2009年05月14日

性について 84

地球規模のエイズ対策推進機関である、国連エイズ計画は、1996年、世界保健機構、国連開発計画、国連人口基金、世界銀行、ユニセフ、ユネスコの、国連六機関が、共同スポンサーとなり、発足した。

1999年に、国連薬物統制計画、そして、2001年に、国際労働機関、2003年には、世界食料計画が、加わり、九つの国際機関が、各国政府、NGOと協力し、エイズとの、闘いを進める。

アフリカでは、すでに、安保理で安全保障上の、重要課題として、取り上げるほど、エイズの流行が、深刻化し、アジアでは、近い将来、アフリカを上回る規模の人数が、HIVに感染すると確実視されているという。

途上国の開発、貧困対策、地域紛争ともからみあい、地球規模のエイズ対策の、成否は、21世紀の世界を左右する、重要性を持つ。

地球規模の、エイズ対策の中で、国連エイズ計画が、それまでの対策の優先対象としてあげたものは、
若い人たち
感染の機会にさらされやすい弱い立場の人たち
母子感染の予防
コミュニティにおけるエイズ・ケアの基準づくりと、その実践、ワクチン開発
サハラ以南のアフリカを含むHIV感染の拡大が極めて深刻な地域での特別な対策、である。

感染の機会にさらされやすい弱い立場の人たち、とは、ゲイ・コミュニティも含まれる。

アメリカでは、その初期に、ゲイ・コミュニティに、HIV感染が、拡大していった。
その中で、エイズとの闘いを開始し、現在の、エイズ対策の基礎を作り上げたのも、ゲイ・コミュニティである。

その結果、欧米では、80年代末ころから、男性同士の性行為による、HIV感染が、劇的に、減少している。

80年代末から、90年代の初めまで、欧米のゲイ・コミュニティでは、エイズ教育が、感染予防対策として、大きな成果を上げた。

だが、最近は、また、世代が変わり、こうした経緯の知らない、若い世代に、再び、感染が拡大されていることが、報告される。

今や、異性愛、同性愛、両性愛という、性的指向に関わりなく、老いも若きも、男を中心に据えた、2000年からの、キャンペーンが、印象的である。

つまり、感染の、ミツバチ役をするのは、男であるという。
上記の、表現は、私の表現であるが、実際的に、統計として、男の方が、女よりも、感染リスクの高い、行動を取るのである。

国連エイズ計画は、2000年の、年間キャンペーンで、エイズ・男が違いを作る、と、同時に、男たちとエイズ/ジェンダーによるアプローチ、と題する、報告書を公表した。

この、ジェンダーとは、社会的な視点から、男女を把握する際の、用語として使用する。

セックスが、身体的な、男女の性別を示すのに対して、である。

つまり、男らしい。女らしい、男は逞しい、女は優しい、などという、言い方は、ジェンダーの、考え方である。
更に、こうした、役割的男女みは、固定的ではなく、時代や社会によっても、違うという。

国連エイズ計画が、ジェンダーの面から、男に、アプローチする背景には、いわゆる、男らしさ、というものが、HIV感染予防対策上、無視できない、阻害要因となっているとの、判断である。

報告書の中には、
世界中どこでも、平均して男は女よりもセックスの数が多い。そのうえ、性行為によるHIV感染は男から女への方が、女から男への場合より感染しやすい
と、ある。

また、
男がいなければ、HIVも感染を広げる機会はなかなか見つけられなかっただろう
である。

そして、報告書は、世界のHIVの感染の70パーセントは、男女間の性行為、そして、10パーセントが、男性同士の性行為によって、成立していると、報告する。

更に、5パーセントは、薬物の注射の回し打ちによるものである。
その中でも、男は、八割を占める。

エイズ登場当初とは、明らかに、エイズのイメージが違う。
ゲイの病気という、偏見は皆無である。

男たちの態度や行動の幾分かを変えるように説得できれば、HIV感染の流行の行方を変え、彼らの家族や、パートナーの生活を改善する、大きな可能性が開けてくる
と、報告書に書かれる。

宮田一雄氏は、
ここで感染のリスクを高めているとされる男たちの態度と行動とは、一言でいえば「強い男」のイメージに基づいている。
という。

性的経験が、豊富であるという、自慢するような、強さであり、多数の女と、性的関係を、持ったという、自慢。更に、感染を恐れて、コンドームを使用するなどという、軟弱な態度を、潔いとしない、強さなどである。

多くの社会で、女は夫もしくは男性パートナーに誠実であるように求められているのに対し、男の方は他の女とセックスをするめことが認められ、奨励されていることさえある。
と、報告書にある。

その中には、HIVに感染した、女の45パーセントは、夫からの、感染だったという。

愛と信頼は、感染予防にはならない。
実に、名言である。

ここには、ユダヤ、キリスト、イスラム教が、支持する、旧約聖書にある、女に対する、蔑視の、女は、モノ意識が、生きている。

勿論、国連エイズ計画の、報告書には、そんな言葉は、一切無い。




posted by 天山 at 00:00| 性について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

最後の沈黙を破る 14

カウンターテナー藤岡宣男は、何をしたのか。

一言で言うと、音楽馬鹿ではなかったということである。

音楽する者は、大半が、馬鹿である。
音楽しか知らない。
そして、知る必要が無い。

そのように、育てられるのである。

知識と、教養とは、程遠い人間が、音楽人間である。

勿論、中には、音楽の世界を超えて、知識と教養を持ち、音楽を深める音楽家がいるが、実に、数えるほどである。

ただ、藤岡の、その教養の程度を、見抜く人は、少なかった。

語学堪能であることも、藤岡は、自慢することもなかったし、逆に、いつも、駄目だと、私に、こぼしていた。

だから、これぞと思う人に、習いに出掛けた。それも、大したものだと、私は、思っている。

藤岡は、最初の、リサイタルから、歌の説明をした。
それは、意外なことだった。
中には、コンサート後に、説明は、必要でしょうかという、お客もいた。

藤岡の考えは、クラシックに、馴染みの無いお客さんにでも、分かるようにしたいということだった。

ところが、クラシックファンは、これまた、私は、音楽の知識があって、聴きに来ていると、思い込んでいる。
甚だしいのは、評論家ばりに、アラを探そうとするアホもいる。

そういう連中が、多いのが、クラシック音楽の世界である。

音楽家も、お客も、勘違いする者、多数。

もっと、お馬鹿なのは、格式が高いのが、クラシック音楽だと、信じるアホである。

他の音楽は、下の下と思い込むのである。
そういう、ソプラノ歌手に、多く出会った。
いやいや、テノールも、バスも、色々いる。

ああそうだ、ピアノ弾きもである。
いやいや、管弦楽器奏者もである。

ジャズだけが、音楽だと、思い込むアホと、同じである。

民謡、歌謡曲などは、下の下と言う。

歌謡曲、演歌を、雑音と言って、憚らない、音楽家もいる。
その成立過程など知らずに、平然として言うのが、アホである。

そういう、連中が多いので、私は、西洋音楽史と、音楽学なるものに、目を通した。

そして、笑った。

私は、中学、高校と、熱心な、カトリックであったから、宗教音楽などは、日常だった。
そして、その出所を知っていた。

ユダヤ教の、祈り、詩篇の朗唱である。
グレゴリオ聖歌などというが、何のことは無い、ユダヤ教徒から、盗んだものである。

つまり、初期、ユダヤキリスト教徒は、ユダヤ教の中で、礼拝していたのである。
ところが、ローマカトリックに、皆殺しに遭う。

今の、カトリックは、ユダヤキリスト教から、奪ったものである。

さて、藤岡は、宗教曲を歌う、理解するために、私から、聖書の講義を受けた。
勿論、藤岡が、望んだことである。

そこで、私は、毎日、一時間ほど、ヨハネの福音書を、読んで、話した。
最初は、藤岡も、理解出来ないと、言っていたが、半ばを過ぎる頃には、キリスト教を理解していた。

知らないことを、知らないと、言えるのが、藤岡宣男だった。

ちなみに、聖書解釈というのは、自分勝手な解釈である。
どうにでも、解釈出来る。

聖書自体が、解釈による、聖書創作なのである。

そのことも、藤岡に話した。

そのうちに、藤岡は、宗教の原理に興味を持った。
原始宗教の、あり方などを、話した記憶がある。

太陽と、火の神格化である。
それから、自然のありとあらゆるものに、人は、畏敬の念を覚えて、宗教的情操を、作り上げてきたこと。

そして、それは、人間の大脳化の証である。
大脳化を、授受することによって、人間は、あることに気づいた。
それが、孤独である。

それを、超えるべく、自然を畏敬した。
その、畏敬が、宗教の根本原理である。

孤独の扱い方を、知る者にとっては、宗教は、必要ないのである。

釈迦仏陀の行為を、見ると、それは、宗教ではない。
生き方である。

釈迦仏陀は、孤独の扱い方を、知ったのである。
そして、オリジナルである、仏という、象徴を、築いた。

そこまで、藤岡は、宗教に関して、理解した。

藤岡の、発声法も、根気よく、身体機能について、学び、そして、作り上げたものである。
そこまで、理解する、能力があった。
また、才能があったといえる。

ピアノ指導にも、発生法を取り入れた時は、驚いた。

つまり、ピアノは、身体で、弾くものであるという、原理である。

その他、色色あるが、この辺で、止めておく。

惜しい人を、亡くしたとは、思わない。
人は、いずれ、死ぬ。
生き恥を晒して生きるより、見事に、我が人生の、生き場所を、生きて、死ぬ。
これほど、幸せなことがあろうか。

勿論、私にとっては、四年祭を迎えても、あの日の、心境と、全く変わらない。

悲しみは
なお深くして
悲しくて
果て無き空の
彼方を見上げる

私は、藤岡宣男によって、死ぬことが、待ち遠しくなったのである。
死を迎えることが、楽しくて・・・楽しくて、である。

posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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