2009年07月23日

神仏は妄想である 253

最澄の曖昧さは、具体的に、どのようにして、即身成仏するのかという、方法が、説かれていないこと。
ゆえに、今でも、天台宗は、迷い続けている。

その後、天台宗は、密教化したが、曖昧なまま。
更に、禅、念仏などを、取り入れた。
しかし、今でも、不十分であることは、明らかである。

要するに、最澄は、ただ、勘違いしたのである。
その、勘違いに気づかぬままに、死んだ。
そして、どうなったのかを、誰も、言わない。

果たして、最澄は、成仏したのか。

していない。
何故なら、成仏というのは、観念であり、事実ではない。

さて、院政時代から、仏教が、次第に大衆化してゆく。
在家信者にも、可能な、密教の形態が、発展する。

その頃から、死者供養のために、五輪の塔を建てるようになる。
そうなると、即身成仏は、生前成仏とは、限らなくなる。
死後の成仏の可能性まで、広がる。

最澄は、苦し紛れに、現世だけではなく、三回の生まれ変わりの間で、成仏すれば、即身成仏であるという。そこまで、即身成仏に捉われたのは、何故か。空海に、対する思いである。
何とか、空海に、対決する、対処する、考え方をと、思ったのである。

その後、即身成仏という、考え方、観念、思想は、仏教の、死者供養の、重要な思想的源流となったことは、否めない。

この馬鹿馬鹿しさと共に、戒名などという、呆れた、形式が、出来上がってくる。

戒名とは、別名、仏弟子であるということの、名である。

意味もあるし、意味も、無い。

在家の信者に、戒名を与えるというのは、単なる商売である。

何でも無いものを、無用なものを、金にならないものを、売るのが、宗教である。

実に、馬鹿馬鹿しいのは、空海は、即身成仏したのであるから、死んだわけではなく、高野山で、禅定に入ったまま、弥勒仏の出現を待っているとの、アホらしい、伝説を生んだ。ところが、それを、本当に信じて、今でも、空海は、生きていると、高野山では、言う。

ある人は、
通常の死がじつは「死」ではなく、永遠の仏としての「生」であるという逆説的な信仰である。
と、言う。

つまり、永遠の、生の思想は、実は、裏返せば、死の思想である。

天才的詐欺師である、空海は、更に、壮大な、創作話を作る。

声字実相義、である。

身・口・意、の、三蜜のうち、口蜜の観点から、言葉の根源を論じたものである。

馬鹿な新興宗教の、真如苑では、この三蜜を、天台蜜、真言蜜、そして、我らの、真如蜜だと、教えている。
全く、論外である。

更に、とんでもない、教義を作り上げ、更に、霊能者養成まで、やっているという、馬鹿さ加減は、救いようがないが、信者は、救われていると、信じきるという、アホさ加減。
騙す方も、騙される方も、終わっている。

真言、陀羅尼といえば、呪文である。
空海は、それを、密教独自の法として、提案した。

兎に角、他宗派への、牽制である。

法身説法である。

その、法身は、最奥究極の仏そのものであり、衆生の能力などには、お構いなしに、根本の真実を直接説くという。

その、法身の根源的な本体が、六大である。
六大が、説く、言葉こそ、最も根源的な、説法である。

声字実相義では、その具体的な、姿を説くのである。

それは、自然の語り出す音であり、地獄から、あらゆる衆生が語りだす言葉である。

五大にみな響きあり
十界が言葉を具えている
六塵はことごとく文字である
法身はそのまま実相である

要するに、すべてが、仏の真理を語るというのである。
音という音すべてが、仏を、語る。
そして、それが、法身による、実相の開顕だというのである。

ある人は、
汎神論とも言ってよい自然説法の主張は、日本人の自然観にマッチするところが大きく、後に修験道などにも取り入れられて、広く普及することになる。また、あらゆる感覚的な事象がすべて仏として説法するという発想からは、感覚的な表現を重んじ、さまざまな造形芸術や、壮麗な儀礼を発展させることになる。
と、言う。

だが、しかし、自然の音が、そのまま、仏の説法だと単純に、解釈できないところが、空海の狙いである。
まだまだ、一層、深い深い奥に、隠されているという、ペテンの様。

生死の闇は、どうしても、こうしても、消えるものではない。
どこまでも、仏の声を求めて、追記せざるを得ないのである。
終わらない旅なのである。


ある人は、
矛盾に満ちた密教の世界を通俗化すると、きわめて日本的に受容されやすい汎神論に形を変ずる。密教の深遠さと、それが通俗化したときの分かりやすさと、その両方を併せ持つところに空海の天才的な見事さがある。両立不可能な矛盾を抜け抜けと両立させて平然としているところに、空海の巨大さと恐ろしさがあるのである。
と、言う。

単なる、こけおどしである。

何のことは無い。

古今集の、紀貫之の、序文を読めば、そんなことは、一発で、解る。

空海は、日本の言霊を、密教化したたけである。

それを、偉大な創作として、見せたところが、詐欺師の、天才的なところである。

嘘は、大きければ、大きいほど、信憑性があるということ。
これで、お解かりだろう。




posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悲しみを飲み込んだハノイへ 8

ハノイ最後の夜、私たちは、食事をする前に、ホテル近くの、英霊を奉る、廟に詣でた。

早速、そこのおじさんが出て来た。
約9000名の死者の名前が、刻まれた壁の前に、焼香台が置かれてある。

線香代金として、5000ドンを箱に入れた。

おじさんが、火をくれるので、線香に火をつける。
そして、線香を両手で、はさみ、黙祷を捧げた。

この近所だけで、9千人の戦争犠牲者が出たということは、驚きである。
どんなに、凄まじい戦争だったのか。

アメリカとのベトナム戦争の後も、インドシナ戦争は、続いた。


しかし、あの戦争は、米国への抵抗戦争だったとはいえ、一面ではヴェトナム人同士の戦争、同胞相撃つ戦争だった。人民軍は勝った。その兵士たちは勇者の中の勇者だった。勇者はつねに心優しい。また勇者は怨まない。彼らは、敗れた側の人々を憎まず、むしろ憐れんでいた。そういう人民軍兵士たちにとっては、心ならずもサイゴン政権のもとに生きていた人々との和解に水をさすような拡声器の文句は、いささか耳ざわりなものだったようだ。彼らはそれらをブラック・ジョークに仕立てて、長旅の憂さ晴らしに役立てていた。
戦争の悲しみ バオ・ニン

懐かしいハノイの旧市街が近づくと、キエンの心も沸き立ってきた。香りのいい雲のてっぺんを駆けているような気分になった。涙が出て、両目がぼやけた。生きて家に帰れる!叶えられそうになかった帰郷の夢が叶えられる!
戦争の悲しみ 


だが、この七九年初頭、ハノイの町々は、攻仏独立戦争や抗米戦争の時期ほどでないにしても、ごく自然な市民多数の愛国心と英雄主義によって、かなり高揚した空気に包まれていた。新たな戦争が始まろうとしていた。ヴェトナム人民軍がカンボジアのポル・ポト政権を倒した結果、ポル・ポト政権の同盟者だった中国がヴェトナム北部国境を破ろうとしていたのである。
戦争の悲しみ

北部国境の状況について、熱のこもった議論が絶えなかった。誰もが中国の脅威を感じていた。カンボジアの代理政権をわが国につぶされた中国が黙っているはずがない、中国軍の侵攻は時間の問題だ、彼らは必ず来る・・・・。それはドンダーの決戦から二世紀にわたって薄れていた悪夢の再現だった。
戦争の悲しみ

ヴェトナム人の「好戦性」とやらを口にする一部の外国知識人は根本的に誤解している。戦争を強いられれば、この民族は仕方なく戦う。敵が手を引くまで戦う。だが、それは戦争を好んでいることをけっして意味しない。俺がその証拠だ、とキエンは思った。俺は勇敢だった。しかし、その俺が、戦争を好んだなんてことがあるだろうか。そんなことは一度だってなかった。あの戦争、俺の戦った戦争は、この国の庶民に千年も続くほどの苦痛をもたらしたのだった。もういい、戦争はもういい・・・・
戦争の悲しみ

日本人の感性として、あはれ、というしかない、ベトナム兵士の思いである。

誰も好きで、戦争をするのではない。
病むに病まれず、愛国心、祖国愛、戦わなければ、済まない状況に追い込まれての、兵士である。

私が、中学の頃、マスコミでは、ベトナム戦争反対の、反戦デモの様子を、報道していた。
その時に、小田実という人の、名を知った。

今、その反戦デモの時代の人は、六十を過ぎているはず。
学生運動も、盛んだった。

そして、ベトナム戦争終結に、彼らは、涙を流したはずである。
しかし、ベトナム戦争を終結させたのは、他ならぬ、ベトナム人であり、デモは、単なるデモンストレーションだった。

その彼らが、ベトナム戦争後に、何をしたのか、である。
戦争の遠くから、戦争反対を、叫ぶことも、大切だが、戦争後に、それほど声を大にしたならば、その後の、ベトナムの人々に、何をしたのか。

彼らは、結果、内輪での、戦いに走り、内ゲバなどに、明け暮れた。
ベトナム戦争を山車にして、自己解放と、自己満足を、行為しただけである。

戦争後に、どれだけの人が、ベトナム戦争犠牲者のために、慰霊に出掛けたか。

ベトナム戦争は、この国の庶民に、千年も続くほどの苦痛をもたらしたのだと、バオ・ニンは、書く。

戦争を、自分の問題として、取り上げた時、はじめて、平和というものを、考える素地が出来る。

私が、太平洋戦争の犠牲者の、追悼慰霊を、始めるきっかけは、幽霊が出るというものだった。
それでは、せめて、幽霊にならないために、追悼慰霊をしたいと思ったのである。
ところが、戦争というものを、勉強してみると、凄まじいばかりの、人間の生き様である。

もはや、太平洋戦争のみではない。
様々な、戦争に関して、私は、注意して、調べるようになった。

そして、更に、このままでは、いけない。
霊位に対しての、所作が、必要だと、考えたのは、日本人だからである。

日本人は、霊位に対して、見事な、所作を、作り上げた。
言霊、音霊の所作である。

次元を移動させるべくの、所作である。

日本には、宗教は無いが、霊位に対する、所作がある。
よって、宗教が必要無い民族となった。

それが、伝統行為である、カム送り、カム上がりという、所作である。

人は、人として、霊位に戻る。
それを、命、みこと、と呼ぶ。
命、という文字を、みこと、と、呼ばせている配慮は、素晴らしい感性である。
亡き人に、命、あり、なのである。
世界に類を見ない、死者への、所作である。

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。