2009年05月13日

性について 83

先進国の中でも、日本だけは、エイズ患者、HIV感染者が、増加している。

1998年に、患者数が、わずかに、前年より、減っているのは、単に、複数の抗レトロウイルス薬を組み合わせて使う、多剤併用療法と呼ばれる、新たな治療法の普及で、HIVに感染した人が、エイズを発症するのを、かなり抑えることが、できたことからである。

そのような、治療法の進歩があっても、大勢として、エイズ患者の増加が、続いてきたのは、日本だけである。

ただし、その内訳に意味がある。
1993年に、前年の患者、感染者が、発表されたとき、その中の、274名が、外国人女性だった。

厚生省は、東南アジア系女性と、呼んだが、多くは、タイ人女性である。というより、タイ人少女である。

世の中は、売春によって、HIVが、日本の男に広がることを、心配したが、タイから、連れて来られた、少女たちは、事情も分からないままに、日本に売り飛ばされて、客を取らされ、客から、HIVに感染したりである。

全く、逆なのである。

15,16歳程度の、少女たちは、日本に売春婦として、売り飛ばされてきた。

彼女たちに、アドバイスした、医師が、コンドーム使用を促したというから、呆れる。
だが、もっと、呆れるのは、それに対して、彼女たちが、日本の男は、コンドームを嫌がるという、返答である。

少女たちは、保護されるべきであり、売春行為をするべきではない。

ちなみに、都内には、タイの少女たちを、保護する、女性救援施設がある。

タイ人女性は、多く、海外にて、エイズ患者になり、故郷タイに、帰国して、死を待つのである。
タイ、北部には、その典型のような、地域があるが、省略する。

母子感染した、子供たちに、せめても、何がしかの支援をしたいと、考えている。

エイズとの闘いには、HIVに感染した少数の人たちにとって極めて重大な問題である一方で、自分が感染していないと思っている大多数の人たちにとっては、少数者が抱える重大な問題への想像力が及びにくいといった性格がある。そのギャップを埋め、大多数の人たちの注意を促すためにエイズ対策の初期段階である1980年代はさかんに強調されたのが「エイズは怖いぞ」というメッセージだった。
世界はエイズとどう戦ってきたのか 宮田一雄

しかし、過度の、恐怖のイメージを持たせることは、一時的予防効果はあっても、長期的には、マイナスであると、考えられるようになる。

宮田氏の、レポートの中にある、体験を読むと、考えさせられる体験が多い。

不特定多数の相手と、セックスするのは、危険
であるか。
当然、危険である。

しかし、では、一人の人を信頼して、セックスを重ねて、エイズに感染した人を、どう、慰めるか。

愛と信頼は、感染予防には役立ちません
との、名言を吐いたのは、ぷれいす東京代表の池上千寿子さんである。

HIV陽性の女性の二人の、レポートがある。

その二人は、不特定多数のセックスではなく、愛し、信頼した男との、特定の人との、セックスにより、感染したのである。

だから、愛と信頼は、感染予防に役立たないのである。

だが、それは、HIV感染者に対する、根拠ないイメージを変えることになった。

不特定神話、特定神話と、言っておく。

HIVに感染していても、エイズ発症がすぐに、なるわけではない。
治療により、子供を生むこともできる。
普通の生活もできる。

感染者と、感染していない人という、区別だけがあるという、エイズに対する固定化した、イメージの払拭を、目指したものであるが、私は、愛と信頼は、感染予防に役立たないという、言葉に、現代の、男女関係、いや、いつの時代もの、男女関係を観るものである。

愛し、信頼していた、一人の、男でも、女でも、知らないところで、誰と、セックスしているのか、分からないのである。

兎に角、セーフセックス、感染予防は、いつも、必要なのである。
信頼しているからこそ、感染のリスクを高めるということもあるという、何とも、複雑な、状況である。

この、レポートの、主旨は、感染者と、非感染者の差別を、取り除くことに、重点がおかれている。

感染した後で、それを、どのように受け入れ、そして、どのように生きるか。
それは、非感染者の人と、同じように、あるということ。

差別ではなく、区別のお話である。

さて、問題は、もっと、複雑になってくる。

例えば、当初、エイズが出てきた時に、ゲイの病気であるという、イメージがあった。つまり、ゲイではない、人には、関係ないもの、である。

それが、色々な場面で、過ちを犯すことになる。
アメリカ人との、セックスは、危険とか。
東南アジアの女は、危険とか。

不特定多数と、セックスするコギャルは、危険とか、である。

風評被害に遭う人も、多数。

具体的に感染を防ぐ方法を知ろうとする以前に、特定の集団をタブー視することで、HIVの感染が防げると思うような反応。
更に、特定の集団に、何らかの不名誉なレッテルを貼ることによって、対策を取ったような、気分になる態度、と、宮田氏は、言う。

日本のマスコミなどは、当初、感染の恐怖を強調し、その恐怖を具現化する、バッシングの対象を設定して、意気揚々としていた時期がある。

実に、軽薄な、啓蒙であった。




posted by 天山 at 00:00| 性について2 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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