2009年01月19日

神仏は妄想である 218

血縁者や配偶者を助ける行動は、愛情からなされているのだから「利己的」行動とは言えないのではなく、愛情によってなされるがゆえに「利己的」行動なのである。
内藤淳

親の子に対する、愛情行為が、無償の愛であるという、観念とは、進化倫理学から見れば、無償でもなんでもない、利己的行為だというのである。
愛情がある、だからこそ、利己的であるという。

進化倫理学の愛情の定義とは、
われわれは、血縁者や特定の異性に対して愛情を抱き、そこで相手のために行動することを「快」に感じる。そうやって「相手のため」の行動が喚起されることで、われわれは、子どもの世話をするのが損か得か、病気の妻を助けるのが損か得かをいちいち考えるまでもなく、「自分という遺伝子を共有する相手の生存・繁殖可能性を高める」「配偶パートナーを獲得・維持する」という利益に向けて行動できる。これらの面で「自分の利益」にかなう行動を、自ら自然に自動的に起こさせる機能を果たし、そのために人間が進化させた感情作用が愛情である。
内藤淳
ということになる。

神や仏というものの、慈悲を親の愛に喩えることが、嘘だったということ。

この自然環境で、生きてきた人間は、そんなに甘くないのである。

仏教で説く、利他行という行為も、自然と意味の違うものになってくる。

奉仕活動や、ボランティア活動という、あたかも、慈善なる活動も、意味が、全く違ってくる。
宗教家が、行うそれらの、行為は、すべて、作為がある。
彼らは、無償の行為などできない。
出来るはずがない。
何故なら、その行為は、信仰によると、信じているからである。
つまり、その信仰、具体的に言えば、宗教の、布教という利己的目的が、厳然としてあるのである。

それらを、一切、見せない行為であっても、彼らの拝む神というものを、布教しているのである。

決して、無償な行為ではない。

例えば、全く布教の姿勢を、見せずとも、彼らは、所属する宗教から、信徒から、称賛され、支援を受けるのである。
更に、それを、宣伝用に使用される。
どこが、無償であろうか。

血縁者や異性への愛情は、基本的に人間に共通する先天的・遺伝的性質で、「自分の利益」の確保に向けて進化の中で人間が発達させた、そのための「装置」になっている。
内藤淳

そこで、問題になるのは、
では子どものいない夫婦や同性の恋人同士でも利他行動がなされるのはどういうわけなのか。パートナーへの利他行動が子どもを作り育てるためなら、そういうカップルの間では利他行動がなされる理由がなくなってしまう。しかし、実際には、子どものいない夫婦や同性の恋人などでも利他行動は盛んになされており、それはここで言う利益では説明できない。こうした疑問が、ここでの議論に対して浮かんでくる。
内藤淳
となる。

そこで、内藤氏は、
その説明をする。

ここで問題にしている人間の愛情やそれに基づく利他行動も同じで、こうした感情作用は、それを持つことが「遺伝子を残す」上で利益的だったために、それを生じさせる遺伝子が先祖以来受継がれて、(遺伝的障害などがない限り)われわれみんなに備わった。その上で、そうやって生まれた人間ひとりひとりが現実の一生を生きていく中では、配偶パートナーが獲得できなかった、子どもを作る機会がなかった、作ろうと思わなかった、異性ではなく同性に魅力を感じた、といったケースも生じうるし、実際そういう例はわれわれの周りに多々ある。しかし、愛情という感情作用を生じさせる遺伝子は、そういう人も含めて人間に生まれながらに備わっているのであり、・・・・その作用は消えるわけではない・・・
同性愛などが遺伝的要因から生じている場合でもそうで、だからといって愛情や知性を生じさせる遺伝子がその人から失われるわけではない。
内藤

利他行を、行じるという、宗教の、その様を、じっくりと、観察するが、いい。

空、中道、縁起、そして、利他行、慈悲の行為といわれるもの、何も、宗教によるものではなく、それは、進化によるものであり、なおかつ、それは、実に利己的なものなのであるということ。

他者のために、生きる時、私自身も、輝くのである。
人を幸せにするために、生まれてきたのである。
一人でも、多くの人を、幸福に導くことが、神の教えなのです。

等々、耳障りのことを、喧伝する宗教というもの、それは、人間の進化の賜物を、勝手に、利用しているに過ぎない。
ただ、それを、読んで、感動と、納得するという、アホは、多い。
そして、洗脳され、騙される。
騙されたまま、死ぬという、不幸である。

聖書では、新約になってから、神の愛を、無償の愛、アガペーと読んだが、旧約聖書の神は、嫉妬と怒り、裁きの神である。

新約の、アガペーの神の愛も、契約によってなる。
信仰宣言をして、成るものである。
信仰宣言をしなければ、その神の愛には、与れない。
つまり、無償の愛などというものは、嘘なのである。

主イエスは、善人の上にも、悪人の上にも、太陽の光は、与えられると言う。
その通り、信仰する、しないに、関わらず、太陽の光は、誰もが、享受できる。

ただ、与えるというものは、この世の、自然のみである。
古代の人、それを知っていた。
だから、太陽を崇敬した。
太陽を拝した。
それで、十分だった。

それでは、人類愛にまで、広がる、互恵的利他行動というものを、見てみる。
互恵的利他行動というものも、進化によって、得たものであり、何も、神仏による、教えなどではない。
人間が、生きるために、身につけた進化の過程であり、成果なのである。




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2009年01月20日

もののあわれ 380

御くしげ殿は、二月に尚侍になり給ひぬ。院の御思ひに、やがて尼になり給へるかはりなりけり。やむごとなくもてなして、人柄もいとよくおはすれば、あまた参り集り給ふ中にも、すぐれて時めき給ふ。后は里がちにおはしまいて、まいり給ふ時の御つぼねには、梅壷をしたれば、弘薇殿には、尚侍の君住み給ふ。





みくしげ殿とは、朧月夜のことである。
二月に、尚侍、ないしのかみ、になられた。
院を慕い、そのまま尼になった方の、代わりである。
上品であり、人柄も大変に良い方なので、多くの集う中からも、目だって寵愛が深いのである。
大后は、里住まいがちに、いらっしゃる。参上する時の、御局には、梅壺をしているので、弘薇殿の方に、尚侍の君、朧月夜が、住むのである。

解らないことがある。
藤壺の宮との間に、梅を植えてあるのが、どうして、この説の中に、入るのかである。
当時の、風習に関係があるのだろう。




登花殿のむもれたりつるに、はればれしうなりて、女房なども数知らずつどひ参りて、今めかしうはなやぎ給へど、御心のうちは、思ひのほかなりし事どもを、忘れがたく嘆き給ふ。いとしのびてかよはし給ふことは、なほ同じさまなるべし。「ものの聞えもあらば、いかならむ」とおぼしながら、例の御くせなれば、今しも、御こころざしまさるべかめり。





登花殿では、むもれたりつる、陰気、埋もれたような場所だったが、今は、晴れ晴れとして、女房なども、数え切れないほどに、集まり、華やいで、陽気にされている。が、心の内では、思いがけなかったことなどを、忘れ難くて、嘆いているのである。
こっそりと、お手紙をやり取りされることは、今も以前と、同じである。誰かに知られたら、どうなるのかと、思いつつ、いつものことで、このようになってから、思いが募るのである。





院のおはしましつる世こそ、はばかり給ひつれ、后の御心いちはやくて、かたがたおぼしつめたる事どもの、「報いせむ」と思すべかめり。事にふれて、はしたなき事のみ出でくれば、「かかるべき事」とは思ししかど、見知り給はぬ世の憂きに、たちまふべくもおぼされず。



この段からは、源氏のことである。

院の、いらした間こそは、遠慮していたが、大后は、気性が激しく、あれこれと、今まで抑えていた、仕返しをしようと思っているようである。
何かに付けて、我慢が出来ないことが起こるので、こうなるだろうと、思っていたが、知らなかったことで、世間と付き合う気にならないのである。


これは、源氏に対する、大后の、対応である。
源氏は、側室の子である。更に、亡くなっている。つまり、疎んじられる。



左のおほい殿も、すさまじき心地し給ひて、ことに内にも参り給はず。故姫君を、引きよきて、この大将の君に、聞えつけ給ひし御心を、后は思しおきて、よろしうも、思ひ聞え給はず。おとどの御中も、もとよりそばそばしうおはするに、故院の御世には、わがままにおはせしを、時移りて、したり顔におはするを、「あぢきなし」とおぼしたる、ことわりなり。



左大臣も、不愉快な気持ちになっている。
更に、御所へも、参上されない。
故姫君を、東宮にはやめて、大将、源氏に差し上げた心を、大后は、根に持って、よく思わないのである。
大臣の仲も、もともと、よそよそしくしていたところに、故院の御代には、自分の考え通りにしていたが、時勢が変わり、右大臣が、得意顔である。それを、不快に思うことも、当然である。




大将は、ありしに変らず渡り通ひ給ひて、さぶらひし人々をも、なかなかに細かにおぼしおきて、若君をかしづき思ひ聞え給へる事かぎりなければ、「あはれにあり難き御心」と、いとどいたづき聞え給ふ事ども、同じさまなり。




大将は、以前と変わらず、出掛けて行かれる。仕えていた、女房たちを、前より、細々と、指図されて、若君を大切に育てる気持ちは、大変なものである。
あはれにあり難き御心
つまり、ここでは、感動の、あはれ、である。
ありがたいことが、あはれ、という、感動の言葉で、表される。
それゆえに、大将を大切にする様は、以前と同じである。




限りなき御おぼえの、あまり物騒がしきまで、いとま無げに見え給ひしを、通ひ給ひし所々も、かたがたに絶え給ふ事どもあり。軽々しき御忍びありきも、あいなうおぼしなりて、ことにし給はねば、いとのどやかに、今しもあらまほしき御有様なり。




限りなき御おぼえ
院の、この上もない、ご寵愛で、あまりに、せわしいほど、暇の無い様子に見られた。
通われた、方々の所へも、途絶えることあり、軽々しい、忍び歩きも、あいなうおぼしなりて、つまらないと、思われて、格別にされないゆえに、実に、のんびりとしている。
今の方が、ありがたいと思われる、生活である。

とは、言うものの、源氏の行動は、すぐに、始まるのである。

そうでなければ、物語の先が進まないのである。
ここで、一旦、物語が、終わるはずであったが、しかし、誰かが、それに、書き加えたのか。
微妙に、文章に違いが、出てくる。


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神仏は妄想である 219

互恵的利他行動について、書く前に、以前、神は妄想である、を書いた、ドーキンスの著書を紹介した時に、宗教がなければ、道徳は、行われないのかという、所を、読み直して欲しい。

人間の行為は、進化により、成り立ってきたのであり、宗教の教えによるものではない、ということを、明記すべである。

互恵的とは、与え合うということである。
これを、宗教では、実に利用して、神や仏の教えを説く。
しかし、それは、進化の過程で、人間が見につけてきたものである。

互恵的利他行動とは、一言で言えば「ぼくの背中を掻いておくれ、ぼくは君の背中を掻いてあげる」という原理(リチャード・ドーキンスの表現)で表すことができる。・・・・
背中のかゆみぐらいならたいした得ではないと思う人がいるかもしれないが、これがたとえば「背中についた害虫や寄生虫を取ってあげる」になれば生存・繁殖に大きくプラスである。それ以外にも、食べ物を交換する、喧嘩の助太刀をし合うなど、互恵的利他行動にはさまざまなパターンと利益がある。そのため、仲間と集団で生活する動物で、その中の「誰が誰か」を識別する能力を持ち、また、それぞれの相手との過去のやりとりを記憶する能力がある種では、互恵的利他行動を行う性質が進化する。
内藤淳


人間の場合は、特に、他の動物以上に、それが顕著である。
生存と、繁殖に、重要な意味を持つのである。

人間の場合は、他人の関与がまったくないまま自分だけでなにかの資源を入手することは少ない。財の多くは、自分が持っているもの労力と引き換えに、誰かと交換して得るものだし、(「市場」がそうした資源交換の場であることは言うまでもない)、狩りや農作業などの生産活動のほとんども、仲間と共同で、互いに協力し合う仲でなされる。自分ひとりで裏庭に畑を作って作物を育てたという場合だって、道具や衣服は店で買ったものだったり誰かにもらったものだったりする。
内藤淳

純粋に、相手を思う気持から、友人や知人に利他行為をする場合も、自分の利益に、それは向けられてないし、意識しないが、それも、互恵的利他行動として、自分の利益に、向けてなされる。
それは、人間は、自分に利他行為をしてくれる人に対して、好意を持ち、その感情から、相手に対して、積極的に、利他行為で、互恵関係を、築くのである。

われわれは。適切な互恵関係の相手を選び、そこで利他行動を交換して、「自分の利益」の確保を自然に行っているのである。
内藤淳

人間の感情というものも、互恵関係に、起因する。

われわれの感情は、周囲の人との間で互恵関係を構築・維持することに向けてーー自分に利他行動をしてくれそうなに相手と積極的に関係を結んで利益を確保し、そうでない相手は遠ざけて不利益を回避するようにーー作用している。
内藤淳

それを、人は、意識していないのである。
背景にある、利益を意識せずに、感情のみを、自覚して、行動しているのである。

友情や、感謝という気持、感情も、自分の利益に、結びついていると、思っていないが、そういう対人感情自体が、利益のために、人に備わっていると言う。

それでは、見知らぬ人に対する、利他行為は、どうなのであろうか。
要するに、見返りを期待しない、行動である。

例えば、私は、戦争犠牲者の追悼慰霊をするついでに、知らぬ国の知らぬ子供や、人に衣服を差し上げている。
何の、得にもならない。
また、慰霊という行為も、何の得にもならない。

実際、沖縄、渡嘉敷島の、集団自決の場所に、慰霊に出掛けた時、案内し、車の運転をしてくれた、女性から、何の得にもならないのに、どうして、されるのですかと、尋ねられた。

さて、私も、それを、私自身に、尋ねたい気持になった。

しかし、互恵的行動を知ることで、理解した。

やはり人間は「自分の利益」が見込めなくとも純粋な利他行動をするのだと思えるかもしれないが、それは人間同士の互恵関係を直接的なものだけに限定した考えからである。人間社会が間接的な互恵関係を含んで成り立っていることを踏まえれば、こうした行動も結局は「自分の利益」につながっていることが分かる。
内藤淳

それが、リチャード・アレクサンダーによる、間接互恵の理論、である。

「間接互恵」とは、自分が、誰かにした利他行動の「見返り」が、その相手から直接でなくとも、第三者を介して別な形で返ってくることをいう。これはたとえば、商売における「評判の利益」を考えてみると分かりやすい。
内藤淳

周囲に対し、自分の利他的性質が広まり、それが、評判や、人間評価になるというものである。

こうした「評判」が得られると、「私」は、今後、周囲の人と幅広く互恵関係を築けるようになる。
内藤淳

他者から互恵関係を結んでもらうには、「こちらに積極的に利他行動をしてくれる人」と思われることが絶対の条件であり、そういう「評判」を得ている人は、周囲の人と互恵関係を築く可能性が広がる。そして、そうやってたくさんの人と互恵関係を築けるなら、こちらが相手から利他行動を受ける機会も増えて、結局それは「私」の利益になる。
内藤淳

つまり、
他者への利他行動は、将来、周囲の不特定の人たちから「見返り」を得るための「投資」なわけで、そのために必要な「よい評判」を確保する意味でも、他者に積極的に利他行動をすることは、われわれ自身の利益につながっている。
内藤淳

知らない人に対して行う、利他行為は、間接互恵のネットワークの中で、自らの、利他性質を広告して、互恵関係の可能性を、広げるという意味で、自分の利益になるというのである。

それは、また、利益の無意識化であると分析する。

実に、真っ当な、考え方であり、人間観察の、最たるものである。

利他行動を、宗教では、最も、大切で、それだからこそ、人間というもの、信仰というものが、生きているのであると、説くが、実は、進化で得たものなのである。

利他行などと、大袈裟に言うが、元からあったものであるし、そのカラクリが、分かると、宗教という、教えなどに頼らずに、利他行為を行える。

それを、慈悲の行為と、称賛するほど、世の中は、甘くない。
慈悲行を、大乗仏教は、掲げるが、あの、七面倒な、論議は、何のためなのか。

中道、縁起、そして、そこから、慈悲の行為が、という発想は、頭が、イカれているのである。

進化倫理学では、良心を、利益の無意識化という。

更には、思いやりの心、というのである。

私が、何故、戦争犠牲者の追悼慰霊をして、更に、それを知らせる、チラシなどを配布するのかは、平和を考えるには、戦争を知らなければならない。その、きっかけになればと、思う。

更に、衣服支援も、そのついでに行い、それは、皆さんが、不必要であるというものを、頂いての行為である。

自分は、純粋に、そのように、思うが、それが、利益の無意識化であると、分析されても、驚かない。

更に、その行為は、自分のためのものという、意識があり、誰にも、知らせず、行ってもいいのだが、それでは、もったいないのである。
その情報を伝えることで、何か、世の中に、貢献できればいいと、思う。
これも、利益の無意識化である。

次に、善悪という観念を、人間は、どのような進化の過程で、作り上げてきたのかを、見る。

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2009年01月21日

もののあわれ 391

西の対の姫君の御さいはひを、世の人もめで聞ゆ。少納言なども、人知れず、「故尼上の御いのりのしるし」と見奉る。父みこも、思ふさまに聞えかはし給ふ。むかひ腹の、「限りなく」とおぼすは、はかばかしうもえあらぬに、ねたげなる事多くて、まま母の北の方は、やすからずおぼすべし。物語に、ことさらに作り出でたるやうなる御有様なり。




西の対の、姫君の幸せを、世間の人も、喜び申し上げる。
若草の君のことである。
お付の、少納言なども、心のうちで、亡き尼上の、お祈りのゆえと、拝見している。
父の親王も、思いのままに、御文をやり取りされる。
正妻の腹の、この上ない幸せを、願う姫君は、はかばかしくもなれず、妬ましいことも多く、継母の北の方は、心穏やかならずに、思っている。
物語に、作り上げたような、様子である。
物語とは、継子いじめの、お話である。

物語の中で、物語のような、話であると書くのである。




斎院は、御ぶくにて、おり居給ひにしかば、朝顔の姫君は、かはりに居給ひにき。賀茂のいつきには、孫王の居給ふ例、多くもあらざりけれど、さるべき女みこやおはせざりけむ。大将の君、とし月ふれど、なほ御心離れ給はざりつるを、かう筋ことになり給ひぬれば、「口惜しく」とおぼす。中将におとづれ給ふ事も、同じごとにて、御文などは絶えざるべし。





斎院とは、葵の上で、斎院になられた、女三宮のこと。
院の喪で、退かれたので、朝顔の姫君は、その代わりとなって、お坐りになる。
賀茂の斎王には、孫王がなることは、多くなかった。適当な、内親王が、おられなかったのである。
大将の君は、歳月がたっても、やはり、お心が、離れずにいた。しかし、このような、特別な役に就かれたので、残念なこと、と思う。
中将に、便りをすることも、以前と同じく、御文は、絶えない。




昔に変わる御有様などをば、ことに何ともおぼしたらず。かやうのはかなし事どもを、まぎる事なきままに、こなたかなたとおぼしなやめり。



昔に変わる、今の様子などは、別に、なんとも思わず、このような役に立たぬことを、あれこれと、用も無いのに、あちらこちらと、気にしているのである。





みかどは、院の御遺言たがへず、あはれにおぼしたれど、若うおはしますうちにも、御心なよびたるかたに過ぎて、強き所おはしまさぬなるべし。母后おほぢおとど、とりどりにし給ふ事は、えそむかせ給はず。よのまつりごと御心にかなはぬやうなり。




陛下は、院の、遺言を守り、源氏を、弟として、あはれにおぼしたれど、つまり、ここでは、大切にしているが、今風に言えば、愛しているが、である。
若いゆえに、お心がやさしすぎて、強くは出来ない。
母后、祖父の左大臣が、それぞれにされることに、反対することができずにいる。
政治を、思うように出来ないでいる。




わづらはしさのみまされど、かむの君は、人知れぬ御心し通へば、わりなくても、おぼつかなくはあらず。五壇のみず法のはじめにて、つつしみおはします隙をうかがいて、例の、夢のやうに聞え給ふ。かの昔おぼえたる細殿のつぼねに、中納言の君、まぎらはして入れ奉る。人目もしげき頃なれば、常よりもはし近なる、そら恐ろしうおぼゆ。朝夕に見奉る人だに、あかね御さまなれば、まして、めづらしき程にのみある御対面の、いかでかはおろかならむ。女の御さまも、げにぞめでたき御盛りなる。おもりかなるかたはいかがあらむ、をかしうなまめき、若びたる心地して、見まほしき御けはひなり。




煩わしい事ばかりが、増えてゆくが、尚侍の君、つまり、朧月夜は、人に隠れて、心が通じているので、無理もするが、長く会えないという、わけではない。
五壇の御修法のはじめであり、主の慎みの間の、隙間を伺って、いつもの如く、夢のように、お訪ねする。
あの昔の頃を、思わせる、細殿の局に、中納言の君が、うまく隠して、お入れになる。
人目も多い頃なので、いつもより、端近くにいるが、恐ろしく思われる。
朝に夕に、拝している人でさえ、見飽きぬ様子で、まして、めったに会わない人にとっては、どうであろう。更に美しい、盛りである。
落ち着きは、別にして、美しく、なまめかしく、若々しい気がして、好ましい、姿である。


密会である。

新しい、帝の政治から、一転して、源氏の、密会を、描くという。

何故か、ここで、別の作者の手が入ったように、感じる。

政治上の、難しい時期にありながら、源氏の色好みの行為が、続くという、実に、面白い、物語である。
と、共に、非常に難しく感じる物語でもある。

読み進めていると、一体、これは、誰の話なのかと、思う。
先の、文章の続きかと、思いきや、話が、がらりと、変わる。


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2009年01月23日

もののあわれ 393

ほどなく明けゆくにやとおぼゆるに、ただここにしも、「とのい申しさぶらふ」とこわづくるなり。「また、このわたりに、隠ろへたる近衛づかさぞあるべき。腹ぎたなきかたへの、教へおこするぞかし」と、大将は聞き給ふ。をかしきものからわづらはし。ここかしこ尋ねありきて、「とらひとつ」と申すなり。女君、

尚侍
心から かたがた袖を 濡らすかな あくと教ふる 声につけても

と宣ふさま、はかなだちていとをかし。

源氏
嘆きつつ わが世はかくて 過ぐせとや 胸のあくべき 時ぞともなく

しづ心なくて出で給ひぬ。





間もなく、夜も明けてゆくと、思われる頃、すぐ傍で、近衛が、宿直、とのい、を、いたしておりますと、声を張り上げる。
私の他のにも、この辺りで、忍んで、女と会っている、近衛司がいるのだろうと、意地の悪い同僚が、教えてよこしたのだと、源氏は、聞いていた。
近衛は、寅の一つと、申す。
つまり、午前三時である。
女君は、

尚侍
明けるという、あの声は、夜は明けて、あなたは、飽きていられると教える、あの声を聞くにつけても、自分から選んだ道ながら、あれこれと、悲しく思います。

と、歌詠みする様子、心細げである。

源氏
身の上を嘆きつつ、一生、このようにして、過ごせとおっしゃるのですか。夜が明けますが、この胸が、開く時は、ありません。

休まらない思いのままに、お出になる。

女の歌は、夜が明けると、飽きるとを、かけている。




夜深きあかつき月夜の、えも言はず霧りわたれるに、いといたうやつれて、ふるまひなし給へるしも、似るものなき御有様にて、承香殿の御せうとの藤少将、藤壺より出でて、月の少しまある立てじとみのもとに、立てりけるを、知らで過ぎ給ひけむこそいとほしけれ。もどき聞ゆるやうもありなむかし。




夜明けにある、暁には、月が冴えて、いうに言われず、美しい霧が立ち込めている。そこを、いといたうやつれて、ひどい、お忍びの姿で、歩いている。似る者がないほどの、様子である。
承香殿の、女御の、兄の藤の少将が、藤壺から、出て来た。月影が翳っている立て板の所に立っていたが、気づかずに、通っていったのは、気の毒です。
非難することも、あるでしょう。

最後は、作者の言葉である。





かやうも事につけても、もて離れ、つれなき人の御心を、かつは「めでたし」と、思ひ聞え給ふものから、わが心の引くかたにては、なほ「つらう心憂し」と、おぼえ給ふ折多かり。




こんなこともあるとのこと。自分を避ける、つれない方の、お心を、一方では、立派だと思うが、自分の勝手な気持ちからすれば、酷い、恨めしいと、思うことが、多いのである。




うちに参り給はむ事は、うひうひしく所せくおぼしなりて、東宮を見奉り給はぬを、おぼつかなく思ほえ給ふ。また頼もしき人もものし給はねば、ただこの大将の君をぞ、よろづに頼み聞え給へるに、なほこのにくき御心のやまぬに、ともすれば、御胸をつぶし給ひつつ、いささかも、けしき御覧じ知らずなりにしを思ふだに、いと恐ろしきに、「今さらに、またさる事の聞えありて、わが身はさるものにて、東宮の御ために、必ずよからぬ事出できなむ」と、おぼすに、いと恐ろしければ、御祈りをさへせさせて、「このこと思ひやませ奉らむ」と、おぼし至らぬ事なくのがれ給ふを、心深くたばかり給ふを、いかなる折にかありけむ、あさましうて近づきまいり給へり。心深くたばかり給ひけむことを、知る人なかりければ、夢のやうにぞありける。






中宮、つまり藤壺が、御所に、参上することは、敷居も高く、自由もきかない思いがあるようになり、東宮のお顔を拝することがないことが、気がかりに思える。
他に頼りにする人もなく、一人この大将を、何事にも、頼りにしてくれるが、今も、この困った心がなくならないので、はっとすることが、続き、院は少しも、気配をご存じないのだと、それを思うだけでも、恐ろしい限りだ。今になって、改めて、この事が、噂になれば、わが身は、ともかく、東宮のために、きっと良くないことが、起こるだろうと、思うと、恐ろしく、祈祷までさせて、この事は、諦めていただこうと、思案の限り、避けられるのだ。が、どうした弾みか、思いもかけずに、近づいたである。
注意深く、計画していたのに、知る人もなく、夢のようであった。

さる事の聞えありて
源氏と、藤壺の密通が、知られると、大将、源氏も、皇后も、東宮も、解任させられるのである。

源氏は、それを、知りつつも、なお、藤壺に迫るという。
恐れつつ、迫るのである。
わかっちゃいるけど、止められないのである。
いつの世も、人の性、というものである。

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2009年01月24日

もののあわれ 394

まねぶべきやうなく、聞え続け給へど、宮、いとこよなくもて離れ聞え給ひて、はてはては、御胸をいたうなやみ給へば、近うさぶらひつる命婦弁などぞ、あさましう見奉りあつかふ。男は、憂しつらしと、思ひ聞え給ふこと限りなきに、来しかた行く先かきくらす心地して、うつし心失せにければ、明けはてにけれど、出で給はずなりぬ。





ここには、伝えられないほど、言葉尽くして、かきくどかれたが、宮は、強く受け入れないのである。
しまいには、胸がひどく痛み、近くに控えていた、命婦や、弁などが、驚き、介抱する。
男は、つまり、源氏は、冷たい、つれないと思うこと、この上ない。過去も、未来も、真っ暗になったように思えた。
うつし心失せにければ、ものを考える力も無くなり、夜が明けたのでが、そのまま、そこに、留まるのである。

うつし心、とは、現実的な心の様である。



御なやみにおどろきて、人々近うまいりて、しげうまがへば、われにもあらで、塗籠に押入れられておはす。御衣ども隠し持たる人のここちども、いとむつかし。宮は、ものを「いとわびし」とおぼしけるに、御気あがりて、なほなやましうせさせ給ふ。





苦しみに、驚いた、女房たちが、傍近くに寄り、しきりに出入りする。
源氏は、いつの間にか、塗籠の中に、押し込められていた。
お召しものなどを、隠していた人々は、まことに、困ってしまった。
宮は、酷く辛いと、思い、逆上してしまい、更に、苦しそうにしている。





兵部卿の宮、太夫など参りて、「僧召せ」などさわぐを、大将いとわびしう聞きおはす。からうじて、暮れゆくほどにぞ、おこり給へる。かく籠り居給へらむとは思しもかけず。人々も、また御心まどはさじとて、人々「かくなむ」とも、申さぬなるべし。昼のおましに、いざり出でておはします。「よろしう思さるるなめり」とて、宮もまかで給ひなどして、おまへ人少なになりぬ。例も、け近くならせ給ふ人少なければ、ここかしこの物のうしろなどにぞ侍ふ。命婦の君などは、「いかにたばかりて、出だし奉らむ。今宵さへ、御けあがらせ給はむ、意図ほしう」などうちささめきあつかふ。





兵部卿の宮、太夫などが、駆けつけて、僧を呼べなどと、騒ぐのを、源氏は、とても、わびしく聞いている。
そして、やっと、暮れ近くに、出られたのである。
このように、潜んでいようとは、思わなかったのだが、女房たちも、重ねて、心を騒がせまいと、かくなぬ、とは、申し上げなかった。
藤壺は、昼の、御座所に、いざり出て、おいでになる。
楽になったことでもあり、兄宮も、退出され、御前は、人が少なくなった。
いつも、身近に、仕える人が少ないので、皆、ここかしこと、物陰に控えている。
命婦の君は、どうして、源氏を出したらよいのか。今晩も、逆上せられたら、お気の毒だと、囁きあうのである。




君は塗籠の戸の、細めにあきたるを、やをら押しあけて、御屏風のはざまに伝ひ入り給ひぬ。めづらしくうれしきにも、涙は落ちて、見奉り給ふ。




源氏は、塗籠の戸の細めに開いているのを、そっと、開けて、屏風の隙間に入ってゆく。
中宮、藤壺の姿が、珍しく、うれしくもあり、涙と、共に、見上げるのである。



藤壺「なほいと苦しうこそあれ。世や尽きぬらむ」とて、とのかたを見出だし給へるかたはらめ、言ひ知らずなまめかしう見ゆ。人々「御くだものをだに」とて、まいりすえたり。箱のふたなどにも、なつかしきさまにてあれど、見入れ給はず。世の中を、いたうおぼし悩めるけしきにて、のどかにながめ入り給へる、いみじうらうたげなり。かんざし、かしらつき、御ぐしのかかりたるさま、限りなきにほはしさなど、ただかの対の姫君に、たがふ所なし。年ごろ少し思ひ忘れ給へりつるを、「あさましきまでおぼえ給へるかな」と、見給ふままに、少し物思ひのはるけ所ある心地し給ふ。






藤壺は、まだ、とても、苦しい。死んでしまうのだろうかと、外に視線を向ける横顔が、言いようもないほど、美しい。
人々が、果物だけでも、と、御前に差し上げる。
箱の蓋などに、もってあるが、見向きもしない。
世の中を、悩む様子で、静かに、物思いに、耽る姿が、可愛らしい。
髪の具合、頭の形、髪の垂れ下がる様子や、この上にないほどの、肌の美しさ。
全く、対の姫君と、違わないのである。
源氏は、暫く忘れていたが、驚くほど似ていると、少し心の、晴れる思いがする。




け高う、恥づかしげなるさまなども、さらにこと人とも思ひ分き難きを、なほ限りなく、昔より思ひしめ聞えてし心の思ひなしにや、「さまことに、いみじうねびまさり給ひにけるかな」と、たぐひなくおぼえ給ふに、心まどひして、やをら御帳の内にかかづらひ入りて、御ぞのつま引きならし給ふ。けはひしるく、さと匂ひたるに、あさましうむくつけう思されて、やがてひれ伏し給へり。「見だに向き給へかし」と心やましうつらうて、引き寄せ給へるに、御ぞをすべし置きて、いざりのき給ふに、心にもあらず、御ぐしの取り添へられたりければ、いと心憂く、宿世のほど思し知られて、「いみじ」とおぼしたり。



気高く、気後れするところもあり、とても、別人とは、思えない。だが、この上なく、昔から、深く慕っていた気持ちゆえに、何かが違っている。実に、立派になられたと、思う。比べられる人などないという、気持ちであり、心乱れて、御張台の内に、滑り込み、着物の褄を、引き動かすのである。
誰のものと、はっきり解るほど、衣の香りがする。
藤壺は、思いもかけず、また、恐ろしくなり、そのまま、うつ伏せになった。
せめて、お顔をと、腹も立ち、情けなくもあって、引き寄せると、上の、お召し物を脱ぎ捨てて、いざりながら、逃れるのである。
君は、そのつもりがなかったが、髪が、着物と共に、手に残ったので、何ともいやな気分で、宿世のことも、心に浮かび、こんなことは、たまらないと、思ったのである。

何とも、とんでもない、濡れ場である。
逃れる藤壺と、追う、源氏である。
この時ばかりは、源氏も、手も足も、出せないでいる。

好色の行為とはいえ、ここまで、描くという試みである。

藤壺は、源氏の子を宿し、深く傷ついている。
更に、源氏もまた、深く、後悔しているのだが、人間の、どうしようもない性というものを、描き切るのである。

様々な、研究家の、分析はあるが、物語として、面白いか、面白くないかが、決め手である。
色々な角度から、物語を、眺めることが、出来る。しかし、私は、もののあはれ、という、心象風景に、焦点を当てている。

多くの評論活動、書評というものも、創作活動であるということが、解る。
そして、それには、答えというものが無い。

私は、答えを明示して、これを、書いている。
全く、物語の、捉え方が違う。

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2009年01月25日

もののあわれ 395

男も、ここら世をもてしづめ給ふ御心、みな乱れて、うつしざまにもあらず、よろづの事を泣く泣く恨み聞え給へど、「まことに心づきなし」とおぼして、いらへも聞え給はず。ただ、藤壺「ここちのいと悩ましきを、かからぬ折もあらば聞えてむ」と宣へど、尽きせぬ御心のほどを、言ひ続け給ふ。さすがに、「いみじ」と聞え給ふふしも交るらむ。あらざりし事にはあらねど、改めて、いと口惜しう思さるれば、なつかしきものから、いとよう宣ひのがれて、今宵も明けゆく。





男とは、源氏のことである。
突然、男と書くのは、色事の場面であるという。
源氏は、これまで、抑えていた心を、取り乱して、いつものようではなく、あれこれと、恨み事を、申し上げる。
宮は、つまり、藤壺は、本当に嫌なことと、思いつつ、返事もしない。
そして、藤壺は、気分がひどく悪いので・・・こんなことでもなければ、申し上げましょう。と言うが、果てしなく、胸の思いを言い続ける。
さすがに、そのようだと、思うことも多々ある。複雑な心境である。
これまでに、なかったことだが、改めて、とても、残念であり、なつかしき、つまり、優しい思い、大変巧みに言い逃れて、今夜も、明けてゆく。

藤壺は、源氏の誘いから、逃れるべく、の行為である。
実に、面白い。




せめてしたがひ聞えざらむも、かたじけなく、心恥づかしき御けはひなれば、源氏「ただかばかりにても、時々、いみじき憂れへをだに、はるけ侍りぬべくは、何のおほけなき心も侍らじ」などたゆめ聞え給ふべし。



お言葉に、従わないことも、恐れ多く、こちらが、辛くなる様子なので、源氏は、ただ、このようなことでも、時々、この切ない思いを、紛らわすことができましたら。何の大それた心を、起こしましょうと、言う。




なのめなる事だに、かやうなる仲らひは、あはれなる事も添ふなるを、ましてたぐひなげなり。



なのめなる事だに、とは、ありふれた事でも、このような間柄ですから、あはれなる事も、つまり、この場合は、心通うこともあるという。
まして、たぐひなげなり、とは、特別な関係ですから、とでも、訳す。




明けはつれば、二人して、いみじき事どもを聞え、宮は、半ばなきやうなる御けしきの、心苦しければ、源氏「世の中にありと聞しめされむも、いと恥づかしければ、やがて亡せ侍りなむも、またこの世ならぬ罪となり侍りぬべき事」など聞え給ふも、むくつけきまで思し入れり。

源氏
逢ふ事の かたきを今日に 限らずは 今いく世をか 嘆きつつへん

御ほだしにもこそ」と聞え給へば、さすがにうち嘆き給ひて、

藤壺
長き世の 恨みを人に 残しても かつは心を あだと知らなむ

はかなく言ひなさせ給へるさまの、言ふよしなきここちすれど、人のおぼさむところも、わが御ためも苦しければ、われにもあらで出で給ひぬ。




明けてしまったので、お傍の二人は、厳しいことを、色々と、申し、藤壺の宮は、半ば、魂の抜けたようになって、辛い。
源氏が、この世に、まだ永らえているというもの、実に恥ずかしい。さりとて、このまま、死ぬと思っても、それは、後の世の、罪になりましょうと、申し上げるのも、恐ろしいほどの、思い詰めである。

源氏
お会いする、難しさが、今日が最後でなければ、二世も三世も、この嘆きを、繰り返しましょう。

おん、ほだしにも、なりましょうと、つまり、往生する障りになると、申し上げると、藤壺は、ため息をついて、

藤壺
いつまでも、私に、恨みを残しても、それは、あなたの心のゆえです。無駄なことと、覚悟してください。

何もならないと、わざと、言う様子が、言いようもない。
相手が、どのように思うか、それも、自分にとって、辛いこと。
魂の、抜けたように、退出された。

源氏は、藤壺と、契るために、そこまで、やるかという、態度である。
父帝の亡き後も、その、父帝の寵愛した、藤壺に迫るという、囚われ。
この、欲望は、いったい、人の心の、どから、出るものなのか。
単なる、欲望とは、思われないのである。

禁断のことだから、尚いっそうに、惹かれるのだろうか。


「いづこをおもてにてかは、またも見え奉らん。いとほしとおぼし知るばかり」とおぼして、御文も聞え給はず。うち絶えて、うち東宮にも参り給はず、籠りおはして、起きふし、「いみじかりける人の御心かなに」と、人わろく恋しう悲しきに、心魂もうせにけるにや、なやましうさへおぼさる。もの心細く、「なぞや。世にふれば憂さこそまされ」とおぼし立つには、この女君の、いとらうたげにて、あはれにうち頼み聞え給へるを、ふり捨てむ事いとかたし。



どのような、面目で、再び、お会いできよう。こうなれば、気の毒だと、思うまでだ、と、思い、お手紙も、差し上げない。
そして、御所にも、東宮御所にも、参上されない。
引き籠り、寝ても覚めても、ひどい方だと、恥ずかしいほど、恋しく思う。
魂も抜けたのか、気分も悪い。
そして、何やら、心細く、何故、これと程にと、思い、世に永らえれば、苦しみが、増えるものだと、出家を考えるほどだが、邸の、若草が、とても、可愛い様子で、いじらしくも、頼るのを、振り捨てるわけには、いかないと、思うのである。

源氏の心の、無明である。
あえて、その無明を描いて、作者は、人の心の、無明ということを、見つめた。

源氏は、思いが遂げられないことに、逆恨みしているのである。
このは、王朝の優雅な、恋遊びとは、違う。

作者は、救いようのない、人間というものの、有り様を見ている。
浄土信仰の、盛んな頃である。
この、人間の、どうしようもない、性というものを、何者かによって、救って貰わなければならない。
もう、それは、仏の慈悲以外にない。

欲望が、罪だという意識が、また、仏教によって、観念化され始めた時期である。
更に、欲望は、迷いであるという、観念である。

自分の父の、寵愛した女に、子を産ませ、更に、父亡き後も、男女の関係を、迫るという、生々しい、源氏の、欲望、そして、行為を、描く。

この物語には、戦いの場面は、一切、無い。
戦というものが、無い時、人は、こうして、徹底して、我というものを、追及できる。
一見、それは、欲望の数々であるが、実は、ただ、ただ、人の心というものを、見つめている。

それが、もののあはれ、なのである。

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2009年01月26日

もののあわれ 396

宮も、その名残り、例にもおはしまさず。かうことさらめきて、籠り居、おとづれ給はぬを、命婦などはいとほしがり聞ゆ。宮も、東宮の御ためをおぼすには、御心置き給はむこといとほしく、「世をあぢきなきものに思ひなり給はば、ひたみちにおぼしたつこともや」と、さすがに苦しうおぼさるべし。





宮も、あの夜のことから、勝れない状態である。
源氏は、わざとらしく、籠もり、訪れもしないことを、命婦などは、気の毒に思う。
宮も、東宮のことを、考えると、心に隔てがあっても、困ると、落胆してしまうと、出家を決心されるのではと、さすがに、心苦しく思う。



「かかること絶えずは、いとどしき世に、憂き名さへもり出でなむ。おほ后の、あるまじきことに宣ふなる位をも去りなむ」と、やうやうおぼしなる。院のおぼし宣はせしさまの、なのめならざりしをおぼし出づるにも、「よろづの事ありしにもあらず変りゆく世にこそあめれ。戚婦人の見けむめのやうにはあらずとも、必ず人わらへなる事は、ありぬべき身にこそあめれ」など世のうとましく、過ぐし難うおぼさるれば、そむきなむ事をおぼしとるに、東宮奉らで、おも変りせむ事、あはれにおぼさるれば、忍びやかにて参り給へり。





こうしたことが、絶えないと、おもしろくないのと、また、いやな評判まで広がる。
大后が、けしからんと思う、中宮の位も、退いてしまおうと、次第に、心を決めるのである。
院が、心配して、仰せられた言葉の、並々ではなかったことを、思い出す。
すべてのことが、昔の面影もなく、変わってゆく世の中である。
戚婦人、これは、漢の高祖の晩年の寵愛された、姫のことである。その死後、その正妻によって、婦人は、手足を断たれ、目を抜き、耳を焼かれ、おしにされた。
その婦人が見たような、目に遭わずとも、きっと、物笑いになる事が、自分にも起こるだろうと、今の世に、嫌気がさし、過ごしにくく、思われるので、出家しようとするが、東宮に会わずに、姿を変えることは、心残りであると、目立たないように、参上された。




大将の君は、さらぬ事だに、おぼし寄らぬ事なく仕うまつり給ふを、御心地なやましきにことつけて、御送りにも参り給はず。大方の御とぶらひは、同じようなれど、「むげにおぼし屈しにける」と、心知るどちはいとほしがり聞ゆ。





大将の君、源氏は、これほどではないことでも、お世話をするのに、ご気分の勝れないのを、口実に、お送りにも、参上されない。
一通りの、挨拶は、いつもと同じであるが、すっかり、ふさぎ込んでしまったものと、わけを知る女房たちは、気の毒に思うのである。




宮は、いみじううつくしうおとなび給ひて、めづらしう嬉しとおぼして、むつれ聞え給ふを、「かなし」と見奉り給ふにも、おぼし立つ筋はいとかたけれど、内わたり見給ふにつけても、世の有様あはれにはかなく、移り変る事のみ多かり。



東宮は、とても、可愛らしく成長していて、母宮を、久しいと、思い、まとわりつく。
愛しいと、ご覧になると、決心は、揺らぐ。
御所の中を、ご覧になると、すべてが、心を痛める。
跡形もなく、変わっていることばかりである。




おほ后の御心もいとわづらはしくて、かく出で入り給ふにもはしたなく、事にふれて苦しければ、藤壺「御覧ぜで久しからむほどに、かたちのことざまにて、うたてげに変りて侍らば、いかがおぼさるべき」と聞え給へば、御顔うちまもり給ひて、東宮「式部がやうにや。いかでかさはなり給はむ」とえみて宣ふ。いふかひなくあはれにて、藤壺「それは老いて侍れば醜きぞ。さはあらで、髪はそれよりも短くて、黒ききぬなどを着て、夜いの僧のやうになり侍らむとすれば、見奉らむ事も、いとど久しかるべきぞ」とて泣き給へば、まめだちて、東宮「久しうおはせぬは恋しきものを」とて、涙の落つれば、「恥づかし」とおぼして、さすがにそむき給へる、御ぐしはゆらゆらと清らにて、まみのなつかしげに匂ひ給へるさま、おとなび給ふままに、ただかの御顔を脱ぎすべ給へり。御歯の少し朽ちて、口の内黒みて、えみ給へるかをり美しきは、女にて見奉らまほしう清らなり。「いとかうしもおぼえ給へるこそ、心憂けれ」と玉のきずにおぼさるるも、世のわづらはしさの、そら恐ろしうおぼえ給ふなりけり。




大后の、お心にも、ひどく、はばかられて、御所に、出入りするのも、気が引ける。
何かにつけて、辛く思う。
東宮のためにも、危険に思われ、将来のことが、恐ろしく、あらゆることに、迷うのである。
藤壺が、お目にかかぬうちに、姿が、変わり、見苦しい様子になっていたら、どのように、思いますと、言う。
東宮は、じっと、顔を見て、式部のようになるのか。そんなことには、なりませんと、笑って、お話しする。
いじらしい様子に、藤壺は、あれは、年を取りましたから、見苦しいのですよ。そうではなく、髪は、あれよりも、短くて、黒い衣を着て、夜居の僧のようになりますから、お目にかかることも、もっともっと、少なくなりますと、泣くと、東宮は、真面目な顔で、長い間、いらっしゃらなと、堪らないのにと、涙を流す。
しかし、恥ずかしいと、思ったようで、横を向く。
髪がふさふさと、美しく、目元が可愛く光っている様子。
大きくなるにつれて、まるで、あの方のお顔、そのままである。
あの方とは、源氏のことである。
歯が、少し虫歯になり、口の中が、黒ずんで、笑う、色艶の美しさは、女にして、拝したいほどの、綺麗さである。
本当に、これほどまで、似ているとは、心配だと、それが、玉にきずと、思われるのも、世間の口がうるさいからである。
そら恐ろしく思えるのである。

ここに、少し問題が、ある。
東宮は、このように、話が出来るほど、成長したのだろうか。
これほどの話が出来るのは、四、五歳程度であろう。
誕生から、そんなに、経ていないはず。

ここで、作家の、矛盾がある。
まして、女の筆であれば、そんな、過ちは、犯さないはず。
では、紫式部ではない、誰か、つまり、男の筆ではないかと、疑うのである。

原文を、書き写していると、自然と、何か、今までの、調子とは、違う文体に、変わっているように、思えるのである。
更に、検証してみたい。

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2009年01月27日

もののあわれ 397

大将の君は、宮をいと恋しう思ひ聞え給へど、あさましき御心のほどを、「時々は、思ひ知るさまにも見せ奉らむ」と、念じつつ過ぐし給ふに、人わろくつれづれにおぼさるれば、秋の野も見給ひがてら、雲林院にまうで給へり。故母御息所の御せうとの律師の、籠り給へる坊にて、「法文など読み、行ひせむ」とおぼして、二三日おはするに、あはれなること多かり。





大将の君、源氏は、東宮を、とても、恋しく思うが、中宮、藤壺の心があまりに、頑ななので、時々は、恨んでいると、知ってもらおうと、会いたい気持ちを我慢して、日を過ごす。だが、世間に笑われそうなほど、何も、手がつかないのである。
秋の野を見ながら、雲林院に、お参りになった。
故母の御息所の、兄である、律師が、籠もる坊である。
経文を読み、勤行しようと思い、二、三日いらしたが、心打たれること、多かった。

あはれなること多かり
心に深く感ずることが、多いとなる。
もはや、あはれ、とは、心に感ずること、すべてに、おいて、使用されている。





紅葉やうやう色づきわたりて、秋の野のいとなまめきたるなど見給ひて、ふる里も忘れぬべくおぼさる。法師ばらの、ざえある限り召し出でて、論議せさせて聞しめさせ給ふ。所がらに、いとど世の中の常なさをおぼし明かしても、なほ、「憂き人しもぞ」とおぼし出でらるるおしあけ方の月影に、法師ばらの、あか奉るとて、からからと鳴らしつつ、菊の花こき薄き紅葉など、折り散らしたるも、はかなけれど、このかたの営みは、この世もつれづれならず、後の世はた頼もしげなり。「さもあぢきなき身をもてなやむかな」などおぼし続け給ふ。律師の、いと尊き声にて、「念仏衆生摂取不捨」とうちのべて行ひ給へるが、いと羨ましければ、なぞやとおぼしなるに、まづ姫君の心にかかりて、思ひ出でられ給ふぞ、いとわろき心なるや。





紅葉が、次第に色づいて、秋の野の美しさを、ご覧になる。都のことを、忘れてしまいそうになる。
法師たちで、学問のあるもの達を、集めて、論議をさせて、聞く。論議とは、教義の説明である。
場所が場所だけに、ひとしお、世の中の無常を感じつつ、夜を明かす。
そして、つれない方のことが、恋しく思い出される、明け方の月の光に、法師たちが、あかを、お供えしようと、からからと、音をたてて、菊の花、濃い薄いの紅葉を、折散らしている。それは、何にもならないことだが、こうした勤めは、この世では、心を慰め、後の世には、役立つのだうろと、思う。
こんなに、面白くないわが身を、もてあましている、などと、考える。
律師が、尊い声で、ねんぶつしじょうせっしゅふしゃ、と、長く伸ばして唱えるのが、妬ましく、何故、自分は、こうなのかと、思う。
姫君のことが、気になって、思い出されるのである。困ったものだ。


あか奉る
あか、とは、梵語の水という意味。
仏に奉る水を言う。





例ならぬ日かずも、おぼつかなくのみおぼさるれば、御文ばかりぞしげう聞え給ふめる。源氏「行き離れぬべしやと、試みはべる道なれど、つれづれも慰めがたう、心細さまさりてなむ。聞きさしたる事ありて、やすらひ侍る程を、いかに」などみちのくに紙に、うちとけ書き給へるさへぞめでたき。

源氏
浅ぢふの 露のやどりに 君を置きて よもの嵐ぞ しづ心なき

などこまやかなるに、女君もうち泣き給ひぬ。御返し、白き色紙に、

若草
風吹けば まづぞ乱るる 色かはる 浅ぢが露に かかるささがに

とのみあり。「御手はいとをかしうのみなりまさるものかな」と独りごちて、うつくしとほほえみ給ふ。常に書きかはし給へば、わが御手にいとよく似て、いま少しなまめかしう、女しきところ書き添へり。「何事につけても、けしうはあらずおほし立てたりかし」と、思ほす。






いつになく、会わない日がたった。
しきりに気になり、お手紙だけは、度々差し上げていた。
源氏は、世を捨てきることが、できようかと、試みに来てみたが、心も落ち着かず、心細く思う。聞きかけたこともあるのですが、どうしようかと、思っています。あなたは、どうですか、と、陸奥紙に、気軽に書くのだが、見事なものである。

源氏
浅ぢうに置く、露のように頼りない所に、あなたを、置いてきた。四方の風吹くたびに、心配します。

などと、心のこもった、文に、女君は、泣いた。返事は、白い色紙に


色の変わった、あさぢの露に、張った蜘蛛の糸のように、はかない身の上の私です。風が吹くと、まず、心を痛めます。

とある。
筆字は、とても上手になったと、源氏は、独り言を言う。
可愛いものだと、笑う。
絶えず、手紙のやり取りをしているので、自分の筆に、よく似てきた。更に、女らしい、やさしい、書きぶりである。
何事につけても、悪いところもなく、育ったものだと、思うのである。


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2009年01月28日

もののあわれ 398

吹きかふ風も近き程にて、斎院にも聞え給ひけり。中将の君に、源氏「かく旅の空になむ、もの思ひにあくがれにけるを、おぼし知るにもあらじかし」など恨み給ひて、おまへには、

源氏
かけまくは かしこけれども そのかみの 秋思ほゆる ゆふだすきかな

昔を今にと、思ひ給ふるもかひなく、とり返されむ物のやうに」と慣れ慣れしげに、唐の浅緑の紙に、榊にゆふつけなど、かうがうしうしなして参らせ給ふ。




風も吹きかう程、近いところなので、斎院に、つまり、朝顔にも、お便りを差し上げる。
中将の君に、このように、旅の空にまで、胸を焦がして、あくがれにむけ、迷ってきたのに、解ってくださらないでしょう、などと、恨みつつ、御前には、
源氏
口にするのも、恐れ多いことですが、あの昔の秋のことが、頭に浮かんでくる、ゆふだすき、です。
ゆふだすき、とは、木綿襷である。

昔を今にと、思いましたが、その甲斐もない。取り返せるもののように思ったり、と、昔何事か、あったように、唐の薄緑の紙に書きつけ、榊に木綿をつけたりし、神々しく飾って、届けたのである。




御かへり、中将、「まぎるる事なくて、来し方の事を、思ひ給へ出づるつれづれのままには、思ひやり聞えさする事多く侍れど、かひなくのみなむ」と少し心とどめて多かり。おまへのは、ゆふの片はしに、

朝顔
そのかみや いかがはありし ゆふだすき 心にかけて しのぶらむゆえ

近き世に」とぞある。御手こまやかにはあらねど、らうらうじう、草などをかしうなりにけり。「まして朝顔もねびまさり給へらむかし」と、思ひやるもただならず。恐ろしや。



お返事は、中将は、気の紛れることも無く、これまでのことを、思い出して、所在ないままに、偲びつつ、あれこれと、思いますが、致し方ないこと、と、少しく丁寧に書いている。
斎院のは、木綿の片端に、

斎院
その昔、何があったというのでしょう。あなたが、心にかけて、偲んでいるというものは、一体、何のことですか。

この頃のことは、勿論ですが、とある。
筆は、潤いあるとは、いえないが、立派で、草書体なども、見事になったと思う。
それ以上に、お顔も、いよいよ美しくなっているのだうろと、思われると、その心の動きに、恐れを感じるのである。



「あはれ、この頃ぞかし。野の宮のあはれなりし事」とおぼし出でて、「あやしうやうのもの」と、神うらめしうおぼさるる御癖の、見苦しきぞかし。



あはれ、この頃だった。野の宮の、心疼くような出来事は、と、思い出し、妙に似たような事、と、神を恨めしく思う癖が、困ったものです。
とは、作者の言葉。
あはれ、とは、この場合、詠嘆である。




わりなあおぼさるべかめるも、あやしき御心なりや。院も、かくなべてならぬ御心ばへを、見知り聞え給へれば、たまさかなる御返りなどは、えしももて離れ聞え給ふまじかめり。少しあいなきことなりかし。



無理にでも、と、思うならば、そのように、やり方もあったのであろうが、昔の頃は、構わずに、過ごして、今頃になり、後悔するのも、変なものだ。
斎院も、この、並々ならぬ、心のうちを知るゆえに、時々の、お返事などは、あまり、すげなく出来ずにいる。
少々、けしからぬことです。

これは、すべて、作者の言葉である。
感想を、このように、書き付けるのである。

第三者の目になり、語るのである。
これが、後に、小説に使われる、手法になってゆく。
三人称の、小説である。

あはれ、が、詠嘆に使われることもある。
心の様を、あはれ、に託す。
言い表しえない思いは、あはれ、で、満ちる。



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