2009年04月10日

性について 60

マルチプル・オーガズムを身につけた男性は、回復期を必要としないまま、二回以上、続けてオーガズムを得ることができます。オーガズムとオーガズムの間に、ペニスが刺激に反応しにくくなる「無反応期」はありません。一度オーガズムに達しても、ペニスは勃起したままです。つまり、オーガズムとオーガズムの間も、女性の体にペニスを挿入したままでいることができるのです。一般の男性と違って、マルチプル・オーガズムを身につけた男性はオーガズムに達したあとも、ペニスの勃起状態を保つことができます。そのまま、二度、三度、四度と、休むことなくオーガズムを得ることができます。
バーバラ

つまり、日本の男達が、言うところの、抜かずの、何とかであるが、それとは、基本的に違うことは、意識するものと、無意識のものの違いである。

一度は、そういうこともあったが、それ以後は無いとか、時々出来るというものではなく、マルチプル・オーガズムとは、意識的に出来るということである。

PC筋の、訓練も、生まれつき、強く、無意識に、そのようになっている人、つまり、生まれつきの男もいる。
しかし、それも、放置しておけば、若い頃の、何とかで、終わる。

江戸時代の、医学者、貝原益軒は、接して漏らさずといったが、それは、接しても、射精しないことだというのである。
それは、マルチプル・オーガズムに近いが、それを、何度も繰り返し出来るとは、言わなかった。

例えば、50も、年を過ぎると、射精による、肉体の疲労が大きいので、接して楽しむ程度にして、射精をしない楽しみ方もあるという、考えである。

それは、それで、正しい。

以前に書いたが、勃起を楽しみ、何度かに、一度の、射精をする、マスターベーションというものが、ある程度の、年齢の男の、楽しみ方だと、言った。

それは、摩擦の、快感を楽しみ、何度かに、一度の射精で、射精感覚を楽しむという、マスターベーションの、奥義である。

勿論、マスターベーションでなくとも、相手との、セックスでもよい。

だが、このマルチプル・オーガズムというのは、それとは、根本的に違うということである。

バーバラも、そのことは、認めている。

男性の中には、とりわけ若者の中には、トレーニングも積まずにマルチプル・オーガズムに達することが可能な人もいます。彼らは、ごく、自然にマルチプル・オーガズムを経験できるのです。生理的にそれが可能だ、というわけです。オーガズムに達しても勃起状態を失わない場合もあれば、すぐに勃起状態が復活する場合もありますが、とにかく、肉体の結合状態をほとんど中断させることなく、セックスを続けることができます。
バーバラ

要するに、生まれつき、である。
しかし、それを、いつも、やれといわれても、出来ないのである。
更に、偶然出来たという場合もある。

そして、その多くは、感度が、鈍くなっているのである。
ただ、セックスに強いというだけである。
そして、それは、いつまでも、続かない。年齢と共に、落ちてゆくのである。

マルチプル・オーガズムに達する秘訣はごく簡単なことです。つまり、射精をしないでオーガズムを迎えればいいわけです。そうです。射精をしないで、完全なオーガズムにーー
二度、三度とーーー達するのです。射精しないのですから、無反応期もありません。勃起状態もそこなわれません。自分の意志で、オーガズムと同時に射精をしようと決めるまで、いつまでもセックスを続けることができます。
バーバラ

普通、男の、オーガズムは、射精感覚であると、考えている人には、理解できない。
その二つは、切っても切れないものだと、考えている。また、信じているのである。

ところが、そうではないのです。信じがたいことだとは思いますが、セックス・セラピストの大部分は、男性のオーガズムと射精はまったく別のことがらだ、と考えています。
バーバラ

射精欲が、強い若者ならば、信じられないことだろうが、ある程度の年齢を、重ねると、それが、理解できるようになる。

更に、生理学的に見ると、実は、それは、全く別のことで、射精しなくても、完全なオーガズムを迎えることが、可能なのである。

高度な、テクッニクではない。
脳である。
オーガズムを感じるのは、脳なのである。

そのために、肉体を、鍛えるのである。
正に、セックス革命である。

男の、性欲の激しい時期は、思春期である。
それは、単に排泄欲でもある。
射精感覚というより、排泄感覚の射精なのである。

そして、生涯に渡り、射精を、排泄感覚であると、思い続けている男もいる。

人間の、進化による、大脳化というのは、とてつもなく、限りない、可能性を、持つようになった。

脳と、切り離して、快感とか、快楽とかは、無い。
感じる部位は、脳なのである。
他の体の部位は、脳が、感じるためにある、出先機関である。

例えば、性的快感を感じ取る、脳の部位の、横には、食欲、満腹を感じる部位があり、逆の隣には、足先の感覚を受け取る部位がある。

性的快楽を得られない人が、食べ物に走るのは、知られている。
更に、性的快感を、得るために、足先への、愛撫の効果があることが、知られている。

以前に書いた、脳と、性のあり方を、参照して欲しい。

結局、快感神経は、すべて、脳に集約されて、快感と、認識するのである。

ちなみに、その働きを破壊された人や、その働きが、狂った人は、射精感覚を、拒絶するのである。

普通の人が、快感である、射精感覚が、苦痛であるという人を、私は、知っている。
それは、脳の一部の、損傷である。

まだまた、レッスンは、続く。



posted by 天山 at 00:00| 性について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヤンゴンへ 10

二人で、四杯の緬を食べて、1000チャット、100円である。

日差しが、どんどんと、強くなる。
三月からは、暑期に入る。そり前は、乾期で、雨期がある。
一番、暑い季節当来である。

三月のヤンゴンの、平均気温は、28,7度であるから、暑さが想像出来る。
ただ、朝と夕は、涼しい風が通る。

ホテルに戻る道で、果物を買う。
ほとんどが、300チャット、30円ほどである。

そこてで、パイナップルを買おうとすると、コータが、まだ、皮を剥いていないものを、と、言う。
四分の一が、250チャットなので、一つは、1000チャットである。

そうすることにした。
若い男は、手早く、皮を削ぎ落としてく。
そして、剥いたものを、一度、水につけようとするので、コータが、そのままと、言う。
その水が、汚いのである。
四分の一に、割り、それをさらに、カットする。

どうも、水につけることが、当たり前の感覚なのであろう。
その水が、濁って、そのまま使い続けているので、非常に不衛生である。

コータは、すいかを、食べて当たったが、それも、水のせいであると、思った。
私は、今回は、何事もなく、過ぎた。

ホテルに戻ると、どっと、疲れが出た。

一日が、一週間過ごしたような、疲れである。
一瞬の、慰霊の行為が、こんなに、疲れることは、今までになかった。

停電なので、電気が来るのを、待って、シャワーを浴びることにする。

私は、タバコをふかして、それを、待った。
二人ともに、無言である。

無意識の緊張感であった。

それは、マニラの、緊張感とは、違う。
マニラは、銃社会であり、いつ、撃たれるかもしれないという、明確な、緊張感。
ヤンゴンは、虚無の緊張感である。
つまり、妖怪である。
突然、ぬらりひょんが、出たり、砂かけ婆が出るという、感じ。

ちなみに、一つの寺院、パゴーに入ると、何ともいい得ない雰囲気がある。

仏の像があるのは、理解するが、その他、よく解らない像が多い。
だが、それらにも、信仰が集まる。
生まれた曜日の、それぞれの、守護の仏がいるというのは、理解するが、その他のものは、何かと、考える。

微妙に、ヒンドゥーや、チベット密教の影響も、受けているのである。

朝早くから、多くの人が、祈りに訪れる、寺の風景を見ていて、信仰のある生活の、美しさと、共に、庶民の信仰には、何か、現実逃避の潜在的な意識を感じた。

私が、感じたことであり、そうであるとは、言わない。

宗教と、軍事政権と、共産主義、全体主義に共通するものは、絶対支配である。
共に、反目しあっても、根は、同じであるから、うまく調整すれば、民を、思うがままに、支配出来るのである。

政治の堕落により、不都合なことが、多くても、宗教は、それを、難なく受け入れさせる力がある。

若い僧侶たちが、自発的に、デモを起こしても、チベットのように、高僧が、連行されて、殺されるようなことがないのは、高僧と、軍政が、つながっていると、見ていい。

私が伺った、高僧は、政府の許可書をもらうと、簡単に言った。
それだけの、力が自分にはあると、見せたかったのかもしれないが、それを、口に出来るということである。

そして、空港で、縁した、若い僧侶も、外国に、頻繁に出られる境遇であるということだ。彼の、友人達は、タイに逃れて、戻らないという。
では、彼は何故、自由な行動が出来るのか。

密告社会でもある。
そんな中で、彼は、自分の田舎の寺の再建のために、資金を集めると、国を出る。
それを、そのまま、信用するには、まだまだ、彼の行動を見ていなければならない。

実に、不透明である。
だから、妖怪が出る。
私も、ヤンゴンで、活動するならば、妖怪になることなのである。

漸く、バタンという音と共に電気がきたので、シャワーを浴びる。

そして、そのまま、ベッドで、休むしかなかった。

本当は、四週間滞在出来るが、私は、三泊四日とした。
予感が当たり、早々に、タイに戻りたいと思った。

明日の朝、六時にホテルを出て、空港に向かう。

それを、フロントに伝えると、実に親切な対応である。
私たちのために、ボーイ二人が、お世話して、五時半に、起こしてくれ、それから、朝食も準備し、車に荷物を積んで、見送るというものだ。

車の手配も、お願いした。
料金も、そこで決めて貰うので、交渉しなくていい。
6000チャットである。

夜の食事のために、外に出るのが、億劫で、ホテルの食堂で、済ますことにした。

ヤンゴンでは、日本料理屋で、一度だけ、マンダレービールを飲んだのみ。後は、一切、アルコールを欲しなかった。
毎日、日本では、酒を飲む私も、全く、飲みたくないのである。

食事の前に、荷物整理をするが、実に、簡単である。
支援物資が無くなると、ほとんど、荷物が無い。
三個のバッグが一つになり、後は、自分のバッグのみである。

買い物をした、ビニール袋を捨てずに、持ち帰る。
日本では、それを、ゴミ袋に使う。

アジアは、ビニールの袋で、溢れている。
これは、大量のゴミになるはずだ。

ミャンマーの時間は、日本時間より、一時間半遅い。
ミャンマーの、朝五時は、日本の六時半である。
タイに行くと、二時間遅くなる。

時々、日本時間を思い出して、体の調子と、合わせてみる。

posted by 天山 at 00:00| ヤンゴンへ 平成21年3月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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