2009年01月23日

もののあわれ 393

ほどなく明けゆくにやとおぼゆるに、ただここにしも、「とのい申しさぶらふ」とこわづくるなり。「また、このわたりに、隠ろへたる近衛づかさぞあるべき。腹ぎたなきかたへの、教へおこするぞかし」と、大将は聞き給ふ。をかしきものからわづらはし。ここかしこ尋ねありきて、「とらひとつ」と申すなり。女君、

尚侍
心から かたがた袖を 濡らすかな あくと教ふる 声につけても

と宣ふさま、はかなだちていとをかし。

源氏
嘆きつつ わが世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく

しづ心なくて出で給ひぬ。





間もなく、夜も明けてゆくと、思われる頃、すぐ傍で、近衛が、宿直、とのい、を、いたしておりますと、声を張り上げる。
私の他のにも、この辺りで、忍んで、女と会っている、近衛司がいるのだろうと、意地の悪い同僚が、教えてよこしたのだと、源氏は、聞いていた。
近衛は、寅の一つと、申す。
つまり、午前三時である。
女君は、

尚侍
明けるという、あの声は、夜は明けて、あなたは、飽きていられると教える、あの声を聞くにつけても、自分から選んだ道ながら、あれこれと、悲しく思います。

と、歌詠みする様子、心細げである。

源氏
身の上を嘆きつつ、一生、このようにして、過ごせとおっしゃるのですか。夜が明けますが、この胸が、開く時は、ありません。

休まらない思いのままに、お出になる。

女の歌は、夜が明けると、飽きるとを、かけている。




夜深きあかつき月夜の、えも言はず霧りわたれるに、いといたうやつれて、ふるまひなし給へるしも、似るものなき御有様にて、承香殿の御せうとの藤少将、藤壺より出でて、月の少しまある立てじとみのもとに、立てりけるを、知らで過ぎ給ひけむこそいとほしけれ。もどき聞ゆるやうもありなむかし。




夜明けにある、暁には、月が冴えて、いうに言われず、美しい霧が立ち込めている。そこを、いといたうやつれて、ひどい、お忍びの姿で、歩いている。似る者がないほどの、様子である。
承香殿の、女御の、兄の藤の少将が、藤壺から、出て来た。月影が翳っている立て板の所に立っていたが、気づかずに、通っていったのは、気の毒です。
非難することも、あるでしょう。

最後は、作者の言葉である。





かやうも事につけても、もて離れ、つれなき人の御心を、かつは「めでたし」と、思ひ聞え給ふものから、わが心の引くかたにては、なほ「つらう心憂し」と、おぼえ給ふ折多かり。




こんなこともあるとのこと。自分を避ける、つれない方の、お心を、一方では、立派だと思うが、自分の勝手な気持ちからすれば、酷い、恨めしいと、思うことが、多いのである。




うちに参り給はむ事は、うひうひしく所せくおぼしなりて、東宮を見奉り給はぬを、おぼつかなく思ほえ給ふ。また頼もしき人もものし給はねば、ただこの大将の君をぞ、よろづに頼み聞え給へるに、なほこのにくき御心のやまぬに、ともすれば、御胸をつぶし給ひつつ、いささかも、けしき御覧じ知らずなりにしを思ふだに、いと恐ろしきに、「今さらに、またさる事の聞えありて、わが身はさるものにて、東宮の御ために、必ずよからぬ事出できなむ」と、おぼすに、いと恐ろしければ、御祈りをさへせさせて、「このこと思ひやませ奉らむ」と、おぼし至らぬ事なくのがれ給ふを、心深くたばかり給ふを、いかなる折にかありけむ、あさましうて近づきまいり給へり。心深くたばかり給ひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。






中宮、つまり藤壺が、御所に、参上することは、敷居も高く、自由もきかない思いがあるようになり、東宮のお顔を拝することがないことが、気がかりに思える。
他に頼りにする人もなく、一人この大将を、何事にも、頼りにしてくれるが、今も、この困った心がなくならないので、はっとすることが、続き、院は少しも、気配をご存じないのだと、それを思うだけでも、恐ろしい限りだ。今になって、改めて、この事が、噂になれば、わが身は、ともかく、東宮のために、きっと良くないことが、起こるだろうと、思うと、恐ろしく、祈祷までさせて、この事は、諦めていただこうと、思案の限り、避けられるのだ。が、どうした弾みか、思いもかけずに、近づいたである。
注意深く、計画していたのに、知る人もなく、夢のようであった。

さる事の聞えありて
源氏と、藤壺の密通が、知られると、大将、源氏も、皇后も、東宮も、解任させられるのである。

源氏は、それを、知りつつも、なお、藤壺に迫るという。
恐れつつ、迫るのである。
わかっちゃいるけど、止められないのである。
いつの世も、人の性、というものである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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