私は、ベッドに横になるニッツを、暫く眺めていた。
彼の幸せは、何か・・・

すると、彼の携帯電話が鳴る。
私は、ニッツを起こしてみた。
目を開けるが、再び、眠る。

こりゃあ駄目だ。

私は、意を決して、彼の勤める、レストランに行くことにした。
彼らに、迎えに来てもらおうと思った。
ところが、レストランに行くと、今日は、いつものボーイさんたちは、休みだというのである。

あららら
再度、部屋に戻り、ニッツを起こしてみたが、目は、開くが、起きる気配が無い。
また、携帯が鳴った。
また、私は、ニッツを起こした。

やっと、電話を取ってくれたが、受話器をきちんと、持てないのだ。

と、ニッツが、ぅえーと、声を上げて、トイレに、駆け込んだ。
そして、やや暫く、吐いていた。

私は、トイレットペーパーを持って、その横に立ち、ニッツに、少し千切って、渡す。それで、口元を、拭く。そして、吐くの、繰り返しである。

ようやく、収まり、やっと、携帯で、話すことが出来た。
何やら、色々と、言われているようだった。

終わると、フラフラしながら、戻りますと言い、今度は、本当の別れである。

必ず、また来るから。
私は、あなたと、ベストフレンドだと、言うと、ニッツは、安心した顔をして、バイバイと、出て行った。

私も、どっと、疲れた。

その頃は、電気が戻っていたので、エアコンをつけて、ベッドに体を投げ出した。

長い一日だった。
そして、内容の濃い、一日だった。

ニッツは、一体、誰に、私を会わせたかったのか。
きっと、日本人で、お金を持っているから、頼みを聞いてもらえると、思ったのだろう。
彼らから、見れば、とてつもなく、お金持ちに見えるのである。
ニッツは、私がドルを出したとき、財布のドル紙幣を見ている。
何かの時に、と、思う気持ちで、少しばかり、多めにドルを持っているのである。
お金は、見せては駄目である。



神仏は妄想である 227

法華経から、遠回りをして、ここまで書いてきた。
ここで、解ることは、空、の思想というものも、解釈によって、多々意味が違うということである。

空、というものの、観念を作り上げるのは、大変なことである。
そして、何故、空、というものを、必要としたかである。

空、というものは、何も無いという状態ではないということが、朧に解ったと、思うが、それは、また、行為によってでなれば、体得できないのかもしれない。
更に、本当は、そんなものは、無いが、有るかの如くに、対応しているともいえる。

無というものが、有と、対立するもので、無という状態は、心の、置き方の問題であることも、解った。

空とは、違い、無とは、単独に存在するものではない。
また、無とは、存在しないということでもない、ということが、解った。

更に、インドの空、無、というもの、中国思想、その言葉によって、一度、解釈されているものを、日本が、取り入れているということである。

漢語に、拘ると、本来の、無、空、という言葉の、意味が、変容する。

老荘思想の、無の境地というものに、近い感覚が、禅でいうところの、無に、近いということも、解ったのである。

だから、日本の仏教という場合は、中国仏教というものが、前提にあるということ。

であるから、仏典が、その、解釈ものが、バラモンの、サンスクリット語によって、書かれることによって、その言葉の観念は、バラモンよりのものとなり、それが、果たして、釈迦仏陀の、教えにあるものなのかという、疑問が起こる。

実に、釈迦仏陀の言葉とは、遠い仏法なるものが、誕生した。

法華経による、久遠実成の仏陀とか、秘密仏教、密教による、大日如来とかは、全く、妄想の産物であり、更に、神格化するなどとは、初期仏教には、無いことである。

真言密教などは、全く、仏教とは言えないものである。
バラモンの呪術の部分を取り出して、大日如来を創作し、更に、仏典を勝手に、解釈して、仏になるなどというのは、大嘘である。

空海によって、日本に伝えられたが、彼は、野心が強すぎる。
しかし、鎌倉仏教の開祖たちは、空海に、束になってかかっても、適わないだろう。

魔の力の強いことと、いったらない。
大魔であり、鎌倉時代の開祖たちは、小魔である。

それらの、流れを汲む仏教愛好者たちである。
程度が、知れる。

時代の風雪に耐えてきたのは、建物であり、その精神は、今は、堕落の一途である。

誰一人、開祖たちの中で、仏になったというものは、いなかった。
今でも、迷い続けている。

どこを、どう探しても、極楽などはないし、更に、阿弥陀如来というのは、地獄から、天国までの、間があり、ただただ、広い宇宙空間が広がるだけ。

仏典に入れ込んだだけ、迷うのである。

久遠の仏という存在も無いので、相変わらず、南無妙法蓮華経と、唱えて、迷い続ける様は、哀れである。

結局、建物の上空に集い、何やら、そこでも、生前のように、侃々諤々である。

中には、指導者もろとも、とんでもない、空間にいて、茫然自失の者もいる。

理屈、言葉遊びに始終した者ども、死んでからも、それを、続けているという様。

我が心の中にある、仏というものを、信じていたが、一切、仏など無かった者は、一体、どうすれば、いいのか。
すべての人の心に、仏性が宿ると、詭弁の最澄は、今頃後悔しているだろうが、後の祭りである。

人の心の中に、仏性など、あるわけが無い。
それは、キリスト教徒が、人は皆、神の子であるというのと、同じ。
人が、神の子であるなどというのは、真っ赤なうそである。

何より、仏や、神など、無いのである。
無いものが、どうして、宿るのか。

信じきれば、救われるという、大ばか者の言葉に、騙されて、ここまで、やってきたが、もう、お終いである。

三蔵法師玄奘は、頭脳明晰で、志高く、天竺に出掛けて、一度覚えたことは、二度と、忘れなかったが、膨大な経典を、持参して、それを、漢訳した。
それが、日本に伝わり、混乱の極みである。

玄奘の、描き出した、仏典の解釈によって、更に、日本仏教は、歪になり、どんでもない、宗教というものに、成り果てた。

仏典解釈が、漢字の解釈となる、という、驚きである。

それは、玄奘の、解釈を探るということで、釈迦仏陀を、探ることではないと、気づかない、アホどもである。

作られた、教え。
人間が作り上げたもの、それは、完全ではない。
しかし、それが、完全であるかの如くに、説くとは、笑止千万である。

中には、それを、取り上げて、仏教は、作られてゆくものであり、今、私の教えが、もっとも、正しいと、新興宗教並みのことを、行う者多数。

いずれにしても、仏教に迷うという、姿は、哀れである。
いや、宗教に迷うということは、哀れである。

宗教というもの、人間の、ファンタジー性が、いかに、高いものであるかということの、現れである。
それは、人間の、大脳化ゆえである。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 228

グプタ王朝の、集権的国家体制が、バラモン教思想を主軸として、思想の固定化、体系化を目指していた情勢に応じて、伝統的、保守的仏教諸派も、体系化を目指した。

更に、当時の、公用語である、サンスクリット語を採用したのである。

幾多の書が作成されたが、後世、もっとも、重要視されたのは、ヴァスバンドゥ、つまり世親の、書だった。

更に、大乗仏教も、哲学思想は、あったが、理論体系をもたなかった。
グプタ王朝に入り、体系化するに至ったのである。

サンスクリット語にての、著作であり、学派が確立する。

中でも、特出したのは、唯識説である。
中観哲学は、諸々の事物、つまり、諸法の空であることを、種々の論法によって、論証したが、体系的哲学説を持たなかった。
そこで、現実存在が、何故、かくのごとき、秩序に従い、成立しているのかと、その所以を、一定の体系的原理に基づき、組織的に、説明したのが、唯識派である。

唯識派を、ヨーガ行派ともいう。
ヨーガの行によって、唯識の理を観ずるからである。

唯識派の開祖は、マイトレーヤーである。
後世の、伝説により、弥勒菩薩と、同一視された。

マイトレーヤーの教えを受けて、唯識説を組織的に、論述したのは、アサンガ、つまり、無著である。

先の、ヴァスバンドゥは、アサンガの、弟であり、小乗を研究して、倶舎論を著したが、後に、アサンガの指導により、大乗に帰依し、多数の著書を著した。

唯識説は、人間の現実存在を構成している諸々の法は、実有ではなく、実相は、空である。
しかし、無差別一様な空という、一つの原理に従い、一定の秩序ある現実の差別相が、現れることはない。
諸々の法が、現にあるごとく、成立するためには、それぞれ空に裏付けられた、原因がなければならない。
それを、種子、しゅうじ、と呼ぶ。
種子とは、法を生ずる可能性である。
可能性は、それ自体、有でも、無でもなく、空である。
客体的なものではなく、純粋の精神作用、すなわち、識である。
それは、分別して、知る働きである。

万有は、識によって、顕現したものにほかならないとして、唯識を主張する。

外界の対象は、夢の如きであり、実在しないものである。
識の分別により、仮に映し出されたものである。
この動きを、識体の転変という。

識体が転変して、三種の識を成立させる。
第一に、アーラヤ識であり、根本識と呼ぶ。
一切の諸法の種子による。

第二に、思量の働きを成す、マナ織である。
アーラヤ識を、よりどころとして、それに依存して起こる。
アーラヤ識を対象として、我執を起こす。
我見、我疑、我慢、我愛を伴い、これによって、汚され、染汚意と、称する。

第三に、眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識の六識であり、それぞれ、色、声、香、味、触、法を認識するというもの。

人が、自己の対象を、空と悟り、実在するものを、認めない場合は、心は、唯識性に住する。

その、究極の、境地において、無心であり、無得である。
その境地は、生死と、ニルヴァーナとが、異なったものではない。
そのいずれにも、住しない。
それは、真如の智慧、般若を有するゆえに、生死に、住しないのである。

そして、慈悲を有するがゆえに、衆生を救うことに努め、ニルヴァーナに住することもない。

このような、理屈を延々として、考え続けたのであるから、驚く。

如来蔵思想というものがある。
唯識説と似る。

凡夫の心のうちに、宿る、如来たる可能性を持って、如来蔵という。

その、観念に基づき、衆生の迷いと悟りを、成立させるという、説を唱える思想である。

これが、日本の仏教に、大きな影響を与えたと、思われる。

大乗とは、衆生心である。
心に、如来の本姓が宿るという、思想で、日本仏教の説教が、ここから、出る。

心の本来の面は、あらゆるものの、総体である。
不生不滅という、絶対の世界と、生滅するという、相対世界とが、一体をなしていて、同一でも、異なるものでもない。それを、アーラヤ識という。

いずれにせよ、当時の、バラモンの、思想的体系に、対抗して、出来上がったものである。
互いに影響を与えたことは、歴然である。

それを、進歩発展というのか、屁理屈というのか。

ただ、仏教は、バラモンの階級的差別に関しては、徹底抗戦したようである。

つまり、平等主義である。
これだけは、評価できる。

グプタ王朝以降の、動きについては、いずれまた、進めることにする。

再度、法華経に戻り、書き続けることにする。

唯識についても、また、登場させて、議論したいと、思う。
空の思想から、何故、慈悲の思想が出るのか、それが、疑問である。

随分と、それは、飛躍していると思うが、空が、何故、慈悲を生ずるのか、である。


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伝統について 8

朝影に わが身はなりぬ 玉かぎる ほのかに見えて 去にし子ゆえに

あさかげに わがみはなりぬ たまかぎる ほのかにみえて いにしこゆえに

朝影のように、細ってしましたのである。それは、玉の輝くような、あの子を見て、去ってしまったからである。

一目惚れか。
玉のように輝く、美しい、あの子を見た瞬間、恋に落ちた。だが、目の前を、ただ、去っていってしまったのである。

ほのかに見えて
微かに、目にしただけである。微かに、目に触れたと、訳すこともある。

あの子を、微かに見て、ということに。

それで、思い続けて、わが身は、細るのである。

恋煩いとでも、いうのか。


行き行きて 逢はぬ妹ゆえ ひさかたの 天露霜に 濡れにけるかも

ゆきゆきて あはぬいもゆえ ひさかたの あめつゆしもに ぬれにけるかも

行っても、行っても、逢えない女のために、久方の天の露霜に、濡れてしまった。

ひさかたの天の如くに、遠い存在の女である。
行き行きて、との、切ない情感。
ただ、露、霜に、濡れただけである。それも、これも、恋のため。

呆然と、佇む、恋する者。実に、愛しい存在である。
恋する心が、愛しいのである。

愛しいとは、また、かなしい、とも、読む。

たまさかに わが見し人を 如何ならむ 縁をもちてか また一目見む

たまさかに わがみしひとを いかならむ よしをもちてか またひとめみむ

たまさか、偶然に見た人を、どうした縁を持って、また、逢うことが、できるのか。

一目惚れである。

たまたま、見かけた人と、再び逢う縁を、どうして、見つけようか。見つけられないだろう。
絶望的である。

今も、昔も、同じである。
一瞬のうちに、恋に落ちる人の心の、有様を、何と言うのか。
どうして、その人に、心を奪われるのかを、人は、知らない。
何故、恋という、感情を、その場で抱くのか。

動物なら、発情期というものがあり、その期間だけ、オスとメスが、交尾するのである。しかし、人間は、いつも、恋に捉えられることがある。


暫くも 見ねば恋しみ 吾妹子は 日に日に来れば 言の繁けく

しましくも みねばこほしみ わがもこは ひにひにくれば ことのしげけく

ほんの少しの間も、逢わなければ、恋しい。だが、吾が妹子が、毎日来ると、その噂が、煩いのである。

人の恋は、人の格好の噂になる。これも、今も昔も、変わらない。

噂を立てられると、困る。恥ずかしい。それに、知らぬところで、人の口に上ることに、戸惑うのである。

見るば恋しみ
逢わなければ、恋しいし、それが、噂の元になる。
嬉しい、悩みである。

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