2009年02月01日

もののあわれ 402


大将、頭の弁の誦しつる事を思ふに、御心の鬼に、世の中わづらはしうおぼえ給ひて、かんの君にもおとづれ聞え給はで、久しうなりにけり。初しぐれいつしかとけきだつに、いかがおぼしけむ、かれより、

尚侍
木枯の 吹くにつけつつ 待ちし間に おぼつかなさの 頃もへにけり

と聞え給へり。




大将、つまり、源氏は、頭の弁の、口ずさんでいたことを、考えると、心がとがめて、世の中が、煩わしく思えて、かんの君にも、便りすることなく、幾日も、過ぎてしまった。

尚侍
木枯らしの、吹くたびに、お便りを運んでくると、待っている間に、待ち遠しさに、耐えられなくなりました。
と、書いて、よこした。




折もあはれに、あながちに忍び書き給ひつらむ御心ばへも、憎からねば、御使いとどめさせて、からの紙ども入れさせ給へるみ厨子、開けさせ給ひて、なべてならぬをえり出でつつ、筆なども、心ことに引きつくろひ給へるけしきえんなるを、おまへなる人々、「誰ばかりならむ」とつきじろふ。源氏「きこえさせてもかひなきもの懲りにこそ、むげにくづほれにけれ。身のみ物憂き程に、

あひ見ずて 忍ぶる頃の 涙をも なべての空の しぐれとや見る

心の通ふならば、いかにながめの空も、物忘れし侍らむ」などこまやかになりけり。かうやうに、おどろかし聞ゆるたぐひ、多かめれど、なさけなからずうち返りごち給ひて、御心には深うしまざるべし。





時期も時期だけに、無理に、人目を忍んで書いたことであろうと、いじらしく思い、使いを待たせて、唐の紙を置いてある、御厨子を開けて、上等なものを、あれこれと、選び出して、筆なども、特に心を配って、整える様子は、恋する人と、見えるようである。周囲にいる人々は、どんなお相手なのかと、ひそひそと、話している。

源氏は、お便りしても、その甲斐のなさに、気が滅入りました。我が身が、辛くなるばかりに、思えるこの頃です。

お会いせずに、我慢している、私の涙です。それを、単なる、時雨だと、お思いですか。
こころの通う仲ならば、どれほど続く、時雨の、せつなさも、忘れることができるでしょう。などと、非常に、細やかに、書き付ける。

このように、君の心を、動かそうとかる、お方も多いようだが、ほどよく返事をされて、心の中にまでは、入らないのである。




中宮は、院の御はての事にうち続き、御八講のいそぎを、さまざまに心使ひせさせ給ひけり。霜月のついたち頃、御国忌なるに、雪いたう降りたり。大将殿より宮に聞え給ふ。

源氏
別れにし 今日はくれども 見し人に ゆきあふほどを いつとたのまむ

いづこにも、今日はもの悲しう思さるるほどにて、御返りあり。

藤壺
ながらふる ほどは憂けれど ゆきめぐり 今日はその世に あふ心地して

ことにつくろひてもあらぬ御書きざまなれど、あてにけだかきは、思ひなしなるべし。筋かはり、今めかしうはあらねど、人にはことに書かせ給へり。今日は、この御事も思ひけちて、あはれなる雪のしづくに、濡れ濡れ行ひ給ふ。




中宮は、院の、一周忌の法事に続いて、御八講の準備を、あれこれと、心配なさる。
十一月のはじめ頃に、御国忌の日に、雪が沢山降った。
大将から、中宮に、お便りを差し上げる。

源氏
院に、お別れした日が巡ってきました。
亡き人に、また、お会いすることができると、あてにすることが、できるでしょうか。

どちらも、今日は、悲しい思いをされている折、返事がある。

藤壺
生き長らえてきた、月日は辛いものでした。再び、今は昔の、あの時に、返ったようです。

特に、
注意して、書かれたわけではないが、品良く、気高く見えるのは、気のせいか。
変わった、筆の文字である。今の風情ではないが、誰よりも、上品である。
今日は、この宮のことも、強いて忘れて、心にしみる雪のしずくに濡れながら、お勤めをされる。

あはれなる雪のしづくに、濡れ濡れ行ひ給ふ
あはれ なる 雪のしづくに 濡れ濡れ 
濡れ濡れと、二度繰り返すのは、強調である。何を強調するのかといえば、あはれ、である。
あはれなる、雪の雫に、濡れて。
あえて、雪の雫に、濡れるのである。そして、あはれ、というものを、感じる。

その、雪の雫が、心に沁みるものなのである。
それを、あはれ、というのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月03日

もののあわれ 403

十二月十余日ばかり、中宮の御八講なり。いみじう尊し。日々に供養せさせ給ふ御経よりはじめ、玉の軸、羅の表紙、ちすの飾りも、世になきさまに整へさせ給へり。さらぬ事の清らだに、世の常ならずおはしませば、ましてことわりなり。仏の御飾り、花机のおほひなどまで、まことの極楽思ひやらる。




十二月十日過ぎの頃、中宮の、御八講である。
これは、法華経を書写したものである。
それは、大変立派である。毎日、供養する、お経をはじめ、玉の軸、羅の表紙、じすの飾りも、ほかでは、見られないほど、立派に作られてある。
これほどのことでなくても、立派であるのに、世間と違う、お方ゆえに、この場合は、当然であろう。
仏の、お飾りも、花の机の覆いなどまでも、まことの、極楽を思わせるようだ。





初めの日は先帝の御料。次の日は母ぎさきの御ため。またの日は院の御料。五巻の日なれば、上達部なども、世のつつましさをえしもはばかり給へれば、たき木こるほどよりうち始め、同じういふことの葉も、いみじう尊し。み子たちも、さまざまの棒物ささげてめぐり給ふに、大将殿の御用意など、なほ似るものなし。常に同じ事のやうなれど、見奉るたびごとに、めづらしからむをばいかがせむ。





最初の日は、父君先の帝の、追善、次の日は、母后の御ために、その次の日は、院の追善であり、この日は、五巻の日であり、上達部なども、世間の思惑を気にしてもいられず、とても、大勢でいらした。
今日の、講師は、特に心して、選ばれたので、薪樵る、たきぎこる、を始めとして、同じように口にする言葉も、非常に尊く感じられる。
院の御子たちも、さまざまな、捧げ物をもって、仏の周りを回るが、大将殿のお姿には、やはり、比べるものはない。
いつも、同じことを、言いますが、拝見するたびごとに、感心するのでは、いたし方ありません。

大将の御用意など、似るものはない、というのは、作者である。



はての日、わが御事を結願にて、世をそむき給ふよし仏に申させ給ふに、みな人々驚き給ひぬ。兵部卿の宮、大将の御心も動きて、「あさまし」とおぼす。親王は、半ばのほどに、立ちて入り給ひぬ。心強う、おぼしたつさま宣ひて、はつる程に、山の座主召して、いむこと受け給ふべきよし宣はす。




終わりの日は、藤壺が、ご自分のことを、願い、世を逃れる旨を仏に、申し上げるので、一同は、驚いた。
兵部卿の宮や、大将も、平静を保てず、あきれ返るのである。
親王は法会の途中だが、座を立って、御簾の中に、入られてしまった。
中宮は、気強く、決心のほども、仰せられて、会が終わるころ、山の座主を召して、受戒なさることを、仰せられる。




御をぢの横川の僧都、近う参り給ひて、御ぐしおろし給ふほどに、宮のうちゆすりて、ゆゆしう泣きみちたり、何となき老い衰へたる人だに、今はと世をそむく程は、あやしうあはれなるわざを、ましてかねての御けしきにも出だし給はざりつる事なれば、親王もいみじう泣き給ふ。参り給へる人々も、おほかたの事のさまもあはれに尊ければ、みな袖ぬらしてぞ帰り給ひける。




伯父である、横川の僧都が、宮の近くに来て、御髪を切る時は、御殿の中が、響くほどに、泣き声が溢れた。なんでもない、老衰した人でさえも、いよいよ、世を遁れる時には、心悲しいものである。まして、これまで、その素振りのなかった事なので、親王も、ひどく泣くのである。居合わせた人々も、事の成り行きそのものが、悲しくもあり、また、尊く、みな、涙に袖を濡らして、お帰りになるのである。

あやしう あはれ なるわざ
妙に悲しく、思うことであろう。
おほかたの事のさまも あはれ に尊ければ
事の成り行きが、悲しいものであり、更に、尊いことが、あはれ、だという。
悲しみと、感動の、あはれ、ということになる。





故院の御子たちは、昔の御有り様をおぼし出づるに、いとどあはれに悲しう思されて、皆とぶらひ聞え給ふ。大将は、たち止まり給ひて、聞え出で給ふべきかたもなく、くれまどひて思されるれど、「などかさしも」と、人見奉るべければ、みこなど出で給ひぬるのちにぞ、お前に参り給へる。




故院の、御子たちは、宮の昔の、様子を思い出し、胸が締め付けられ、気の毒に思い、皆、慰める。
大将は、後に残り、申し上げる言葉がなく、目の前が、真っ暗に思われて、などかさしも、どうしてあんなことに、と、人が見咎めると思い、親王などが、出てから、藤壺の御前に、伺いに出た。

いとど あはれ に悲しう思されて
とても、あはれに、思われる。
それは、昔の姿を知るからである。そして、剃髪した、今の姿と。
その、差が、あはれ、なのである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

もののあわれ 404

やうやう人静まりて、女房ども鼻うちかみつつ、ところどころに群れいたり。月はくまなきに、雪の光りあひたる庭の有様も、昔のこと思ひやらるるに、いと堪えがたうおぼさるれど、いとようおぼし静めて、源氏「いかやうにおぼしたたせ給ひてかうにはかには」と聞え給ふ。藤壺「今はじめて思ひ給ふる事にもあらぬを、もの騒がしきやうなりつれば、試乱れぬべく」など、例の命婦して聞え給ふ。御簾のうちのけはひ、そこらつどさぶらふ人のきぬの音なひ、しめやかにふるまひなして、うち身じろぎつつ、悲しげさのなぐさめ難げにもり聞ゆるけしき、ことわりにいみじと聞き給ふ。





次第に、人も去って、静かになり、女房たちは、鼻をかみつつ、あちこちに、寄り集まる。
月は、くまなく光を放ち、雪がそれを映して、光る有様は、昔のことが、偲ばれて、非常に辛い気分である。
しかし、気持ちを抑えて、源氏は、どのように思われて、このようなことにと、申し上げる。
藤壺は、今、はじめて、考えたことではありません。皆様が、騒いだので、心が、戸惑ってしまいました。などと、いつものように、命婦を通して、返事をする。
御簾の内の、気配は、沢山の人が集い、控えている人々の、衣擦れの音、ひそやかにと、気をつけて、身じろぎしつつ、悲しみをこらえきれないように、漏れて聞こえる物音など、実に、胸を締め付けられる思いである。





風はげしう吹きふぶきて、御簾のうちの匂ひ、いともの深き黒方にしみて、名香のけぶりもほのかなり。大将の御匂ひさへかをり合ひ、めでたく、極楽思ひやらるる夜のさまなり。東宮の御使ひも参れり。宣ひしさま、思ひ出で聞えさせ給ふにぞ、御心強さも堪へがたくて、御返りも聞えさせやらせ給はねば、大将ぞこと加へ聞え給ひける。




風が、激しく、吹きすさぶ。
御簾の内の、薫物の匂いは、奥ゆかしい、黒方の香りが強く、名香の煙も、ほのかに漂う。
大将の、お召し物の匂いとも、香りあい、素晴らしく、極楽であろうと、感じられる、今夜である。
東宮の、使いも来た。
先日、仰せられたことを、思い出して、気の強さもあり、お返事もできぬ様子。大将が、言葉を補い、お返事するのである。



誰も誰もある限り、心をさまらぬほどなれば、おぼす事どもも、えうち出で給はず。

源氏
月のすむ 雲居をかけて したふとも この世の闇に なほやまどはむ

と思ひ給へらるるこそかひなく、おぼし立たせ給へるうらやましさは限りなう」とばかり聞え給ひて、人々近うさぶらへば、さまざま乱るる心のうちをだに、え聞え表はし給はず、いぶせし。

藤壺
おほかたの 憂きにつけては いとへども いつかこの世を 背きはつべき

かつ濁りつつ」など、かたへは御使ひの心しらひなるべし。あはれのみ尽きせねば、胸苦しうてまかで給ひぬ。





誰も、誰も、控えている者は皆、心の、静まらない様子で、心に思うことも、口に出せないでいる。

源氏
月の澄み渡る空を思い、その跡を慕うとしても、やはりまだ、闇の世に、御子のために、迷うことです。

と思われますが、しかたありません。ご決心したこと、限りなく、羨ましい、と申し上げて、人々が、控えているので、思い乱れる心のうちさえ、はっきりと、言うことが出来ないでいることが、辛い。

藤壺
生きてゆくことが、辛くなり、世を捨てました。でも、いつになれば、この世を捨てることが、できるのでしょう。

子供のことでは、迷い続けるでしょう。などとある。
それは、お使いの者の、付けたしであろう。
あはれのみ尽きせねば、胸苦しうてまかで給ひぬ
悲しみばかりが、尽きせず、胸苦しくて、退出された。

あはれのみ尽きせねば
これは、現代訳できない言葉である。
前後の文で、悲しみと、訳すが、当時の、心境とは、違う。
あはれ、としか、言いようがないのである。





殿にても、わが御かたに独りうちふし給ひて、御目もあはず、世の中いとはしうおぼさるるにも、東宮の御事のみぞ心苦しき。「母宮をだにおほやけがたざまに、とおぼしおきてしを、世の憂さに堪へず、かくなり給ひにたれば、みとの御位にてもえおはせじ。われさへ見奉り捨てては」などおぼし明かすこと限りなし。「今はかかるかたざまの御調度どもをこそは」とおぼせば、年のうちにと急がせ給ふ。




邸にても、ご自分の、部屋に独りいて、横になって、眠りもせず、世間が、嫌になるにつれて、東宮のことばかりが、気になる。
母宮だけでも、公の地位にと、院も、思い定めたのに、生きてゆく辛さに、耐えかねて、このようなことになったのでは、元の位にいることは、できないだろう。自分までが、東宮を見捨ててしまっては、などと、あれこれと、考える事、きりがないままに、夜が明けた。
こうなったからには、こういう生活にいる、道具類などをと、考えて、年内に、間に合うようにと急がせる。
命婦の君も、宮にお供して、入道、つまり、出家したので、それにも、心をこめて、お見舞いされる。





詳しう言ひ続けむに、ことごとしきさまなれば、もらしてけるなめり。さるは、かうやうの折こそ、をかしき歌など出でくるやうもあれ、さうざうしや。



詳しく、話を続けるとなると、大げさになるので、省いてしまったようです。
けれども、こういう時こそ、面白い歌など、できるのですが。残念です。


これは、作者、物語を写した者の、言葉である。

参り給ふも、今はつつましさ薄らぎて、御みづから聞え給ふ折もありけり。思ひしめてし事は、さらに御心に離れねど、ましてあるまじき事なりかし。



宮のところへ、出向く時も、気兼ねなく、宮自身で、言葉をかけるときもある。
深い執念は、決してなくならないが、こうなっては、更に、いけないことである。

と、作者の心境を書き付ける。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月05日

もののあわれ 405

年もかはりぬれば、内わたり花やかに、内宴踏歌など聞き給ふも、もののみあはれにて、御行ひしめやかにし給ひつつ、のちの世の事をのみ思すに、頼もしく、むつかしかりしこと離れて思ほさる。常の御念誦堂をばさるものにて、ことに建てられたる御堂の、西の対の南にあたりて、少し離れたるに渡らせ給ひて、とりわきたる御行ひせさせ給ふ。




年も新しくなった。
御所一帯も、華やかになり、内宴だ、踏歌だなどと、騒ぐのを宮は聞かれると、ただ、感慨深く、勤行をひっそりと行い、後世のことばかりを、考える。
頼もしく、嫌な思いの出来事も、遠い昔のように、思われる。もとの、念誦堂はそのままにして、別に建てられたお堂である、西の対の方の、少し離れたお堂に移られ、特に心をこめて、お祈りする。

もののみあはれにて
深く物思う状態である。



大将参り給へり。あらたまるしるしもなく、宮の内のどかに、人目まれにて、宮づかさどもの親しきばかり、うちうなだれて、見なしにやあらむ、くしいたげに思へり。あを馬ばかりぞ、なほひきかへぬものにて、女房などの見ける、所せう参りつどひ給ひし上達部など、道をよきつつひき過ぎて、向ひのおほい殿につどひ給ふを、かかるべき事なれど、あはれにおぼさるるに、千人にもかへつべき御さまにて、深うたづね参り給へるを見るに、あいなく涙ぐまる。




大将が参上された。
年の改まったしるしもなく、中宮御所は、ひっそりとして、人影も少ない。
宮司の人々の中で、親しい者だけが、うなだれ、思いなしか、気が重そうである。
白馬だけが、それでも、昔と変わりなく、正月の風物で、女房たちが、見物する。
いる場所もないほどだった、上達部など、今年は、道を避けて通り過ぎる。
向かいの、大臣の邸に集まるのを、当然であると思いつつも、心寂しく思うときに、千人にもいる如くの様子で、心をこめて、お訪ねするのを見ていると、わけもなく、涙ぐまれる。




客人も、いとものあはれなるけしきに、うち見まはし給ひて、とみにものも宣はず。さま変れる御すまひに、御簾の端、御凡帳も青鈍にて、ひまひまよりほの見えたる薄鈍、くちなしの袖口など、なかなかなまめかしう、奥ゆかしう思ひやられ給ふ。




お客の方も、物寂しい様子に、辺りを見回して、すぐに言葉に出来ずにいる。
昔に変わる住まいの有様に、御簾の縁や、御凡帳も青鈍色で、その隙間隙間に見えた、薄鈍色や、くちなし色の袖口などが、かえって、なまめかしく、奥ゆかしいく、思われる。




とけわたる池の薄氷、岸の柳のけしきばかりは時を忘れぬなど、さまざまながめられ給ひて、「むべも心ある」としのびやかにうちずし給へる、またなうなまめかし。


源氏
ながめかる あまの住みかと 見るからに まづしほたるる 松が浦島

と聞え給へば、奥深うもあらず、みな仏にゆづり聞え給へるおまし所なれば、少しけ近きここちして、

入道宮
ありし世の なごりだになき 浦島に 立ち寄る浪の めづらしきかな

と宣ふも、ほの聞ゆれば、忍ぶれど、涙ほろほろとこぼれ給ひぬ。世を思ひすましたる尼君たちの見るらむも、はしたなければ、こと少なにて出で給ひぬ。




解け始めた池の薄氷や、岩の柳が、形だけは、季節を忘れず、芽を出したと、あれこれ、目がとまる。
いかにも、立派な尼君がと、声を潜めて、口ずさんでいるお姿は、類無く美しい。

源氏
これが、物思いに明け暮れている方の、お住まいだと思うと、何より先に、涙がこぼれます。
と、言上げされると、奥は広く、内は皆、仏をお祭りしている、居間であり、少しは近くにいるような感じである。

藤壺
昔の頃の、名残もない、この狭い住まいに立ち寄ってくださる、お方がいるとは、珍しいことです。
と、仰る。それも、微かに聞こえるので、こらえていても、涙が、ほろほろと、こぼれるのである。
この世を、悟り澄ました、尼君たちの見ているのも、きまりが悪く、言葉少なく、退出された。



人々「さもたぐひなくねびまさり給ふかな。心もとなき所なく、世に栄え、時にあひ給ひし時は、さるひとつ物にて、何につけてか世をおぼし知らむと、おしはかられ給ひしを、今は、いといたう思ししづめて、はかなき事につけても、物あはれなるけしきさへ給へるは、あいなう心苦しうもあるかな」など、老いしらへる人々、うち泣きつつ、めで聞ゆ。宮も、おぼし出づる事多かり。



女房は、本当に、例のないほど、ご立派になりましたことです。心配事もなく、世に栄え、時勢に乗っていらした時は、ひとり天下でいらして、どうして、世間のことがわかろうかと、一同思っていましたが、今は、とても、しっかりとして、少しのことにも、心を動かすところまで、備わっていますのは、何か、気の毒にも、思えます。などと、老いぼれた女房たちは、涙を流して、褒め上げる。
宮も、思い出されることが、多い。

尼になった、藤壺の住まいの様子を、描写するのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月06日

もののあわれ 406

司召の頃、この宮の人は、たまはるべきつかさも得ず、おほかたの道理にても、宮の御たまはりにても、必ずあるべき加階などをだにせずなどして、嘆くたぐひいと多かり。かくても、いつしかと、御位をさり、御封などのとまるべきにもあらぬを、ことづけて変ること多かり。




司召のころとは、定期異動のこと、ここでは、地方異動のことをいう。
この宮の人とは、中宮方の人たちである。
当然、いただくはずの、官職が、いただけず、普通の順番からしても、宮の、御給としても、必ずあるはずの、加階、つまり、位が上にあがることも、なかったので、嘆いている者が、多くいる。
尼になっても、すぐに位がなくなり、御封、つまり、給料としての、民戸である。それも、停止するはずがないのに、尼になったことを、口実に、以前と変わらないのである。




みなかねておぼし捨ててし世なれど、宮人どももより所なげに、「かなし」と思へるけしきどもにつけてぞ、御心動く折々あれど、「わが身をなきになしても、東宮の御世をたひらかにおはしまさば」との思しつつ、御行ひたゆみなくつとめさせ給ふ。人知れず、あやふくゆゆしう思ひ聞えさせ給ふに、よろづを慰め給ふ。




皆、前々から、諦めていらした、この時世だが、宮に、仕える人々も、頼み所もなく、悲しそうにしている様を見るにつけ、お心の動揺することも、時々ある。
我が身が、どうなろうと、東宮が、御世を無事に、治めるあそばせと、そればかりを、思う。そして、お勤めを、たゆまずに、なさっている。
人知れず、不安にも、恐ろしくも思うが、私に免じて、その罪を軽くしてくださいと、仏におすがりになることで、気を休めている。



大将も、しか見奉り給ひて、ことわりにおぼす。この殿の人どもも、また同じさまに、からき事のみあれば、世の中はしたなくおぼされて、こもりおはす。



大将も、宮の心を、推し量り、もっともだと、思う。この邸の人々も、また同じく、嫌なことばかりあるので、世間が、面白くなく、引き籠っていらっしゃるのである。





左のおとども、おほやけわたくし引きかへたる世の有様、物憂くおぼして、致仕の表奉り給ふを、みかどは、故院の、やむごとなく重き御うしろ見とおぼして、長き世のかためと、聞え置き給ひし御遺言をおぼしめすに、捨てがたきものに思ひ聞え給へるに、「かひなき事」と、たびたび用いさせ給はねど、せめてかへさひ申し給ひて、籠り居ひぬ。今は、いとどひと族のみ、かへすがへす栄え給ふこと限りなし。世のおもしと物し給へるおとどの、かく世をのがれ給へば、おほやけも心細うおぼされ、世の人も、心ある限りは嘆きけり。




左大臣、公私共に、すっかりと、変わった世間の情勢に、嫌気がさして、辞表を出すのである。陛下は、故院が、この上なく、大切な、後見人と、考えて、長く天下の柱石とするように、申して、お書きになった、遺言を考えて、手離し難いものとして、ご信任していらっしゃるので、その願いは、ならぬ事であると、幾度も、出直しても、取り上げないのである。
それで、引き籠ってしまった。
今は、いよいよ、ある一族ばかりが、いやが上にも、栄えている。
天下の重鎮だった、大臣が、このように、引退されたので、帝も、心細く、世間の人も、心ある人は、すべて、嘆くのだった。

要するに、故院の、皇后と、右大臣方の、勢力が強く、源氏をはじめ、中宮、左大臣方は、反勢力として、阻害されはじめたのである。
それが、更に、源氏の身に、及ぶことになる。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月07日

もののあわれ 407

御子どもは、いづれともなく、人柄めやすく、世に用いられて、心地よげにものし給ひしを、こよなうしづまりて、三位中将なども、世を思ひしづめるさまこよなし。かの四の君をも、なほかれがれにうち通ひつつ、めざましうもてなされたれば、心とけたる御むこの内にも入れず、「大将殿かう静かにておはするに、世ははかなきものと見えぬるを、ましてことわり」と思しんして、常に参り通ひ給ひつつ、学問をも、遊びをももろともにし給ふ。いにしへも、もの狂ほしきまで、いどみ聞え給ひしを思い出でて、かたみに、今もはかなき事につけつつ、さすがにいどみ給へり。




御子たちは、どのお方も、人柄がよく、世の中に用いられて、楽しそうに暮らしている。
だが、源氏は、すっかり、気が滅入って、三位の中将、つまり、頭の中将である、も、この上なく、ふさぎ込んでいる。
あの四の君、つまり、大臣の四番目の姫のこと、そこにも、相変わらず、時々行かれるだけで、気に食わないという態度なので、右大臣は、心を許した、婿の一人とは、考えていない。
更に、思い知れとばかりか、今度の、司召にも、もれてしまった。本人は、気にしていない様子である。
大将殿が、このように、ひっそりとしていらっしゃるので、世間は、はかないものと、思うのだから、まして、自分などは、当然と、考える。
そして、いつも、訪ねては、学問やら、合奏を一緒になさる。
昔も、気ちがいじみるほどに、競争しあっていたことを、思い出して、今も、一寸したことでも、競争するのである。




春秋の御読経をばさるものにて、臨時にも、さまざま尊き事どもをせさせ給ひなどして、また、いたづらに、いとまありげなる博士ども召し集めて、文つくり、韻ふたぎなどやうのすさびわざどもをもしなど、心をやりて、宮仕へをもをさをさし給はず。御心にまかせてうち遊びておはするを、世の中には、わづらはしき事などやうやう言ひ出づる人々あるべし。



春と、秋の、読経はむろんのこと、臨時にも、あれこれと、ありがたい、法会を色々と、なさった。
それからまた、することもなく、暇そうな博士たちを、呼んで、作文や、韻塞ぎなどの、すさび事、遊び事を、色々して、気晴らしをするのである。
出仕も、なかなか、されないでいる。
お心のままに、遊んでいることを、世間では、色々と、面倒なことを、次第に言う人々がいるらしい。




夏の雨のどかに降りて、つれづれなる頃、中将、さるべき集どもあまた持たせて、参り給へり。文殿あけさせ給ひて、まだ開かぬ御厨子どもの、めづらしき古巣の故なからぬ、少しえり出でさせ給ひて、その道の人々、わざとはあらねど、あまた召したり。殿上人も、大学のも、いと多うつどひて、左みぎにこまどりに、かた分かせ給へり。かけ物どもなど、いと二なくて、いどみあへり。ふたぎもてゆくままに、かたき韻の文字どもいと多くて、おぼえある博士どもなどのまどふ所々を、時々うち宣ふさま、いとこよなき御ざえの程なり。人々「いかでかうしも足らひ給ひけむ。なほさるべきにて、よろづの事、人にすぐれ給へるなりけり」とめで聞ゆ。つひに右負けにけり。




夏の雨、しとしと降り、身のやり場のない状態である。
中将が、多くの詩集を持たせて、お伺いに来た。
殿様も、書庫を開けて、まだ、開いたことのない、いくつもの御厨子の、珍しい古い詩集で、由緒があるものを、少し選ばれて、その道の人々を、密かに、大勢お召しになった。
殿上人も、大学の人も多く集まり、左右と、こまどりに、組を分けて、座を作る。
賭物なども、とても立派にし、争いあった。
韻をふさいでゆくにつれ、難しい韻の文字が、数多くあり、名高い博士たちなども、困窮ところを、時々、口をはさむ、様子である。
実に、計り知れぬ、学識がある。
人々は、どうして、このように、足りないことがないほど、知識があるのか。矢張り、前世からの、定めで、このように、人より、勝れていらっしゃるのだと、言う。
そして、ついに、右が負けてしまった。




二日ばかりありて、中将負けわざし給へり。ことごとしうはあらで、なまめきたる檜破子ども、賭物などさまざまにて、けふも、例の人々多く召して、文など作らせ給ふ。階のもとの薔薇、けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりも、しめやかにをかしきほどなるに、うちとけあそび給ふ。




二日ばかりして、中将が負けわざをされた。
大げさにせず、きれいな、檜破子、ひわりご、を、いろいろ、賭物なども、あれこれと、用意して、今日も、いつもの人々を多く召して、詩など、作られる。
きざはし、のところの、薔薇が、ほんの少し咲いて、春や秋の花の盛りよりも、落ち着いて、面白い風情である。
うちくつろいで、合奏なさる。




中将の御子の、今年始めて殿上する、八つ九つばかりにて、声いとおもしろく、笙の笛吹きなどするを、うつくしびもてあそび給ふ。四の君腹の二郎なりけり。世の人の思へる寄せ重くて、おぼえことにかしづけり。心ばへもかどかどしう、かたちもをかしくて、御遊びの少し乱れゆくほどに、高砂を出だして謡ふ。いとうつくし。御ぞぬぎてかづけ給ふ。




中将の子で、今年初めて、殿上する子が、八つか九つくらいの頃で、声が、とてもよく、笙の笛を吹いたりするのを、可愛がり、遊び相手にされる。
四の君が、生んだ次男である。
世間の人の寄せる期待も、大きく、特別に、大切に育てている。
性格も、才気あり、顔立ちも美しく、合奏の気分が少し高まると、高砂を、声を張り上げて、謡う。それが、とても、可愛らしい。
大将の君は、お召し物を、脱いで、それを、褒美に与えるのである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

もののあわれ 408

例よりはうち乱れ給へる御顔のにほひ、似るものなく見ゆ。うす物の直衣単衣を着給へるに、透き給へる肌つき、ましていみじう見ゆるを、年老いたる博士どもなど、遠く見奉りて、涙落としつついたり。「あはましものをさゆりばの」と謡ふとぢめに、中将御かはらけまいり給ふ。

中将
それもがと 今朝ひらけたる 初花に 劣らぬ君が にほひをぞ見る

ほほえみて取り給ふ。

源氏
時ならで 今朝咲く花は 夏の雨に しほれにけらし にほふほどなく

衰へにたるものを」と、うちさうどきて、らうがはしくきこしめしなすを、とがめ出でつつしひ聞え給ふ。





いつもよりは、リラックスしている、顔の美しさは、他に比べるものが無いほどに、見える。薄いなおしに、単衣を着ておられ、透けて見える肌つやは、ひときわ、美しいゆえ、年老いた博士たちなどは、遠くから、拝して、涙を流しつつ、座っている。
「あわましものを、さゆりばの」と謡い終わる段で、中将が、杯を、差し上げる。

中将
ただ今の、文句のように、今朝咲いたばかりの、百合の花の、初花にも劣らぬ、あなたの美しさを拝見できるとは

微笑んで、盃を受けられる。

源氏
時期でもないのに、今朝咲いた花は、この夏の、雨で、萎れてしまいました。咲き匂う、暇も、ありません。

萎えてしまったのにと、はしゃいで、わざと、酷い飲み方をされるので、中将は、咎めつつ、無理強いをする。

謡いは、当時の、歌である、催馬楽の、高砂の末尾の文句である。





多かめりし事どもも、かうやうなる折の、まほならぬ事、かずかずに書きつくる、心地なきわざとか、貫之がいさめたふるるかたにて、むつかしければとどめつ。



まだ、多くあった歌なども、このような時の、よくないものを、あれこれと、書き付けるのは、心無い態度だと、貫之のいましめていることゆえ、面倒なことになってはと、思い、止めた。
つまり、和歌も、漢詩もである。
紀貫之のことである。




みな、この御事をほめたる筋にのみ、やまとのも唐のも、作りつづけたり。わが御心地にも、いたうおぼしおごりて、源氏「文王の子武王の弟」と、うちずし給へる御なのりさへぞ、げにめでたき。成王の何とか宣はむとすらむ。そればかりやまた心もとなからむ。




みな、大将の事を、褒めたようにばかり、歌も、詩も、作っていった。
自分でも、大変、思い上がり、文王の子、武王の弟と、口ずさんでいる、名乗りまでも、実に、立派である。
成王の何と、言うつもりなのかは、気になるところ。とは、作者の言葉。



兵部卿の宮も、常にわたり給ひつつ、御あそびなども、をかしうおはする宮なれば、今めかしき御あはひどもなり。



兵部卿の宮も、いつもやってきて、管弦の合奏などにも、勝れていらっしゃる宮様なので、華やかな、似合いの、お相手である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月09日

もののあわれ 409

その頃、尚侍の君まかで給へり。わらはやみに久しうなやみ給ひて、「まじなひなども心やすくせむ」とてなりけり。修法など始めて、おこたり給ひぬれば、誰も誰もうれしうおぼすに、例の、「めづらしきひまなるを」と、聞えかはし給ひて、わりなきさまにて、夜な夜な対面し給ふ。いと盛りに、にぎははしきけはひし給へる人の、少し、うちなやみて、やせやせになり給へるほど、いとをかしげなり。





その頃、朧月夜、尚侍、ないしのかみ、の、君が、里に下がられていた。
彼女は、おこりに、長い間、苦しまれて、まじないなども、実家にて、気兼ねなくされようとしたのである。
修法などを始めて、快方に向かっていたので、皆が、嬉しく思っていた時、例によって、滅多に無い機会と、源氏の君と、示し合わせて、無理を重ねて、夜な夜な、お会いになる。
朧月夜は、美しい盛りである。
快活で、華やかな様子の方が、少し患い、痩せていらっしゃるのは、また、たいそう美しげである。





后の宮も、ひと所におはする頃なれば、けはひいと恐ろしけれど、かかる事しもまさる御くせなれば、いと忍びて、たび重なりゆけば、けしき見る人人もあるべかめれど、わづらはしうて、宮には、「さなむ」と啓せず。





大后も、同じ邸にいらっしゃる頃である。
周囲の気配も、源氏は、たいそう気になるのだが、このような、危なげな恋愛の方が、心を引きつられるという、癖を持っているので、たいそう、忍びになっても、度重なると、その様子を見る、女房もあるだろう。だが、女房の方も、厄介なことと、思い、大宮には、これこれですと、申し上げないのである。
啓せず、とは、敬語の最高位である。
皇后、皇太后、皇太子には、申し上げることを、啓す、という。




おとどはた思ひかけ給はぬに、雨にはかにおどろおどろしう降りて、雷いたう鳴り騒ぐ暁に、殿の君達、宮づかさなどたちさわぎて、こなたかなたの人目しげく、女房どももおぢ惑ひて、近うつどひ参るに、いとわりなく、出で給はむかたなくて、明けはてぬ。御張のめぐりにも、人々しげくなみいたれば、いと胸つぶらはしくおぼさる。心知りの人二人ばかり、心を惑はす。



父である、右大臣も、また、二人の関係を、考えてもいないのである。
雨が、急に激しく降り、雷が、酷く鳴り騒ぐ夜明けに、大臣の家の若君たちや、宮司などが、騒ぎ回り、あちらこちらの人目が多くなった。
女房たちも、酷く怯えて、朧月夜の周りに集まるので、源氏は、どうにもならず、出ることもできないで、夜が明けてしまった。
御帳台の、周りにも、女房たちが、沢山並んで座っている。
源氏は、胸が、潰れるばかりに、はらはらと、なる。
訳を知る、女房が二人ほど、ことの次第が、明らかになることを、恐れて、思案にくれている。





神なりやみ、雨少しをやみぬるほどに、おとどわたり給ひて、まづ宮の御かたにおはしけるを、むら雨のまぎれにて、え知り給はぬに、かろらかにふとはひ入り給ひて、みす引き上げ給ふままに、大臣「いかにぞ。いとうたてありつる夜のさまに、思ひやり聞えながら参り来でなむ。中将、宮のすけなどさぶらひつや」など宣ふけはひの、舌どにあはつけきを、大将は、もののまぎれにも、左のおとどの御有様ふと思しくらべられて、たとしへなうぞほほえまれ給ふ。げに入りはてても宣へかしな。




雷を、神鳴り、と、書くのである。
如何に、神という文字の、観念が、神というものを語る上で、違うかが、理解できる。
日本の神とは、名詞のみならず、形容詞にもなり、様々な、神という文字を使用する、言葉がある。
神さびて、などは、形容詞の実に美しい使い方である。

神鳴りがやみ、雨が小降りになった頃、父の大臣がおいでになって、大后の部屋にいらしたことを、村雨の音にまぎれて、二人ともに、気づかなかった。
ところが、朧月夜の部屋にも、気軽に入ってきた。そして、御簾を引き上げられる。
どうですか、たいそう嫌な、昨夜の天気で、こちらのことを、心配していましたが、参上いたしませんで・・・中将や、宮のすけなどは、おりましたか、などと、おっしゃる様子が、早口で、軽率な感じであり、源氏は、こんなどさくさの最中にも、左大臣の様子が、ふと思い出され、それと、比べると、比較にならないと、自然微笑む。
さらに、中に入ってからでも、おっしゃればいいのにと、思うのである。

村雨の紛れにて
村雨とは、夏の暴風雨である。
その、音に紛れるという意味。




かんの君、いとわびしうおぼされて、やをらいざり出で給ふに、おもてのいたう赤みたるを、「なほ悩ましうおぼさるるにや」と見給ひて、大臣「など御けしきの例ならぬ。物の怪などのむつかしきを、修法のべさすべかりけり」と宣ふに、薄ふた藍なる帯の、御ぞにまつはれて引き出でられたるを、見つけ給ひて、「あやし」とおぼすに、またたたむ紙の手習ひなどしたる、御凡帳のもとに落ちたりけり。「これはいかなる物どもぞ」と、御心おどろかれて、大臣「かれはだれがぞ。けきしことなる物のさまかな。賜へ。それ取りてたがぞと見侍らむ」と宣ふにぞ、うち見かへりて、われも見つけ給へる。




かんの君、朧月夜は、とても、辛く思い、にじり出ると、顔が、酷く赤らんでいるのを、まだご気分がすぐれないのか、と、大臣が感じて、何故、顔色が悪いのか。物の怪が、しつこいのだ。修法を続けさせるべきだったと、おっしゃる。
その時、薄二藍色の、帯が、お召し物にからまりついて出てきたのを、見つけて、おかしい、と、思い、まだその上に、懐紙に文字の書いたものが、御凡帳の辺りに落ちている。
これは、どういうことなのかと、心も、ドッキリとして、大臣が、あれは、誰のだ。見慣れぬもののようだが。お出ましください。手にとって、誰のものか、見ましょうと、おっしゃる。
振り返り、女君も、それを、見つけた。





まぎらはすべき方もなければ、いかがはいらへ聞え給はむ。われにもあらでおはするを、「子ながらも、恥づかしと思すらむかし」と、さばかりの人はおぼし憚かるべきぞかし。されどいと急に、のどめたる所おはせぬおとどの、おぼしもまはさずなりて、たたう紙を取り給ふままに、凡帳より見入れ給へるに、いといたうなよびて、つつましからず添ひ臥したる男もあり。今ぞ、やをら顔ひき隠して、とかう紛らはす。あさましうめざましう、心やましけれど、ひたおもてには、いかでかはあらはし給はむ。目もくるる心地すれば、このたたむ紙を取りて、寝殿にわたり給ひぬ。




取り繕いようもないので、返事を、どうすればいいのか・・・
気も失いそうである。
我が子ながらも、恥ずかしいと、思いだろうと、これくらいの、ご身分の方は、ご遠慮なさるべきだったのだと、思う。
さて、気短で、おうようさのない大臣であるから、分別も無くなり、その懐紙を取り上げて、凡帳から、覗き込むと、何とも、しどけない姿で、臆面も無く、横になっている、男を見た。
すると、今になって、顔を隠して、あれこれと、取り繕う。
あまりのことに、腹も立ち、癪にも触るが、面と向かって、何と、とがめることができようか・・・
目の前も、真っ暗になり、懐紙を手に取り、そのまま、寝殿に去った。



かんの君は、われかの心地して、死ぬべくおぼさる。大将殿も、いとほしう、「つひに用なきふるまひのつもりて、人のもどきを負はむとすること」とおぼせど、女君の心苦しき御けきしを、とかく慰め聞え給ふ。




かんの君は、気も遠くなり、死にそうに思う。
大将殿も、困ったことだ。結局、つまらぬ振る舞いを重ねて、人に非難されることであろうとは、と、思うのである。
そして、女君の、気の毒な様子に、あれこれと、慰めるのである。

当時の、夜這いの一こまである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

もののあわれ 410

おとどは、思ひのままに、こめたる所おはせぬ本性に、いとど老いの御ひがみさへ添ひ給ひたれば、何事にかはとどこほり給はむ。ゆくゆくと、宮にも憂れへ聞え給ふ。大臣「かうかうの事なむ侍る。このたたむ紙は、右大将の御手なり。昔も、心許されて、ありそめにける事なれど、人柄によろづの罪を許して、さても見むと言ひ侍りし折は、心もとどめず、めざましげにもてなされにしかば、やすからず思ひ給へしかど、さるべきにこそはとて、よにけがれたりとも思し捨つまじきを頼みにて、かく本意のごとく奏りながら、なほそのはばかりありて、うけばりたる女御なども言はせ侍らぬをだに、あかず口惜しう思ひ給ふるに、またかかる事さへ侍りければ、さらにいと心憂くなむ、思ひなり侍りぬる。男の例と言ひながら、大将も、いとけしからぬ御心なりけり。斎院をも、なほ聞えをかしつつ、忍びに御文かよはしなどして、けしきある事など、人の語り侍りしをも、世のためのみにもあらず、わがためもよかるまじき事なれば、よもさる思ひやりなきわざし出でられじとなむ、時の有職と、天の下をなびかし給へるさま、ことなめれば、大将の御心を疑ひ侍らざりつる」など宣ふに、





大臣は、思ったままを口にした。
胸に留めておくことのできない、性格である上、更に年寄りの、ひがみまでも、加わり、何のためらいがあろうか・・・
くどくどと、后に愚痴を言う。
これこれのことがありました。この懐紙は、右大将の筆跡ですよ。前にも、つい油断してしまいましたが、あの人柄に、何もかも我慢して、そのまま、婿にとようと、言いました。
しかし、本気に、取り合わず、目に余る態度をとったので、不快なことと、思いましたが、前世からの、約束事もあろうかと・・・
まさか、穢れたと、見捨てたわけではないと・・・
最初の願い通り、帝に差し上げましたものの、やはり、引け目があって、晴れがましく、女御などとは、呼ばせていないのです。
その事さえ、不満に残念に思うのに、また、こんなことまでになって・・・
改めて、情けなく思えます。男の常と、言いながら、大将も、全く、けしからぬ、ことです。
斎院にも、今もって、手を出して、ひそかに、手紙のやり取りをしているし、怪しいものだと、誰かが、申しましたが、それも、天下のためだけではなく、自分のためにも、よいはずは、無いことなのに・・・
まさか、そんな考えもない事を、するとは思わなかった。
現在の、識者として、天下を意のままに従えていられることも、格別の方ですから、大将の、心を、疑いませんでしたよ。
などと、おっしゃる。




宮は、いとどしき御心なれば、いとものしき御けしきにて、大后「みかどと聞ゆれど、昔よりみな人思ひ貶し聞えて、致仕のおとども、またなくかしづくひとつ娘を、このかみの、坊にておはするに奉らで、弟の源氏にて、いときなきが元服の添ひ臥しに取りわき、またこの君をも、宮仕へにと心ざして侍りしに、をこがましかりし有様なりしを、誰も誰もあやしとやはおぼしたりし。みなかの御方にこそ御心寄せ侍るめりしを、その本意たがふさまにてこそは、かくてもさぶらひ給ふめれどいとほしさに、いかでさる方にても、人に劣らぬさまにもてなし聞えむ、さばかりるたげなりし人の見る所もあり、などこそは思ひ侍りつけど、忍びて、わが心の入る方になびき給ふにこそは侍らめ。斎院の御事は、ましてさもあらむ。何事につけても、おほやけの御かたに、後やすからず見ゆるは、東宮の御世心寄せことなる人なれば、ことわりになむあめる」と、すくずくしう宣ひ続くるに、さすがにいとほしう、「など聞えつる事ぞ」と思さるれば、大臣「されば、しばしこの事もらし侍らじ。内にも奏せさせ給ふな。かくのごと罪侍りとも、おぼし捨つまじきを頼みにて、あまえて侍るなるべし。うちうちに制し宣はむに、聞き侍らずは、その罪に、ただみづからあたり侍らむ」など聞えなほし給へど、ことに御けしきもなほらず。





后の宮は、それ以上に、きつい性格なので、不愉快極まるといった様子で、
帝と、申し上げても、昔から、皆が、侮り申して、隠居した大臣も、この上なく可愛がっていた、一人娘を、年上の東宮には、差し上げず、弟の源氏で、年端もゆかないものの、元服のときに、添い寝として、取っておいたり、また、この六の君をも、宮仕えに出すつもりにしていましたのに、恥さらしの有様だったのです。
一体、誰が、けしからぬと、思われたのか。
皆、あちらの方に、好意を寄せているようでしたが、そのつもりも、当て外れのようになり、はじめて、今のようなことで、入内なさったのですが、可哀想なことゆえ、何として、あんなお役でも、人には、負けないだけの身にしてあげようと、あんなに憎らしかった人の手前もある、と、思っていました。
人に隠れて、自分の気に入った、男に、傾いているのでしょう。
斎院の話は、確かに、ありそうなこと。
何事につけても、御所の御ために、安心できないように、見えるのは、東宮の御世を、特に待ち望んでいる人だから、当然です。
と、苦々しく、おっしゃり続ける。
大臣は、さすがに、気の毒に思い、何故、話してしまったのかと、思ってきた。
まあまあ、しばらく、このことは、誰にも、言わないことにします。
お上にも、奏上あそばすな。
このように、罪があっても、お見捨てなさるまいと、それを、頼みにして、甘えているのです。内内に、注意してみて、聞かなかったら、その罪は、私が、受けましょう。
などと、申してみるが、ご機嫌は直らない。




かくひと所におはして、ひまもなきに、「つつむところなく、さて入りものせらるらむは、ことさらに、かろめろうぜらるるにこそは」とおぼしなすに、いとどいみじうめざましく、「このついでに、さるべき事どもかまへ出でむに、よき便りなり」と、おぼしめぐらすべし。



このように、同じ邸にいらして、暇も無いのに、憚るところなく、こうして、入ってこられるのは、ことさら、侮っているのだと、思い込むと、いよいよもって、腹立たしくなり、このついでに、何か手立てを考えて、これは、よい機会だと、あれこれ、思案するのである。

つまり、源氏の、追い出しである。
源氏の、左遷を思案するのである。

賢木を、終わる。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

もののあわれ 411

花散里

人知れぬ御心づからの物思はしさは、いつときなき事なめれど、かくおほかたの世につけてさへ、わづらはしう思し乱るる事のみまされば、もの心細く、世の中なべていとはしう思しならるるに、さすがなる事多かり。




人知れぬ、物思いは、今にはじまったことではない。
このような、世の中、政治や人間関係など、困ったことに、煩わしいことが、増えて、心配することも多い。
何やら、心細く、世の中が、厭わしいのだが、それでも、捨てきれない事が、多いのである。




麗景殿と聞えしは、宮たちもおはせず、院かくれさせ給ひて後、いよいよあはれなる御有様を、ただこの大将殿の御心にもて隠されて、過し給ふなるべし。御妹の三の君、内裏わたりにてはかなうほのめき給ひし名残の、例の御心なれば、さすがに忘れもはて給はず、わざとももてなし給はぬに、人の御心をのみつくしはて給ふべかめるをも、このころ残ることなく思し乱るる世のあはれのくさはひには、思い出で給ふには、忍び難くて、五月雨の空、めづらしく晴れたる雲間に渡り給ふ。




故院の女御、麗景殿と、お呼びした方は、皇子たちも、いなくて、院が崩御されてからは、いよいよ、気の毒な生活である。
源氏の、庇護を頼りに、過ごしている。
その妹の、三の君とは、御所にて、少しお会いした後でも、気持ちが続いて、例の性分ゆえに、すっかり忘れてしまうこともなく、といって、格別の思いもない。
女君は、苦しみ続けたようだが、源氏も、このところ、色々なことで、悩むこと多く、人生の無常を感じるのは、この方を、思い出して、堪えかね、五月雨の空が、珍しく晴れた、雲の切れ間に、お出かけになる。



何ばかりの御装ひなく、うちやつして、御前などもなく、忍びて、中川の程おはし過ぐるに、ささやかなる家の、木立ちなどよしばめるに、よく鳴る琴をあづまに調べて掻き合わせ、にぎははしく弾きなすなり。御耳とまりて、門近なる所なれば、すこし出でて見入れ給へれば、おほきなる桂の木の追い風に、祭のころ思い出でられて、そこはかとなくけはひをかしきを、「ただ一目見給ひし宿なり」と見給ふ、ただならず。「程経にける、お簿めかしくや」とつつましけれど、過ぎがてにやすらひ給ふ。折しもほととぎす鳴きて渡る、催し聞え顔なれば、御車おし返させて、例の惟光入れ給ふ。

源氏
をちかへり えぞ忍ばれぬ ほととぎす ほのかたらひし 宿の垣根に

寝殿とおぼしき屋の、西のつまに人々居たり。さきざきも聞きし声なれば、声づくり気色とりて、御消息聞ゆ。若やかなる気色どもして、おぼめくなるべし。


ほととぎす こととふ声は それなれど あなおぼつかな 五月雨の空

「ことさらたどる」と見れば、惟光「よしよし植えし垣根も」とて出づるを、人知れぬ心には、ねたうもあはれにも思ひけり。




何ほどの、支度もせず、目立たぬようにして、お付の者もなく、お忍びで、中川付近を通ると、植木などの、趣のある小さな家で、よい音の琴を和琴に、合奏している、賑やかな響きを聞いた。
お耳にとまり、門に近いところなので、車から少し乗り出して、中をご覧になる。
大きな桂の木を、吹き過ぎた風の運ぶ香りに、祭りのことが、思い出されて、何となく感じがよい。
一度たずねた所だ、と、気づくのである。
すると、気持ちが動く。
あれから、時が経ち、覚えているか、どうか。と、気が引ける。が、素通りしかねて、ためらうのである。
丁度その時、ほととぎすが鳴いた。
さも、この家を訪ねよ、というばかりである。
車を戻させ、いつも通り、惟光を、遣わす。

源氏
昔、少し立ち寄った、この家の垣根に、ほととぎすが舞い戻って、恋しさに堪えかねています。

寝殿らしい建物の、西の端に、女房たちがいる。
以前にも、聞いたことがある、声なので、惟光は、咳払いをして、様子を見て、消息をお伝えする。
若々しい女の人たちの大勢いる様子であり、誰からかと、いぶかっているようである。


ほととぎすが、訪れて、鳴く声は、確かにほととぎすではあるが、五月雨の空が曇っていて、どうもはっきりとは、解りません。

わざと、解らない振りをする。
と、惟光は、思い
惟光は、よろしいでしょう。植える垣根も、見分けがつかないと、でるのを、人知れぬ女の心のうちには、恨めしく、残念にも、思ったのである。

ねたうもあはれ
恨めしく、残念であると、あはれ、が、使われる。




さもつつむべきことぞかし。ことわりにもあれば、さすがなり。
「かやうの際に、筑紫の五節が、らうたげなりしはや」と先づ思い出づ。いかなるにつけても、御心のいとまなく、苦しげなり。年月を経ても、なほかやうに、見しあたり、情すぐし給はぬにしも、なかなかあまたの人の物思ひぐさなり。



これほどに、用心するのも、当然のこと。
無理も無いことゆえ、これ以上は、言えない。
こういう、身分の者では、筑紫の五節が、可愛らしい、と、まず第一に、思い出した。
どんな女につけても、心の休まる暇なく、苦しいそうである。
年月を経ても、矢張り、このように、逢ったことのある女には、情けを忘れない。
それが、また、多くの女たちの、物思いの種になるのである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。