2009年01月05日

神仏は妄想である 194

上座部仏教に対して、大乗仏教は、何と、新たな経典を創作した。
そこに現れる、仏陀は、歴史的人物ではなく、理想的存在として、描かれる。

更に、大乗の徒達は、初期には、一切の物を、所有しなかった。
民衆の間から、起こった運動である。
といえば、聞えはいいが、その経過を見ると、とんでもない、化け物に、発展してゆくのである。

初期の頃は、どの団体でも、理想を掲げて、それなりに、納得する、活動を展開するが、次第に、物を所有するようになる。
堕落である。

大乗の徒達は、創作した、経典の、読誦を、最も功徳があると、それを、勧めた。今に至るまで、そのようである。

大乗は、利他行を強調する。
つまり、人のためである。今で言えば、ボランティア活動に近い運動である。
慈悲の精神というものを、高く掲げたのである。

そして、生きとし生ける者、すべてを救うという。
自分が、彼岸に達する前に、まず他人を救うという。
それを、行う人を、菩薩と、呼んだ。

誰でも、衆生済度の誓願を立て、実践する者は、菩薩である。

ここに、大きな落とし穴がある。

その、菩薩行は、凡夫には、中々出来ないことであるから、諸仏、諸菩薩に、帰依して、その力によって、救われ、その力によって、実践するという、妄想を育てた。

信仰の対象は、超人的な仏陀であり、三世十方に渡って、無数に、多くの諸仏の出世、その存在を証明するという、蒙昧に陥ったのである。

仏の中でも、アクシュ仏、阿弥陀仏、薬師如来などが、熱烈な信仰対象となった。
勿論、架空の存在である。

更に、菩薩を作り出した。
弥勒、観世音、文殊、普賢菩薩である。

諸仏、諸菩薩に対する信仰は、多数の仏像を生む、きっかけを与えた。
像を拝むという、行為が、起こった。

それは、中央インドの、マトゥラーと、西北インドの、ガンダーラ地方が主として、仏像制作を行った。
マトゥラーは、インド美術の伝統であるが、ガンダーラは、ギリシャ美術の影響が強い。

大乗の、教化法は、民衆の精神的素養、傾向に、適合するように、された。つまり、迎合である。
そして、現世利益というものを、打ち出した。
仏、菩薩を信仰すれば、多くの富み、幸福が得られるというものである。

特に、重要なことは、バラモンの得意技である、呪術を用いたことである。
これは、効いた。
ところが、これが、大乗仏教を堕落させる、大きなポイントになったのである。

呪術とは、陀羅尼と、言われる文句である。
空海などが、それを、密教として、特に、強調して使用した。

それでは、経典は、どのように創作されたのかといえば、それ以前に民衆の間で、語られていた仏教的説話を元に、更に、以前の仏典から借用し、戯曲的構想の形を取りつつ、その奥に、深い哲学的思索を、忍ばせるかのように、作られたのである。

宗教的文芸作品である。

ここで、改めて、文芸作品であることを、明確にする。

そして、あらゆる、宗教経典は、文芸作品であり、そこから、逃れ得ないものであるということ。

つまり、如何様にも、解釈可能である。

キリスト教の、プロテスタントが、分派を、重ねたのは、それである。
聖書解釈の、都合で、如何様にでも、解釈出来ることから、新派が出来た。
どんどんと、好き勝手に、キリスト教を、名乗られるのである。

それに、似たのが、鎌倉仏教である。

日本の、大乗仏教は、中国思想が、加味されて、更に、複雑奇怪な、化け物のように、姿を変えた。

大乗仏典の、根本的思想は、空観である。
一切諸法、つまり、あらゆる事物が、空であり、それそれが、固定的な実体を有さないという、考え方である。

それは、考え方であり、真理であるというものではない。
真理といえば、妄想である。

原始仏教においても、世間は、空であると、説かれたが、般若経典では、その思想を更に、進めた。

玄奘訳の、大般若波羅密多経は、一大読み物である。

当時の、小乗、説一切有部等が、法の実有を唱えていたのに、対して、それを攻撃するために、更に、否定的に響く、空という、観念語を、般若経は、繰り返す。

それは、固定的な法という、観念を抱いては、ならない。
一切諸法は、空であるという。

一切諸法は他の法に条件づけられて成立しているものであるから、固定的・実体的な本性を有しないものであり、「無自性」であるが、本体をもたないものは空であると言わねばならぬからである。そうして、諸法が空であるならば、本来空であるはずの煩悩などを断滅するということも、真実には存在しないことである。
中村元

それを、体得することが、悟り、無上正等覚、むじょうしょうとうかく、であるとする。

その他に、悟りは無いという。

これを、突き詰めてゆくと、自分が衆生を済度すると思えば、それは真実の菩薩ではない。救う者も、救われる者も、空である。
救われて到達する境地も、空である。
身相をもって、仏を見てはいけない。
あらゆる相は、皆、虚妄である。
諸々の相は、相ではない。
それを知ることで、如来を見るという。

如来には、所説の教えは無い。
衆生を導く目的を達したならば、捨て去られるものである。

この、実践的認識を、智慧の完成という。
布施、持戒、忍辱、精進、禅定の、五つと、六波羅蜜という、六つの完成を得るというのだ。

与える、戒めを守る、耐え忍ぶ、務めに励む、静かに瞑想する。
という、五つの完成によって、六波羅蜜という、六つの完成に至るというのである。

諸仏、諸菩薩を対象にした信仰形態は、どうなったのか。
それらも、空ではないか。

仏教愛好者たちは、この、空観というものに、翻弄されて、無いものを、在るものと、思い込み、錯乱してゆくのである。

また、在るものを、無いものとして、認識するという、逆転作用に、迷い続けているのである。

勿論、死ぬまでの、暇を潰すというなら、何も言うことは無い。

大乗仏典は、次々に、新しい経典を、創作して、楽しい遊びに、没頭してゆく。
あること、無い事、自由自在に、お話を創り続けて、今に至る。

人間とは、実に、愚かなものである。
架空のお話に、一喜一憂するという、少女趣味を、地で行く。

仏教は、思春期の少女のためにある。



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もののあわれ 376

御帳の前に御硯などうち散らして、手習ひ捨て給へるを取りて、目をおししぼりつつ見給ふを、若き人々は、悲しき中にも、ほほえむあるべし。あはれなるふるさとごとども、からのもやまとのも書きけがしつつ、草にもまなにも、さまざま珍しき様に書きまぜ給へり。大臣「かしこの御手や」と、空を仰ぎて眺め給ふ。よそ人に見奉りなさむが惜しきなるべし。「古き枕古き衾、誰と共にか」とある所に

源氏
なきたまぞ いとど悲しき 寝し床の あくがれ難き 心ならひに

又、「霜の花白し」とある所に、

源氏
君なくて 塵積もりぬる とこなつの 露うち払ひ いく夜寝ぬらむ

一日の花なるべし、枯れて交れり。





御帳台の前に、硯などを置いたままになっていて、お書きになって、落ちたものを、取り上げて、目を、おししぼめて、ご覧になる。
若い女房たちの中には、それを、微笑んで見る者もいる。
哀れの深い数々の、言葉を、唐のもの、和のものも、書き流して、仮名書きや、漢字と、色々な書体で、書かれている。
大臣は、見事な、筆跡だと、空を仰いで、思いに耽る。
今後、他人として、接することが、残念である。
古き枕古き衾、誰と共にか、とある、所に

源氏
二人で寝た床から、離れにくいのが常となり、亡き魂も同じかと、思えば、更に悲しい

また、霜の花白し、とある所に

源氏
そなたが見えなくなってから、塵が積もってしまった、この床、涙の露を払いながら、幾夜、一人で、ねたことか

先日の、あの花なのであろう。枯れて、反古の中に、交じっている。




宮に御覧ぜさせ給ひて、大臣「いふかひな事をばさるものにて、かかる悲しきたぐひ世になくやはと思ひなしつつ、契り長からで、かく心を惑はすべくてこそはありけめと、かへりてはつらく先の世を思ひやりつつなむさまと侍るを、ただ日頃に添へて、恋しさの堪え難きと、この大将の君の、今はとよそになり給はむなむ、飽かず胸いたく思ひ侍りしを、朝夕の光り失ひては、いかでかながらふべからむ」と、御声もえ忍びあへ給はず泣い給ふに、お前なるおとなおとなしき人など、いと悲しくて、さとうち泣きたる、そぞろ寒き夕べのけしきなり。





大臣は、大宮、つまり、葵上の母親に、それを、見せて、言っても始まらない不幸は、置いておくとして、こんな悲しい話も、世間にはないでもない、強いて思い、親子の縁が長くなく、こんなに、心を悲しませるように、生まれてきたのだと、今は、死別のことより、前世の因縁を、恨めしく思うことにして、諦める。
ただ、日が経つにつれて、恋しさが堪え難いことと、この、大将の君が、これっきり、他人になってしまわれると思うと、たまらなく、悲しいことと、思われる。
一日、二日と、お見えにならないと、途絶えがちでいらしたことも、たまらなく胸苦しいと思ったことだが、朝夕の光なくしては、どうして、生きていけるだろう、と、声も抑えず、泣くのである。
御前にいる、年かさの女房などは、泣き出してしまい、なんとも、寒々とした、今宵である。





若き人々は、所々に群れいつつ、おのがどちあはれなる事どもうち語らひて、人々「殿のおぼし宣はするやうに、若君を見奉りてこそは慰むべかめれと思ふも、いとはかなき程の御かたみにこそ」とて、おのおの、人々「あからさまにまかでて、参らむ」と言ふもあれば、かたみに別れ惜しむ程、おのがじしあはれなる事ども多かり。





若い女房たちは、所々に、かたまり、お互いに、心を打つ話をする。
殿の、お考えの通り、若君のお世話をして、心を紛らわせるのがよいと思うが、それにしても、心細い、御形見ですと、言う。
それぞれに、少し里に、下りますという者もいて、互いに、別れを惜しみ、それぞれが、涙を流すのである。

源氏が、去った後の、大臣宅の様子である。
亡き人により、源氏も、家を出たのである。

他人といえば、他人である。

生まれた子供は、妻の実家で、育てられる。

いつの世も、人の死は、悲しい。
更に、子に先立たれる親は、更に、悲しい。
世の無常の習いに、平安期の人々も、悲しみ、苦しんだ。

人が死ぬ者であること、それは、人の確実な、定めである。
死というものを、いかに、捉えるかで、文化の基底が違う。

前世、来世という、考え方は、当時の、ハイカラな仏教、特に、浄土思想によるものである。
前世のえにし、因縁などという、言い方、考え方は、そのまま、仏教を取り入れている。

それは、今に至るまで、続く、日本は、仏教国といわれる。
仏、というものに、その人生の無常の救いを、見ようとした、平安期から、それ以後の、日本人の、無常観、死生観、そして、人生観である。

仏教伝来から、千五百年を経る。
果たして、仏教は、日本人の心象風景を、救ったのか。

心象風景である、もののあわれ、というものは、今も、厳然としてある。
言葉の、巧みさだけは、残ったが、基底にある、日本人の心情である、もののあわれ、の、心象風景は、何も、変わらない。

風吹けば、風に泣き、雨降れば、雨に泣く。

多くの別れの中でも、死別ほど、辛い、別れは無い。
この、別れを、どう、捉えるか。

それを、もののあわれ、という。

日本人の、心に響く、心象風景は、ただ、ただ、ものの、あはれ、にあるのである。

それを、表現するものを、日本では、芸という。
芸能である。
そして、それは、伝統である。

人は、伝統から、離れて、生きることは、出来ない。
無意識のうちに、伝統という、心象風景、もののあわれ、というものから、逃れることは、出来ないのである。


posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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