2009年01月27日

もののあわれ 397

大将の君は、宮をいと恋しう思ひ聞え給へど、あさましき御心のほどを、「時々は、思ひ知るさまにも見せ奉らむ」と、念じつつ過ぐし給ふに、人わろくつれづれにおぼさるれば、秋の野も見給ひがてら、雲林院にまうで給へり。故母御息所の御せうとの律師の、籠り給へる坊にて、「法文など読み、行ひせむ」とおぼして、二三日おはするに、あはれなること多かり。





大将の君、源氏は、東宮を、とても、恋しく思うが、中宮、藤壺の心があまりに、頑ななので、時々は、恨んでいると、知ってもらおうと、会いたい気持ちを我慢して、日を過ごす。だが、世間に笑われそうなほど、何も、手がつかないのである。
秋の野を見ながら、雲林院に、お参りになった。
故母の御息所の、兄である、律師が、籠もる坊である。
経文を読み、勤行しようと思い、二、三日いらしたが、心打たれること、多かった。

あはれなること多かり
心に深く感ずることが、多いとなる。
もはや、あはれ、とは、心に感ずること、すべてに、おいて、使用されている。





紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見給ひて、ふる里も忘れぬべくおぼさる。法師ばらの、ざえある限り召し出でて、論議せさせて聞しめさせ給ふ。所がらに、いとど世の中の常なさをおぼし明かしても、なほ、「憂き人しもぞ」とおぼし出でらるるおしあけ方の月影に、法師ばらの、あか奉るとて、からからと鳴らしつつ、菊の花こき薄き紅葉など、折り散らしたるも、はかなけれど、このかたの営みは、この世もつれづれならず、後の世はた頼もしげなり。「さもあぢきなき身をもてなやむかな」などおぼし続け給ふ。律師の、いと尊き声にて、「念仏衆生摂取不捨」とうちのべて行ひ給へるが、いと羨ましければ、なぞやとおぼしなるに、まづ姫君の心にかかりて、思ひ出でられ給ふぞ、いとわろき心なるや。





紅葉が、次第に色づいて、秋の野の美しさを、ご覧になる。都のことを、忘れてしまいそうになる。
法師たちで、学問のあるもの達を、集めて、論議をさせて、聞く。論議とは、教義の説明である。
場所が場所だけに、ひとしお、世の中の無常を感じつつ、夜を明かす。
そして、つれない方のことが、恋しく思い出される、明け方の月の光に、法師たちが、あかを、お供えしようと、からからと、音をたてて、菊の花、濃い薄いの紅葉を、折散らしている。それは、何にもならないことだが、こうした勤めは、この世では、心を慰め、後の世には、役立つのだうろと、思う。
こんなに、面白くないわが身を、もてあましている、などと、考える。
律師が、尊い声で、ねんぶつしじょうせっしゅふしゃ、と、長く伸ばして唱えるのが、妬ましく、何故、自分は、こうなのかと、思う。
姫君のことが、気になって、思い出されるのである。困ったものだ。


あか奉る
あか、とは、梵語の水という意味。
仏に奉る水を言う。





例ならぬ日かずも、おぼつかなくのみおぼさるれば、御文ばかりぞしげう聞え給ふめる。源氏「行き離れぬべしやと、試みはべる道なれど、つれづれも慰めがたう、心細さまさりてなむ。聞きさしたる事ありて、やすらひ侍る程を、いかに」などみちのくに紙に、うちとけ書き給へるさへぞめでたき。

源氏
浅ぢふの 露のやどりに 君を置きて よもの嵐ぞ しづ心なき

などこまやかなるに、女君もうち泣き給ひぬ。御返し、白き色紙に、

若草
風吹けば まづぞ乱るる 色かはる 浅ぢが露に かかるささがに

とのみあり。「御手はいとをかしうのみなりまさるものかな」と独りごちて、うつくしとほほえみ給ふ。常に書きかはし給へば、わが御手にいとよく似て、いま少しなまめかしう、女しきところ書き添へり。「何事につけても、けしうはあらずおほし立てたりかし」と、思ほす。






いつになく、会わない日がたった。
しきりに気になり、お手紙だけは、度々差し上げていた。
源氏は、世を捨てきることが、できようかと、試みに来てみたが、心も落ち着かず、心細く思う。聞きかけたこともあるのですが、どうしようかと、思っています。あなたは、どうですか、と、陸奥紙に、気軽に書くのだが、見事なものである。

源氏
浅ぢうに置く、露のように頼りない所に、あなたを、置いてきた。四方の風吹くたびに、心配します。

などと、心のこもった、文に、女君は、泣いた。返事は、白い色紙に


色の変わった、あさぢの露に、張った蜘蛛の糸のように、はかない身の上の私です。風が吹くと、まず、心を痛めます。

とある。
筆字は、とても上手になったと、源氏は、独り言を言う。
可愛いものだと、笑う。
絶えず、手紙のやり取りをしているので、自分の筆に、よく似てきた。更に、女らしい、やさしい、書きぶりである。
何事につけても、悪いところもなく、育ったものだと、思うのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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