2009年06月01日

何故、バリ島か 1

バリ島は、インドネシアの中でも、特別な島である。
それは、インドネシアは、世界最大のイスラム国家であるということ。

その中で、バリ島は、地場の信仰形態と、ヒンドゥーを混合した、バリヒンドゥーであるからだ。

およそ、二万の島を抱えるインドネシアでは、最も、特徴的な島である。

バリ島の、原住民を、バリニーズとして、呼び、その他は、ジャワ、スマトラ、隣の島、ロクボク島などから、来た人々による。
更に、ホテル経営者などは、実に、幅広く、欧米人、オーストラリア人、日本人、韓国人、中国人などである。

純粋バリニーズは、その精神も、実に少なくなっている現状である。

バリニーズでも、精神的には、バリニーズの伝統を捨てる者もいる。

私は、バリニーズを信頼していた。
実直で、誠意ある人々である。
だが、時の流れか、それらも、次第に、変質してゆく。当然である。多くの情報が、バリ島に入り、伝統的生き方では、生活を、口を糊してゆけなくなったのである。

更に、ゲイカルチャーなどを、見ると、最早、それらを、無視することは、出来ない。
スミニャックという、街は、ゲイタウンとして、機能しているのである。世界から、ゲイが、集う。

そして、インドネシア全土から、集う、レディボーイ達である。
強い、イスラム色の土地では、生き難いが、バリ島では、何とか、やってゆける。
レディボーイ達は、宗教を超えてしまったのである。

バリ島は、日本人には、観光地として、有名である。
神々の島という、キャッチフレーズでの、神秘的イメージを持つ。

しかし、バリ島は、神々の島でも、神秘の島でもない。
神々より、精霊、あるいは、亡霊や、化け物が多く、その芸術も、すべて、外から入ってきたものである。

バリ島の、伝統文化は、欧米人たちによって、味付けされたものである。
勿論、それを、やりこなすバリ人の、才能があってのこと。

ただ、それらが、お金のために、使用されることになると、バリ人も、抵抗しなければならない。

今回、単なる、レストランにて、ガムランと、レゴンダンスを披露しているのを、見て、愕然とした。

例えば、ホテルのディナーで、特別、企画というならば、理解するが、単なる、通りのレストランでの、ガムランと、レゴンダンスは、その、質を、低下させ、更には、見世物に、貶める。

歌舞伎を、レストランで、見せるのに、似る。

バリニーズの、誇りは、次第に、狭くなってゆく。
日本人が、日本人の、誇りというものを、意識せず、更に、そんなものは、どうでもいいと、思うようになるには、バリニーズも、変わりない。

それは、それで、時代精神と、言っておく。

私も、含めて、日本人観光客は、バリ島で、日本が、一時的に、統治していたということは、知らない。
更に、現地の人々の、食料を搾取して、憚らなかったということも、知らない。

そして、更に、戦後保証として、日本が、莫大な金額を、インドネシア、及びバリ島に、差し出したことも、知らない。


多くの、歴史的遺産保護にも、日本政府は、莫大な資金を提供している。

私は、バリ島に拘るつもりは、毛頭無い。
これから、インドネシアの各地、各島の、追悼慰霊を、行う予定である。

しかし、衣服支援をすることによって、得た、関係がある。
路上で、物売りをしている、子供達などである。

ストリートチルドレンという言い方は、少し違う。
彼らは、グループで、生活して、夜になると、生活費のために、路上に出て、手首に巻く、皮織物を売る。

1000ルピアから、10000ルピアである。
10円から、100円で、売り歩く。

うまくいけば、それで、一日、一食が食べられる。
でなければ、二三人の、収入で、一碗の、屋台の、スープ麺を食べられる。

一日、何度、食事をしているのかと、私が、9歳の、ボーイに尋ねると、一回の時も、二回の時もあると、言った。

今回は、彼らの、住む場所に行かなかったが、次回は、彼らの住む場所に出掛けてみるつもりである。


さて、今年は、二月に、バリ島にゆき、帰国して、バリ島再考の旅と、題して、旅日記を、書いた。

今回は、何故バリ島か、と、題して書くことにする。

今回は、初めて行く、サヌールのビーチでの、慰霊と、衣服支援、そして、前回と同じく、クタ地区の路上の子供達への、衣服支援と、クタでの、テロ犠牲者の、追悼慰霊を行う予定である。

すべて、計画通りに、進めることが、出来た。
今回の、同行者は、いつもの、コータと、辻友子である。

三人での、行動である。
それでは、時間の経過を、追って、書き続けることにする。

旅は、成田空港から、始まる。


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性について 101

同性愛の病因をめぐる今日の科学理論で、社会的寛容がその発生を決定することを示唆するものは皆無である。純粋に生物学的な理論でさえ、「同性愛はいかなる条件においても、またいかに好条件を得ても、少数派の嗜好にすぎないであろう」とする点で軌を一にしている。
ジョン

性的特異行動とは、色々ある。
禁欲や、自己犠牲なとも、そうだ。
しかし、それらは、特異行動だが、社会に害を、もたらすことはなく、逆に、賞賛されることもある。

また、同性愛を、認めると、社会は、衰退する。つまり、生殖を伴わないからと、いう者もいるが、全く、それは、誤りである。

ジョンは、
さらに、同性愛の欲望のために個人またはもろもろの集団が生殖にあずからぬようになると推測する強固な理由はない。
と、言う。


同性愛の行動と異性愛の行動は排除し合うとする一般の考えを支持する証拠はなく、多くのデータはその逆を示唆している。

ゲイ・ピープルが結婚し子供を作る率はゲイではないひとびとの場合よりも低いと期待されるのは、近代産業国家のようにエロスのエネルギーは一生にわたる合法的配偶者にもっぱら向けられるべきだとする社会においてのみであろう。そして、そうした文化社会においてすらゲイ・ピープル人口のかなりの割合がーーーことによると大多数がーーー事実結婚し子供を作っている。
ジョン

オスカー・ワイルドが、ゲイであり、男の恋人がいたことは、知られているが、彼が、夫であり、父であったことに、気づいているものは、稀である。

ゲイ、同性愛ということの、事実が、彼ら、同性愛者を、特異な存在にするという、社会的、認識である。

ジョンの、反論は、ただ、同性愛であるということで、他の、多くの、多数派と同じ、側面を無視することは、できないという。

この、膨大な論文は、ゲイ擁護の立場にたって、論評している。

次に、
同性愛に対する不寛容さを説明するためにもと出されるかもしれぬ第二の脅威はその「不自然さ」に関連する。
と、言う。

だが、人間社会が、ゲイに対して、敵意ある反応を示すのは、彼らの、好みが、本来、不自然だからであろうか、となる。

ジョンは、この、自然、不自然ということについても、多くの、論評を行っている。

「自然な」「不自然な」という言葉の意味は、それらの言葉が関連する、自然の概念に応じて、変化するものだと、提案している。

そして、
自然のいくつかの概念は主として「現実的」ということである。
と、言う。

自然界、およびそれを観察することに関連するのである。

自然は、あるものの、特性ないし本質といってもよい。例えば、愛の自然、人間の自然など、である。

不自然なという言葉は、この概念に対立するものとして、そうしない者は、不自然である、となるのである。

更に、広い意味で、観察できる世界の、すべての自然である。
その意味の反対語として、不自然である、というのは、科学的に観察できる、世界の一部をなさないもの、つまり、幽霊や奇跡に当てはまる。

「自然」および「不自然」の「現実的」カテゴリーはひどくあいまいに使用されているが、比較的「現実的な」「自然」観から見ても同性愛は「不自然」であるとする確信の底流をなす主要な仮説に触れてよいと思う。そのなかで新しいほうの仮説、つまり、本来生殖に関わらない行動は進化論的な意味で「不自然」であるという考えをゲイ・ピープルに適応するのはおそらく不正確である。ともあれ、禁欲を理想化した古代社会にあって、あるいはマスターベーションを完全に「自然」であると考える現代社会にあって、生殖に関わらぬということがゲイ・ピープルに対する反感を誘発するとはまず考えられない。そもそもこうしたひとびとが結局は生殖に成功しているという点は同性愛の行動と変わらないのだから。この反対論は明らかに偏見の原因というよりむしろその正当化である。
ジョン

更に、同性愛は、動物には、見られないという、仮設である。

しかし、それは、誤りである。
動物の、同性愛行動は、野生状態かどうかを問わず、種々の動物について、観察されている。

更に、多くの動物の同性愛行動が、不自然だと、考える者は、いない。逆に、それが、自然の一部と、みなされているのである。

だから、
人間が同性愛の欲望や行動を示す唯一の種であるとしても、そのことはそうした欲望や行動を「不自然」として分類する理由とはならぬであろう。
ということになる。

同性愛が、自然に、反する行為ということは、全く、お門違いの話である。
更に、特異行動でもなく、それは、ある意味、自然な行為でもある。

人間のエロスは、百人百様である。

成人した人間の、性行動に関しては、その本人の、責任の範囲にあるものであり、他の誰もが、介入できないものである。

人の、ベッドを覗き見するという、下品な行為は、宗教の、得意とするところである。

更に、ジョンの、自然についての、論述を見ることにする。


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性について 101

同性愛の病因をめぐる今日の科学理論で、社会的寛容がその発生を決定することを示唆するものは皆無である。純粋に生物学的な理論でさえ、「同性愛はいかなる条件においても、またいかに好条件を得ても、少数派の嗜好にすぎないであろう」とする点で軌を一にしている。
ジョン

性的特異行動とは、色々ある。
禁欲や、自己犠牲なとも、そうだ。
しかし、それらは、特異行動だが、社会に害を、もたらすことはなく、逆に、賞賛されることもある。

また、同性愛を、認めると、社会は、衰退する。つまり、生殖を伴わないからと、いう者もいるが、全く、それは、誤りである。

ジョンは、
さらに、同性愛の欲望のために個人またはもろもろの集団が生殖にあずからぬようになると推測する強固な理由はない。
と、言う。


同性愛の行動と異性愛の行動は排除し合うとする一般の考えを支持する証拠はなく、多くのデータはその逆を示唆している。

ゲイ・ピープルが結婚し子供を作る率はゲイではないひとびとの場合よりも低いと期待されるのは、近代産業国家のようにエロスのエネルギーは一生にわたる合法的配偶者にもっぱら向けられるべきだとする社会においてのみであろう。そして、そうした文化社会においてすらゲイ・ピープル人口のかなりの割合がーーーことによると大多数がーーー事実結婚し子供を作っている。
ジョン

オスカー・ワイルドが、ゲイであり、男の恋人がいたことは、知られているが、彼が、夫であり、父であったことに、気づいているものは、稀である。

ゲイ、同性愛ということの、事実が、彼ら、同性愛者を、特異な存在にするという、社会的、認識である。

ジョンの、反論は、ただ、同性愛であるということで、他の、多くの、多数派と同じ、側面を無視することは、できないという。

この、膨大な論文は、ゲイ擁護の立場にたって、論評している。

次に、
同性愛に対する不寛容さを説明するためにもと出されるかもしれぬ第二の脅威はその「不自然さ」に関連する。
と、言う。

だが、人間社会が、ゲイに対して、敵意ある反応を示すのは、彼らの、好みが、本来、不自然だからであろうか、となる。

ジョンは、この、自然、不自然ということについても、多くの、論評を行っている。

「自然な」「不自然な」という言葉の意味は、それらの言葉が関連する、自然の概念に応じて、変化するものだと、提案している。

そして、
自然のいくつかの概念は主として「現実的」ということである。
と、言う。

自然界、およびそれを観察することに関連するのである。

自然は、あるものの、特性ないし本質といってもよい。例えば、愛の自然、人間の自然など、である。

不自然なという言葉は、この概念に対立するものとして、そうしない者は、不自然である、となるのである。

更に、広い意味で、観察できる世界の、すべての自然である。
その意味の反対語として、不自然である、というのは、科学的に観察できる、世界の一部をなさないもの、つまり、幽霊や奇跡に当てはまる。

「自然」および「不自然」の「現実的」カテゴリーはひどくあいまいに使用されているが、比較的「現実的な」「自然」観から見ても同性愛は「不自然」であるとする確信の底流をなす主要な仮説に触れてよいと思う。そのなかで新しいほうの仮説、つまり、本来生殖に関わらない行動は進化論的な意味で「不自然」であるという考えをゲイ・ピープルに適応するのはおそらく不正確である。ともあれ、禁欲を理想化した古代社会にあって、あるいはマスターベーションを完全に「自然」であると考える現代社会にあって、生殖に関わらぬということがゲイ・ピープルに対する反感を誘発するとはまず考えられない。そもそもこうしたひとびとが結局は生殖に成功しているという点は同性愛の行動と変わらないのだから。この反対論は明らかに偏見の原因というよりむしろその正当化である。
ジョン

更に、同性愛は、動物には、見られないという、仮設である。

しかし、それは、誤りである。
動物の、同性愛行動は、野生状態かどうかを問わず、種々の動物について、観察されている。

更に、多くの動物の同性愛行動が、不自然だと、考える者は、いない。逆に、それが、自然の一部と、みなされているのである。

だから、
人間が同性愛の欲望や行動を示す唯一の種であるとしても、そのことはそうした欲望や行動を「不自然」として分類する理由とはならぬであろう。
ということになる。

同性愛が、自然に、反する行為ということは、全く、お門違いの話である。
更に、特異行動でもなく、それは、ある意味、自然な行為でもある。

人間のエロスは、百人百様である。

成人した人間の、性行動に関しては、その本人の、責任の範囲にあるものであり、他の誰もが、介入できないものである。

人の、ベッドを覗き見するという、下品な行為は、宗教の、得意とするところである。

更に、ジョンの、自然についての、論述を見ることにする。


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2009年06月02日

性について 102

先ごろ、イギリス議会が、同性愛差別禁止法を、通過させた。

すると、ローマ法王は、即座に声明を出した。
同性愛は、自然に背く行為であり、認められない、と。

カトリック教会が、一貫して、言い続けていることである。
同性愛は、自然に背く。堕胎は、自然に背く。マスターベーションは、自然に背く。

カトリック教会が言う、自然とは、何か。
しかし、カトリック教会は、それについては、沈黙する。
要するに、単純に自然観察をしてのことであり、実に浅はかな観察である。

そして、皮肉なことに、その単純な自然観察から、弱肉強食の自然界を、真似て、多くの他民族を、虐殺したのである。

大航海時代、カトリックは、布教を名目に、従わない民族を、皆殺しにしたのである。
その反省を、未だに、行っていない。

さて、
自然―不自然の対立のまったく別個の分類法は「理想的自然」と呼んでよいかもしれぬものにもとづいている。
ジョン
と、言う。

「理想的自然」の諸概念は「現実の自然」がもろもろの意味に類似し、かつその強い影響を受けているが、「自然」は「善」であるということを明らかな前提としている点で後者とは重大な相違がある。「理想的自然」が包含するのは森羅万象か人間の関わらぬ事物のみかという理解のほどはともかく、それはつねに「善」へと働きかけるものと信じられている。

これによれば、ある「自然」の物事が悲惨で苦痛を与える場合はあろうし、悪の形相を呈することさえあろうが、長いあいだにはーーーまたは、大きな尺度で見ればーーー結局はそのすべてが望ましく価値ある状態に落ち着くことを示しうる。

「自然」はおのれの力で悪を生み出すことができぬから、真に咎むべきもの、または邪悪なものはすべて「不自然」にちがいないというわけだ。「理想的自然」の諸概念は観察される現実世界によって大きく左右されはするが、結局は文化価値によって決定されるのである。このことは、とくに「不自然」という語について観察される。つまり、このような理想的自然体系のなかでは、「不自然な」という語は「悪い」とか「受け容れがたい」という意味の強い言い換えとなっている。

「理想的自然」に魅せられたひとびとにとってある行動が欠点を補うに足る美質をもたぬように見えるほどイデオロギーのうえで無縁であるか、または個人的にいとわしいならば、その行動は「不自然」のレッテルを貼られよう。

それは、そんな行動が「現実の」自然のなかでは決してなされないのか、しばしばなされるのか、あるいはなされるとすれば人間がなすのか、下等な動物がなすのか、ということには無関係である。なぜならそのようなひとびとは、「良き」自然はいかなる状況下にあっても、そのような行動を生み出すことができないと推測するであろうから。
ジョン
読みやすく、改行しています。

ここでも、皮肉なことに、理想的自然観を持つ人々が、宗教上の理由や、個人的な理由に基づいて、反対する、性行動を、不自然とみすなすことは、よくあること。
だが、驚きは、次だ。

理想的自然を意識的に排斥する人々が、そのくせ、そのような反対論に影響される程度の、甚だしいことである。
この、混乱は、宗教的確信と、個人的嫌悪の混乱と同様、ゲイ・ピープルに対する態度において、特に、多いのである。

同性愛は、不自然であるという、観念は、古代社会に広がった。
プラトンの、何気ない言葉に、端を発している。

だが、これは、理想的自然観が、現実的自然観に対して、勝利したからであると、ジョンは、言う。

特に、キリスト教台頭直後、数世紀にわたり、哲学諸派は、理想化された自然を、人倫の基準として、用いることで、西欧思想に、大きな影響を与えた。
共に、生殖に、無縁な性愛は、すべて、不自然であるという、観念を一般に広めたのである。

だが、一旦、それは、廃れたが、その後、13世紀になり、スコラ哲学によって、復興された。

それは、技術科学から、教義神学に至る、あらゆる分野の学問に、決定的な、そして、支配的な観念となった。

のちにはこの理想的自然観を根拠とする科学的、哲学的、さらには道徳的考察すらほぼ完全に信用を失ってしまい、大半の識者から見向きもされなくなっているが、「不自然」とか「自然に反する」という語句のもつ感情的な影響力は根強く残ったまま今日に至っている。
ジョン

ゲイ・ピープルは「冒涜的存在」であるという見解は近代科学の興隆より優に二千年以前にさかのぼり、かつ近代科学とはまったく無縁の発想にもとづいているにもかかわらず、多くのひとびとはなんの考えもなくこの古代からの偏見をおのれが科学的と思いこんでいる思考の枠組みに当て嵌め、それに伴うひどい矛盾に気づきもしない。

そして、同性愛の行動はーーー古代の哲学者によって理想化された「自然」ではなく現代の科学者がいうところのーーー「自然」を冒涜する、という結論に至るのである。
ジョン

不自然という、観念の、根強さは、ほとんど、それを捨て去っているにも、関わらず、現実に、そのような観念を吹き込む偏見の顕著な指標となっているのである。

そして、要するに、同性愛は、不自然であるという、論難は、科学的にも、道徳的にも、説得力があるとは、思われないと、ジョンは、結論づける。

「不自然」という語は敵意の収束点とはなりえようが、入り組んだ感情のみなもとをなしているとは夢にも考えられないのである。
ジョン

これは、何も、ゲイだけに言えることではない。
他の、多くの少数派に関しても、同じである。

難病、奇病を持つ人たち、障害を持つ人たち、更には、生まれによる差別なども、そうである。

更には、職業までも、視野に入るのである。

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何故、バリ島か 2

成田空港に、予定より早く、八時半頃に到着した。

新型インフルエンザのことで、心配していたが、なーんだ、少しの人が、マスクをしている程度。

私も、マスクはしない。
機内でも、しなかった。

搭乗手続きである。
問題なし。
ただし、荷物の分量が、三人で、60キロである。それが、65キロを超えた。

結局、60,4キロまで、落とした。つまり、機内に、持ち込むことにした。
それでも、60キロをオーバーしたが、受付のお姉さんが、大丈夫と言う。

機内持ち込みは、ぬいぐるみのバッグと、小さめの、バッグである。

もし、受付のお姉さんが、固い人物なら、とても、苦労することになったと、思う。絶対、オーバーは、駄目という、公務員のような人がいるのである。

三人で、何と、八個のバッグである。

ガルーダーインドネシア航空を使った、格安ツアーであり、更に、早割りであるから、国内旅行より、安い、八日間である。

ちなみに、ガルーダーインドネシアは、テロ対策不十分と言われて、他の航空会社との、提携が無いのである。

この、ガルーダーの飛行機は、落ちないことになっていると知る人は少ない。
それは、もう随分前のことである。

何度か、落ちた。
バリ島にも、落ちた。

そこで、バリ島の霊能者、祈祷師、ルックンパパという、御方に、ガルーダーが、落ちないようにと、お願いした。
それ以来、一度も、落ちていない。

その御方が、亡くなられたら、どうなるか、解らないが、生きている間は、落ちないことになっている。

飛行機が、落ちると、利用者が、ガタンと、落ちる。
タイの、ワンツーゴーが、そうである。
プーケットで、落ちて、百名以上が、死んだ。
それ以来、乗る人が、激減した。

さて、テロ対策不十分な、ガルーダーの良さは、まだある。
特に、連休明けは、空いているのである。

つまり、席が空く。
すると、体を横にして、眠ることが出来る。

私たち、三名、コータと、辻友子は、飛行機の扉が、閉まった段階で、すぐさま、空いている、席に移動した。

そして、のんびり、ゆったりと、三人分から、四人分の席を使用する。
一人分の、料金で、四人分の席である。

ビジネスクラスに乗るより、いい。
帰国の時も、同じく。

それに、ガルーダーの乗務員は、適当に、親切なので、気が楽。
あまり、干渉しないのがいい。

あと少しで、着陸しますよー、などと、アナウンスが、流れるが、煩く、着陸の態勢指導に来ない。
勿論、最低限の、指導はする。

何となく、適当なのが、非常によろしいのだ。

それに、機内サービスは、抜群である。
他の、航空会社よりも、物を多く出すような気がする。

私は、最初に貰った、ピーナッツが美味しいので、トイレに立った時に、あの、ピーナッツありますかと、言うと、すぐに、二袋くれた。

さて、私たち三人は、別々の席で、バリ島に向かった。

不思議なことに、機内サービスの頃になると、目覚めるのである。といより、そのように、暗示を掛ける。
貰える物を、貰わなかった時は、非常に残念である。

私は、朝、お握りを、六個作ってきた。
コータと、辻友子は、成田行きのバス中で、二個づつ食べた。
私は、空港で食べようと、思ったが、一個だけ蕎麦を食べる時に、食べて、機内に持参した。

旅の朝に、お握りを作るという、私は、実に、マメである。

私の、お握りは、とても、美味しい。
今回は、明太子のお握りである。
更に、十穀米の、ご飯である。

大切に、一個を取っておいたが、バリ島、最後の日まで、食べずに、最後に、捨ててきたのが、悲しい。
冷蔵庫に入れて、最後の最後まで、共にしていたのである。

ストリートチルドレンに、これが、日本のお握りだよと、何故、渡さなかったのかと、悔やまれる。

ガルーダーインドネシアは、矢張り、落ちることなく、無事に、バリ島、デンパサール空港に、到着した。

現地時間で、夕方の五時過ぎである。
日本時間では、六時過ぎになる。

バリ島は、雨が降っていた。
スコールというより、梅雨時期のような雨だった。

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2009年06月03日

性について 103

ゲイ・ピープルに対する偏見を研究することによって、不寛容・信仰および社会がさらされるとされる想像上の危険の関係が多少とも明らかになるわけだが、ここで論ずべき利点をもう一つ付け加えるなら、この研究からは、多くの相異なる集団や特徴に向けられる不寛容の類似点と相違点への洞察が得られるのである。
ジョン

宗教上の多様性を、拘り無く、許す大半の、社会は、性の多様性も、多めに見ることができる。しかし、ユダヤ人と、ゲイ・ピープルの辿った、運命は、初期キリスト教徒による、迫害から、強制収用所における、大量虐殺に至るまで、ヨーロッパの歴史を通じて、軌を一にしている。

ユダヤ人を虐待した、その法律は、ゲイ・ピープルも、虐待したのである。

ユダヤ人排斥に専念した、その集団は、同性愛をも、一掃しようと、努めた。

ヨーロッパ史上、ユダヤ人の独自性を許容することのできなかったその時代は性的な反体制にも激しく反対した。
ジョン

ただし、ナチスにおける、同性愛迫害は、実に矛盾していた。
何故なら、ナチスに中に、大勢の同性愛者を、抱えていたのである。

上司と、部下の関係の、実に熱い、同性愛の関係は、見ぬ振りをしていたのである。

宗教の統一に腐心したその国々は性行動についても多数派の標準を押し付けた。そして宣伝活動についてもユダヤ人に対するのとゲイ・ピープルに対するのとでーーー多数派の子孫の撲滅にやっきとなる獣として描くというーーーその同じ手段が用いられたのである。
ジョン

ところが、皮肉なことに、それによって、ユダヤ人たちは、政治的智慧と、彼らの倫理上の戒律を、じっくりと、子孫に伝えた。

さらに
ユダヤ教精神はその信奉者に少なくとも抑圧に直面した際の団結という慰めを与えた。
ジョン

ユダヤ人の、集団生活は、史上再々、多数派から疎外された、一群の人々のための、主要な社会のはけ口として、個々のユダヤ人に当面の共同意識を与え、祖先の悠久にして、神聖な伝統への、帰属意識を高め、栄えることになった。

何故、ユダヤ人の排斥が、起こったか。
事は、簡単である。
キリスト教による。

ユダヤ教は、イエスキリストを、救世主とは、認めない。
一人の、預言者である。
ユダヤ教の、救世主は、まだ、この世に、現れていないのである。

ローマのキリスト教が、初期ユダヤキリスト教徒を、皆殺しにして、国教とした。
本来の、イエスキリストの、教えとは、別に、ローマキリスト教、つまり、カトリック教会が、生まれたのである。

イエスキリストは、ユダヤ人の、信仰の刷新を、目指した。しかし、その、教えと、神格は、ユダヤ人から、剥奪され、ユダヤ教とは、別の宗教組織として、発足したのである。

イエスキリストの、世界観は、ユダヤ人たちの、世界観である。
世界宗教への、道を歩み始めたのは、大航海時代の、植民地化政策に、最大の目的としての、キリスト教、カトリックの布教という、名目がある。
それが、ユダヤキリスト教を、変容させた。

それは、宗教というより、政治的目的、利用のための、ものである。

現在、世界に10億人の、信者を抱える、カトリック教会は、数名の、政治的野心から、出たものである。

スペインの、植民地政策を、今、裁くならば、国が消滅するほどの、罪の裁きを受けるだろう。

更に、かけがえの無い、各民族の、伝統文化を、皆、破壊した罪も、大きい。
それは、スペインが、植民地にした、国々に、出掛けてみれば、一目瞭然である。

ゲイ・ピープルは、世間の態度が彼らに好意的なときのみ表立った下位文化を形成する傾向がある。逆に反感を抱く社会のなかではそうしたグループは姿を消す。それは彼らの場合、標準からのずれが本来私的なものであるために許される贅沢なのだが、この贅沢ゆえに彼らの孤立化は大いに進み圧力団体としての効力が激減することにもなる。そして比較的楽な時代が戻るころには抑圧の再発阻止の動きを促進する機構は存在しなくなっている。

虐殺を記憶する古老はすでになく、生き残った者が死者の運命を思い出すよすがとなる流浪の文学はなく、危機と受難の時代を記念する祭壇も存在しない。今日でも、時節柄自分の置かれている立場のきわめて多種多様であることに気づいているゲイ・ピープルは比較的まれであるし、昔の社会ならなおさらそのことに気づいたものは皆無に等しかったと思われるのである。
ジョン

つまりは、ゲイ・ピープルは、完全に、彼らに対する、世間、社会の態度に、左右されてきたということだ。

同性愛に対する公衆の反感の歴史はこうしてある程度まで社会的寛容一般の歴史ともいえるのである。
ジョン

そこでは、ゲイ文化が、危ないものとして、多くの手が加えられて、全く、異質のものとして、歴史に残るという、馬鹿馬鹿しいことも、行われている。

神奈川県の、江ノ島にある、少年と、僧侶の心中の英語の書き込みは、二人が同性愛であることを、隠して、少年を少女に書き換えているという、馬鹿馬鹿しさである。

同性愛が、美談として、語り伝えては、ならないという、タブーを、誰が作ったのか・・・

ヨーロッパでも、そのような、小細工が、大手を振って行われた。
いちいち、例を上げるまでもない。

だが、文化を創った、ゲイ・ピープルの歴史的事実は、少しばかり、見ておきたい。
更に、ジョン・ボズウェルの著作から、引用することにする。

多くの歴史的遺産とも言うべき、文学の、ゲイ的要素が、乱暴な、堅物により、歪曲されて、紹介されるという、暴力である。
女を求めるように、男が、男を求めたという、事実は、隠せないのである。

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何故バリ島か 3

雨上がりの中を車が走り、25分程で、クタ地区のホテルに到着する。
はじめての、ホテルだった。
その付近のホテルには、四箇所泊まっている。

二件隣のホテルも、ツアー専門のホテルだ。
顔馴染みの、従業員と、挨拶したり、立ち話をする程になった。

このホテルの、感激は、シャワーが、威勢良く出ることと、朝食のバイキングである。
私は、昼の分も、食べることにして、朝、たらふく食べていた。
実に、賎しい根性である。我ながら・・・

荷物を入れ、着替えて、早速、夕食に出た。

知っていた、店が、二軒潰れていたので、驚いた。
クタは、激戦地である。

ここまで、書いて、最初の夜、どこの店で、何を食べたのか、忘れた。
ただ、酒は、飲まなかった。
飲んだのは、一度だけ、それも、ビール小瓶を、コータと、二人で飲んだだけ。
後は、一切、口にしなかった。

旅先では、酒を飲まない。
飲めないのである。

更に、日本では、微熱続きだったのが、治った。
日本に戻ると、また、微熱が出る。

翌日は、サヌールのホテルの、予約をし、支援物資の、仕分けを行う。
三人で、バッグに、入れ直すのである。

サヌールビーチでの、支援と、海がめの島で、有名な、スラガン島での、支援、そして、クタのストリートチルドレンたちである。

今回、ぬいぐるみは、サヌールの子供達への、挨拶として、持参する。

サヌールの、ホテルは、ゲストハウスに近い、こじんまりとした、一泊、2500円のホテルである。

実は、2000円のはずだが、26ドルと、言われた。更に、三人で、一つの部屋なら、26ドルですよと言う。
しかし、二つの部屋が必要である。

そこで、コータに交渉させて、25ドルにした。

次に、車の手配である。
荷物が多いので、バンが必要だが、250000ルピアである。
つまり、2500円。

ホテルに尋ねても、同じ料金だった。
駄目だと思い、メータータクシーにすることにした。

前々回のエッセイで、私が、メーターを下ろさなかったタクシードライバーに、怒鳴り散らしたことを書いたが、それ以来、タクシーは、すべて、メーターを下ろすのである。

まさか、私の旅日記が、読まれていることはないと思いつつ、望外な料金を、吹っかけるタクシーには、遭わなくなった。

翌日、タクシーで、サヌールに向かったのが、午後二時である。
朝食を、たらふく食べているので、腹が空かない。

普段は、朝食など、ほんの少ししか食べない、食べられない、辻友子も、私と、競うように、食べていたから、面白い。

どうして、こんなに、食べられるのか、しら、である。

それは、バリ島だから。
当然である。

感受性の解放である。

今回は、慰霊の儀に、使用する、日本の国旗を、持参した。
伊勢神宮の、日の丸の旗である。

すでに、テラの会の、活動に掲載しているように、辻友子が、私の傍で、国旗を、掲げていた。

白地に赤丸である。
インドネシアの国旗も、白と赤の、国旗である。

バリ島では、オーストラリアの国旗が、目立つ。
店や、タクシーの中にも、貼ってある。
聞くと、オーストラリア人が、依頼してくるという。

それなら、今度は、私も、日の丸の、シールを作り、持参しようかと、思った。

日の丸は、実に、目立つ。
それを、掲げて道を歩くと、皆々、声を掛ける。

慰霊の儀には、三人共に、浴衣を着たので、更に、声が掛かった。

インドネシアの公立学校では、日本語の選択科目がある。
それは、日本の支援に、応じたものである。
毎年、約、990億円という、大金を、支援しているのである。

学生の、集団から、おはようございます、と声を掛けられた時には、驚いた。

サヌールのホテルに、チェックインして、はじめての、サヌールの大通りに出て、レストランに入った。
コータが、この辺の人は、日本語が出来ますねと、言うと、ええ、ややさん、がーー、と言う。

この、ややさん、とは、何なのか、誰なのかが、私たちの、疑問になった。

サヌールにも、日本人が住んでいると、タクシー運転手に聞いたので、その人のことかと、思ったが、それも違うようである。

ややさん、とは、何かと、尋ねるが、誰も、明確に答えない。

日本語を、学ぶ場所が、ややさん、なのかという、結論に達したが、それでも、謎である。

私たちは、道々、ややさん、と、声に出して、歩いた。
馬鹿みたいである。

一度、ホテルに戻り、夕方のビーチに出ることにした。
その時、子供達への、プレゼントとして、挨拶として、少しの、子供服と、ぬいぐるみを、持参した。

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2009年06月04日

性について 104

西欧史のどの時代を取ってもこの20世紀の前半におけるほどゲイ・ピープルが広汎で激しい不寛容の犠牲となったとは考えられないし、現代の西欧諸国の生きるゲイ・ピープルを観察して同性愛に関する結論をひきだそうとしても、ナチス支配下のドイツにおけるユダヤ人あるいは南北戦争以前のアメリカ南部諸州における黒人に関して出された結論ほど正確で客観的な一般論を生み出すことは期待できない。ごく最近まで、ゲイ・ピープルで自分の素性を公けにする気になった者はほんの一握りにすぎないし、そのようなひとびとにしても、当然予期されるひとびとの反発を考えると、典型的なゲイではなかったにちがいない。
キリスト教と同性愛 ジョン・ボズウェル

これは、序章である。
問題は、何かということから、はじまるのである。

巷で、言われる、ホモとか、おかま、ゲイ、など、実に曖昧で、差別的発言であるということが、理解できる。

同性愛とは、何か。
その民族、文化に、おける、同性愛というもの、とは、何かである。

伝統や、風習として、行われる、同性愛的行為も、同性愛というのか。
友情を深くして、精神的に、結びついたものも、同性愛と、言うのか。

様々な、疑問が湧くのである。

私は、すべての、人間に、同性愛性というものが、存在すると、考えている。
そして、異性愛性というものも、である。

更に、ゲイという場合は、ゲイという、同性愛だけではなく、ゲイセックスという、同性愛性交の有無を問う。

日本の武士道における、師弟のあり方、君主との、あり方も、また、同僚に対する、あり方も、同性愛を伴うものである。

明確に、同性愛であるという、線引きをすることは、至難の業である。

更に、もっと、追求すると、異性愛を、実現できない者が、同性愛行為に、救いを見出すという、実例もある。

同性愛ではないが、同性愛性交を行うという、者もいるのである。

それでは、定義を、どこに置くのかということが、問題になる。

しかし、その前に、
したがって、現代のまったく典型からはずれているかもしれないサンプルからひきだされたゲイ・ピープルの観念を歴史データに投影することは極度に慎重でなければならない。
ボズウェル
ということになる。

たとえばゲイの男たちはあまり男性的ではなく、ゲイの女たちはあまり女性的ではないという観念が、経験による知識というより、同性愛に対する反感の結果であることはほぼ疑いない。
ボズウェル

更に、分析すると、
ゲイ・ピープルに対して寛容でない文化には、男性はその文化が女性的とみなすものによってのみーーーまたは女性は文化的に規定された男らしさによってのみーーー性的な刺激を受けるという一般の期待があるため、他の男性の興味を惹きたい男性は「女性的」になり、女性に性的な関心のある女性は「男性的」になる、という憶測がおのずと生じてくる。
ボズウェル
ということになる。

わずかの、例に捉われて、それを標準としがちな公衆の心にある、紋切り型のイメージは、そんな一部の例によって、強められると、言う。

だが、寛容な、古代民族にあっては、他の男を愛する男は、異性愛の男より、男性的になると、考えられたが、これは、男を愛する男は、男たちに見習って、彼らに似ようと、努めるという、論理的な理論に基づいていた。

これに対しては、説得力に欠けると、ボズウェルは、言う。

プラトンの、饗宴から見ると、
男を愛し男と寝たり抱き合ったりすることを喜ぶ男は、その人自身、生まれつきことに男らしいのだから、子供や若者のなかでもっとも美しいといえます。彼らのことを恥知らずだという者がいまが、それは誤りです。というのは、彼らがそのようなことをするのは、破廉恥のせいではなく、自分と似たものを追い求める勇気と男らしさと男伊達があるからです。これには大きな証拠があります。つまり、長じてから政治に向いていることがわかるのは、そういう男たちだけなのです。

これは、現代の偏見とは、逆の、最も、けたたましい例だと、ボズウェルは、指摘する。

性愛のカテゴリーとしての、同性愛と、判断する場合もあり、文化的、伝統的、更に、民族的な、様々な、同性愛の、考え方があるということだ。

人間の、欲望を分析すれば、恐ろしいほど、複雑奇怪になってくる。
つまり、一概に、定義や、決めつけなど出来ないということである。

例えば、全く、女に興味を示さなかった男が、精神分析によって、何故、女に、興味を示さなかったのかということが、解明されて、同性愛傾向から、抜けるという、場合もある。

更には、異性愛も、同性愛も、受け入れない、全く、別の、カテゴリーの者もいるのである。

極端な例だと、性的に、何ら、欲望を感じる事が無いという、者である。

それも、欲望が善だとすると、異常である。

また、プラトンより、数世紀後に、生じた、プラトニック・ラブという、概念の起源は、ゲイの関係には、セックスが欠けているべきだとする、プラトンの確信ではなく、同性同士の愛のみが、セックスを超越できるものだという、プラトンの、信念にあった。

様々な、民族の、同性愛の、証を俯瞰すると、実に興味深いことが、解る。

ゲイ・ピープルに対する不寛容の歴史を研究する際に付きまとうもろもろの困難が、たんに現代の神話や紋切り型のイメージの時代錯誤的な投射を避けるということだけで解決できるなら、事ははるかに容易であろう。残念ながら歴史家は、古代の同性愛と現代の同性愛を誇張する傾向という、もっと誘惑的でやはり事実を歪める危険にもさらされるのである。
ボズウェル

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何故バリ島か 4

ビーチの様子を見るために、バッグ二つを持って、出掛けた。
私は、タイパンツ姿で、コータも、辻友子も、浴衣ではない。

慰霊をする場所も、確認したかった。

サヌールビーチは、ホテルが、プライベートビーチとしていて、中々、道が見つからない。ホテルを、通り抜けると、簡単なのだが・・・

ようやく探して、ビーチに出た。

美しい海である。

等間隔で、ビーチに張り出している、防波堤が、また、良い。
そこで、魚釣りをしている、人、子供達。泳いでいる子供達もいる。

物売り、マッサージのおばさんたちから、声を掛けられる。
どこも、ビーチは、稼ぐ場所なのである。

一つの、防波堤に出た。

子供達がいる。
一人の男の子に、しゃがんで、シャツは、必要かと、尋ねる。
男の子は、シャイで、もたもたしていると、隣の友人である、少年が、背中を押すのである。

そこで、私は、シャツを取り出した。
すると、子供達が、一斉に、集まり出す。
穴の開いたシャツを、来ていた男の子にも、渡すと、何と、彼は、その場で、着替えをはじめた。

次々に、少年、少女が、やって来た。

私は、辻友子に、ぬいぐるのバッグを開くように言った。

すると、少年も少女も、皆、ぬいぐるみを、欲しがるのである。
あっという間の出来事であった。

このような、支援の状態が、初めての辻友子も、驚いていた。

男の子も、欲しがるなんて・・・
日本では、こんな、モノ、見向きもされないのに・・・

辻友子の、普通の感想である。

結局、そこで、ぬいぐるみが、すべて、無くなった。
見事に、無くなったので、辻友子も、唖然である。

あらっー、全部出してしまったのーーーと、私。
明日、浴衣を着て、日本人であることを、知らせてと、思っていたが・・・

そして、写真を撮り、砂浜に戻ると、今度は、おばさんたちが、私たちにも、必要と、言う。

私は、それでは、明日の朝、もう一度来ますよ、その時、差し上げますと、言った。
続々と、おばさんたちが、集ってきたのも、驚いた。

ちなみに、ビーチで働ける人は、経済的には、良い人たちである。
ビーチにも、出られない貧しい人々がいる。

だが、暮らしは、楽ではない。
その訳は、後で、書く。

辻友子が、顔を、紅潮させて、こんなんですか、いつも、と尋くので、そうなのーと、答える。

一度、ホテルに戻った。

そして、明日の朝の、慰霊と、支援のための、準備をする。

早速、日の丸を出して、ホテルの部屋の前に、掲げてみた。
すると、従業員が、一々、ナントカコントカと、話しかけてくる。

日本にいても、国旗を見ることは、稀の稀である。

更に、バリ島に、国旗を持って来た日本人は、いないと思う。
それに対して、彼らは、感激しているのである。

だから、朝、日の丸を掲げて、歩くと、道々、皆から、声援を受けた。
更に、三人の浴衣姿である。

キモノ、キモノと、連呼された。

昨日の、防波堤に出て、天に昇る太陽に向かい、慰霊の儀を、執り行う。

釣りの、おじさん達も、凝視している。

バリ島では、祈る生活が、主たる生活の核であるから、何の違和感も無い。

神呼びをして、祝詞を献上する。
そして、この地で、亡くなった方々、更に、バリ島にて、戦争犠牲になった方々に、深く哀悼の意を示す。黙祷である。
祈りの、最高の形が、黙祷である。

そして、祓い清めを、行う。
道端で、手折った、枝に、大麻を、つけて、私の場合は、普通の紙であるが、それで十分通じるのである。

四方を清め、祓う。

三人で、二度、日拝をする。
神送りの、音霊で、お送りする。

今回は、バリ島の香も、焚いた。

日の丸と、御幣で、祓いたまえ、清めたまえと、唱える。

一通り終わると、おじさんたちが、ありがとう、と言う。
そのように、聞える。
一人の、おじさんは、終わった私たちの所に来た。
一緒に写真を撮った。
それを、帰国して、見ると、おじさんは、白いパンツ一貫である。

さて、次に、支援物資である。
一人の人に、差し上げると、すぐに、人が集うので、しゃがんで、一人の女性に、差し上げた。
すると、次から次と、現われる。

今回、女性の物は、辻友子が、担当して、どんな物があるかは、辻友子が、知っている。
辻友子に、任せたが、人が大勢で、私も、加わった。

昨日、約束した女性が、何と、私たちの所に、最初に来なかったと、嘆くのである。

一人一枚と、言いつつ、渡すが、一枚受け取ると、それを、置いて、また、貰いに来るという、おばさんもいた。

結局、終わって、皆さんが、私たちが、差し上げたものを、掲げて、ありがとう、と言う。それを、見て、あらー、あのおばさん、三枚も、持っているよ、何度も来たんだと、私たちは、その素直な、行為に、笑った。

しかし、衣服は、足りなかった。
渡すことの出来ない人も、大勢いたのである。
ホテルに戻れば、まだ、あるが、それは、海がめの島と、クタの子供達の分である。

差し上げる行為というのは、短時間であるが、実に、疲れる。
汗だくになるのである。

それは、気の交換をするからだと、思う。

更に、ビーチに出られない、奥地の人にも、持って行かなければならないと、思ったし、また、次の時は、そうしたいと、決めた。

サヌールでの、慰霊の儀と、衣服支援は、終わった。


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2009年06月05日

何故バリ島か 5

サヌールでも、日本料理の店がある。
見た限りでは、三件あった。

泊まった日の、夜、初めて日本料理の店に入ってみた。
そこで、ビールの小瓶を、コータと二人で飲んだ。コップに、一杯程度である。
それで、十分だった。
その夜だけ、唯一、アルコールを飲んだ。

ざる蕎麦を、注文した。
後の二人が、何を注文したのか、忘れた。

税金と、サービス料で、食事代と、その17パーセント払ったと、思う。
意外に、高い食事だった。

それで、ホテルに戻り、翌日の、準備をして、早々に寝た。

そして、翌朝は、書いたとおりである。

サヌールの予定を終えて、クタに戻る途中、海がめの島で有名な、スラガン島に、立ち寄る。
車の手配は、コータが、前日にした。

バンで、180000ルピアである。
1800円。
最初は、30万ルピアと言われて、何度か、交渉して、成立したのが、最後の車だったと言う。
18万ルピアは、安い。
クタに、行くだけでも、20万ルピアとの、相場である。

さて、運転手さんは、何を思ったのか、海がめを見せるという。
確かに、海がめの島に行くが、海がめを見るためではなく、支援のために行くのである。

ところが、話が通じなかったようで、途中で、海がめの、ナントカコントカに向かっているというので、私は、ノー、アイドント、サイトスィーイング、アイドライク、チャイルド、プレゼント、ゴー、という、変な英語で、話した。

それでも、運転手は、理解しない。

アイアム、ノー、ブレイ。チャイルド、ギブ、服、服という英語が、出てこない。
ついに、コータが、説明した。

それで、運転手は、来た道を、戻ることになる。
一体、どこの、海がめセンターに、連れて行こうとしたのか、解らない。

海がめの島でも、海がめは、見られるのであると、後で、解った。
とんでもない、料金だったが・・・

さて、ようやく、スラガン島に、到着した。
私たちは、声を上げた。

美しい。実に、美しいのである。
三陸海岸に似た風景である。
それより、優しい、緑と、海の青である。

10円ほどの、入場料を払い、島に入る。
すぐに、泳ぐ子供達が、いた。

運転手が、車を止めようとするので、もう少し先に、ゴーと、言った。

日本語と、英語である。

向こうに、沢山の子供達が、泳いでいるのが見える、方向に向かった。
正解だった。

そこで、バッグを開けると、子供達が、集ってきた。
また、大人たち、おばさんたちもである。

一人一人に、サイズの合う服や、ズボンを渡す。
男の子達は、シャイで、行儀よく、自分の番がくるのを、待つ。
ところが、途中から、おばさんたちが、参入してくると、混乱である。

私にも、子供がいる。と、日本語に聞える。

ホント、おばさんたちは、どこの国でも、強い。
女の子が、待っているので、女の子の物を出すと、おばさんたちが、手を伸ばす。

バッグから、勝手に取り出すのを制止しつつ、一枚一枚と、取り出すが、結局、おばさんパワーに、飲み込まれる。

最後の、辻友子が、取り出した、水着まで、おばさんが、取り上げた。
恐るべし。
決して、おばさんが、着れる、水着ではない。

子供達は、手に手に、服を体に当てて、喜んでいる。
それが、救い。

そして、ひと段落すると、私たちに、飛び込みを見せてくれた。
写真を撮る。

ちなみに、学校に行くには、お金がかかる。
入学時には、100万ルピア、約、一万円。そして、毎月、建物費というものがあるらしい。そして、制服代など。
毎月、約五千円程度の、お金がいる。

公立学校は、無料と、聞いていたが、矢張り、お金がいるのだ。
これから、建物費が、無料になり、出来る限りの、子供が、学校に通えるように、政府が、指示しているというが、そのお金が無い子供は、結局、学校には行けない。

その日は、金曜であり、学校があるはずであるが、学童期の子供もいた。

一通りの、支援が終わると、一人のおばさんが、亀を見てと言う。
えっー、亀いるの・・・

と、私たちの、目の前が、亀センターである。
この島の、亀センターというか、村の亀センターである。

折角だから・・・
それでは、一寸だけ、見てと、その建物に、入る。
目の前に、海がめが、泳いでいる。

一人の、おばさんが、私に、海草を渡したので、それを、亀に上げるのだと、亀に、差し出すと、亀が食べる。

それを、三度ほどした。
辻友子も、そうして、海草を、何度か食べさせた。
コータは、トイレに行っていた。

亀の頭を、撫でて、さあ、クタに戻ると、思った時に、一人のおばさんが、20ドルと言う。
えっー、20ドル。
つまり、20万ルピアである。
暴利である。

コータに言わせた。
また、その時、ドルは、車の中のトランクのバッグの中である。

ドルは無い。いくら欲しいのだと、コータが言った。
その剣幕と、支援物資を、我先にと、取ったせいか、おばんさは、ルピアなら、いくらでもいいと、言った。

私は、5万ルピア、約500円を、渡した。
1, 5リットルの水が、3000ルピアであるから、5万ルピアは、それなりの大金である。

それを見ていた、運転手が、憤慨していた。
とんでもないと、言うようだった。

全く、収入が見込めない状態であることは、理解した。
別の場所に、観光客は行く。

ほとんど、旅行会社が、連れて行かないと、客は、来ないだろうと、思えた。
それが、解ったから、5万ルピアを上げたのだ。

タクシー運転手は、走りだしてから、あんなことをして、恥ずかしいと、言った。

この運転手さんは、実に、誠実で、良い人だった。
自分にも、子供がいる。服が欲しいと、言ったが、島の子供達に、上げている時に、我慢して見ていたのである。

スーパーの服は高い。しかし、屋台売りの服は、すぐに駄目になると言った。
二三回洗濯すると、もう、着られなくなると言うのだ。

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