2009年01月13日

神仏は妄想である 203

思想というものも、歴史というものを、底辺にしている。故に、思想を見る上で、その歴史を知ることが、必至になる。

竜樹の思想、中論というものも、その歴史的形相から、見るべきである。
当時は、論破の時代である。
要するに、言論の戦いの時代である。

竜樹の、考え方は、中観派といわれた。

ここで、面白い見解を、述べた西洋の研究家、スチェルバツキーという、学者の考え方がある。
従来の仏教は、つまり、仏陀の説かれた教えは、多元的、多元論であった。是に対して、中論などの、大乗仏教は、一元論であり、同一の宗教的開祖から、系統を引いていると称する新旧二派の間にはかくもはなはだしい分裂を示したことは宗教史上他に類をみない事柄と、言うのである。

西洋の、仏教学者は、大乗仏教は、仏教ではあるかもしれないが、仏陀の教えとは、非常に異なったものであると、考えた。

中論をはじめとして、大乗仏教の経典、その論書は、みな自己の説が、仏陀の真意を伝えていると説き、自説を仏陀の権威の下に、強い確信をもって、主張するのである。

勿論、西洋の、研究家は、小乗の経典を、よく調べてのことであるが、それは、思想としての、仏教としての、研究であるから、信仰という、点においては、ズレが生ずるだろう。

例えば、書かれたものがあるということは、書かれなかったものがあるということで、その、書かれなかったものを、書く行為というものも、ある。大乗を、そのように、捉えてもいいのだが、兎に角、大乗に至ると、自説の正さを、持って、他を論破するという、行為に、浸っているという様に、矢張り、妄想という、一言を、差し上げたくなるのである。

竜樹の中論は、実に難解である。
果たして、それは、仏陀の求めたものであろうかと、疑う。

マルクスの、資本論が、人を撹乱させたように、竜樹の中論、中観派というものも、一つの撹乱ではないかと、私は、考えるのである。

ことの、真相は、単純明解である。

一体、竜樹は、何を言ったのか。

諸派の相違と共に、中論を見つめる方法が、学問的方法である。しかし、私は、素人であるから、それをしない。

端的に、中論、中観派というものを、見る。

「宇宙においては」何ものも消滅することなく(不滅)、何ものもあらたに生ずることなく(不生)、何ものも終末あることなく(不断)何ものも常恒であることなく(不常)、何ものもそれ自身と同一であることなく(不異議)何ものも「われらに向かって」来ることもなく(不来)、「われらから」去ることもない(不出)、戯論(形而上学的論議)の消滅というめでたい縁起のことわりを説きたもう仏を、もろもろの説法者のうちでの最も勝れた人として敬礼する。
中論

この、冒頭の言葉が、中論全体の要旨である。

ちなみに、中論は、否定の論理といわれる。
否定の否定の否定と、へんちくりんなことになってゆく。
これに、皆、やられる。

暇潰しの最たるものである。

次を読むと

もろもろの事物はどこにあっても、いかなるものでも、自体からも、他のものからも、「自他の」二つからも、また無因から生じたもの(無因生)も、あることなし。

縁起が、不生の意味であるという。

否定の否定の否定を、語り撹乱させるという、手は、何とも、魔界的である。

縁は四種ある。原因としての縁(因縁)と、認識の対象としての縁(所縁縁)と、心理作用がつづいて起こるための縁(等無間縁)と、助力するものとしての縁(増上縁)とで、第五の縁は存在しない。

もろもろの事物をそれらの事物たらしめるそれ自体(「自性」、本質)は、もろもろの縁のうちには存在しない。それ自体(本質)が存在しないならば、他のものは存在しない。

「結果を生じる」作用は、縁を所有するものとして有るのではない。また作用は縁を所有しないものとして有るのではない。縁は作用を所有しないものではない。あるいは縁は作用を所有するものとして有るのであろうか(そうでもない)

読んでゆくと、頭が変になってゆくのである。

中観派は、決して自らの、主張を立てることはしないという。
竜樹が言う。
もしもわたくしに何らかの主張があるならば、しからば、まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存することになるであろう。しかるにわたくしには主張は存在しない。まさにそのゆえに、わたくしには理論的欠陥が存在しない。

主張は、存在しない、故に、論理的欠陥は、無いというのである。
恐ろしい、論理の展開である。
確かに、その通りである。
主張がないものに、論理的欠陥など、あろうばずがない。

中観派の哲学者たちは、自分たちの立場が論駁されることはありえない、という確信をいだいていた。そうして大乗仏教が(禅を含めて)神秘的な瞑想を実践しえたのは、そのような思想的根拠があったからである。
中村元

竜樹には、作為がある。
つまり、他の諸派の哲学的問題を、縦横無尽に、批判することが、できたのである。
しかし、自説に、批判を加えることは、無理なのである。

つまり、主張がないからである。

禅問答の原型を、見る思いである。
自己完結の、自分勝手な言葉の世界に、安住して、人を煙にまくのである。

私には、意見がありませんから、私には、対抗できませんよ。
私には、意見がありませんから、私の意見を論破することは、できませんよ。

何と、恐ろしい、自己中心的考え方か。

こういう者を、詐欺師の上をゆく、詐話師という。

この時代は、論争に負けると、殺されることもあったという、事実を、覚えておいて欲しい。



posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 211

「さとり」という概念も「悟り」と「覚り」では異なり、現代の仏教を研究する人達の多くは「悟り」と書いて「煩悩から解放されて解脱する」という概念で仏教の思想を説明しています。これに対して「覚り」は「真理あるいは摂理を発見する」という概念によるものです。これらの違いは仏教観を分けるところで「悟り」が個人の内面に凝縮されるのに対して「覚り」は社会の状況を改善するための思想に発展するのです。
藤見紀雄

上記を、基本に考えると、日本の大乗仏教とは、実に曖昧模糊であり、小乗ではないが、小乗を踏んでいるようであるし、しかし、大乗経典を掲げるし、本当のところは、本人達も、よく解っていないのではなかろうとか、思うのである。

藤見氏は、言葉の概念ということで、こうして明確にした。
私は、それに対して、納得するが、後で、批判する。

更に続ける。

仏教の思想を「悟り」と解釈するとき、その先には「涅槃寂静」の境地があり温厚にして円満な人格が形成されるという訳です。しかし「覚り」の方はただ独り、温厚にして円満な人格を形成すれば良いというものではなく、社会から不安や禍をなくすための提言によって実践されるところです。釈尊の「さとり」を「悟り」の概念によって「涅槃寂静」の世界に導くか「覚り」という概念によって「角を立てる」のかは大変な違いです。
藤見

最初の大乗の人々は、上座部の人々を、それでは、仏陀の教えを、人々に伝えることは、できないし、更に、自分達のものにしてしまい、広がりを持たない。ゆえに、我等が、仏陀の教えを、伝導しようとして、始まった、民衆的運動である。

それが、どうしてしまったのか。
上座部を、小乗と、侮蔑していたのだが、結局、大乗仏教、日本仏教も、今では、糞の役にも立たないのである。

つまり、侮蔑していた、小乗の、やり方と、同じところに帰着したのである。

更に、その教えなるものも、霧散して、今では、亜流、外道の葬式仏教、形骸化した、仏教、伽藍の仏教になっている。
既得権益に、浸って、利益追求の商売に成り下がり、地獄の様である。

要するに、話にならないのである。

このようなことから現代では「さとり」は「悟り」と書いて「煩悩から解放されて解脱する」ことを仏教の本道としています。しかし「ブッダ・仏陀」という原語が「覚者」と漢訳されていることからも察することができるようにシッダールタの「さとり」は「覚り」だったのです。
藤見

覚りは、仏陀の感受性により、摂理を発見する。
そして、この、摂理を、ダルマ、漢訳では、法とされた。
ダルマは、仏法のことである。

仏法である。

幾つかの、巨大新興宗教教団は、この仏法という言葉を、多々使用する。
しかし、法華経を掲げ、更に、日蓮という者が、作り上げた教えによっての、仏法を語る。
法華経の中から、すべての、仏陀の、教えを導き出そうとする。

日蓮が、勘違いしたように、題目さえ唱えれば、上座部の修行を超えるという、蒙昧である。

唱題さえすれば、仏陀の「覚り」を得られると、思い込む。
甚だしい、外道振りである。
外道とは、その名の通り、外の道である。内道ではない。釈迦仏陀の道は、内道である。

更に、紙に書いた文字を、本尊、曼荼羅、などと、とんでもない、勘違いをして、仏法を行じていると、思い込むのである。

釈尊の「さとり」を「悟り」と解釈するとき釈迦牟尼の思想は社会の現実から離れ、雲の上の幻想へと祭り上げられて、理性の対象から消えてしまうのです。釈尊を釈迦牟尼と呼ぶときの「牟尼」というのは「思想家」のことですから、少なくとも釈尊を釈迦牟尼と呼ぶときには釈迦の思想を理性の対象として理解することが求められます。このとき雲の上の幻想では情緒の対象にしかならないために釈迦牟尼の本意も祈願も眼に入らなくなってしまうのです。
藤見

ちなみに、悟りの中の、解脱という概念は、仏陀以前からあったもの。
古代インド、つまり、バラモン教によるものである。

最初は、仏陀も、その解脱を目指して、進んだ。しかし、その苦行から離れて、その、感受性により、観たのである。
その観たものは、解脱ではなく、因果関係の摂理である。

それまでの、バラモンの悟りとは、別物である。
そして、それを、現実世界に実践するための、思想である、般若、知恵である。

要するに、日本の仏教は、文盲時代の人々に、仏の教えと、救いということで、語っていた時代から、何も、進歩発展していないのである。

つまり、堕落である。
更に、江戸時代の、徳川三大将軍、家光によって、成立させた、檀家制というものに、腰を下ろして、その、権益だけに、浸った。

為政者が、作った制度に、甘んじて、ただ、惰性によって、宗教団体の、利益のみ追求するという、化け物になったのである。

人を騙す手口は、一人前であるが、釈迦仏陀の、思想を追い求めることは、幼児以下である。

勿論、彼らは、追い求めているというだろうが、それは、単に、同じ場所を、ぐるぐると廻る、ネズミのような行為であった。今も、然り。

実際に現代の日本の仏教観では芸術的な表現によって情緒を振り動かすことはあったとしても現実の世界には何の影響も与えることもありません。しかし釈迦牟尼の本意は人々にある「空」の内容の中に釈尊の「覚り」と同じ思想を形成することによって、全ての人が安心することのできるような福利の保証が現実の社会に実現することを祈願されたのです。
藤見

福利厚生という言葉がある。
社会システムにあるものだが、これを、我が身のことと、他者のこと、更に、その関わりまでに、広げて考えることの出来る人、それが、釈迦仏陀の道を歩む。

人々にある「空」の内容に釈尊の「覚り」と同じ思想を形成することのできる、福利の保証が、実現すること。

そこで、再び、空というものについて、追求する。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第5弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ 383

はるけき野辺を分け入り給ふより、いとものあはれなり。秋の花みなおとろへつつ、あさぢが原もかれがれなる虫の音に、松風すごく吹きあはせて、そのことも聞きわかれぬぼとに、ものの音どもたえだえきこえたる、いとえんなり。

私が、もののあわれについて、を、書く理由は、ここにある。

繰り返して、この、描写を読んでいただきたい。

遥かに広がる、嵯峨野の、野を分け入り、いとものあはれなり。
この場合の、いとものあはれなり、は、人により、現代文が、全く異なるはずである。つまり、その人の、感性と、感受性の問題であり、どの、現代文も、間違いではない。

ある人は、たいそう、しみじみとして、心を打たれると、書く。

野を分け入り、歩まれると、心に、懐かしく、切ないほどに、その風情に心動かされ、そして、感慨深く、思うのである。
と、私は、書く。

一体、何を感慨深く思うのか。
自然と、共感する能力に長けた、日本人の感性である。

この、自然があるからこそ、深まり行く、あはれ、という、心象風景である。
自然を抜きにして、日本人の心、大和心、大和魂というものは、語れない。

家の中にも、その自然を取り入れて、生活してきた。
石囲いで、自然と、切り離した生活ではない。

自然の風情、自然のままに、共感と、共有して、成り立つ生活、つまり、生きることである。

秋の花は、みな、衰えて、浅茅が原も、枯れ枯れとして、その原の中で、とぎれとぎれに鳴き細る、虫の音、そして、更に、松風である。
虫の音と、松風の、音。
それは、風の音なのである。その音が、松によって、鳴るという。

それは、実に、物悲しい。
だが、その物悲しいと感じる心に、豊かな風景が広がる。

後に、侘びや寂といった、風情も、そこからのもの。
すべて、自然から、学んだものである。

秋の風情を、ことのほか、好むという、体質を持つのである。

枯れ行く様の、風情に、人の世の、あはれ、を、映す。

その音に中で、どの琴の音とも、聞き分けられないほどに、楽器の音が、野の宮から、途切れ途切れに、聞えてくる。
それが、また、優美なのである。

いと、艶なのである。
艶、という言葉は、つやっぽい、色気がある。
その秋枯れの中に、琴の根が、艶に聞える、風情である。

それほど、微かなる音に、心を動かすのが、日本人の感性なのである。

虫の音も、松風も、琴の音も、微妙繊細にして、交わり、自然と、人の行為が、交流する。そして、そこに、佇む人も、音になる。

我という意識が、消えて、自然と、音と、一体に混じり、それを、表現するに、あはれ、という言葉以外に無い。

あはれ、という、風景が、人の心情や行為、人の姿のみならず、自然の様、そして、それを、感じ取る心、すべての、感情の極まりをして、あはれ、という。

生きるも、あはれ、死ぬも、あはれ、美しさも、あはれ、醜さも、あはれ、この、一言に、託すことが、出来たのが、日本人の感性である。

それは、万葉の恋歌から、そして、それ以前の、縄文から、培ってきた、日本人の心の風景である。

そこに、いつも、立ち戻ることで、民族としての、心を、養ってきた。

人は、誰もが、あはれ、の存在であり、自然のすべてが、あはれの、存在である。

もののあはれ、という、心象風景を、解する人、それが、日本人なのである。


さまざまの あはれをこめて 梢ふく 風に秋しる み山べのさと

あたりまで あはれ知れとも いひがほに 萩の音する 秋の夕風

いづくとて あはれならずは なけれども 荒れたる宿ぞ 月は寂しき

西行

さまざまのあはれ、なのである。
一言では、言えない、あはれ、というものの姿を、さまざまのあはれ、と歌う。

あたりまであはれ知れとも
あたり一体が、あはれ、というものに、彩られている。
矢張り、一言で、言えない、心象風景である。

いづくとてあはれならずは
いつも、いつも、あはれ、というものの、姿の無い時はないのである。
しかし、それでも、荒れたる、宿から見る、月は、寂しい。

あはれ知る 
心を花月に かけるべし 
あはれ知るべし 
大和心を
天山



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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