2009年05月18日

性について 88

新聞の小さなコラム欄に、ある相談があった。

40代の母親である。
イケメンの息子がいる。女の子にも、モテる。優しい。とても、よい子だった。
ある日、息子が、母親に告白した。
僕は、ゲイだから、家庭を持ち、子供を持つことはないので・・・
母親は、絶句した。
お母さんは、理解してくれると思ったから、言っておくね、とのこと。

その回答者は、性向は、変わりません。
あなたが、唯一の理解者だから、告白したのでしょう。

さて、時代は、猛烈な勢いで、進んでいる。

ゲイという、少数派、マイノリティー。
エイズ患者という、マイノリティー。
様々な、少数派は、数多い。

隣に、そういう人がいる時代である。

偏見や、不寛容であることは、簡単なことである。
しかし、無理に理解することでもない。
隣の人が、何をしているのか、解らない時代でもある。

だが、いつ、自分が、少数派になるのかは、また、分からない。

住宅ローンを、払えず、家を、マンションを、手放す人がいる。
いつ、自分の身にも、降りかかるか、知れない。

この世は、自分の思い通りに、進まない。
昔の人、一寸先は闇と、言った。
その通り。
一寸先は闇である。

何故か。
生きている、自分が、生きているという、感覚は、およそ、意識の、3パーセント程度の、意識なのであり、他の、97パーセントは、分からないのである。

努力して、成功するなら、もっと、多くの人が、成功している。

努力しても、努力しても、駄目な人が多い。
運命を簡単に、変えられるほどの、知識も、教養も無い。

ただ、変えられたという、勘違いに陥ることは、出来る。
宗教である。
手品のような、奇跡が起こる。
単なる、心の持ち方の問題なのであるが・・・

宿命転換などと、全くの、見当違いで、会員を騙す宗教もある。
宿命の意味を知らない。

転換できないから、宿命と言う。

信じる者は、自己暗示で、そのようになる。
そして、騙される。騙されたことを、喜ぶ。

さて、セクシャルマイノリティーという、人々は、数多い。
ゲイのみにあらず。
ニューハーフといわれる、レディボーイ、レズビアン、性同一性障害・・・

それは、宿命的である。
あえて、宿命とは、言わない。

性向は、転換しないのである。

性向は、宿命である。

宿命的といったのは、彼らは、それを、世の中に、隠して生きることも出来る。

誰にも、知られず、生きることも出来る。
極めて個人的な、それは、性向である。

キリスト教、ユダヤ教原理主義者が、同性愛者を、虐殺する事件が、アメリカ、イスラエルなどで、続発する。
更に、イスラムでは、死刑の国もある。

偏狭な、教義により、少数派を、亡き者にしようとする。

極めて、個人的な、問題、性向の中に、政治や、宗教が関わる。

だが、その歴史を、見回すと、人類発祥から、そういう、少数派の人々がいたことが、分かる。

何が、彼らを差別するのかと、言えば、それは、不寛容であり、排他的だからである。
そして、それは、少数派だけではなく、他民族、他宗教にまで、発展する。

世界で、最も、性的マイノリティーに、寛容な国は、タイである。
だが、そこでも、差別はある。

それでも、虐殺や、宗教による、政治による、裁きは、無い。

そして、日本も、寛容な国として、知られる。

同性愛者のいない、国は無い。
更に、レディボーイのいない国は無い。
レズビアンのいない国は無い。

視野をグローバルにして、それらを、見つめる。
それは、未来を生きることになる。

彼らは、未来の人たちなのである。

紙一枚の、結婚という制度が、空洞化している。
一体、人間にとって、理想的な、家族制度というのは、あるのか・・・
無い。
あるわけが無い。

それらは、時代が、歴史が、緩やかに、作り上げてきたものである。
そして、また、緩やかに、変化してゆくものである。



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最後の沈黙を破る 18

今更ながら、苦労知らずに、お勉強できた人、苦労知らずに、働ける人は、アホだと、つくづくと思う。

敗戦から、64年を、経て、反戦の思想、大いに結構であるが、現実というものを、捉えることが、出来ない。

何故、今もって、内戦が、あるのか。
話し合いが出来ないから、戦うのである。

更に、核廃絶を話し合いでという、アホは、死んでも、解らないだろう。

精神を病む人とは、話し合いが出来るはずが、ないのである。
例えば、北朝鮮と、話し合いで、事が、うまく行くのだろうか。

話し合えば、核廃絶は、可能なのか。
決して、それは、有り得ない。

アメリカが、その核兵器の半分を、放棄したら、すぐに、世界は、混乱する。

核兵器廃絶を訴えても、北朝鮮は、もとより、ミャンマー、イランは、核開発をする。

どうして、止められるのか。
話し合いをするというのか。

更に、決して、核廃絶をしない、中国などが、その後押しをしている。
それを、どう判断するのか。

人権無視の、中国が、ミャンマーの人権無視を、後押しする。
甚だしい中国の、傲慢な支援である。

アウンサンスーチさんを、拘束したことを、決定した、裁判を、支持するというのであるから、話し合いなど、出来るわけがないと、知るべきである。

テロ組織の者たちと、話し合いが出来ないから、アメリカ軍は、市民を巻き込んでも、アフガンでの、攻撃を続ける。
その、大統領が、どんなに、核廃絶を唱えても、信じられはずがない。

詭弁である。

更に、注目である。
オバマの後ろに、何が控えているのか、解らない者達が、発言を評価している。

核兵器を使用しない。
つまり、日本が攻撃されても、核兵器は、使用しないと、私には聞こえる。

つまり、どうぞ、日本を攻撃して下さいと、言うようなもの。
日本には、核兵器が無いのである。
丸腰という。

精々、迎撃ミサイルを用意するのみ。

北朝鮮に対する、対応も、中国と、ロシアは、実に、曖昧である。
つまり、日本を早く攻撃させよと、私には、思える。
何故なら、兵器を持った以上、攻撃したいのであるから。
特に、北朝鮮は、日本を攻撃したくて、たまらないのである。

それに、誰も、その長が、ボタンを押さなくても、その下の馬鹿者が、押す危険も、十分にある。
あれほど、日本帝国主義を、仇として、教え込まれた者たちである。
戦争したくて、うずうずしている。

国民は、腹がすいているが、軍部、軍人たちは、たらふく食べている。
戦争だけが、彼らの、楽しみである。

日本にいて、その彼らの、心境など、分かるはずもない。

身を守るということ、これほど、おざなりに、考える国民も、いないだろう。
ただ、原爆を落とされた唯一の国であるから、原爆投下は、反対であり、ゆえに、戦争反対であり、核兵器廃絶である。
二度、繰り返してはならない。
それは、その通りだが、その他の国は、二度も、三度も、繰り返していいと、思っている。

国民のことなど、何とも思わない国々が、多数ある。

それさえも、知らない者が、何を、たわけたこと、つまり、話し合いで、などというのか。

力を見せて、暴力で、示さなければ、解らない人も、世界には、大勢いるということ。

イラクが、少し平穏にしていられたのは、フセインという、力で、暴力で、抑えていた者が、いるからである。
今は、混乱の極みである。

同じ、イスラム同士が、テロを起こして、戦う。

どうしても、暴力にて、抑えなければならない人たちも、いるのである。

そうでなければ、皆殺しにされる。
殺されてもいい、それでも、核兵器は、反対である。と、言うつもりならば、それでも、いい。

是非、イラクに出掛けて、殺されて欲しい。
殺されるという、心境を感じて欲しい。

人が殺されるのは、いいが、自分は、嫌だと言うならば、話し合いで、解決が、つかないこともあるということを、知るべきである。

殺されたら、終わりなのである。
生きているから、反戦行動も、行える。

先の大戦で、亡くなった、兵士の方々は、日本が、平和であるようにと、戦った。つまり、戦うことでしか、平和が、得られないと、悟ったのである。
それを、生かすには、相当な、思案と、駆け引きと、脅しが必要である。

その、脅しが、核兵器なのである。今は。

核兵器を失うほど、人類が、心的進化を、遂げることを、祈る。

posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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