2009年04月07日

ヤンゴンへ 7

ヤンゴンのダウンタウンの比較的大きな通りでは、どこでも、路上で物売りがいる。
何から、何まで、売っている。
面白いのは、電話を掛けることの出来る店まである。
国際電話は、掛けられない。国内専用である。

私は、ほとんどを、路上の物売りから、買った。
特に、果物である。どれも、これも、美味しい。
コータは、すいかを食べて、当たったが、私は、全然平気だった。

また、路上での、屋台では、ほとんどの物が食べられる。
麺類は、様々な種類がある。
目の前で、それを、用意してくれる。
ただし、あまり、お勧めできないのは、実に、不衛生なのである。
しかし、それが、当たり前なので、何のことは無い。日本の衛生観念を、失うとよい。

ただし、注意は必要である。
様々な、細菌が溢れている。
今、最も、恐いのは、新型インフルエンザである。私は、予防用に、新しい薬を、持参していった。使用することは、なかったが、持っているだけで、安心した。
コータは、タミフルを、十錠、病院から貰ってきた。

二日目の夜の食事を、私たちは、近くの日本料理屋で、食べることにした。
意外なことに、日本料理の店が多いのである。

さて、どんなものかと、出掛けた。
名前は書かないでおく。

暖簾のかかる店である。
店内も日本風にしてある。

一つ一つの部屋の前にも、暖簾がかかっている。
その一つに、案内された。
従業員は、ビルマの人である。

やや不安定な、日本語であるが、対応も、日本語である。

メニューには、寿司をはじめ、多くの日本的料理がある。
だが、その値段は、高い。

料金を見て、私は、マーボー豆腐定食にした。コータは、鶏肉のソテー定食である。
日本料理屋に来た意味がないようだが、味付けは、日本的である。

支払いの時に、その額は、それ以上の額になった。
つまり、税金と、サービス料が、加算される。

一万チャット近くになった。
つまり、千円である。
ミャンマーでは、非常に高い料金だ。特に、私たちには、である。

女の店員に、尋ねた。
地元の人も、来ますか
はい、来ます
日本人も
日本人も、沢山来ます
と言う。

屋台で、食べると、その十分の一の価格であるから、どんなに、それが、高いのかが解る。

店を出て、ゆっくり歩いて、ホテルに戻る。
路上では、屋台が盛んである。

ある場所に来ると、人だかりである。
私たちも、足を止めた。
どうしたのかと、見ていた。

一人の、ジュース売りの、インド系のおばさんが、何やら、大声で、怒鳴っていた。
一旦、騒ぎが収まったようであるが、おばさんは、興奮が冷めないようである。

コータが、近くの、物売りの若い女に、英語で、声をかけた。
すると、向こうも、英語で、答える。
男同士の喧嘩があり、それを、おばさんが、止めに入ったと言う。

一人の男が、おばさんに、何か言った。すると、おばさんは、また怒鳴り声を上げた。すると、その男は、手錠をポケットから、取り出して、おばさんを、殴りかかりそうになった。と、一人の男が、それを、止めた。

驚いた。
手錠で、殴るという行為である。

私のビルマに対する、イメージが、変わった。
決して、穏やかで、優しい人たちではない。

この街の人々の表情を見ていると、いつも、一発触発なのである。
いつ、何が起きても、おかしくないほど、皆、苛立ちがあるように、見える。
何かに、苛立っているのである。

インド系と、中国系の人が多いが、ビルマ人も、大勢いるはずである。

ビルマというのは、ビルマ人の国ということである。
それが、軍事政権になり、ミャンマーと、国名を、変えた。
要するに、ビルマ人だけではなく、多くの民族がいるということだ。

未だに、赤カレン族たちは、反政府活動を繰り返して、武力闘争を、行っている、地域もある。

それは、以前は、色々な部族があったが、軍事政権が、武力で制圧したり、また、懐柔したりして、今は、一つのみ、残っている。

何かで、締め付けておかなければ、国民が、めちゃくちゃになるということも、有り得る国なのである。
それが、今は、軍である。だが、それをいいことに、独裁政権である。

アウナサン・スチーさんが、先頭に立ち、民主化を求めてから、15年が過ぎる。
民主化は、全く、可能性が立たない状態である。

ヤンゴンでは、第二の民主化運動を、求める声がある。

つまり、それは、アウンサン・スチーさんとは、別の動きである。

以下、私が、聞いた話である。

アウンサン・スチーさんを、支援していたが、彼女は、政権を批判し、すべて、政権に対して、否定する。歩みよりも無い。
政権は、実に悪いが、それでは、アウンサン・スチーさんが良いかといえば、それも、違う。

国民は、5年待った。しかし、何も変わらない。
そして、10年待った。それでも、何も変わらない。
今、15年を経た。それでも、何も変わらない。
もう、国民は、食べて行けない。

軍政府も悪いし、アウンサン・スチーさんも、期待出来ないのである。

共に、足りないものは、経済感覚である。
全く、両者は、経済というものを、理解していない。
今、世界は、経済によって、結ばれている。それに、参加出来ないでいる。
それが、問題である。

ちなみに、ミャンマー軍政を、後押ししているのは、中国である。

私の、実感として、ミャンマーは、果物などが、豊富である。それを、輸出して、外貨を稼ぐことが、考えられないのかと思う。

だが、軍政は、売春を、見て見ない振りをして、外貨を稼ぐ。

そこで、売春の実態を紹介する。
これは、タイで、出版されている、ある雑誌のからの、情報を元に書く。

私は、マッサージをしたいと思ったが、その大半が、ピンク系である。売春がついている。
真っ当なマッサージを受けるとしたら、高級ホテルに、併設されている、マッサージ店に行くべきなのである。しかし、それは、価格が高い。
だが、恐るべきは、そんなホテルでも、売春が、軽々と出来るシステムがある。




posted by 天山 at 00:00| ヤンゴンへ 平成21年3月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

性について 57

自分の肉体や持ち物にたいして前向きな考えをもつことが、性的パワーを飛躍的に増すための第一歩だからです。さあ、これから書くことをしっかりと肝に銘じてください。最高の恋人になる秘訣は女性の体にはありません。ペニスを理解し、コントロールする能力こそ性的パワーの源だ、という事実をしっかり把握すれば、誰でも最高の恋人になれるのです。
バーバラ

要するに、彼女は、男は、射精という、オーガズムを知ると、最早、自分のペニスに関心を持たなくなり、ただ、ただ、女の体のみに、興味を持つというのである。
ゲイの場合は、他の男の体のみである。

ここで、少し、私の考えを書く。
前回の、セルフラブの、ベティーも、そうだが、アメリカ人、そして、総称して欧米人は、得てして、止め処なく、追及する姿勢がある。
そこまで・・・と、思うことも、やってのける。
これは、生命力の強さなのか、単なる性格なのか、である。

徹底的にやる、のである。
それが、実に楽しい、面白い。
であるから、決して、隠微なものにならない。
これが、日本であると、隠微に傾く。
性愛追求などというと、秘密結社のように、なるのである。

今、私は、日本にての、性愛追求の書物を、読破しているが、実に、隠微である。

子宮セックスなどいう、テクニックは、エロ本を読む気分なのである。
勿論、いずれ、紹介するが、アメリカ式の、明るさはない。

密かに、隠れた部屋で、男と女が、汗だくで、繰り広げる、隠微な遊びといった、感覚になるのである。

勿論、イタリアで、恋人の女に、大股を広げられて、さあー来いと、言われて、勃起が萎えてしまったという、話は、よく聞いた。
それは、留学生から、一般人まで、である。

ベッドでは、女が、いじいじして、それを、やんわりと、探りながら、そして、静かに、挿入などという、イメージを抱いていると、ガツンとやられる。

日本の男は、矢張り、セックスに不向きなのかもしれない。いやいや、不向きではなく、民族性があるということだ。

だから、バーバラの指導も、参考にして聞いているべきである。

射精を覚える前までは、男の子は、ペニスが大好きである。
しかし、

ところが、オーガズムを経験するようになったとたん、すべてが変わってしまった。そうではありませんか?ペニスに強烈な快感が得られると知った瞬間から、ペニスそのものにたいするあなたの好奇心はしぼんでしまったはずです。
バーバラ

本当に役に立つ情報は少なく、誤った知識が野放しになっている現状では、それも仕方ないことかもしれません。・・・・
たとえば新しい恋人とベッドをともにしたときや、同じことの繰り返しにうんざりしたときなど、新しい方法に挑戦したこともあるかもしれません。が、おそらくあなたは、10年も、25年も、あるいは50年も、11歳のときと大して変わらない態度でペニスに接し続けているはずです。
バーバラ

それなのに、である。
男は、次々と、女を変えてゆく。
本当は、自分を変えなければいけないのに、相手を変えて、新しいセックスをと、勘違いする。

一人の女を、愛しつくせない者が、どうして、本当のセックスを知るだろうか、というのが、私の考えである。

女に飽きたという、男の話を、聞くたびに、私は、心の中で、笑った。
それは、自分のセックステクニックの未熟さを、披露しているようなものなのである。

要するに、頭が悪いので、マンネリを打破できないのである。
つまり、頭の問題なのである。

A子と、B子を、比べて、締りがいいだの、大味だのと、言う男は、大抵、女に捨てられている。女に、追いかけられていると言う男の、女は、強迫性神経症だからである。

女は、いつでも、すぐに、ノイローゼになる、素質がある。
それが、女である。
それ程、情緒的だとも、言えるのである。

さて、男性がペニスを自分とは別の人格として扱う理由は、いくつも考えられるでしょう。最も一般的な理由に、自分のセックスがうまくいかなかったことを他人、つまりペニスのせいにして、責任を逃れたい、という思いがあります。無神経さや、いい加減さの責任逃れとして、これほど有効な手段はありません。
バーバラ

そして、
自分の肉体をうまくコントロールできないもどかしさをとりつくろうために、自分とペニスを切り離して考えようとする男性はもっと多いかもしれません。自分ではなく、ペニスに落ち度があったと思えば、セックスがうまくいかなくても、それほど落ち込まずにすむからです。
となる。

ペニスコントロールが出来ないという、男の、悲しさである。
そして、最悪、それを、ペニスのせいにするという、哀れさである。

何事も、程度を、超えると、悩みになる。
例えば、早漏、遅漏など。
共に、多くの悩みを聞いた。

神経過敏の、早漏、生まれ持った、遅漏である。
過敏症も、生まれつきのものが多いが、生育に関係がある。

私は、早漏の男には、50を過ぎたら、治るけどねーーーと、話していたことを、思い出す。しかし、それでは、解決にならない。
早漏を、治すべくの苦労は、ご苦労様である。

夫の、早漏を、三年かかって、治したという、女は、その後、すぐに、夫が若い女に走ったと、聞いて、あーーーと、思った。

セックスに、自信がないから、あなたと、いたのにと。

今、一緒にいるのか、いられるのかは、人それぞれ。
治すのも、考え物である。
話が、外れてしまった。

自分で、自分を、変化、変容させることが、セックスの極意である。
そして、相手も、それによって、変化、変容させることである。

尽くし足りない私が、悪いとは、演歌の歌詞。
女は男に、セックスでは、尽くさない方がいい。

posted by 天山 at 00:00| 性について3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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