2009年05月19日

最後の沈黙を破る 19

信じる、信じないというのは、願望であることに、気づいていない。

信じるというのは、信じようとする、願望である。
そして、信じないというのも、信じないという、願望である。

人は、願望以外の、確信を、持つことは、出来ない。

昔々、私は、ハウツー物の、経営の著作を、読んで、感激、感動して、壮大な計画を、立てた、アホを、知っている。

その名は、未見塾と、命名していた。
未だ見ぬ、私のことであろうと、思うが、実に、稚拙だった。

思想的基盤の無い者が、そのような、壮大な計画を立てる。

更に、バブルの頃に、金融で、伸し上がり、成り上がりになった、アホも、見た。
今は、新興宗教のようなことをして、教祖の真似事をしているらしい。

皆々、知能の低い者である。

しかし、信じる、信じないというのは、知能の高い人の中に多いから、驚く。

占いは、信じないというのは、信じたくないという、願望である。
占いは、信じるもではなく、利用するものであると、説いても、理解できない。

私は、長年、占い師を、やっていいたが、占いを、信じる、信じないという、カテゴリーに入れて、考えたことはない。
要するに、先人の残した、知恵として、対処した。
つまり、利用するものであるということ。

私は、中学の時から、キリスト教の神を信じた。
それは、信じたかったのである。
つまり、願望である。

今は、何も、信じるものは、無い。

そして、信じる、信じないという、心の、有り様を、必要としない。

私は、私を、信じている。これは、願望ではない。
極めてゆくと、そこに、突き当たった。
私以外を、信じることは、出来ないと。

そして、私を信じるために、私は、私自身に、約束したことを、確実に、実行した。

それは、持続である。
その時が、くるまでは、続ける。
ただ、それだけである。

さて、信じない人は、幽霊を、見ても、信じないという。
これは、性格である。
目に見えないものは、信じないと、あたかも、科学的である自分を、演じる。

死んだ人を、はっきりと、目の前で、見ても、信じないというから、世話がない。

しかし、また、見ないで、信じる人もいる。

イエス・キリストは、見ないで信じる者は、幸いであると、言ったが、それは無い。
それでは、何でもかんでも、信じればいいのかというと、そうではなく、イエスの神を、信じることである。

大半の、宗教は、まず、信じてみることだと、説く。
兎に角、信じて、実行しなさいと、言う。
それは、単なる、一つの手である。

信じるうちに、信じている自分に、妥協する。

納得して、信じるのではない。妥協して、信じるのである。

鎌倉仏教以前の、仏教には、それなりの、伝統的な、かかわりがあり、信じる、信じないの問題ではなく、その、組織に、組み入れられた。

しかし、新興宗教になると、信じるということが、前提になる。

そして、信じて、人生を、狂わせる。
狂ったことを、喜ぶという、体たらくである。

神よ、今日、ここに、集う、兄弟姉妹を、祝福し・・・・

仏法とは、戦うことである。勝利こそ、仏法であるゆえに・・・

親神様は、陽気暮らしを、人々と、共に、云々かんぬん・・・

この、幕屋に集いし者、主なる神の、祝福を受けて・・・

上記は、皆々、狂いである。
しかし、それを、狂いとは、知らない。
信じる、信じようとする、願望に、身を委ねる。

もっとも、悪いのは、前世の因縁、先祖の因縁、供養を云々・・・・
すべて、嘘である。

先祖の因縁は、私に関係無い。
それぞれが、それぞれで、それぞれの、行為を負う。
自業自得が、宇宙の法則である。

釈迦仏陀も、そのように言ったが、彼らは、知らないようである。
更に、釈迦仏陀は、供養は、生きている聖者にせよ、と言う。

前世というものは、次元の質も、違うゆえに、誰も、それを、説くことは、出来ない。

誰々の、生まれ変わりであるというのは、完全完璧な、嘘である。

それらは、霊界の、分霊ということを、全く知らない。

ここにいる、存在する、私は、二度と、無いものである。
更に、ここにいる、私が、そのまま、生まれ変わるということは、無い。あり得ない。

少しの、注意力を、もってすれば、解ることである。
この、人生は、二度と、無いものである。
転生輪廻を、理解するほど、人類は、成長していない。

異次元を、通過しての、出来事である。
解るはずがない。

死ぬまでの、暇を潰すために、人は、信じているのであり、信じないのである。
そして、大半は、何も解らずに、生きる。そして、それは、正解である。

酒に酔ったようにして、生きているのが、人間だと、空海は、言うが、彼こそ、酒に酔いすぎて、とんでもない、化け物を、生み出した。

一体、空海は、何を、誰の、作ったものを、食べて、生きていたのか。
そして、どこから、生まれたのか。
空海によって、彼の一族は、未だに、浮遊する。
頭の良い人は、そのようになる。

よく解らないわーーーー
それが、いい。



posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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