2009年07月11日

神仏は妄想である 240

いま一つの問題は、原始仏教は、欲を制することこそ、悟りにいたる道であると説いたと考えられている。つまり、欲の否定である。これに対して、密教は欲を肯定する。いわゆる「大楽」思想である。そこで、欲を否定する原始仏教と、欲を肯定する密教の間には、大きな隔絶を生じ、その断絶を埋めるものがないという考え方である。
桐山

釈迦仏陀は、欲を止滅することが、苦からの解脱の唯一の道であると、説いたというが、本当なのか。

更に、それを、行うことを、行と言う。
行、とは、修行のこと。

それは、釈迦仏陀滅後のことであろう。

欲を、止滅させることは、二の次である。
釈迦仏陀は、心のあり方、心の様を、見つめることを、説いたと、私は、知る者である。

欲に翻弄された場合、心が乱れる。ゆえに、心を、乱れさせてはならない。
そこで、欲を、抑えるというのではない。
欲というものの、本質を、見極めてみなさいというのである。

更に、桐山氏の、詭弁が、続くことになる。

密教は、原始仏教の、欲を止滅するところから出発して、その欲の質を変換させてしまう方法を完成した。その方法は、実は仏陀の時代からあったのだが、密教はそれをより普遍的にシステム化したのである。これが密教の「法」とよばれるものなのだ。・・・
桐山

これは、読み過ごしてしまうと、大変なことである。
欲の質を、変換させるというのである。
それを、普遍的にシステム化したという。

これを、考える前に、更に、読み進めると、

従来の仏教学の大きな誤りは、密教を思想的にのみ研究し、密教の「法」を、原初的意識の段階にとどまる呪術的なものと混合・誤解したところにある。密教の出現こそ、「行」の欠落した大乗仏教の偏向性を是正しようとする、一種の仏教復興運動なのだ。
桐山

混合・誤解したという前に、大乗仏教には、それら評価する思想などが、あったのだろうか。
大乗の、欠落した、行とは、何か。

桐山氏は、更に、いつも通りに、分析する。
いつも通りというのは、皆、このように、分析するということである。

上座部仏教は修行にこだわりすぎて独善的・排他的な傾向を強めたが、一方、大衆部系は、「行」より「信心」を重視し、釈迦の説いた根本仏教から離れていった。
桐山

と、多くは、そのように分析する。

そして、上座部系の中で、小乗化することを嫌い、自由にヨーガを行じた人々がいた。これが、後の、中観派、ヨガ唯識派の源流であり、この中に、「空」と「識」の二大理論を打ち立てた、ナーガールジュナと、アサンガという、二人の理論家がいる。

大衆部の大乗は、この理論により、思想的完成をみたが、その経典には、修行法が、欠落していた。
その後、この思想を、元に、修行法の編成、体系化を目指す大乗の一派が、現れた。それが、ヨガ唯識派であり、根本密教復興運動としての、密教の起源は、そこにあるという。

上記の、空と、識、については、以前に少し書いた。

密教の起源が、そこにあるのではなく、インド思想史を、見たときに、密教の起こりを見た通りである。

単に、バラモンの呪術のみを、取り入れても、しようもないこと。ゆえに、思想的基盤を、そこから得たというものである。

要するに、理屈づけである。

更に、原始仏教経典を、自在に利用して、そのバックボーンとした。つまり、解釈である。
いかようにでも、解釈できるのが、仏教なのである。

行にしても、仏陀も、苦行をした経験を持つ。更に、苦行を捨てて、深い瞑想をした。
そこで、自己申請である、解脱を得たのである。

釈迦仏陀が、得たという、解脱とは、どんなものかは、誰も解らない。
本人のみが、解っていることであり、更に、本人のみが、そこにいる。
釈迦仏陀にならなければ、釈迦仏陀を、理解できないのである。

そこで、密教も、自己申請である。
どんなに、理屈を捏ねても、その成仏というものは、自己申請である。

初期仏典に、苦行について、仏陀が語る記述があるが、確認することは、できないのである。

要するに、桐山氏の、密教肯定は、仏陀が、行った行、ヨーガと、禅定であるというのである。
それによって、智慧を得た。
それは、超常的特殊な方法で、行をしたというのである。

仏陀教団では、修行を完成した人は、三つの明知を持つと、いわれる。
超人的な、三つの能力である。

この辺りに、なってくると、桐山氏の、論述に、引き込まれる。

特殊な、ヨーガの瞑想法であるという。

一切の心の、働きを、止滅させて、一点に集中統一するものである。

ここで、それらのことを、書いた、経典を、写すことは、しない。

結論を言えば、明知を得ると、前世の有様が解る。宿命通という。
死後の世界を見通すことが、出来る。天眼通という。
生存の尽きてなくなることを確認する。つまり、完全に、人間としての、因縁を解脱し、涅槃に入るという。漏尽通、ろじんつう、という。

超能力であり、霊能力でもある。

仏陀教団には、そのような、完成した人がいるという。
そして、仏陀も、勿論、それの最初の人である。

だれにでも理解されやすい平易な教理や生活上の実践が、比較的能力の劣った弟子たちのために説かれ、そうしてそういう弟子たちは多かったであろう。(八正道はそういう弟子たちに説かれた)
桐山

こうなってくると、差別化である。

八正道は、比較的劣る弟子たちのために、説かれた教えである。
能力のある、弟子たちには、超能力が、芽生える、修行法が、伝えられたということになるのである。

もっとも、根本的なことは、密教、それも、大乗から、出たと、断言している。
大乗から、出たものならば、程度が、知れる。

誰にも、仏性があり、誰もが、修行すれば、超能力が得られる。霊能者になれるという、馬鹿げた、とても、うそ臭いもの。

大乗の誤りは、すなわち、皆々、救われる。仏になるというもの。
誰もが、宝くじに当たりますという、程度のもの。
愚かな人を騙すには、もってこいである。

宝くじに当たりません。
信仰が足りない、修行が足りないと、言う。

空海は、天才である。
その、空海に、切り込むことにする。



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2009年07月12日

神仏は妄想である 241

ナーガールジュナ、アサンガと流伝して、空海にいたって大成した仏陀の秘密教説は、空海没してここに一千二百年、時代の変化は、天才空海の確立した教法に、きびしい変革を迫っている。
桐山

ナーガールジュナとは、竜樹である。
大乗の祖といわれる。
そして、アサンガとは、マイトレーヤ、つまり、弥勒菩薩から、ユガ師地論を、聞いたといわれる。その弟ヴァスバンドウも、アサンガの指導で、小乗から、大乗に変更した。

桐山氏は、アサンガは、マイトレーヤそのものだと、断言する。
それは、それでいい。
何でも、伝記によれば、とそつ天という、神の世界に上って、教えを聞いたという。

要するに、奇跡である。
大乗を人々に、信じさせるために、云々という、お話である。

小乗より、大乗が、正しいという、理屈である。

インド思想史から見ると、大乗に、インドの様々なもの、民間の信仰も取り入れて、成り立ったという、密教である。

大乗仏教成立の後をうけて密教が登場したのは、修行法を欠いた仏教を是正するための仏教復興運動だった。
と、桐山氏は、何度も、力説するが、竜樹も、アサンガも、釈迦仏陀を、知らない。

竜樹は、理論における、完成者であり、アサンガは、方法を完成に導いたという。
そして、空海となる。

現在、日本仏教の主流は鎌倉仏教であり、それは重ねていうが、修行法を欠落した大衆部の経典をよりどころにした仏教である。決して仏陀の正統な仏教とはいえない。
桐山

そして、密教が正統という。

鎌倉仏教によって、日本仏教は、後退したというのである。それは、「法華経」「無量寿経」を主とする、在家仏教教団にとってかわられたからであると。

あれらは、在家仏教教団なのか・・・
確かに、妻子を持ち、財産を有している。
檀家制度に、あぐらをかいて、のうのうとして、僧侶というのは、実に、その通りであろう。

在家と、考えれば、批判も、優しくなる。

さて、同じく、大乗経典を、頂くが、それぞれが、正統だと、思い込む様は、まさに、宗教らしい。

一言付け加えれば、それらの、仏教も、中国を経てきたということである。
更に、経典は、漢語である。

漢語に、装飾された、経典であるということ。

そして、空海は、中国僧に、灌頂を受けていること。
決して、釈迦仏陀ではない。
ちなみに、灌頂とは、キリスト教の洗礼に似る。
下手をすると、灌頂というものも、その、影響にあるかもしれないのである。

インドで、始まった、大乗の亜流の、更に、亜流の、仏教もどきが、中国製として、整い、それを、空海が、日本に持ち帰った。

法華経の教義に、密教の修行法を取り入れて成ったのが、「大日経」であり、胎蔵界の法であり、華厳経の思想に、密教の修行法を取り入れて、成ったのが、「金剛頂経」であり、金剛界の法であると、桐山氏は言う。

実に、おかしい。
だから、正統だというのだろうか。

その修行法というものが、何故、正統といえるものなのか。

結局、大乗経典の、法華経と、華厳経というものを、利用して、作られたものである。
それでは、話が、また、元に戻る。

法華経は、お話である。
壮大な、創作であると、何度も言った。

そこから、また、密教が、はじまるのか。

空海が清涼殿で、大日如来になってみせたのは、「即身成仏」してみせたのではない。間違ってはいけない。あれは、即身成仏してみせたのではなく、その技法を見せたのである。それは、アサンガが、現身説法して、現身成仏の技術を見せたように、である。と、桐山氏は言う。

何とでも、言えるのである。
過去のものは、いくら、妄想しても、いいのである。
自分を正当化するためには、どんな理屈も、つけられる。

空海は、手品師のようであったということ。

大日如来という、仏も、不思議なものである。
法身仏、ほっしんぶつ、であり、真如の法、そのものである。理仏であるというから、屁理屈の仏なのである。

いうなれば、真理である。
それが、大日如来とは、釈迦仏陀も、言わないのである。

その、大日如来が、説いた教えが、密教であるともいう。

こうなると、妄想甚だしいものが、勝つ。

空海が現じて見せたようなすがたかたちをした大日如来という仏は、この世の中に存在しようはずがないのである。存在しているのは、われわれの心の中である。
桐山

その通り、われわれの心の中に、あれと、思えば在る。無いと思えば、無い。
つまり、自己暗示の何物でもない。

在ると信じて、何か事を行う。つまり、修行である。
その、修行も、何が本当か、実は、誰も知らない。
知るはずがない。
何故なら、そんなものは、無いからである。

無から、有を生み出すのが、人間の脳である。
それは、人間の想像力である。
それは、実に、素晴らしい。
しかし、神や仏を、持ち出すと、途端に、堕落する。

実際の、現実生活ではなく、単なる、妄想の妄想を、編み出すのみ。
妄想を、紡ぎだしているだけである。

必ず、当たるだろうとの、願いの元に、皆々、宝くじを買う。
それ以下の行為であろう。


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2009年07月13日

神仏は妄想である 242

ところで、密教というものを、日本の精神史から、見つめた、亀井勝一郎の、日本人の精神史研究を、見る。

平安期の最大の特徴は、十世紀から十一世紀にわたる藤原の全盛期にみられるが、しかし九世紀における空海(弘法大師)の出現と密教の成立は、日本精神史の重大な事件であって、まづここから語らなければならない。
亀井

そのように、位置づけほど、それは、大きな出来事であった。

奈良期に接続しつつ、民族変貌期の巨大な頂点を示すとともに、日本人の思考方法にひとつの規範を与えたからである。また民族的規範における讃仰が後世長くつづいたことである。
亀井

万葉集には、仏教の影響が実に、希薄であるが、反面、国分寺のような、仏教精神の、受け入れがある。
それが、相対することはなかった。

しかし、文学は、漢詩文の影響と、その模倣は、激しく、更に、純粋大和言葉も、同時に連続していたのである。

亀井は、その、文学と、信仰の二面性という観念で、取り上げる。

そして、
空海が直面したのは、この二元性及び仏教自体のもつ多様性(多くの如来・菩薩・天部の大群)をいかに一つの秩序に包括するかという問題であった。
と、言う。

ここで単なる理論的操作として、「統一」とか「綜合」という言葉を使うのは危険である。どこまでも信仰を基本として、仏教自体のもつ汎仏論的性格を、或る極限まで拡大したならば、それは可能ではないか。言わば信仰の極限とは何か、これが空海のさがし求めたところである。思想上の混乱を経てきた時代の要請でもあるが、そこには彼自身の博学の苦悩ともいうべきものもあったにちがいない。
亀井

文芸評論家は、評論という、表現の、芸術活動である。
空海を、そのように、評価するということも、納得する。

空海はむろん歌人ではない。彼の作として伝えられた短歌はあるが、伝説であり、しかも歌としては稚拙である。それにも拘らず二元性の克服の方向を辿ったのは、「神ながら」自体と鎮魂のしらべが変質してくるとともに、彼の宗教的体験とは一種の詩的体験であったからである。言葉の誕生と生成の秘密を、密教的に解明し組織化した面を私は挙げたい。
亀井

しかし、亀井は、空海の、宗教体験を知らない。更に、密教的という、言い方は、実に、曖昧である。

そして、亀井は、
それだけではなく、仏教各宗の教義はもとより、日本固有の神々をも、「曼荼羅」のうちに包括しうる可能性を示した。
と、言う。

これは、単なる、野心である。

後世の神仏習合を直接説かなかったが、彼の密教は「神ながら」と密着しうる要素をもっていた。・・・
空海は史上最後の密教思想詩人と言えるのではなかろうか。
亀井

空海の、過ごした時代を、俯瞰してみると、奈良の、平城京から、京都の平安京への、遷都がある。
そして、淳仁天皇三年、759年は、万葉集の歌が、この年で終わる。

この頃から、九世紀にかけて、上代以来の、名門が、没落してゆく。そして、藤原一族の時代である。

更に亀井は、藤原によって、天武以来の皇親政治は、完全に終焉したという。

すなわち、藤原一族によって、政治というものが、変わったというのである。
藤原摂政時代である。
しかし、それも、いずれ、院政期となって、藤原の没落に至る。

藤原の、血が天武の血統を、薄めた。
しかし、逆に、天智の血統が、台頭してくるのである。

さて、唐文化の影響は、七世紀以後、深まる。そして、平安京への、遷都とともに、一段と、徹底される。
「うた」が、衰退して、漢詩文の黄金時代がくる。
平安京の、規範も風習も、極端に、唐化される。

大伴家持に代表される、復古への、憧れは、あったが、平安京のエネルギーに、取り込まれてしまう。
大伴家持の、万葉集編纂は、その代表的作業である。

さて、空海である。
彼は、衰退する、佐伯一族の、出である。
藤原氏の、進出は、幼少の頃より、実感として、感じていたはずである。

儒学、文章学を学び、官へ仕えることを、薦められたが、それを、拒否して、出家するという、動機には、時代の、変貌にあるともいえる。

そして、野心である。

政治の上では、もはや、生きているうちは、中央政界での、確約は、望めないのである。

そして、当時の、国分寺中心の、仏教と、僧尼たちの、退廃。
出家と、在家との、区別が、曖昧であったために、生じた、風俗を、乱す行為。

そして、貴族たちの、退廃振りである。
その貴族たちは、アクセサリーのように、仏教を利用していた。
軽薄な、無常観である。

宗教の最大の敵は、それ自体の内部に醸成される惰性だ。すべての退廃はそこに発すると言ってよい。
亀井

その、惰性を、空海は、観たようである。

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2009年07月14日

神仏は妄想である 243

亀井勝一郎は、空海の、見つめたものを、分析する。

第一は、八世紀末の国分寺中心の仏教内容と、僧尼の頽廃についての疑惑である。すでに三論、成実、法相、倶舎、律、華厳の六宗成立していたが、各論を検討しながら、彼はおそらく迷い途方にくれたてであろう。儒教や道教にも接し、漢詩文の才能にもめぐまれていたので、これら各論各説が、心のなかで紛糾に紛糾をかさねていたにちがいないのである。そこに、多面的才能をもつ青年空海の、最初の祈りが生じた。
亀井

確かに、空海は、多面的過ぎるほどに、才能があったと、思う。

最初の、三教指帰、さんがうしき、は、三つの教えの比較である。
そして、唐から、帰国して、書いた、十住心論、である。
究極の救いとは、何か、という、テーマを、我がテーマとした。

第二は、宗教的実践としての祈祷をいかにすべきかという問題である。仏教伝来における「恐怖と祈祷」について・・・仏教が浸透するため直接の媒介となったのは、病気と天災と死の恐怖である。とくに病気治癒という切実な現世利益にとつて、薬と祈祷は必至のものであった。僧は一面では看病師の役割をも果たしてきたのである。
亀井

日本固有の、巫女の役割も、次第に、僧が代行するようになったという。

実は、空海の、密教以前にも、密教的要素は、すでに、伝来して、山岳信仰系において、行われていた。しかし、妖言妖術として、取締りの対象とも、なったのである。

亀井は、天平仏教は、造形仏教と、言ってもいいほどの、ものであるという。それは、否定しない。
拝む対象の仏像の、製作を第一にした。

造型芸術にとくべつ深い愛情をもっていた空海は、これを徹底しようとした。日本人のこの点での才能や、八世紀を通してのおびただしい仏像仏具に接しながら、これをあますところなく包括する宗教上の体系を模索したと言ってよかろう。
亀井

だが、仏像仏画を信仰の対象とする、危険な方向へも進んだのであり、それは、実に危険な賭けでもあった。

今でも、曼荼羅に対して、多くの人は、理解できないがゆえに、神秘性を認めている。
単なる、絵である。
しかし、そこに、宇宙が、精神世界の云々がとなると、危うい。
あれは、芸術として、絵画であると、認識しているうちはよいが、信仰の対象にするには、危険すぎるのである。

だから、亀井も、宗教と、芸術との関係が、問題になるという。

九世紀の、勅撰漢詩集は、日本の歌の、衰退を意味したと、分析する。その中で、つまり、変革期の中での、空海の活動である。

古来、日本人が有していた「かむながらのみち」が、変質したと、亀井は、言うが、私は、そうは、思わない。
単に、時代性、時代精神というものが、呪術、密教の、呪文を容認する形になったと、思う。しかし、それも、一時的である。

造型能力が信仰の中心課題となったように、造語能力も信仰の中心課題となったということだ。彼の宗教的体験が、いかにして詩的体験であり、その逆もそうであったか。これが空海の秘密だが、宗教と芸術との相交わる接点において彼はどのように対処したか。
亀井

七世紀からの、唐文化の絶大なる影響下にあり、民族が変貌を遂げる時期に当たり、世は、まさに、混沌の形相の中であり、つまり、平城京から、平安京へ移る時代の要請もありと、無秩序の世界の中に、身を置きと、亀井は、言うが、変動期ということは、理解するが、そこで、宗教行為の中に、新しいもの、我なるものを、打ち立てるという、空海の目指すものは、野心に他ならない。

もし、本当に、即身成仏という、テーマだけならば、天皇に目立つように、行動はしない。

若き時に、山に籠もったように、山に籠もれば、いいのである。

そこに、空海の、邪念がある。
野心がある。

政治の世界では、無理であるから、精神世界で、と、考える。
天皇をして、空海に、依存させ、天皇を帰依させる。
それが、野心ではなくて、何だろうか。

宗教が、権力者と、つながることは、宗教の堕落であり、イエスキリストが、言ったように、私の国は、天にありだから、この世のこと、現実の政治の革命など、考えることではないと、明確にする。

だが、空海は、その多角的才能もあり、世の中と、様々に関わり、政治とは、別にして、世の中の、指揮を目指す。
そして、それは、他の宗派の、追い落としにもなるのである。
他宗を認めても、やることは、他宗を、排斥することである。

実際、それを、実行した。

空海は、才に溺れた、日本発の、宗教人である。

更に、仏教の、無常観というものを、独自に解釈して、そこからの、救いを、徹底したかのように、見えるが、それは、評価のし過ぎである。

空海は、儒教も、道教も、無常を超えられないとして、観た。
そして、仏教への、帰依の、動機として、無常観を、徹底して、見つめて、行為した。

その一つに、美女の死体の描写に、入念の筆をふるうのである。

美女をめぐり、その快楽を想像し、その妄想に、悩まされるという、誰もが、持つ欲望を、無常観より、解釈するという。
快楽からの、誘惑に、いかに、打ち克つか。

ここまで書いて、結局、空海も、そこで、佇むということだ。

快楽への誘いに対していかにうち克つか、そのときの心の戦いにおいて無常観をよび起こしたとみてよい。快楽への想像力と、死への想像力と、その格闘の涯に、当時の文例に従って書いた文章であろう。
亀井
その文章を、現代訳して、紹介してみる。

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2009年07月15日

悲しみを飲み込んだハノイへ 1

キエンはこの地域をよく知っていた。1969年、彼の所属していた第27歩兵大隊は、ここで敵に包囲されて事実上全滅したのだった。残虐、凄惨、非道といった言葉を絵にしたような戦闘だった。あの不運な大隊で生き残ったものは数人だけだった。
あれは、そう、乾季の終わるころだった。太陽は容赦なく屋根屋根をこがし、風が谷間に吹き荒れていた。
敵はジャングル一面にナパーム弾を投下した。地獄の火だった。炎の海が大隊を取り囲んだ。ちゃちな野戦用の塹壕は、ナパームの火に対しては無力だった。兵士たちは塹壕から出て散り散りに逃れようとしたが、ナパーム弾は残酷に彼らを追いまわした。
大隊長は危険を承知で彼らを塹壕の一角に呼び集め、敵のヘリコプターに反撃しようとした。だが、集まろうとした兵士たちは、炎の中でたちまち方向感覚を失い、多くはコブラ「米海兵隊の攻撃用ヘリコプター」の機銃撃に身をさらして死んでいった。
コプラは木々とほとんど同じ高さで旋回し、逃げまどう兵士一人一人を撃ち殺した。彼らの背中から血が噴出し、赤土のように流れるのが見えた。
大隊長は狂乱状態になった。彼は「降伏するより死ね、お前ら、死んだ方がいいぞ」と叫び、キエンの目の前でピストルを振りまわし、あげくに銃口を耳に当てて自分の脳味噌を吹き飛ばした。キエンは喉の奥で声にならない叫びを上げたが、大隊長の死体にかまっている余裕はなかった。空からの攻撃に続いて、米軍陸上部隊の攻撃が始まっていた。

あとで知ったことだが、米軍はその戦場の一角に焼け残った草木をダイヤモンドの形に刈り取り、そこへキエンの戦友たちの死体を高く積み上げたと言う。全身ばらばらで誰のものともわからなくなった死体。四肢を吹き飛ばされた死体。焼けこげた死体。
これも戦後にキエンが聞いたことだが、その場所の空は数日間、死体を食らおうとするカラスと鷹の群で暗くなった。ナパームに焼かれてジャングルの各所にできた湿地は、二度とジャングルに戻らなかった。一本の木も生えなかった。

戦争の悲しみ バオ・ニン

ベトナム戦争経験者である作者の小説である。現実を、小説の形にして、作品にした、見事な文芸である。
戦争のすべては、事実であり、そこに、ストーリーを、作為的に取り入れた。

ハノイは、北ベトナムの、中心であり、今は、ベトナムの、首都である。

北ベトナム軍は、アメリカを、ベトナムから、追い出した。
あらゆる、悲劇を飲み込んで、戦争に勝利した。
アメリカに勝った、唯一の国である。

しかし、その代償は、大きかった。

まさに、悲しみを飲み込んだ街、ハノイなのである。

前回の、ホーチミン慰霊と、衣服支援の旅日記に、私は、ベトナムの歴史を俯瞰して書いている。
今回は、戦争というものを、見つめつつ、この旅日記を書くことにする。

私は、戦争に反対する。
それでは、戦争のない状態とは、何と言うか。平和と言う。
では、戦争がなければ、平和なのかといわれれば、解らない。

しかし、平和を望むのならば、平和を打ち破る、戦争を知らなければならない。それでは、戦争とは、何か。
私は、戦争を知らない。
では、戦争を知る方法とは、過去の戦争の、記しを見ることである。
そして、戦争後の、その場の様子を見ることである。
さらに、戦争後に、人は、どのようにして、生きるのかということを、見るべきである。

誰も、戦争は、したくない。しかし、戦争は、起きる。何故か。それも、よく解らないのである。

30年前まで、ベトナムは、戦時下にあった。
つまり、私は、ベトナム戦争終結を、二十歳前後の時に、知っているということだ。
そんな、少し前のことである。

実は、上記の、記述は、米海兵隊の手記である、ペリリュー・沖縄戦記の記述にも多く、似たようにある、悲惨な情景である。

戦争とは、人が人を殺すことである。
しかし、単に、簡単に殺すのではない。
こちらが死ぬか、相手が死ぬか、どちらが死ぬのか、皆目検討がつかない状況の中で、起こる、実に、不気味な、そして、実に、無意味な、殺し合いなのである。
そして、その人々は、顔も知らない、全くの他人である。
個人的な、恨みや、憎みも無い。

それだけでも、恐ろしい。

そして、人類は、延々として、その、戦争というものを、続けてきているのである。

人の命が、木の葉のように軽く、扱われている様。
敵兵を、殺して、喜ぶ様を、どのように、理解すれば、いいのか、私には、解らない。

更に、殺した後も、敵の死体を、蹂躙する様。
人の命の、尊厳も何も、無い状態に、ただただ、呆然とする。

殺してからも、その死体の、その人間を、屈辱するために、行う、様々な、虐待である。
人間が、ここまで、残虐になるものなのか。

日本兵が、殺したアメリカ兵の、死体を遊び、ペニスを切り取り、その口に、詰め込む様などを、記されると、絶句する。
さらに、次は、アメリカ兵が、日本兵の死体を、切り刻むという。

一体、そこまでの憎悪が、何ゆえに、芽生えるものだろうか。

つい先ほどまでは、知らなかった人間である。
ただ、敵であるというだけで、どうして、そのような感情が、湧いてくるのか。

戦争とは、何か。

平和を求めるということは、戦争に反対することなのか。
そして、反対すれば、戦争は、起こらないのか。
全く、逆である。
どんなに、平和を叫んでも、起こるべき時には、戦争が、起こる。

さらに、平和を、求めれば、求めるほど、戦争の危険性が高くなる。
つまり、平和を叫ぶということは、戦争を前提にしているからである。
平和を、求めているように見えるが、それは、戦争を引き付けているのではないのかと、私は、考えるようになった。
戦争が、前提にある、平和は、実は、平和でもなんでもない。
平和遊びである。
無意識に、人は、戦争を望んでいるゆえに、平和を、叫ぶとしか、思えなくなった。

もし、本当に、平和を、求めるならば、戦争で亡くなった人々の追悼慰霊にしか、無いのである。

追悼慰霊が、唯一、戦争を回避させる、方法であると、私は、気づくのである。
そう、このような、慰霊を、行わなくても、いいことが、いいことなのであると。


神仏は妄想である 244

美女の花というべき目は、緑深き近くの川の流れのようであり、玉のような、美しい耳たぶは、松風の通う、谷のようである。しかし、朱をほどこす、紅の頬も、青きハエの集うところとなり、紅に、染めた唇も、化して、鳥に、ついばまれる穴となる。百の媚の巧みな笑みも、枯れて、晒され、暴かれて、骨の中には、更に見るものはない。千の媚を作った、姿態も、朽ちて爛れ、体の中は、見るも、無残である。・・・・白い手も、沈み、草中の腐敗となる。臭い匂いは、体から、吹き上がる
木村天山訳

美女をめぐる快楽に対して、死体をもって、対処する。
無常観想像力の、駆使であると、亀井は、言う。

このような、感覚は、古代日本には、なかった。
欲望は恵みであり、死体は、穢れとして、土に埋めて、見ることはなかった。
死体は、抜け殻であり、魂の世界に、遊び、子孫を見守る、先祖霊となるのである。

空海の、思考は、中国からのものである。

世の一切の無常と、生死のはかり難きを語り、「このゆえに勝心を因の夕に発し、最報のしんに仰ぐにあらずよりんば、誰か能く漂々たる海底を抜いて蕩々たる法身に昇らん」と、仏教が究極の真理たることを説き、・・・論破するわけである。
亀井

これが、18歳の頃の文章であるとすれば、確かに、頭脳明晰、とてつもない才能に恵まれていただろう。

しかし、頭脳明晰は、その明晰により、誤ること、多々あり。

ただし、当時の、18歳を、現代の、年齢として、理解することは、出来ない。
今は、昔の人の、倍の年月を生きる。

空海の修行は、ここから、はじまるのだ。

そして、二十歳前後から、三十歳までの、唐に行くまでの間、およそ、十年間は、不明である。

山岳に隠れて、修行を続けた。
ただ、高野山では、発見されている。

後年に、天皇に、高野山を乞う文章に
空海少年の日、好んで山水を渉覧して、吉野より南に行くこと一日、さらに西に向かって走ること両日日程にして、平原の幽地あり。名づけて高野といふ。
と、ある。

奈良学僧には、学ばず、山岳にて、禅定と、修法を主としていた、らしい。
らしい、であり、不明である。

空海は、名文家である。
もし、密教でなければ、日本文学に、多大な影響を与えたであろう。
世界的、名文の、文学を作り上げたと、思う。

しかし、それは、密教という、怪しげな、精神世界に、生かされた。

その、怪しげな、密教というものを、空海を通して、見ることにする。

その前に、先の、美女に対する、死体を想定しての、欲望壊滅などの、考え方は、中国には、腐るほどある。
しかし、それは、単なる、遊びの、言葉の羅列である。

そうして、無常という感覚に、酔うのである。
何も、真実、無常などは、どうでもいいのだ。
センチメンタルとでもいう、ほろ酔いである。

憂いにある、その憂いを楽しむのである。

少し、その心境に、浸ってみようかという、程度のもの。

老師になれば、欲望など、覚えることはなくなる。
何せ、年寄りであり、すでに、欲望を覚えるほど、精力は無い。
その、老師に、説教されて、欲望からの、開放などとは、笑わせる。

彼らは、若き時に、その欲望に翻弄された経験から、若き修行者を、脅す。
その程度の、精神レベルである。

若くして、欲望の無いものならば、それは、病気である。
または、体の、どこかが、故障しているのである。

生まれつきの、インポテンツでなければ、若い男は、同然、反応する。反応して、当然であり、自然なのである。

その、人間の欲望の自然の様を、否定しては、何も、成り立たない。

それを、克服するとか、囚われないためにとか、滅するとか、実に、馬鹿馬鹿しいのである。

マスターベーションをして、心の、もやもやが、消えるならば、その方がよい。
それを、罪などと、脅すのは、支配欲である。

何から、何まで、宗教は、人間を支配しようとする。
そして、最後は、政治、経済、人間の、ありとあらゆるところに、入り込み、支配しようとする。

そして、それはまた、人間が、神仏の名を借りて、行うという、蒙昧である。

美女が、腐ってゆく様を、想像して、欲望を、滅するとは、何と言う、いやらしい行為か。

下品極まる。

この、嘘に、嵌る者が、宗教、神仏というものに、騙される。

古代日本の伝統には、そんな趣味は無い。
欲望を恵みとして、その欲望を楽しむ心を、恋と呼び、その、恋心から発する、思いを、心象風景をして、民族の、心の原風景とした。
それを、言葉にしたのが、もののあはれ、である。

一切の、屁理屈は無い。
そして、無いものを、在るものとは、しない。

つまり、妄想を、最も、嫌ったのである。

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2009年07月16日

神仏は妄想である 245

いづれの日かいづれの時か更につきん
貴き人も賎しき人もすべて死に去んぬ
死に去り死に去って灰燼と作んぬ

三界の火宅の裏に焼かるることなかれ
斗藪して早く法身の里に入れ
空海 経国集

斗藪とは、煩悩を祓うという意味。

上記は、密教的な要素は、ない。それよりも、法華経の世界に近い。

無常観は生を凝視するとともに死を凝視する眼であり、「死」眼を通じて生の意味をさぐる行である。それは同時に自己の空無の確認である。
亀井

空海は、天才であったと言ったが、上記のような、漢詩を読むと、単なる、無常観の虜になった、一人であり、唐、中国思想の影響を受けたというのみ。

人間はいかにして迷妄を去って、悟りの世界に入りうるか。いはゆる「転迷開悟」は、各宗に共通の根本の課題だ。
亀井

しかし、それが、嘘ならば。
そんなことが、あるわけが無い。それが、妄想であるとしたら・・・
私は、それを言う。

究極の救いとは何か。空海は自覚してそれを求めた最初の人だが、いかなる場にも自己を限定せず、能うかぎりの心と行動の振幅を示したところに、彼の固有性とともに苦悩があったと思う。
亀井

更に、亀井は、博学の苦悩があったとも、言う。
博学の空虚感も同時に、味わった。そこに、祈りが生じた。この場合の、祈りは、究極のものを示してくれるなにものかとの、邂逅の願いだと、亀井は、言うが、それは、評価のし過ぎである。

確かに、鎌倉仏教には、空海のように、多角的に活動した宗教家、開祖はいない。
どちらかと言うと、オタク的に、信心というものを、考えた人々である。

スケールも違う。
手っ取り早く言えば、天皇と、政治の上に、密教を置いて、支配するという、欲望と、野心である。

そうでなければ、本地垂迹などという、アホなことを、考え付かない。
つまり、日本の神々は、仏の化身である。
神々の上には、仏がいる。

そして、大日如来を天照と、ダブらせた。
大日如来については、後述する。

神々の上には、仏がいるというのは、インドの考え方である。それも、仏教のみの、である。
インド魔界の、神々を、仏の守護神として置いたという、堕落は、甚だしい。
それも、大乗である。

インド大乗仏教が、節操も無く、バラモンなどからの、影響を受けて、更に、インド民間信仰の様々に影響を受けて、変節、変節してゆくのである。
発展ではない。

更に、ヒンドゥーまでとも、限りなく、接近して、ついに、インド仏教は、ヒンドゥーに、飲み込まれたのである。

釈迦仏陀は、今では、ヒンドゥーの神の一人としてある。

大乗が発展するということは、堕落した、変節した、迎合したということである。

最も、堕落したのは、密教までも、仏教に取り入れたことである。

インドに起こった、密教は、仏教とは、似ても、似つかぬもの。更に、中国にて、起こったものは、それの、また、変形したものである。

空海は、密教の、何に、心を奪われたのか。

無常観というものを、超えられたのか。

超えられたというならば、それは、自己申告であるから、信用できない。
であるから、空海が、何を言ったのかを、検証する。

というより、修法というものである。
この、修法というものが、実に、怪しい。
更に、密教は、修法なくして、成り立たないのである。

成仏という、蒙昧に、迷う空海が、どのようにして、成仏という、妄想に至ったのか。

生きながらに、仏になるという、詐欺ペテンに、自らが、嵌まり込んでしまった、空海という、天才の、悲劇である。

亀井勝一郎は、実に、真面目に、このように書く。
ここで仏と人間との距離が問題となる。人間研究の結果は、この距離の無限を自覚せしめるであろう。たとえば自己の内心を観じたとき、それが煩悩と悪の巣であることを自覚せしめられたならば、どうなるか。それこそ、発心の動機にちがいないが、その深さは、この距離の無限をいよいよ明らかに自覚させるであろう。
と、言う。

どうしても、煩悩と、悪の巣が、内心と、観じたときと、それが前提になるのである。それは、どこからの、観念であろうか。
どこから、そのような、病的な観念を得たのであろうか。

自己内省とは、釈迦仏陀の、生き方指導であったが、釈迦仏陀は、単に無常観という、ものの見方を持って、人生を見たのではない。

そんな、煩悩と、悪の巣の人間ならば、死ぬことである。しかし、死ねない。だから、仏という妄想に、身を委ねるしかない。

天才空海は、何故、己、独りとして、その道を生きなかったのか。
実は、成仏という、即身成仏という、妄想により、世の中に君臨するという、欲望に生きたのである。
であるから、最悪の、詐欺師となる。
日本始まって以来の、ペテン師である。

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神仏は妄想である 246

永久に救われざる存在としての自己確認という、一種の絶望に見舞われないだろうか。すべての求道の根本にはこの種の絶望があるにちがいない。
しかもなお成仏への道があるとすれば、生まれ変わり生まれ変わっての殆ど永劫の修行の結果か、さもなければ死後の可能性にすぎない。そうならばこの肉身における成仏の可能性とは、不可能と同じことになるではないか。求信の途上で、誰もが直面する壁のようなものであり、またこの点でニヒリズムにおちいる。
しかし「可能性」とか「不可能性」とかいうが、それはどういうことか。そうならば相対的なものにすぎない。仏智は無分別、無限定である。仏と人間の距離についての自意識そのものが、妄想ではないと言い切れるかどうか。これを撤去し、仏性「即」人間の世界に生きる道はないか。
亀井勝一郎

仏と、人間の、距離とは、妄想である。

すべての、大乗は、その妄想に、まっしぐらである。
釈迦仏陀は、ただ、生活指導としての、内道、内省、つまり、心のあり方と、その、見つめ方を教えたのである。

死後の世界云々も、霊のこと、云々も無い。
それらには、触れなかった。触れる必要がなかった。
いかに、心を平安にして、生きるか。それが、テーマだった。

心を平安にして生きる。そして、平安にして、死ぬ。
ただ、それだけの、釈迦仏陀の行為と、指導だった。

ここ、ここに至ると、それが、とんでもない、化け物になったのである。

三蜜加持すれば促身に成仏する。
空海

三蜜加持とは、何か。

仏の心のはたらきと、わが心のはたらきを同体にし、
仏のことばのはたらきと、わがことばのはたらきを同体にし、
仏のからだのはたらきと、わがからだのはたらきを同体にする。
桐山靖雄
具体的にすると、三蜜加持とは、「印契」いんげい「観想」「真言」である。

印契とは、手と指を使い、様々な形をつくる。
印相というもので、印を結ぶという。
それで、様々な物事を象徴するという。
身蜜ともいう。

観想とは、心の中で、定められた物事を、強く観念すること。
意蜜という。

真言とは、仏の真実の言葉とされる、梵語で成り立つ、一定の章句を口で唱える。
語蜜という。

この三つの所作が、連続して、一つの法を成立させる。
この、三蜜加持の手法をもとに、「金剛界の法」と「胎蔵界の法」と、二つの、即身成仏の体系がある。

説明する前に言うが、これは、自己暗示である。
自己暗示に入る、方法である。

密教が、釈迦仏陀の教えではないことが、よく解るものである。
これは、全く、バラモンのものである。
もし、これで、即身成仏するのならば、別に、こんな方法を使わなくしても、いくらでも、成仏できる。

我、成仏せりと、思い込めば、足りる。

全くもって、こけおどしである。

読みやすくして、以下、少し説明する。

金剛界の法である。

仏眼 合掌して、二頭指各々中指の上の節の背につけ、ニ小指の頭あい支えて、中間を開く。二大指もまたしかなり。
これ如来五眼の印なり。
胸の前に当てて真言七辺を誦して、身の四処を加持せよ。
真言にいわく。
のうぼう ぼぎやばとう うしゆにしや おんろろそはろじんばら ちしつちしつたろしやに さらばらた さたにえい そわか

このようにして、印を結び、真言を唱えて、心に仏を観念すると、成仏、すなわち、仏になるというのである。

一体、仏とは、何かということになる。

更に、梵語の、文字を、思い描き、それぞれを、体のそれぞれの位置で、思い描く。

あ ばん ばん らん らん か か か きや きや あ
という、梵語に意味を与えて、自己暗示をかけるというもの。

自律神経訓練法というものがある。
両肩が、温かい、温かい、温かい。
両腕が、重い、重い、重い。

それを、実に複雑に、ならやら、儀式的に行うことによって、何やら、何やらの、心境になってゆくというものである。

桐山氏は、
仏眼、この印明をむすぶがゆえに、自他一切の障害を排除して法が成就する。
というが、ご苦労なことである。

これから、少しばかり、桐山氏の、解説で、その方法と、意味を紹介するが、実際の、真言密教では、通常の言葉の理解では、理解できないし、彼らは、成りきっている、つまり、自己暗示に、嵌りまくりなので、人も、我も、解らない言葉で、語ることしか出来ない。

ただ、言い分はある。
実際に、行じることだと。そうすれば、解るというのだろう。

死ぬまでの暇つぶしでも、そんな暇は無い。
空海の時代なら、ともかく、そんなことで、時間を使っていたのでは、世界国家のためにならないばかりか、悪因縁を作るのが、オチである。

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悲しみを飲み込んだハノイへ 2

ハノイに出掛ける前に、泊まるホテルを、選び、予約していた。
私が、英語で、予約したのである。
なんとか、通じて、予約したのは、そのホテルが、一回だけ、無料にて、空港の送迎をするというからである。

だが、深夜到着する、ベトナム航空の、時間などが、伝わったのか不安で、コータに、再度電話をさせた。
それを確認しておいて、よかった。

はじめての、土地で、深夜に到着して、タクシーなどに乗るのは、実に危険である。
バンコクは、慣れているので、大丈夫だが、ハノイは、皆目検討がつかないのである。

さらに、ホテル料金は、ガイドブックの二倍の、28ドルである。
ガイドブックの情報は、古くなることが多々あるので、それで、決めた。

KIMURAと、パラカードを持つ男を、見つけて、安堵した。
迎えに来ていた。

タイと、同じく、ベトナムも、日本時間より、二時間遅い。

28ドルもするという、ミニホテルに泊まるのは、はじめてである。
バンコクでさえ、あの、スクンウィットの繁華街のゲストハウスで、500バーツ、約1500円である。

ハノイの街は、空港から遠い。
そして、夜なので、風景が見えない。
車は、次第に、田舎に向かっているように、暗い道を走る。
ホーチミンは、次第に、明るく、街に入るという、感じだが、ハノイは、違う。

ベトナムの首都である。
まさかと思いつつ、不安げに車の外を眺める。
しかし、コータは、大学時代に、一度ハノイに来ているので、平気である。

どんどん、暗くなるけど
大丈夫、街に向かっている、と言う。

車は、立派な日本車である。
運転手は、フリーのタクシーであった。ホテルからの依頼を受けて、仕事をしている。

忙しく、中々、彼女とも会えないと言った。それが、印象的だった。
つまり、仕事があるということだ。

街中に入っても、明かりは、それほどではない。
それに、高い建物は、無い。

北ベトナムの、中心であり、今は、ベトナムの首都であるが、そんな雰囲気は無い。

ホテルまでの道は、くねくねとして、中小路を通り、もう一度、通ることは出来ない、覚えられない道である。

細い通りに入り、ホテルに到着した。
後で知るが、その道も、ガイドブックに載るほど、有名な商店街であった。

フロントの男は、上半身裸でいた。
私たちが、入ると、急いで、シャツを着ようとしたが、私は、いいよ、いいよと、言ったので、そのまま、受付である。

しかし、チェックインをする前に、彼は、さて、何処に観光に行きますか、である。
ツアーの受付をするのである。

いやいや、私たちは、子供たちに、衣服を渡すために来たので、観光はしないと言うと、サンキューと言い、ようやく、パスポートを提示して、受付をする。

曰く、今部屋が、大きな部屋しかないので、そこに入ってください、そして、明日、部屋を、替わります、と言う。

本日のみ、特別扱いという、訳である。

案内された部屋は、五人が泊まれるほど、大きい部屋である。

そして、何と、私たちは、三泊、その部屋に泊まることになったという、幸運。
結局、部屋の移動はなかったのである。

エレベーターがないホテルの二階だったので、それも幸いである。

荷物を入れて、すぐに、食事に外に出た。
ホテル近くで、営業する、地元のレストランに出掛けた。

食べたのは、フォーである。
米の麺の、ベトナム名物である。
その店には、毎日、一度は、フォーを食べに行った。

そして、路上で売る、肉まんを二個買った。

ベトナム、ドンは、前回の時に、残してあったので、両替する必要はなかった。
今回、ドンは、安くなり、日本の一万円が、190万ドンである。
毎日、ドンは、安くなったから、得である。

ここで、整理しておくと、一万円が、190万ドン、千円が、19万ドン、百円が、1万9千ドン、10円が、1900ドンである。

私は、面倒なので、百円、二万ドンとして、計算した。

ペットボトルの水が、3000ドンからある。つまり、150円。
しかし、売り場によって、同じものが、3000ドンから8000ドンまであるから、迷惑である。

観光客と見れば、どこでも、ボルのである。
だから、コンビニに行き、本当の価格を知る。
だが、ハノイには、コンビニが少ない。

水は、安くはないが、他のものは、現地価格だと、安い。

チップの習慣はなかったが、次第に、チップというものの意識が芽生えていた。
チップを要求されるという、事態にも、遭遇した。

部屋に戻ると、すでに、日本時間では、深夜二時過ぎである。
だが、なかなか、眠られないのである。

2009年07月17日

神仏は妄想である 206

竜樹の説いたことは、何か。また、何を説きたかったのか。

そこで、別の角度から、検証するために、定方晟氏の、空と無我、という、本を参考にする。
この方は、東大フランス科卒業で、フランスに留学し、バリ大学で、インド哲学を学ぶという。フランス文学などを、学んだ人が、多く、仏教思想を学ぶというのは、何かと、興味深いのである。

竜樹は、「行く」という動作はないと主張する。というのである。

かれは、このことを主張するにあたり、動作の存在を過去、現在、未来の三時にわたって検討する。過去に「行く」という動作はない。過去の動作はすでにおわっているから。未来に「行く」という動作はない。未来の動作はまだおきていないから。ここまではだれもが納得するだろう。しかし、ナーガールジュナは、現在にも「行く」という動作はない、とつづける。
定方

実に、解りやすい説明である。

そして、続ける。
かれはそのことを「行きつつあるときにも行くことはない」という表現で述べる。なぜ「(行きつつあるとき)(行くこと)はない」のか。理由はこうである。(行きつつあるとき)という時間の設定は、それ自身のうちに(行くこと)を前提として含んでいる。これは論点先取りの誤謬である、と。だから「行きつつあるとき行くこと」はありえない。


現在とはなんだろう。時間とはなんだろう。ものから独立し、ものを受けいれようと待機している時間があるのだろうか。時間はものがあって初めて存在する。厳密にいえば、運動するものがあって初めて存在する。地球の自転、公転、歯車の回転、原子の運動などがあって初めて、時間が存在する。「行くこと」があって現在が存在する。ナーガールジュナは第十九章「観時品」でのべている。「ものがなければ時間は存在しない」と。


人は、運動を時間的継続のものだと、捉える。
それは、体験から出たものにすぎない。
時間というものは、人が反省、振り返った時に、現われるというのである。

竜樹は、「行くものは行かず」という、フレーズを何度も、繰り返す。
それが、竜樹の、核なのである。

行くものは行かずという、訳を、クマーラジューバは、西暦409年に、去者則不去、とした。

サンスクリット語では、動詞「行く」の語幹に、その動作を行う主体を表す言葉を、加えている。
そこで、サンスクリット語を、「行くものは行かず」と訳しても、妥当であるという。

漢訳の「去る者はすなわち去らず」というのも、問題ない。

そこで、定方氏は、日本語訳である「行くものは行かず」で、話を進める。

行くものが行くということが
どうしてありえよう
行くことなしに
行くものはありえないのだから

「行くものは行く」という考えには、「行くもの」と「行く」とは二つの独立した事象であるという前提が含まれている。したがって、「行くもの」はそれ自体のうちにすでに「行く」を含んでおり、あらためて「行く」と結び付けられる必要はない。「行く」ことをしない「行くもの」など、そもそもありえないのだから。
だから「行くものは行く」とい立言には、「行く」が二重に存在するという矛盾が生じる。このことはつぎのげにのべられている。

もし行くものが行くというならば
二つの「行く」が存在する結果になる

第一は「行くもの」と呼ばれうるゆえんの「行く」であり、第二は「行くもの」がおこなう運動としての「行く」である。そしてまた二つの「行く」があるならば、二つの「行くもの」が存在するというおかしな結論が生じるだろう。なぜなら、「行くもの」なしに「行く」ことだけがあることは不可能だから。このことは第六げにいわれている。

二つの「行く」があるならば
二つの「行くもの」が存在する結果になる
なぜなら、「行くもの」なしに
「行く」ことはありえないからである

定方氏は、竜樹の、言語の本質をするどく洞察した議論であると、いう。

あらゆる現象は、それ自体分割できない全一なものである。しかし、言語で表象しようとすると、われわれはまずそれを主体と動作に分割し、あらためてそれを結合するという手続きをとらねばならない。その結果、「行くもの」(主語)が「行く」(述語)という言表が成立する。

以上、定方氏の、解説である。

理論と、論理の違いを、考えてみるのも、手である。

仏教には、ものに、実体性がないということを、徹底して、議論し、人に説いた。
それが、空、縁起、中、無自性などである。

竜樹は、それを突き詰めて、説いたということだ。
更に、言葉の限界に挑戦した。

何度も言うが、当時は、論争の時代である。

定方氏は、更に、
無我を悟るには心を探求するよりも言語を探求するほうが効果的であることも、かれの言語批判は教えてくれる。かれは言葉を一種の虚構とみたが、そのことを説明するためにかれが頼るのは飽くまでも言葉である。かれは言葉でみちびけるところまで人をみちびく。そして、どの方角に真理があるかを指し示す。かれは言葉の限界を知る合理主義者、すなわち、徹底した合理主義者である。
定方

これに、反論する、大乗仏教の理解者達が、大勢いると、思われる。

言葉を、一種の虚構とみた、そして、合理主義者である。

端的に、言葉を、ロゴスとして、神に変容させた、キリスト教とは、絶対的に、対立するほど、言葉の、虚構性を、見たといえる。

そこでは、兎に角、信じて、仏の家に投げ入れてなどという、詭弁は通用しないということだ。

伝える手段は、言葉である。
その言葉の限界を、徹底して、身につけるべきである。

ところが、日本人は、言霊という、とてつもない、虚構を持つに至った。それは、感受性である。
言わず語らずの、姿勢、つまり、言挙げせずという、伝統である。
さあ、困った。

兎に角信じて、お任せして、云々という、言葉のみで、邁進した。そうすると、自ずと、理解される、解ってくる。
悟りは、言葉で、表現出来ないものだ、云々。

しかし、禅の世界では、言葉で、悟りを伝えるという、アレッおかしいと思うことをする。

要するに、ミソも糞も、一緒にして、仏の道を、論じる。
更に、漢語に迷う。

ひねくれ者、偏屈者の、竜樹にしてやられるのである。

空、縁起、中道という、ものが、同一であると、聞いて、日本の仏教愛好家が、どれだけ理解しているのか。

それでは、不本意ながら、空を、徹底的に説く、皆様、お好きな、般若心経を、少し見ることにする。

ちなみに、三蔵法師で有名な、玄奘訳である。


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