2009年02月03日

もののあわれ 403

十二月十余日ばかり、中宮の御八講なり。いみじう尊し。日々に供養せさせ給ふ御経よりはじめ、玉の軸、羅の表紙、ちすの飾りも、世になきさまに整へさせ給へり。さらぬ事の清らだに、世の常ならずおはしませば、ましてことわりなり。仏の御飾り、花机のおほひなどまで、まことの極楽思ひやらる。




十二月十日過ぎの頃、中宮の、御八講である。
これは、法華経を書写したものである。
それは、大変立派である。毎日、供養する、お経をはじめ、玉の軸、羅の表紙、じすの飾りも、ほかでは、見られないほど、立派に作られてある。
これほどのことでなくても、立派であるのに、世間と違う、お方ゆえに、この場合は、当然であろう。
仏の、お飾りも、花の机の覆いなどまでも、まことの、極楽を思わせるようだ。





初めの日は先帝の御料。次の日は母ぎさきの御ため。またの日は院の御料。五巻の日なれば、上達部なども、世のつつましさをえしもはばかり給へれば、たき木こるほどよりうち始め、同じういふことの葉も、いみじう尊し。み子たちも、さまざまの棒物ささげてめぐり給ふに、大将殿の御用意など、なほ似るものなし。常に同じ事のやうなれど、見奉るたびごとに、めづらしからむをばいかがせむ。





最初の日は、父君先の帝の、追善、次の日は、母后の御ために、その次の日は、院の追善であり、この日は、五巻の日であり、上達部なども、世間の思惑を気にしてもいられず、とても、大勢でいらした。
今日の、講師は、特に心して、選ばれたので、薪樵る、たきぎこる、を始めとして、同じように口にする言葉も、非常に尊く感じられる。
院の御子たちも、さまざまな、捧げ物をもって、仏の周りを回るが、大将殿のお姿には、やはり、比べるものはない。
いつも、同じことを、言いますが、拝見するたびごとに、感心するのでは、いたし方ありません。

大将の御用意など、似るものはない、というのは、作者である。



はての日、わが御事を結願にて、世をそむき給ふよし仏に申させ給ふに、みな人々驚き給ひぬ。兵部卿の宮、大将の御心も動きて、「あさまし」とおぼす。親王は、半ばのほどに、立ちて入り給ひぬ。心強う、おぼしたつさま宣ひて、はつる程に、山の座主召して、いむこと受け給ふべきよし宣はす。




終わりの日は、藤壺が、ご自分のことを、願い、世を逃れる旨を仏に、申し上げるので、一同は、驚いた。
兵部卿の宮や、大将も、平静を保てず、あきれ返るのである。
親王は法会の途中だが、座を立って、御簾の中に、入られてしまった。
中宮は、気強く、決心のほども、仰せられて、会が終わるころ、山の座主を召して、受戒なさることを、仰せられる。




御をぢの横川の僧都、近う参り給ひて、御ぐしおろし給ふほどに、宮のうちゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり、何となき老い衰へたる人だに、今はと世をそむく程は、あやしうあはれなるわざを、ましてかねての御けしきにも出だし給はざりつる事なれば、親王もいみじう泣き給ふ。参り給へる人々も、おほかたの事のさまもあはれに尊ければ、みな袖ぬらしてぞ帰り給ひける。




伯父である、横川の僧都が、宮の近くに来て、御髪を切る時は、御殿の中が、響くほどに、泣き声が溢れた。なんでもない、老衰した人でさえも、いよいよ、世を遁れる時には、心悲しいものである。まして、これまで、その素振りのなかった事なので、親王も、ひどく泣くのである。居合わせた人々も、事の成り行きそのものが、悲しくもあり、また、尊く、みな、涙に袖を濡らして、お帰りになるのである。

あやしう あはれ なるわざ
妙に悲しく、思うことであろう。
おほかたの事のさまも あはれ に尊ければ
事の成り行きが、悲しいものであり、更に、尊いことが、あはれ、だという。
悲しみと、感動の、あはれ、ということになる。





故院の御子たちは、昔の御有り様をおぼし出づるに、いとどあはれに悲しう思されて、皆とぶらひ聞え給ふ。大将は、たち止まり給ひて、聞え出で給ふべきかたもなく、くれまどひて思されるれど、「などかさしも」と、人見奉るべければ、みこなど出で給ひぬるのちにぞ、お前に参り給へる。




故院の、御子たちは、宮の昔の、様子を思い出し、胸が締め付けられ、気の毒に思い、皆、慰める。
大将は、後に残り、申し上げる言葉がなく、目の前が、真っ暗に思われて、などかさしも、どうしてあんなことに、と、人が見咎めると思い、親王などが、出てから、藤壺の御前に、伺いに出た。

いとど あはれ に悲しう思されて
とても、あはれに、思われる。
それは、昔の姿を知るからである。そして、剃髪した、今の姿と。
その、差が、あはれ、なのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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