2009年05月30日

性について 100

ここで、少し、特に、ヨーロッパにおける、歴史的見地から、同性愛というものを、眺めてみる。

その、手引きは、キリスト教と同性愛、ジョン・ボズエル著である。
副題は、1世紀から14世紀のゲイ・ピープルである。

キリスト紀元の始めから中世の終わりまでのあいだに若干の少数者に対するヨーロッパ人の態度には大きな変化があった。はじめのうちは、目立たないとはいえ社会の本流の一部を形成していたのだが、しまいには差別され、軽蔑され、ときには過酷に抑圧される周辺集団を構成するに至ったのである。
ジョン・ボズエル

ゲイ・ピープルのことである。
当然の如くに、存在した、ゲイたちのことである。

中世ヨーロッパとその諸制度を異常に不寛容であるとか、不寛容を特徴として描くのは正確とも有効ともいえない。さらに、とはいわぬまでも、同じくらい社会的不寛容に傾きがちな時代がほかに多く存在した。
ヨーロッパの少数派の大多数は、「暗黒時代」よりも「ルネッサンス」のあいだのほうが生活水準が低かったし、他のいかなる世紀も20世紀のそれと同じほど破壊的な毒をもつ反ユダヤ主義を目撃したことがないのである。さらに、この二つのテーマーーー不寛容および中世ヨーロッパーーーを、あたかも互いに一方がある意味で他方の歴史的説明であるかのように扱うと、どちらのテーマを理解することもまず不可能になる。中世ヨーロッパの社会史、およびおそらくそれ以上に、社会的現象としての不寛容の歴史的起源とその影響といった問題ははるかに精密な分析が必要なのである。
ジョン・ボズエル

彼は、不寛容は、20世紀の良心の重圧となって、のしかかるという。
だが、歴史の流れの中での、不寛容の本質、広がり、起源、その影響については、ほとんど知られていないとの、論説である。

同性愛の、差別、つまり、社会の、不寛容について、学者として、大いに、分析を進めてゆくのである。

何故、同性愛が、差別の対象とされるようになったのか。更に、社会が、不寛容に、彼ら、ゲイ・ピープルを、差別し、抑圧するようになったのか。

勿論、キリスト教の、教義に発するものが、大きいのであるが、更に、それを、グローバルに、捉える研究をしている。

単に、旧約聖書の神、ヤハァウエが、同性愛行為は、異教徒の行為であり、許されないと、断定したことから、のみ、始まるのではないということ。

更には、教会が、性的快楽を、罪とする、判断をしたことにより、生殖を伴わない、男女間の性交も、更に、生殖を全く伴わず、快楽のみを求めた、同性愛行為を、罪と、定めたということは、大きい。

ヨーロッパ中世を通じて不寛容の対象となったもろもろの集団のなかでも、ゲイ・ピープルがこの研究のために役立つことには多くの理由がある。
ジョン

ユダヤ教徒とイスラム教徒と違い、ゲイ・ピープルは、ヨーロッパの至るところで、あらゆる階層の人々の間に、散らばっていたという。

彼らは、異端者や、魔女のようではなく、どの時代でも、少数者として、存在していたのである。

更に、ゲイ・ピープルに対する、敵意は、庶民の偏見と宗教的確信の混同を、他に例がないほど、明確にする。

特殊な、偏見を支えている、宗教的確信を、一般の人々が、抱いている限り、両者を分離することは、事実上不可能である。しかし、いったん、宗教的確信が、放棄されると、分離が完全なものとなって、元の結びつきは、大半が理解し難いものとなるのである。

例えば、ジョンは、一例を挙げて、ヨーロッパの、大半の国では、今日「ユダヤ人をその信仰のために虐げてはならない」というのが一信仰箇条であるが、14世紀には、「虐げなければならない」というのが、同様に、一信仰箇条であったという。

それは、前近代ヨーロッパの、多くのキリスト教徒に、極めて、重要な宗教的義務だったことである。

14世紀の、キリスト教は、ユダヤ人を改宗させること、というのが、宗教上の、信条だったこと。
ユダヤ人に対する、偏見の混同が、あまりに、完璧だったという。

だが、20世紀に入り、現代キリスト教徒の大半が、中世の、宗教的信念に、基づいて、加えられた、虐待の真剣さに、疑念を持つほどになった。

ジョンは、
宗教と偏見の混同が根強く残っているものの、それがまれで疑問視されるようになった時代のみ、両者の有機的関係を納得のゆくわかりやすい方法で分析することができるといえよう。
と、言う。

現代西欧社会は性的に特異なさまざまな集団について、まさにそのような移行期にあると思われ、ゲイ・ピープルはそうした偏見の歴史を研究する上で、またとない好個の機会を提供してくれるのである。
ジョン

ゲイは、今尚、厳しい禁止法、公衆の敵意、種々の儀礼的抑圧を、受けている。
そして、それは、すべて、宗教の、正当性を持つのである。

ジョン・ボズウェルの研究は、キリスト教であれ、他の宗教であれ、信仰が、ゲイに対する、不寛容の、原因であったとする、一般的な、見解を反駁することに、当てられている。

何故、ゲイが、宗教及び、それによる、不寛容の対象にされるのか。
更に、それは、時代と共に、変化し、ゲイの存在に対しての、寛容を見出す研究ともいえる。

注意深く分析してみればほとんどつねに、宗教道徳を良心的に応用することと、私的悪意や偏見を正当化するために宗教の教えを利用することとの区別は付くものである。
ジョン

そして、実に、興味深いことを提言する。

もし、虐待を正当化するために宗教の規制を用いるひとびとが、同じ宗教法典に含まれる同様に厳格な教えを常日ごろ無視しているならば、あるいは忌み嫌われる少数派を規制する禁止条項が絶対不可侵のものとして一語一句の疎漏もなく厳守されている一方で、多数派に影響のある同様の教えが緩和されたり解釈し直されているとすれば、虐待を動機付ける理由としてなにか別のものがあることを疑わねばならないのである。
ジョン




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最後の沈黙を破る 30

中国の国家副主席と、陛下を特例で、会見させるという、アホ。

共同で、油田を開発しようと、約束していた中国は、さっとさと、油田を建設したのである。
その抗議もなく、唯々諾々と、言いなりになるという、アホ。

民主党の、小沢が、600名を引き連れて、中国へ。
次は、中国との、取引で、金儲けをするのだろうかと、疑う。

売国奴とは、小沢のことらしい。
日本を売って平気のへいさである。

利権を得るというのは、政治家の、最大の、旨み。

首相より、偉いらしい。

それにしても、中国は、やり手である。
陛下にお会いするためには、一ヶ月前に、文書で、申し出る。

しかし、中国の要人、つまり、次期、国家主席を目指すもの、11月の下旬に届け出た。
どこまでも、不躾に、やりたいようである。

嘘つき中国人の、最たるもの。

いよいよ、日本の中国化、中国の一部に取り入れようとする、算段か。

ゴキブリ中国人の、やり方である。

倫理観の無い、中国では、孔子の論語が、今、再び、注目されているという。
これは、異なこと。
中国共産党は、それ以前の、中国の、歴史的遺産を、すべて、捨てたはず。

今頃、論語など、持ち出して、どうするつもりなのか。

論語が、生きたのは、日本であり、その解釈も、日本ものである。
彼らは、論語さえ、読めないはず。

漢字の、文化は、日本で発展、完成した。

漢字を、どんどんと、簡略化させて、昔の漢字など、読めない中国人は、山といる。

更に、中国思想は、日本にて、開花したものである。
中国は、支配者が変わる度に、皆殺しにしている。
誰も、伝統として、解釈できるものなどいないのである。

自国の、伝統と、文化を破壊して、成り立った、中国に、何一つ、貴重なものは無い。

今の、中国共産党の、伝統は、汚職と、搾取である。
更に、倫理の無い、やり方。

平気で、自国民に、毒入りを、売って商売する者ばかり。
商売が、きちんとできるのは、共産党幹部と、癒着するもの。または、親族会社。

毎日、全土で、千件に上る、デモから、政府に対する、批判続出なのであるが、それを、隠す。
人権無視の国は、兎に角、隠す。

中国が、世界の経済大国第二位になるという。
笑う。

彼らは、言わせておけば、まだ、第三国であるから・・・
また、別の顔は、我らは、大国である・・・

口の渇く暇なく、嘘偽りは、朝飯前である。

反日教育の、凄まじさといったら、なかった。
捏造、捏造の歴史を子供たちに、教え、いつか、日本を叩き潰すという、根性を育てた。

悪いものは、すべて、日本からであるから、話にならない。

さて、陛下と、お会いしたいと、向こうからの、要求である。
いずれ、天皇陛下を、虐殺する計画であるから、しっかりと、顔を見て、確認するためであろう。

勿論、絶対、そんなことは、させない。

このまま、民主党が、中国寄りになると、とても、政権など、任せられない。

アメリカとの、安全保障を安定させず、中国と、友情をなどという、甘い考えを、持てば、即座に、裏切られる。

更に、取り込まれて、アメリカが、日本を仮想敵国とした場合は、即座に、日本は、分断されて、中国支配になる。

通常の神経ならば、そんなことは、即座に解ることだ。
しかし、利益、既得権益に、目がくらむと、小沢のようになる。

危険である。
実に、危険である。

サヨク系の人々は、日本が、中国になっても、いいと、思っているのだろう。
そんなことは、絶対にさせない。

来年の、参院選で、更に、民主党が、勝てば、極めて、危険な状態を、招くということ、国民は、十分に、理解するべきである。

アメリカの、核兵器に、守られて、日本が平和であった。
アメリカが、手を引けば、北朝鮮、ロシア、そして、中国は、平気で、日本を、核攻撃する。確実に、する。

平和ボケを通り越した、日本人を、脅すのは、簡単である。
もう一度、原爆の恐怖を、与えれば、何でも、言う事を聞くからである。

広島、長崎は、再び、原爆の、悲劇を受ける可能性がある。
一番、良い場所である。

自国の、自衛という、意識を、決して教育の場で、教えない。
更に、マスコミは、皆、サヨク系である。

毒ギョーザの話は、どうした。
油田の、約束は、どうした。

沖縄は、中国領だという、中国の歴史家に、何も言わない。
報道も、しない。

自衛隊は、国軍として、天皇陛下を、お守りする使命を、自覚して、日本を守るべきである。
文民統制などという、幻想は、もはや無い。

建国、2670年
富士王朝から、9060年の
伝統ある、日本を、このままにしては、いけない。

私は、英霊に祈る。
ただ今、日本の、危機である。
何卒、霊位を、お力を、お借りしたいと。

今までは、靖国神社とは、距離を持って接していた。
私は、古神道である。

しかし、今、靖国神社の英霊をはじめとして、皇祖皇宗に対して、切に祈る。
日本を、お守り下さい。

かしこみかしこみ、申す

posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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