2009年05月07日

最後の沈黙を破る 7

藤岡の、母親と、私の関係は、実に淡々としたものだった。

時に、私の体調が悪いときなどは、私に、頼っている人なんで、困ると、端的に言っていた。

藤岡曰く、母は、木村さんが、あまり好きではないと。
母は、面食いだから、とも。
要するに、私が、男前ではないということ。

一年間、母が、鎌倉に暮らし、横浜に迎えた日に、食事に出掛けた。
めったに、外に食事に出ない人である。
その一度だけだった。

何度か、誘ったが、もったいないと言い、外食は、しなかった。

その一度だけの、中華料理の店で、母は、とても喜び、はしゃいだ。
支払いの時に、私に、高かったじゃろうと、心配していた。

買い物に出た時も、一度だけである。
冷蔵庫が、壊れて、私と藤岡と、母と、三人で、冷蔵庫を、買いに出た。

その時も、大変、喜んだ。
大型のものを、買って、大喜びだった。

私が、カードで買うと、そんなんで、買えるの、と、心配した。

藤岡が亡くなる一年ほど前から、母の様子に変化が、出ていた。
痴呆である。
しかし、藤岡も、気づかなかった。
ただ、時々、私に、母親は、大丈夫だろうかと、私に、尋ねるようになった。
私は、その度に、大丈夫と言っていた。

年金を貰うと、一週間で、使ってしまうと、言った時は、私も、心配した。
藤岡が、毎週、五千円ずつ、渡すことにしたという。
そして、毎朝、算数のドリルを、させることにすると、言った。
ボケ防止である。

だが、行きつけの、内科医は、見抜いていた。
後で、知るのだが、カルテに、認知症と、書いていた。
それが、ホームに入る時に、助けになった。

藤岡は、その医者に、告げられていなかったのだが、ある日、母を、藤岡が、連れてゆくと、入院しますかと、言われたと、私に告げた。
そんなこと、何言ってんのーと、思ったと、藤岡は、言ったが、先生は、認知症に関しての、アドバイスだったと思う。

私は、それに、一切、触れなかった。
藤岡は、母が、認知症になっても、僕が世話をすると、言っていた。

勿論、現実的には、それは、無理である。
世話をするとなると、歌など、やっていられない。

藤岡が、生きている間は、まだ、それでも、緩やかに、推移した。
しかし、事故である。

あの日から、母は、急激に、認知症が悪化した。
それは、哀しみからの、脱出である。

あの日から、ホームに入るまでの、時間は、私の、悪夢である。

毎朝、食事を持って、部屋に言った。
ほんの目の先の、マンションであるから、安心していた。

雨の降る夜に、警察から、連絡が入った。
母が、荷物を抱えて、歩いていると。

徘徊である。

深夜、零時を過ぎていた。

部屋に連れて、戻り、何事もなかったかのように、風呂に入った。
私は、それを、見届けて、戻った。

翌日、伺うと、夜のことを、忘れていた。
更に、今、宣男ちゃんは、出掛けていると、言った。

もう、完全に、過去を、忘れた。

遺骨も、あれは、誰なのかと、問うようになる。

それから、私は、迅速に行動した。
実に、三日で、ホームに入ることが、出来たという、僥倖だった。

順番待ちだった、ホーム長と、面接した時、私は、部屋にあった、お金を、すべて、握り締めて、即座に、入居金を、払いますと言った。
ホーム長は、兎に角、明日の朝、連絡するということで、母を、病院に連れた。

しばらく、入院という考えだったが、二日入院して、そのまま、ホームに入居である。
私は、一人で、母の引越しをした。

最初、ホームの部屋で、どうして、私は、ここにいるのかと、問うが、私は、国が、お世話をしてくれるとだけ、話した。

こんな良い所、高いじゃろうと、言うので、大丈夫、すべて、無料なんだよと、安心させた。

兎に角、良いホームに入居して、本当に、安心し、感謝した。

その間、一週間である。
ハイスピードでの、決着。

区役所の、担当の方に、こんなことは、初めてだと、言われた。皆さん、順番を、待つ間に、病院で、亡くなりますと言われた。

藤岡が、関与していると、思うしかなかった。

最初の頃は、週に一度、逢いに行った。
そして、一緒に、散歩した。

記憶が、前後して、昔の話を、聞いた。

藤岡は、生きていることになっていたが、それも、一年を過ぎると、忘れた。

死ぬほど、辛い記憶を、忘れるという、機能が、脳にあることを、感謝した。

私の、親は、弟家族と、暮らす、二世帯家族であり、近くには、妹家族もいて、実に、親密に、付き合いをしていた。
弟と、妹に、実の親を、見てもらい、私は、藤岡の母を、我が母と思い、世話をする。
それで、良い。

父の死も、妹、弟が、しっかりと、サポートして、家族全員で、看取った。

私は、タイ、チェンマイで、父の死を知り、通夜も葬儀にも、出なかった。
そして、妹の死の時も、マニラに出掛けていた。
通夜も、葬儀も、出なかった。

この家族に、私は、育てられて、今、藤岡の母を、大切にしている。
元は、他人である。
しかし、藤岡宣男を、通して、その母を、我が母と思うことが出来る。
これは、人間の特性である。

赤の他人というのは、実は、いないのであるということ。
関わりにより、他人が、他人ではなくなる。

勿論、世の中には、親を捨てる人も、多々ある。
だが、それはまた、因果応報なのである。

昔の人の、言い方をすれば、お天道様が、見ている。
これを、霊学で言うと、先祖、祖先が見ているということになる。

太陽は、祖先の象徴だった。
太陽崇拝は、祖先崇拝である。

勿論、私は、藤岡の母を、看取り、更に、その遺骨も、藤岡と共に、奉る。

そして、それは、二人にとって、良いことである。
何故なら、私は、日本の伝統に、則り、太陽崇拝をし、御親、総称して、天照大神に、祝詞を、献上するからである。

太陽は、どこに出掛けても、照る。
天照る存在である。

私は、藤岡と、亡き人たちに、日に、三度、燈を灯す。
あちらの、世界に、私の燈が、灯る。

藤岡の母を、伺うと、すでに、魂の大半が、あちらに、出掛けている。
それで、いい。

藤岡と、語り合っているかもしれない。

脳を、機能させているのは、気である。
気とは、魂の、一つの、働きである。

心も、魂の働きである。

内臓も、魂の一つの働きである。

肉体も、魂の一つの働きである。

魂を、タマと、呼んで、尊んだのが、日本の伝統である。

タマ乞い、タマ振り、タマ鎮め、そして、タマ懸りである。

気尽きれば、死す。
肉体は、死す。

タマは、上昇する。

タマ上げである。

タマは、カムであり、死は、カム上がりである。
漢字で、書くと、崩、となる。

カムアガリと、読む。

実に、豊かな、日本のタマの、伝統である。

私は、それを、知っている。



posted by 天山 at 00:00| 沈黙を破る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 77

エイズウイルスは、ヘルパーT細胞に、特異的に、親和性を持つ。
ヘルパーT細胞と、エイズウイルスの、たんぱく質との間に、特別な反応性がある。

それは、ヘルパーT細胞が、CD4という、エイズウイルスの、レセプター、つまり、受容体を持っているのからだ。

レセプターとは、細胞の表面にある、たんぱく質で、特定の物質を付着させる働きがある。
この場合は、エイズウイルスである。

本来は、CD4に付着すべき、たんぱく質と、エイズウイルスの、たんぱく質と、同じなのであるという、驚き。
だから、間違って、エイズウイルスを、付着させてしまう。

このように、CD4が、減ると、細胞性の免疫のしくみが、障害を受けて、日和見感染、二次性の、カポジ肉腫という、悪性腫瘍を発症させるのである。

日和見感染とは、普段は、無害な細菌、ウイルスが、免疫機構が、失われたために、症状をもたらすことを言う。

エイズにみられる、代表的なものは、カリニ肺炎である。
死因のトップである。
ニューモシスティス・カリニというの、原虫のもたらす肺炎である。

この原虫は、普通、口中に、見られる。通常は、害を与えないのである。

そして、悪性腫瘍のうちの、代表的なものは、カボジ肉腫である。
エイズ流行前までは、アフリカ、ヨーロッパの、一部でしか、知られていない、珍しい、皮膚がんである。
エイズにより、それが、広がった。

その他に、中枢神経系の異常が、みられる。
髄膜炎、脳炎、痴呆などである。
それも、死因の一つになる。

エイズウイルスは、脳にも、侵入して、脳を食べると、思ってもよい。

さて、エイズウイルスに、感染しても、すぐに、発病するわけではない。
感染しても、発病しない人のほうが、多いのである。

ただし、エイズウイルス感染者は、発病しなくても、必ず、エイズウイルスを持っているということである。

つまり、他人に、感染させることが、出来るのである。
これが、問題である。

知らずに、性行為を重ねて、他人に、エイズウイルスを、感染させているのである。
知らなかった、ごめんなさい、では、済まないのである。

エイズウイルスの、感染経路は、血液との、濃厚な接触、性行為、エイズウイルスキャリアの母親から、子供への、垂直感染である。

キャリアとは、感染してエイズウイルスを、体内に保有するが、発病していない人である。

自覚症状なく、発病するまでの、潜在期間が、長く、八年以上を経過することもある。
勿論、驚くほど、早い人もいる。

さて、免疫機能の、低下であるが、個々の身体的条件によって、それは、大きく異なる。
後天的に、免疫不全を起こす条件は、三つである。

自己免疫疾患にかかっている時である。
そして、他の性的感染症にかかっている時である。
更に、栄養不足で、低栄養のために、免疫で重要な、胸腺が、萎縮している時。

自己免疫機構とは、免疫が、自己と非自己の認識・識別をしていることから、外から侵入してきた、病原体や、自己の体内に発生した、がん細胞などを、非自己として、体外に、排除する働きのことである。

非自己に対して、起こすことを、免疫機構という。

であるから、自己が、自己に、それを、起こすことはない。
それを、免疫学では、自己抗体に対して、自己抗体の免疫寛容性が、成立するという。

しかし、その寛容性に、破綻が生じることがある。
それは、自己抗体に、自己抗体が、生み出され、自己抗体が、攻撃されるということになる。

例えば、精巣、睾丸であるが、そこで、作られる精子は、まさしく、自己である。
この、自己に対して、免疫機構が、抗精子抗体を作り、精子を駄目にするということが、起こる。

ウイルス感染によって、免疫機構に、混乱が生じて、その結果、二次的に、抗精子抗体が、出来て、精子を攻撃する。
すると、無精子症、精子形成不全という、男性不妊症といわれる、自己免疫疾患となる。

哲学めくが、この場合の、自己とは、非自己に対する、自己ではなく、免疫機構が、自己と、認めたものが、自己であり、認めないものは、非自己である。

厳密に、抗原といえるものは、その免疫機構によって、異物であるということ、である。
生物は、免疫機構において、免疫的自己において、内と外を、区別するのである。

我が体の、内に、そのような、仕組みがあるということ。
つまり、それは、無意識の世界である。
意識の世界で、云々というものではない。

意識、というものが、いかに、頼りないものであるか。
だから、私は、アメリカ式の、成功哲学なるものを、嘘だというのである。
意識から、無意識へと、促すことは、至難の業であり、それが、出来るというのは、宗教に似る。勿論、アメリカの成功哲学は、キリスト教から、出たものであるから、しょうがないが・・・

さて、エイズも、自己免疫疾患である。
更に、今まで、難病とされていた病も、この、自己免疫疾患が、多数である。

先の、免疫寛容性が、崩れると、今までは、味方と思っていた、キラーT細胞や、抗体が、自己抗原という、自己の細胞を標的にし、大食細胞も、組織を食べてしまうのである。

免疫軍団が、自らの、腎臓、心臓をはじめ、臓器や、脳の組織を攻撃するのである。

更に、加えて、ある自己抗原により、自己抗体が、増えると、その抗体が、自己であるにもかかわらず、自己抗原が、生まれる前から、存在しなかったという、理由で、非自己と認識され、自己抗体に対する、自己抗体が、生まれてしまうこともある。

自己免疫疾患とは、免疫機構が、悪循環を起こす病なのである。

posted by 天山 at 00:00| 性について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。