2009年07月14日

神仏は妄想である 243

亀井勝一郎は、空海の、見つめたものを、分析する。

第一は、八世紀末の国分寺中心の仏教内容と、僧尼の頽廃についての疑惑である。すでに三論、成実、法相、倶舎、律、華厳の六宗成立していたが、各論を検討しながら、彼はおそらく迷い途方にくれたてであろう。儒教や道教にも接し、漢詩文の才能にもめぐまれていたので、これら各論各説が、心のなかで紛糾に紛糾をかさねていたにちがいないのである。そこに、多面的才能をもつ青年空海の、最初の祈りが生じた。
亀井

確かに、空海は、多面的過ぎるほどに、才能があったと、思う。

最初の、三教指帰、さんがうしき、は、三つの教えの比較である。
そして、唐から、帰国して、書いた、十住心論、である。
究極の救いとは、何か、という、テーマを、我がテーマとした。

第二は、宗教的実践としての祈祷をいかにすべきかという問題である。仏教伝来における「恐怖と祈祷」について・・・仏教が浸透するため直接の媒介となったのは、病気と天災と死の恐怖である。とくに病気治癒という切実な現世利益にとつて、薬と祈祷は必至のものであった。僧は一面では看病師の役割をも果たしてきたのである。
亀井

日本固有の、巫女の役割も、次第に、僧が代行するようになったという。

実は、空海の、密教以前にも、密教的要素は、すでに、伝来して、山岳信仰系において、行われていた。しかし、妖言妖術として、取締りの対象とも、なったのである。

亀井は、天平仏教は、造形仏教と、言ってもいいほどの、ものであるという。それは、否定しない。
拝む対象の仏像の、製作を第一にした。

造型芸術にとくべつ深い愛情をもっていた空海は、これを徹底しようとした。日本人のこの点での才能や、八世紀を通してのおびただしい仏像仏具に接しながら、これをあますところなく包括する宗教上の体系を模索したと言ってよかろう。
亀井

だが、仏像仏画を信仰の対象とする、危険な方向へも進んだのであり、それは、実に危険な賭けでもあった。

今でも、曼荼羅に対して、多くの人は、理解できないがゆえに、神秘性を認めている。
単なる、絵である。
しかし、そこに、宇宙が、精神世界の云々がとなると、危うい。
あれは、芸術として、絵画であると、認識しているうちはよいが、信仰の対象にするには、危険すぎるのである。

だから、亀井も、宗教と、芸術との関係が、問題になるという。

九世紀の、勅撰漢詩集は、日本の歌の、衰退を意味したと、分析する。その中で、つまり、変革期の中での、空海の活動である。

古来、日本人が有していた「かむながらのみち」が、変質したと、亀井は、言うが、私は、そうは、思わない。
単に、時代性、時代精神というものが、呪術、密教の、呪文を容認する形になったと、思う。しかし、それも、一時的である。

造型能力が信仰の中心課題となったように、造語能力も信仰の中心課題となったということだ。彼の宗教的体験が、いかにして詩的体験であり、その逆もそうであったか。これが空海の秘密だが、宗教と芸術との相交わる接点において彼はどのように対処したか。
亀井

七世紀からの、唐文化の絶大なる影響下にあり、民族が変貌を遂げる時期に当たり、世は、まさに、混沌の形相の中であり、つまり、平城京から、平安京へ移る時代の要請もありと、無秩序の世界の中に、身を置きと、亀井は、言うが、変動期ということは、理解するが、そこで、宗教行為の中に、新しいもの、我なるものを、打ち立てるという、空海の目指すものは、野心に他ならない。

もし、本当に、即身成仏という、テーマだけならば、天皇に目立つように、行動はしない。

若き時に、山に籠もったように、山に籠もれば、いいのである。

そこに、空海の、邪念がある。
野心がある。

政治の世界では、無理であるから、精神世界で、と、考える。
天皇をして、空海に、依存させ、天皇を帰依させる。
それが、野心ではなくて、何だろうか。

宗教が、権力者と、つながることは、宗教の堕落であり、イエスキリストが、言ったように、私の国は、天にありだから、この世のこと、現実の政治の革命など、考えることではないと、明確にする。

だが、空海は、その多角的才能もあり、世の中と、様々に関わり、政治とは、別にして、世の中の、指揮を目指す。
そして、それは、他の宗派の、追い落としにもなるのである。
他宗を認めても、やることは、他宗を、排斥することである。

実際、それを、実行した。

空海は、才に溺れた、日本発の、宗教人である。

更に、仏教の、無常観というものを、独自に解釈して、そこからの、救いを、徹底したかのように、見えるが、それは、評価のし過ぎである。

空海は、儒教も、道教も、無常を超えられないとして、観た。
そして、仏教への、帰依の、動機として、無常観を、徹底して、見つめて、行為した。

その一つに、美女の死体の描写に、入念の筆をふるうのである。

美女をめぐり、その快楽を想像し、その妄想に、悩まされるという、誰もが、持つ欲望を、無常観より、解釈するという。
快楽からの、誘惑に、いかに、打ち克つか。

ここまで書いて、結局、空海も、そこで、佇むということだ。

快楽への誘いに対していかにうち克つか、そのときの心の戦いにおいて無常観をよび起こしたとみてよい。快楽への想像力と、死への想像力と、その格闘の涯に、当時の文例に従って書いた文章であろう。
亀井
その文章を、現代訳して、紹介してみる。



posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第6弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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