2009年02月04日

もののあわれ 404

やうやう人静まりて、女房ども鼻うちかみつつ、ところどころに群れいたり。月はくまなきに、雪の光りあひたる庭の有様も、昔のこと思ひやらるるに、いと堪えがたうおぼさるれど、いとようおぼし静めて、源氏「いかやうにおぼしたたせ給ひてかうにはかには」と聞え給ふ。藤壺「今はじめて思ひ給ふる事にもあらぬを、もの騒がしきやうなりつれば、試乱れぬべく」など、例の命婦して聞え給ふ。御簾のうちのけはひ、そこらつどさぶらふ人のきぬの音なひ、しめやかにふるまひなして、うち身じろぎつつ、悲しげさのなぐさめ難げにもり聞ゆるけしき、ことわりにいみじと聞き給ふ。





次第に、人も去って、静かになり、女房たちは、鼻をかみつつ、あちこちに、寄り集まる。
月は、くまなく光を放ち、雪がそれを映して、光る有様は、昔のことが、偲ばれて、非常に辛い気分である。
しかし、気持ちを抑えて、源氏は、どのように思われて、このようなことにと、申し上げる。
藤壺は、今、はじめて、考えたことではありません。皆様が、騒いだので、心が、戸惑ってしまいました。などと、いつものように、命婦を通して、返事をする。
御簾の内の、気配は、沢山の人が集い、控えている人々の、衣擦れの音、ひそやかにと、気をつけて、身じろぎしつつ、悲しみをこらえきれないように、漏れて聞こえる物音など、実に、胸を締め付けられる思いである。





風はげしう吹きふぶきて、御簾のうちの匂ひ、いともの深き黒方にしみて、名香のけぶりもほのかなり。大将の御匂ひさへかをり合ひ、めでたく、極楽思ひやらるる夜のさまなり。東宮の御使ひも参れり。宣ひしさま、思ひ出で聞えさせ給ふにぞ、御心強さも堪へがたくて、御返りも聞えさせやらせ給はねば、大将ぞこと加へ聞え給ひける。




風が、激しく、吹きすさぶ。
御簾の内の、薫物の匂いは、奥ゆかしい、黒方の香りが強く、名香の煙も、ほのかに漂う。
大将の、お召し物の匂いとも、香りあい、素晴らしく、極楽であろうと、感じられる、今夜である。
東宮の、使いも来た。
先日、仰せられたことを、思い出して、気の強さもあり、お返事もできぬ様子。大将が、言葉を補い、お返事するのである。



誰も誰もある限り、心をさまらぬほどなれば、おぼす事どもも、えうち出で給はず。

源氏
月のすむ 雲居をかけて したふとも この世の闇に なほやまどはむ

と思ひ給へらるるこそかひなく、おぼし立たせ給へるうらやましさは限りなう」とばかり聞え給ひて、人々近うさぶらへば、さまざま乱るる心のうちをだに、え聞え表はし給はず、いぶせし。

藤壺
おほかたの 憂きにつけては いとへども いつかこの世を 背きはつべき

かつ濁りつつ」など、かたへは御使ひの心しらひなるべし。あはれのみ尽きせねば、胸苦しうてまかで給ひぬ。





誰も、誰も、控えている者は皆、心の、静まらない様子で、心に思うことも、口に出せないでいる。

源氏
月の澄み渡る空を思い、その跡を慕うとしても、やはりまだ、闇の世に、御子のために、迷うことです。

と思われますが、しかたありません。ご決心したこと、限りなく、羨ましい、と申し上げて、人々が、控えているので、思い乱れる心のうちさえ、はっきりと、言うことが出来ないでいることが、辛い。

藤壺
生きてゆくことが、辛くなり、世を捨てました。でも、いつになれば、この世を捨てることが、できるのでしょう。

子供のことでは、迷い続けるでしょう。などとある。
それは、お使いの者の、付けたしであろう。
あはれのみ尽きせねば、胸苦しうてまかで給ひぬ
悲しみばかりが、尽きせず、胸苦しくて、退出された。

あはれのみ尽きせねば
これは、現代訳できない言葉である。
前後の文で、悲しみと、訳すが、当時の、心境とは、違う。
あはれ、としか、言いようがないのである。





殿にても、わが御かたに独りうちふし給ひて、御目もあはず、世の中いとはしうおぼさるるにも、東宮の御事のみぞ心苦しき。「母宮をだにおほやけがたざまに、とおぼしおきてしを、世の憂さに堪へず、かくなり給ひにたれば、みとの御位にてもえおはせじ。われさへ見奉り捨てては」などおぼし明かすこと限りなし。「今はかかるかたざまの御調度どもをこそは」とおぼせば、年のうちにと急がせ給ふ。




邸にても、ご自分の、部屋に独りいて、横になって、眠りもせず、世間が、嫌になるにつれて、東宮のことばかりが、気になる。
母宮だけでも、公の地位にと、院も、思い定めたのに、生きてゆく辛さに、耐えかねて、このようなことになったのでは、元の位にいることは、できないだろう。自分までが、東宮を見捨ててしまっては、などと、あれこれと、考える事、きりがないままに、夜が明けた。
こうなったからには、こういう生活にいる、道具類などをと、考えて、年内に、間に合うようにと急がせる。
命婦の君も、宮にお供して、入道、つまり、出家したので、それにも、心をこめて、お見舞いされる。





詳しう言ひ続けむに、ことごとしきさまなれば、もらしてけるなめり。さるは、かうやうの折こそ、をかしき歌など出でくるやうもあれ、さうざうしや。



詳しく、話を続けるとなると、大げさになるので、省いてしまったようです。
けれども、こういう時こそ、面白い歌など、できるのですが。残念です。


これは、作者、物語を写した者の、言葉である。

参り給ふも、今はつつましさ薄らぎて、御みづから聞え給ふ折もありけり。思ひしめてし事は、さらに御心に離れねど、ましてあるまじき事なりかし。



宮のところへ、出向く時も、気兼ねなく、宮自身で、言葉をかけるときもある。
深い執念は、決してなくならないが、こうなっては、更に、いけないことである。

と、作者の心境を書き付ける。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。