2009年04月08日

ヤンゴンへ 8

ビルマは、近隣諸国にまで、勢力を伸ばした王朝があったが、インドを植民地として支配していた、イギリスにより、19世紀に、ビルマ・コンバウン王朝と、三度の戦いで、勝ちをおさめ、1885年の第三次英緬戦争によって、コンバウン王朝最後のティボー王は、イギリス軍に捕らえられ、マンダレーの王宮から、インド・ボンベイに連れ去られ、ビルマ全土は、イギリスのものとなった。

イギリスは、最初、ビルマを、イギリス領インドの、一州として、インド総督の統治の下に置いた。
その後、1937年、インドから分離し、ビルマ総督が支配する体制になった。

だが、シャン、カチン、チン族などの、少数部族の多い、山岳地帯では、フロンティア・エリアとして、平原部のように、総督の直轄支配地域とはせず、藩王や、土侯などの、封建的権力者を通して、間接的に支配した。

このイギリスの、植民地支配は、後に、様々な問題を生むことになる。
ビルマ平原部と、辺境地域の統治形態が異なるために、住民の一体感が、薄く、独立運動においても、独立後も、両者が、協力体制を取ることが、難しかった。

更に、山岳部では、キリスト教に、改宗する人が多かった。
イギリス人は、仏教からの、改宗を拒むビルマ人より、キリスト教を受け入れ、西洋文明に理解を示す、小数部族出身者の方が、使いやすく、植民地政府の役人として、殖民軍の兵士として、採用する。

それにより、平原部のビルマ人からは、イギリスの犬として、見なされた経緯がある。
インドから、労働者として、ビルマにやってきた、インド系住民と共に、嫌われ者になったのである。

1930年代になると、イギリス植民地政府に対する、農民、労働者、大学生の抵抗が、組織的なものになっていった。

30年から、32年にかけての、ターヤワディ農民反乱、1936年のラングーン大学生ストライキ、中部油田地帯の石油労働者ストライキに端を発し、学生、民族主義的政治団体などが加わり、全国的反英闘争に広がるのである。

これは、ビルマ独立運動の先駆けとなった、愛国心の発露として、語られる。

だが、独立後の、ビルマ連邦を、悩ませたのは、少数部族の、反政府反乱の原因が、この時期に芽生えている。

例えば、取締りは、警察であり、殖民軍である。そこには、少数民族の人々がいた。
鎮圧の対象となった、ビルマ人には、不愉快である。

その逆のことが、日本軍の支配時代に起こっている。
日本軍の協力によって誕生した、ビルマ独立義勇軍は、日本軍政の元で、イワラジ・デルタ地帯を中心とする、下ビルマ一帯で、カレン住民と、しばしば衝突事件を起こした。
独立義勇軍は、カレン人は、親英派であり、逃げたイギリス軍と、密かに連絡を取り、武器を隠し持っているなどの、嫌疑をかけ、日本軍と協力して、カレン村を焼き討ちしたり、主たる者を、殺害した。

カレン族が、独立後の、ビルマ政府に協力的ではなく、逆に、分離独立、大幅な自治権獲得を、掲げて、反政府武装闘争を開始した要因の一つとして、このような、歴史的経緯がある。

今回は、日本軍の支配時代については、省略する。
いずれ、追悼慰霊の旅の、時に、それを書くことにする。

ビルマの地域を理解するには、上ビルマ、下ビルマが、主なる区分けの仕方になる。

上ビルマ、かみビルマは、平原地帯を北から南へ流れるイワラジ河の、上流部分であり、下ビルマ、しもビルマは、その下流地域を言う。

マンダレー、マグエ、ザガイシの、各管区が、上ビルマになり、イワラジ、ヤンゴン、タニンダイーの各管区に属する地域が、下ビルマになる。

上ビルマと、下ビルマでは、自然の様相が、かなり違うのである。

上ビルマは、イワラジ河沿いの地域を除いて、平原部といえ、それなりの起伏があり、山地もある。
下ビルマは、イワラジ・デルタを中心にした、平原が大部分を占める。

気候は、どちらも、熱帯モンスーン気候であり、上ビルマは、雨が少なく、乾燥している。下ビルマは、比較的湿潤である。

上ビルマの、中心は、コンバウン王朝の中心であった、マンダレーである。
マンダレーや、その近郊の、アラマプーラ、イワラジ河をはさんだ、対岸のザガイン、南に下った、バガンなどは、著名な仏教寺院が多くあり、ビルマの人々の、生きた信仰の地である。

下ビルマの中心は、ヤンゴンである。
ダゴンといわれた、小さな漁村が、ヤンゴンと呼ばれるようになったのは、ビルマ人の王が、部隊を率いて、北から攻め下り、刃向かう敵を、すべて滅ぼして海を望む、この地に至った時、敵、ヤンは、尽きぬ、ゴン、と、述べたからであるとされる。

片田舎だった、ヤンゴンは、植民地ビルマの、首都となり、王城のマンダレーを、遥かに凌ぐ大都市になった。

植民地時代は、イワラジ・デルタ地帯で、大規模な、米作農業の開発が行われ、成果最大の、米輸出国となり、デルタ中心地の、パテインや、ヤンゴンは、米輸出港として、名を馳せた。

行政、経済で、ビルマの中心が、下ビルマに移るにつれ、ヤンゴンは、首都としての、機能と、体制を整えてゆく。
上ビルマからも、人々が移動してきた。
中でも、圧倒的に、多かったのが、イギリス領のインドからのインド系住民である。

インド系の人々は、農業労働者や、港湾労働者として、出発したが、徐々に地歩を固めて、地主や、金融業者として、成功する者も多かったのである。

そして、植民地時代の後半になると、ヤンゴンの人口の半分ほどを、インド系住民が占めるようになり、ビルマ人たちは、ヤンゴンは、ビルマの町ではないと、嘆くほどになった。

中国雲南省と、陸続きだった、上ビルマに多かった、中国系住民も、南下して、ヤンゴンなどの、下ビルマに流れて、小売業や、金融業を営む者が、増えた。

その時期に言われた、言葉は、
インド人は金を稼ぎ、中国人は金を貯め、ビルマ人はただ金を使うだけ
である。

下ビルマ、ヤンゴンは、支配者としての、イギリス系住民、商業や金融業で活躍する、中国、インド系住民、そして、ビルマ人、カレン、カチン族といった、先住民族の混在する都市の、様相を示している。

私の見たところ、店を構えているのは、インド系、中国系が多く、路上での、物売りは、ビルマ人が多いように、見えた。

何とも、皮肉なものである。

庇を貸して母屋を取られる
そんな言葉が浮かぶのである。

ヤンゴンから、タイに戻った時、暫く、インド人の顔を見るのも嫌になったほどである。
ヤンゴンのインド人は、一度、釣ったと思うと、いきなり、料金を、吹っかけてくるのである。
そんな、イメージを持ってしまった。



posted by 天山 at 00:00| ヤンゴンへ 平成21年3月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 58

ペニス革命の鍵は、PC筋である。

セックスはわけのわからない謎でもなければ、恐れを抱く対象でもありません。性機能は、呼吸や睡眠と同じ、生理的作用です・・・違うのは、はかり知れない快感をともなう、という点だけです。他の生理的作用と同じように、性行動は医学的に理解することも、向上させることも可能です。
バーバラ

ペニスの機能を左右する重大な筋肉がある。
その前に、ペニスは、筋肉ではない。
もし、筋肉であるならば、問題は、もっと早く解決する。

ピューボコクシギウス pubocoygeusという、筋肉である。
略して、PC筋という。

恥骨から尾骨にいたる、筋肉群である。

PC筋は、膀胱から尿道への尿の流れを止める筋肉であり、射精の時に、収縮して、精液を、放出させる、筋肉である。

日本名で、言う、肛門括約筋にも、連動している。

PC筋は、小さな筋肉のグループであり、大部分の男達のPC筋は、ほとんど活用されていないと、判断する。
それを、変化させることで、男の、マルチプル・オーガズムを手に入れようとする、指導を、バーバラは、行う。

さて、このPC筋であるが、例えば、スポーツや、舞踊などをする者たちは、無意識的に、活用している。
下半身に力を入れる時などに、無意識的に、力を入れているはずである。

スポーツをする者が、セックスも、強いというのは、そういうことからも、言える。

私が、健康のために、空手の道場に通っていた時期がある。
本当に、健康のためで、空手をしようとしたのではない。
そこでは、練習の前に、40分ほど、基本的な運動をする。
私は、それだけで疲れてしまったが、その後で、空手の基本形を学ぶ。その時である。私は、舞踊をしていたので、その型に、非常に興味を持った。

その、型を学んでいる時に、下半身に力が入り、更に、後で解るが、PC筋群を利用していたのである。

週一の、空手の練習の日は、終わると、ぐったりと、疲れて、一時間ほど、寝ること多々あり、更に、非常に強い、性的欲求を覚えた。

何故かと、それを、考えた時、PC筋を自然に鍛えていて、その刺激によって、勃起が、促されるということを、知ったのである。

空手の練習は、激しいものだが、舞踊の時も、それを、無意識に、使用していのである。

さて、バーバラが言う、マルチプル・オーガズムというものは、何度も、射精感覚を得るというものである。

つまり、一度の射精で、はい、終わりという、セックスではなく、男も、何度も高みに上るという、訓練なのである。
それは、相手、つまり、恋人にとっても、長く、セックスを楽しめる、そして、何度も、オーガズムを迎えることが、出来るという、理想の、セックスなのである。

PC筋は、ペニス革命の鍵です。強いPC筋こそ、新たな悦びに満ちた世界へのパスポートなのです。
バーバラ

更に、朗報なのは、年齢に関係ないということである。
幾つの人でも、鍛えられるのである。

また、更に、それにより、体を若く保つことができるのである。

どんなものであれ、筋肉強化のエクササイズは健康増進に役立ち、それは自信回復にもつながります。当然のことながら、自分を愛する気持もわいてくるでしょう。
ペニスも同じです。PC筋はごく単純な筋肉群ですから、他の筋肉と同じように反応します。鍛えることができるのです。
バーバラ

これから、それを紹介するが、彼女が、上げるその訓練の、具体例などは、書いていられないので、訓練法のみを、紹介する。

ただし、ここで、もう一つの、情報は、不能治療についてである。
PC筋を、鍛えることにより、インポテンツの解決をみるが、別な方法もあるということ。

矢張り、PC筋を、鍛えるというのは、少しの時間を要する。
そこで、機能的、生理的作用による、不能の人は、まず、ED治療を行う、医師の指示を受けることである。

全国には、不能から、中折れの悩みを抱える男達が、1130万人いると、いわれる。

そこで、薬物による、治療法が、行われる。
単なる、投薬治療なのであるが、朗報である。

雑誌や、通販の、よく解らない、精力増強などという、薬もどきに、頼らずに、医師に相談することである。

只今、日本では、医師の処方により、三種類の薬が、出されている。

バイアグラは、有名である。
効果が出るまでの時間は、およそ、30分から、一時間。
そして、作用時間は、4時間。服用後に、薬の効果が、最も高くなるのは、約一時間である。
初めて、ED治療をする人にお勧めである。
ただし、服用前後に、食べた物に影響を受けるので、医師に尋ねるべきである。

レビトラという、薬は、効果が出るまで、10分から25分と、早い。
作用時間は、8時間である。
最も効果が高くなるのは、約0,75時間。
これは、服用して、効果が出るのが、早く、副作用が少ない。
バイアグラを使用しても、効果の無い人にも、効果あり。

シリアスという、薬は、効果が出るまで、1時間前後。
作用時間は、何と、36時間である。
薬の効果が最も高く出るのは、3時間。
作用時間が、最も長く、副作用も少ない。
食事の影響も、受けない。

これらの、薬は、健康保険が適用されていないので、バイアグラは、25ミリグラム、一錠が、1300円。レビトラは、10ミリグラム、一錠が、1500円。シリアスは、10ミリグラム一錠が、1800円である。

値段が高いのは、信用していい、証拠である。

ED治療薬として、流通している、五割は、偽造品である。
気休めの、薬として、考えていると、よい。
どこにでも、悪徳業者というものがいる。

これらの、薬は、性行為の前に飲むだけでよい。
毎日、一定量を飲む必要はない。

次回から、PC筋を、鍛える、エクササイズを、紹介する。

posted by 天山 at 00:00| 性について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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