2009年01月31日

もののあわれ 401

二十日の月、やうやうさし出でて、をかしきほどなるに、主上「遊びなどもせまほしきほどかな」と宣はす。源氏「中宮の今宵まかで給ふなる、とぶらひにものし侍らむ。院の宣はせ置く事侍りしかば、また後見つかうまつる人も侍らざめるに、東宮の御ゆかりいとほしう思ひ給へられ侍りて」と奏し給ふ。




二十日の月が、次第に姿を見せて、美しい。
をかしきほどなるに
美しくなるので
帝が、ひとつ、合奏でもしてみたい夜だと、仰せられる。
源氏は、中宮が、今夜、ご退出なさるとのこと、伺いに参ろうと思いまして。院の、ご遺言あそばしたことがあり、ほかに、後見する人もいないようですから、東宮ゆかりのお方ゆえ、いとしく思いますと、奏上される。

帝に対しては、奏し給ふ、という。敬語の最高である。



主上「東宮をば今の御子になして、など宣はせ置きしかば、とり分きて心ざしものすれど、ことにさしわきたるさまにも何事をかはとてこそ。年のほどよりも、御手などのわざとかしこうこそものし給ふべけれ。何事にも、はかばかしからぬみづからのおもて起こしになむ」と宣はすれば、源氏「おほ方し給ふわざなど、いとさとく、大人びたるさまにものし給へど、まだいとかたなりに」などその御有様も奏し給ひて、まかで給ふに、大宮の御せうとの藤大納言の子の頭の弁といふが、世にあひ花やかなる若人にて、思ふ事なきなるべし。妹の麗景殿の御かたに行くに、大将の御さきを忍びやかに追へば、しばし立ち止りて、頭の弁「白虹日を貫けり、太子おぢたり」と、いとゆるらかにうちずしたるを、大将「いとまばゆし」と聞き給へど、とがむべき事かは。后の御けしきは、いと恐ろしうわづらはしげにのみ聞ゆるを、かの親しき人々も、けしきだち言ふべかめる事どももあるに、わづらはしう思されけれど、つれなうのみもてなし給へり。




帝は、院は、東宮を私の養子にして、などと、ご遺言あそばしたので、特に、心にかけている。更に、区別するのは、どうかと、思って。年のわりには、お筆なども、特に上手です。何事も、うまくゆかない、私の名誉となることだと、仰せられる。
源氏は、おおよそ、なさることは、とてもしっかりとしていて、大人びています。まだまだ、十分では、ありませんが。などと、その様子を、奏上される。
退出されると、大宮の、御兄君の、藤の大納言の子の、頭の弁というものが、今をときめく、若者で、何の遠慮なく、妹の麗景殿のところに、行く途中、大将の前駆が、密やかに、先払いするので、しばらく、立ち止まり、頭の弁「はくこうひをつらぬけり、たいしおぢたり」と、とても、ゆっくりと、口ずさんでいるのを、大将は、聞いていられないと、思うが、咎める事ができずにいる。
后のご機嫌は、ともて悪く難しいと、伝わるし、皇后に親しい人々も、悟れとばかりに言うようであるが、面倒であり、気づかぬ振りをする。

弁の口ずさむ言葉は、中国の史記にある言葉である。
つまり、いい気になっているのである。



源氏「おまへにさぶらひて、今までふかし侍りにける」と聞え給ふ。月のはなやかなるに、「昔かうようなる折は、御遊びせさせ給ひて、今めかしうもてなさせ給ひし」などおぼし出づるに、同じ御垣の内ながら、変れる事多く悲し。



源氏は、藤壺の前で、御前に出まして、つまり、帝お会いしたので、このように、遅くなりましたと、言う。
月の光が、明るく差しているので、昔は、このような月夜は、院が、音楽の集いを催されました。私も、華やかに、お相手しました、などと、思い出すと、同じ、禁中でありながら、昔と、違うこと多く、悲しい。



藤壺
九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな

と、命婦して聞え伝へ給ふ。ほどなければ、御けはひも、ほのかなれど、なつかしう聞ゆるに、つらさも忘られて、まづ涙ぞ落つる。

源氏
月影は 見し世の秋に かはらぬを 隔つる霧の つらくもあるかな

霞も人のとか、昔も侍りける事にや」など聞え給ふ。





藤壺
幾重にも、霧が、立ち込めているようで、姿の見えない、雲の上の月を、遥かに、ここから、思い出しています。

と、命婦を通して、伝える。
すぐ前なので、その様子、ほのかに、懐かしく伝わる。
日ごろの辛さも、つい忘れ、何より先に、涙がこぼれる。

源氏
月の姿は、今までの秋と、変わりませんが、邪魔をして、見せぬ霧が、心ないのです。

霞も人の、と、申します。昔も、このようなことが、あったのでしょうか、などと、申し上げる。

密やかな、政変である。
霧とは、帝をとりまく、悪意ある人々を指す。

霞も人の 山桜 見に行く道を 隔つれば 霞も人の 心なるべし
歌人不明
より、なる言葉である。



宮は、東宮をあかず思ひ聞え給ひて、よろづの事を聞えさせ給へど、深うもおぼし入れたらぬを、いとうしろめたく思ひ聞え給ふ。例は、いととくおほ殿ごもるを、「出で給ふまでは起きたらむ」と、おぼすなるべし。恨めしげに思したれど、さすがに、え慕ひ聞え給はぬを、いとあはれと見奉り給ふ。




宮は、東宮を別れがたく思うと、語る。
色々なことを、話すが、東宮は、それほど、気にしていないので、後々を心配するのである。
いつもは、早くお休みになるが、宮の、お出ましにまるまで、起きていると、思うようである。
恨めしく思うようだが、それでも、後を、慕うことは、出来ないゆえに、可哀想だと、思うのである。

いと あはれ と 見奉り給ふ
大変に、あはれ、この場合は、不憫である、可哀想であると、訳すことになる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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