2009年08月02日

ラオス・ルアンパバーンへ 2

ルアンパバーンは、1995年、街全体が、世界遺産に登録された。
それは、仏教寺院のある街、ルアンパバーンであった。

メコンの流れと、その風情は、一朝一夕に作られるものではない。

1975年の、社会主義革命で、仏教が否定された時、80を超える寺院の存続が、危うくなった。
しかし、20年後の、世界遺産に登録されることにより、伝統ある、托鉢の行事が、俄かに、活況をもよおした。

政府も、否定しなかった。

それから、街が、どんどんと、出来上がる。
つまり、観光客のための、街造りである。

街の中心は、ゲストハウスで、占められるほどである。
ただし、ホテルと、ゲストハウスの、違いは、部屋数によるものである。

私は、あらかじめ、ゲストハウスを決めて、トゥクトゥクの運転手に伝えた。

中心部から、やや西にある、ゲストハウスを選んだ。
メインストリートより、安いからである。

それでも、比較的、高い値段のゲストハウスにした。

少し、小太りのおばさんが、経営していた。
二泊の予定である。

二泊で、21ドルである。
部屋は、ダブルベッドがある、広めの部屋で、エアコン、温シャワーである。

ちょうど、オフシーズンでもあり、お得な料金だった。

二泊三日である。
しかし、私には、長い、時間だった。

まず、一度、着替えて、エアコンで暑さをしのいだ。
しばらく、ぼっーとしていた。

やるべきことは、メコン川での、慰霊と、衣服支援である。
しかし、全く、検討がつかない。

トゥクトゥクで、通った時に見た、裸足の男の子がいた場所に、出向いてみようと思った。

十足ほど、子供用の、靴やサンダルを持っていたからである。

小さい方のバッグに、詰めて、出掛けた。

通った道を、戻ってみた。
街中に入ることになる。
こういうのを、暗中模索という。

足の向くままに、歩いて、ひとつの細道に入った。
そして、目に入ったのが、裸足の男の子である。

ボーイと、呼んで、おいでおいでをした。
すると、男の子は、少し恐る恐る、近づいて来る。

私は、彼に合う、サンダルを出した。
そして、彼の足元に、差し出すと、何か言う。
雰囲気で、それを、私が売っているのと、言うように感じた。

そこで、プレゼントと言って、差し出すと、横から、道で作業をしていた男が、近づいてきた。
そして、その子の足に合わせて、少し小さいなーと、言うように聞こえた。

全く、私には、言葉が分からないのである。
しかし、意味が分かる。

確かに、小さかった。
だが、それ以上に大きなものはないので、諦めた。

残念だが、私は、また、歩き始めた。

一軒の家の前で、女の子二人が遊んでいる。
ガールと、声を掛けた。そして、すぐに、ぬいぐるみを取り出して、渡した。二人は、躊躇なく、それを受け取り、一人の子は、他の子供に声を掛けた。
すると、家からも、人が出てきた。

そこで、私は、バッグを開けて、中身を見せた。
必要ですか、と、手を差し出した。

すると、すぐに、隣近所から、人が出て来る。
赤ん坊を抱いた女も、来た。おばさん、おばあさんも来た。

そこで、少しばかり、衣服を差し出して、選ばせた。

皆、遠慮せずに、受け取る。

赤ん坊を抱いた女は、とても、喜んだ。

私は、写真を撮った。
そして、一人の子に、写真を撮ってもらった。

衣服の分量は、多くはなかった。
今回は、20キロを持参した。
飛行機に無料で乗せられる、ギリギリの量である。

そこで、差し上げた分量は、たいした量ではない。
そこを立ち去り、私は、暑いので、一度、ゲストハウスに戻ることにした。

更に、三時を過ぎて、少し空腹を覚えた。
あれほど、満腹だったのだが、緊張感による、ストレスなのであろうか・・・

ゲストハウスの、近くにある、麺屋に出掛けた。
もちろん、地元の人が食べる店である。
しばらく、様子を眺めていて、身振りで、欲しいものを、示した。
一万キップだった。

ちなみに、一ドルは、8800キップである。
100円が、8800キップとなる。

小型フランスパンの、サンドイッチが、一万キップであり、おおよそ、地元の人が食べる料金である。
一度の食事は、100円と少しである。

果物も買ったが、パイナップルの一個分が、5000キップである。
それも、食べやすく、皮を剥いて、均等に切り分けてある。

その夜だけは、ラオス料理のセットメニューをレストランで食べた。それは、なんと、10ドルだった。
その一度だけである、そんな高い料金を払ったのは。
しかし、それには、理由がある。



神仏は妄想である 222

「自由」主義をとる人に対しては「なぜ平等ではなく自由を社会の基礎とするのか」、「平等」主義に対しては「なぜ自由ではなく平等なのか」という反論がすぐに生ずる。これに対して「平等ではなく自由が大事」「自由ではなく平等が大事」であることを客観的に論証するのはなかなか難しく、そこには個人の価値観がどうしても関わってくる。そうなると、「正しい社会のあり方」を示すのは、「人それぞれの価値観」による主観的な問題となってしまい、それを超えた客観的な条件を見出すことができなくなる。
内藤淳

正しい社会とは、何かと、考える議論は、法哲学の領域で、正義論と呼ばれ、古代ギリシャ時代から、様々な、理論、主張がなされてきた。

自由と、平等という、価値を根本に据える、社会制度が、正しいと、言われた時期、今も、そうであるが、果たして、それが、正しいのか。

また、一時期の、共産主義という、理念も、今では、崩壊している。

自由な社会というのも、経済的、社会的不平等とつながりやすく、格差社会に、陥りがちである。
また、共産主義の、平等も、経済活動が停滞して、社会の、活力や、豊かさが、失われる。

そもそも、「個人が自分の能力と努力に応じた成果を享受する」というのは「正しさ」の重要な要素だと考えられるが、「能力に応じて、働き、必要に応じて受け取る」という理念はそれに反してしまう。そうした意味で、「誰もが平等である」ということ自体に、「正しさ」と衝突する側面があることは否定できない。
内藤淳

ここで、釈迦仏陀の、人々の福利という考え方は、より多くの人が、または、すべての人が幸福になる道ということである。

これに近い考え方が、最大多数の最大幸福という、原理を掲げる、功利主義である。

この功利主義は、19,20世紀に、多くの人の支持を受けた。

この、功利主義に対しても、批判がある。
その最大の批判は、多数の人の幸福の裏には、少数の人を、犠牲にするというものである。

それでは、釈迦仏陀の、福利にはならない。

そして、進化倫理学も、そこで躓く。

では、誰にとっても、利益的な社会とは、どんな社会なのであろうか。

そこで、内藤淳氏は、利己的という、原点に戻って、考えるという。

・・・大前提は、「人間は自分の利益に向けて動く」ことにある。この場合の利益が「生存・繁殖とそのための資源獲得」を指すことはそこで言った通りで、個々の人間が求める具体的な資源の中身は、お金だったり土地だったり地位だったりと多様だが、いずれにしろ人間は、そうした資源の獲得に向けて「利己的」に行動するというのがここでの話の原点である。
そんなふうに「利己的」な個々の人間にとって、「あるべき」社会とは、何よりも自分が利益を得られる社会である。いかに崇高な理念が実現されていようと、どれほどの言葉でそのすばらしさが強調されようと、その中にいて「私」が生きるための資源を得られない社会では、「私」にとってちっともすばらしくない。そこにいて自分が無事に資源を確保でき、生存と繁殖が図れる社会であることが、「正しい」なり「よい」なりとポジティブに位置づけられる社会の条件である。
内藤淳

ということになる。

しかし、問題は、それぞれの人の利益が、しばしば、衝突することである。

私は、儲かるが、あなたは、損をするという、簡単なカラクリである。

「私」にとって利益になると同時に、「あなた」や他の人にも利益になるという、利益獲得機会の配分が、テーマになるのである。

そんな、都合の良いシステムがあるのか・・・

内藤氏は、こう述べる。

それは「その社会のメンバー全員に一定の利益(資源)獲得機会が配分されること」である。
と、言う。

みんなが幸福な社会の、みんなは、全員のことである。

どんな人にも、その機会が、得られる、行き渡るような、制度や、ルールが、作られることである。
全員に、配分される社会が、正しい社会であると、する。

ここから、私の言葉で、書くが、この世は、地獄であるから、必ず、自分だけが、富を独占したいという、強欲な者が現われる。
他の人に、配分したくないという人である。

必ず、そういう人は、いる。
生まれながらに、どうしようもない、魔界人である。

だが、そこで、独占していると、それは、増えませんよという、囁きがあると、考えるのが、進化倫理学である。

独占により、上位の人が得られる、利益は、目先の短期的利益であり、資源獲得機会を、みんなに均等に配分することで、結局は、利益になるのだという、壮大な、考え方である。

それを、内藤氏は、解り易く、解説する。

それは、省略して、先を続けることにする。

何故、人が、集団生活をするのか、が、問題である。

個々人が、バラバラで、暮らすことよりも、集団で、暮らした方が、自分の生存、繁殖、資源獲得に、遊離であると、人が気づいたのである。

人間は、普遍的に集団生活をする。
内藤淳

人間の天敵は、脅威を克服した他の人間の集団が、最も、脅威なのであると、内藤氏は、言う。

戦争である。

「自分の利益」に向けて動く人間は、単独でいたり少人数でいたりしては他の人間集団に襲われ、食料や土地を奪われたり、女性を掠奪されたりするので、それに対抗して自分たちの資源を確保するために集団生活をする。これを個々のメンバーかの立場から言うなら、自分が生存して各種の資源を確保するためには、まず「他集団の脅威」から身を守らなくてはならないので、その利益のために、単独ではなく集団で暮らす。
内藤淳

そうすると、集団に中に、支配者や、権力者が、現われる。
さて、すると、次の、段階は、どのようなことになるのか。


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伝統について 4

何せむに 命は継がむ 吾妹子に 恋ひざる前に 死なましものを

なにせむに いのちはつがむ わがもこに こひざるさきに しなましものを

どうして、命を永らえようか。吾が妹子に恋して苦しむ前に、死んでしまおうものを。

命など惜しくない。恋をして、死ぬならば、それが本望である。
その、恋とは、実に苦しいものである。
その苦しみを知るからこそ、死んでもいいと、思うのである。

だが、この歌は、だからこそ、生きるという、反実仮想である。


よしえやし 来まさぬ君を 何せむに 厭はずわれは 恋ひつつ居らむ

よしえやし きまさぬきみを なにせむに いとはずわれは こひつつをらむ

ああ、もういい、来ないあなたを、どうして私は、嫌わずに、待って、恋し続けているのだろうか。

何せむに、という、何ゆえに、である。
我が恋の、その理由などない。

待っても、待っても、来ないあなたを、私は、いやにならずに、恋し続けているのだ。どうしてなのか。自分でも分からない。


見わたせば 近きわたりを 廻り 今か来ますと 恋ひつつそ居る

みわたせば ちかきわたりを たもとほり いまかきますと こひつつそをる

見渡すと、近い渡し場だが、きっと、回り道をして、今こそ来るのだと、私は、恋し続けて待っている。

恋する人は、人目を避けて、きっと、遠回りしてくる。それを、私は、今か今かと、待っている。
その間の、恋心を、私は、抱きしめている。

恋する者は、どんな回り道にも、耐えられる。待つことに耐えること、それが、恋なのだ。


愛しきやし 誰が障ふるかも 玉ほこの 道見忘れて 君が来まさぬ

はしきやし たがさふるかも たまほこの みちみわすれて きみがきまさぬ

可愛い誰かが、邪魔をしているのか。
たまほこの道を、見忘れているのだろうか。

玉ほこを立てて、道としている。
その道に、恋する人が現れない。
きっと、誰かに邪魔されているのだろう。きっと、そうなのだ。


万葉の歌は、単純明快であるが、恋の歌は、それなりに、複雑な心情を歌い上げる。
行きつ戻りする、心の有様を、実に明快に歌うが、それ自体に、複雑な形相がある。

恋は、芸術を生む。
人は、恋により、詩人になるという、通俗的な言い方が出来る。
だが、恋は、通俗的なものである。
しかし、人は、それによって、生きられる。

何も、高尚なものでなくてもいい。
心躍る、恋というもの、それさえあれば、生きられる。

万葉時代も、今も、それに変わりは無い。

君が来まさぬ、と、二千年を経ても、人は待つ、人に恋をする。だから、人を信じられる。

真実は、単純明快である。



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