2008年12月20日

神仏は妄想である 185

創価学会による、法華経の解釈を見ているが、元は、日蓮正宗からのものである。
最初の、教学の本を見ると、日蓮正宗の主に従い云々、その元で、云々とある。
教義は、そこから出ている。

そこから、破門されたことにより、両者は、激しい対立を起こしている。
宗門側につく、ケンセイ会という団体は、いつも、会員増強のために、警察のお世話になるという、有様。
数が多いと、強いと思うのは、日蓮宗系の、拘りか。

日蓮大聖人は、末法において、甚深未曾有の法を成就する方法は、ただただ受持即観心以外にないと述べられています。
とある。

当時は、末法思想とは、常識であったようで、日蓮も、末法という危機意識を持った。
その、末法思想には、何の根拠も無い。
一人の中国僧の、戯言である。

釈尊の因行・果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う
日蓮

受持、じゅじ、つまり、受けて持てばということだ。

釈尊をはじめいっさいの諸仏が修行して積んだ因行とその結果としての功徳はことごとく、私たちが御本尊に向かって南無妙法蓮華行と唱える一行のなかに含まれることを力説されています。
と、ある。

こんな、馬鹿げたことが、あろうか。
信ずる者は、確実に騙されるのである。
真っ当に、これを、信じているとしたら、あまりにも、お目出度い。

更にである。
御本尊とは、その文字であり、その文字を書く者は、日蓮である。つまり、日蓮は、釈迦仏陀ではなく、日蓮仏陀として、題目を書いた、それが、ご本尊である。
現在は、誰が書くのか。
日蓮宗系の諸派の、座主たちである。

釈迦仏陀の頃は、妙法蓮華経などという、言葉も無い。
釈迦仏陀の、教えを、仏教と言うならば、これは、仏教ではない。
全く新しいものである。
仏教とは、関係無い、新興宗教と、言う以外にない。

日蓮は、独自に、経典を読んだと言えば、聞えはいいが、偽書なども利用して、我が思い、教えを述べている。

更に、題目と、似る念仏宗を、徹底的に、攻撃する。
念仏無間地獄というから、甚だしい。
似ているものに対して、人は、激しい憎悪と、嫌悪を抱く。
更に、法然の方が最初であるから、地団太踏んだのである。

勿論、題目というのは、それ以前から、修行の一つとして、存在した。
最も、底辺の修行者たちによって、行われていた。
あまり、頭の良くない、お勉強の出来ない人のための、修行法だった。

私たちの場合では御本尊を受持し、勇猛精進して唱題に励む地涌の菩薩を、十方の梵天、帝釈、日月、大明星天、天照太神、普賢菩薩、妙音菩薩などの諸天善神や菩薩たちが必ず守護するということです。
と、いう。

諸天善神と、言われるインド魔界の、魔物が、守護するというのである。
要するに、それらの、魔物たちが、背後で、何やらするということであり、それは、相当に強い力を、発揮するであろう。

更に、法華経という、ファンタジーに出て来る、地涌の菩薩であると、自分たちを、そのように思うという、お目出度さである。

ハリーポッターの、魔法の学校の優秀な生徒であると、言うのと、同じである。
その場合は、笑って聞いていられるが、この場合は、マジで、信じるから、手がつけられない。

日蓮も、自分の背後で、蠢いていた、インド魔界の、魔物の、正体を知らず、よく解らずに、躁的行動による、人格障害を起こしていたのである。

クマラジューが、漢訳した、法華経に、帰依するという、仰天の有様を、真っ当だとは、到底思えない。

釈迦仏陀の傍にいて、智慧第一とされた、舎利佛、シャーリープトラなどの、二乗には、解らないと書くのである。
大乗経典に、飲み込まれてしまっている。

初期、釈迦仏陀の弟子も、解らなかったと、書く、根拠は何か。
大乗経典が、小乗否定で、成り立つからである。ただ、それだけ。

そして、
文底から、見れば
とくる。
文底とは、勝手な解釈、勝手な思い込みである。

その心が末法の愚痴の衆生にはなかなかわからないということです。
と、言う。

自作自演である。

恐ろしい、差別主義がある。
妙法蓮華経を、信じない者は、愚痴の衆生であり、私たち、信じる者は、地涌の菩薩であるという、自己暗示、自己催眠である。

人生は、演じることであるから、地涌の菩薩を演じることも、いい。否定はしない。
しかし、そこには、他者、つまり、法華経を奉じない人に対する、甚だしい差別意識がある。

宗教に付き物の、選民意識である。
特に、日本のキリスト教徒に、多い。

主よ、主よ、と祈る者が天の国に入るのではない。私の言葉を行う人が、天の国に入るのであるとは、主イエスの言葉であるが、主よ主よと、祈りだけで、キリスト教徒だと、思いこむ者、多数。
更に、その祈りが、主に聞き入れられていると、思い込むという、アホ振り。
質も、次元も違う、モノに、通ずるはずがないことを、知らない。

宗教の蒙昧は、計り知れない。
彼らは、深い深い、闇夜の中を歩いていることを、知らない。
明かりが、見えるという、蜃気楼を見て、地獄の道にまっしぐらなのである。



posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 187

大乗仏典の、法華経を見ている。

ここで、それを、仏教であるという人には、何も言うことが無い。しかし、初期、釈迦仏陀の、仏教というものを、見ることで、釈迦仏陀の、教えというものを、知りたいと思う人に、インド思想史から、見た、初期仏教というものを、紹介する。

仏教の実践的認識の最初に当面した問題は、人生の苦しみということであった。人間はどこにあっても、またいかなるものにたよっても、苦しみから脱することはできない。
中村元

生も苦しみ、老いも苦しみ、病も苦しみ、愛せざるものに逢うことは、苦しみ。愛するものに、離れることも、苦しみ。欲するものを、得ざることも、苦しみである。
五つの執着による、苦しみであり、苦しみとは、自己の欲するがままにならないこと、なのである。

それでは、それらが、何故、苦しみなのか。
それは、すべてが、無常であるからだと、考える。

上記、これも、観念となる。

無常だから、苦しいのである。
何故、仏陀は、そのように考えたのか。
それは、一つの、考え方である。

無常だから、楽しいのであると、考えることも、できたはずである。
ここに、仏陀の、病理がある。

青年、釈迦仏陀は、抑鬱症であったと、判断する人は少ない。
釈迦仏陀を、人間から遠い存在、更に、神格化するほどまで、高めたものは、何かということである。

鬱病の人は、すべてが、悲しみに彩られる。
瑞々しい、生命感覚を、持てないのである。
そして、それは、病である。

十歳くらいまで、子供は、いつも、シータ波という、脳波を出しているから、いつも、楽しく、わくわくして、生きている。
それが、成長するにつれて、シータ波が、後退して、脳に、複雑なシナップスが、現れてくる。それは、思考によってである。

その、思考は、言葉によってなる。

進化の過程で、子供のシータ波が、後退するようになっていったとすると、本来は、古代の人は、シータ波によって、生きていたと、考えられる。
それは、いつも前向きに生きるということである。

毎日毎日が、新しい発見であり、楽しくてしょうがないという、生命感覚に溢れていた。

しかし、脳が、複雑化するにつれて、人間は、抑鬱という脳の状態を、現してきた。
物を考える力が、そうさせたのか。
思考することで、人は、その精神に、翳りを帯びた。

宗教というものを、見詰めていると、次第に、人間の根本の心理状態というものを、見詰めるようになる。
本来は、何も意味の無いことであるが、そこに意味を、見出そうとするのである。

釈迦仏陀の憂鬱も、それであった。
一体、生きるとは、人生とは、何かである。

時代は、それから、2500年を経て、更に、その欲求が強くなった。
物事のカラクリと、物事の意味づけを、知りたい、知らなければ、生きていくことが、難しい。
更に、人間を超えたモノという、存在を、創作して、更に、理屈を、作り上げて、せめても、抑鬱の人生に、幻想でも、妄想でも、それに、託して生きたいと思うようになる。

本来は、意味の無いことにも、あたかも、意味あるが如くに、意味を見出す。

それは、人間の大脳化ゆえのことである。

仏陀は、そこからの、安心を得るには、何にも捕らわれないこと、執着しないことであると、説いた。
執着しなければ、つまり、忘れて生きれば、いいのである。
それを、説明するために、精神構造なども、分析して、受、想、行、識、などと想定し、諸行無常と、判断した。

しかし、それは、釈迦仏陀に、必要だったことであり、他の人には、必要ないことかもしれない。
この世の、相というものがあるならば、それは、百人百様に、見えるし、解釈もできる。

更に、霊能という、能力でさえも、百人百様の、様がある。

物質的なものは、色、それは、無常である。無常であるものは、苦である。苦であるものは、非我である。非我なるものは、我が物ではない。これは、我がアートマンではない。
と、仏陀が、考えた。

それは、たった一つの、考え方である。

だが、アートマン、我を否定するのではない。倫理的行動のよりどころとしての、アートマン、我というものを、承認していた。
故に、仏陀の、臨終の言葉は、
自己、アートマンに頼れ。法に頼れ。自己を燈明とせよ。法を燈明とせよ。
である。

人間の理法を実践するところに、真の自己が具現されると、考えたのである。

実に、明確で、単純素朴な、実践的生き方を、説いたといえる。
それに、後世の人々が、理屈をつけ始めた。
仏典というものが、出来上がると、更に、その仏典を解釈する、暇潰しが、行われた。更に、日本では、鎌倉時代に、個人の妄想により、甚だしく、逸脱した、仏陀の教え解釈が、拡大した。

そして、それが、組織になると、もう、手がつけられないのである。

弱さを知る人間は、弱さのままでいいとは、考えずに、妄想でも、何でも、力強く生きたいと、欲するべく、集団、そして、宗派なるものが、登場する。

これは、釈迦仏陀をはじめとする、思考の、自己の思考を試み者たちからの、堕落である。

それが、信じるという行為である。
信じるということは、思考停止状態を作る。

それらは、教えられた、教義を、人に説くのである。
信じているからという、理由だけである。
自分が、考えて、出したものではない。
ただ、信じただけである。

これは、迷いである。

信じるという行為が、迷いであるということ、明確である。
それは、実践し、自分が、考えたことではない。

その、教えの中に、我を、嵌めて、嵌めこんで、我というものの、意識を、失わせての、自己陶酔という、自己不在の、行為だからだ。

様々な、宗教の人の話を、聞かされると、そこには、本人の意思も、思考も、思索も無い。ただ、教えられたことを、繰り返すのみであり、更に、それを、信じない者は、悪であると、考えるのである。

これで、学んだ、言葉の数々を持って、我は、知っていると、完全に狂いを、演じる。

大乗仏教で、教えるところのもの、更に、日本の新興仏教の開祖たちの、考え方をもって、それを、ただ、信じているというだけで、堂々と、論じる様は、完全に迷いである。

何故なら、何一つとして、言葉によって、明らかにされるものは無いからである。
言葉は、仏教的言い方をすると、方便である。
もっと、極端な言い方をすれば、それらは、嘘なのである。

嘘も、方便も嘘である。

それでは、何か本当だろうか。
それは、無意味であるということだけだ。
何一つとして、確定した意味などというものは、この世には無い。
天地が、滅びれば、すべてが、滅びるに決まっている。
思索の足しにするという意味で、宗教は、存在する。
信じるモノではない。


posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

もののあわれ360

かかる事を聞き給ふにも、朝顔の姫君は、「いかで人に似じ」と深うおぼせば、はかなき様なりし御かへりなども、をさをさなし。さりとて、人憎くはしたなくもてなし給はぬ御気色を、君も、「なほことなり」と思しわたる。



このような、噂を聞かれるにつけ、朝顔の姫君は、決して、人の二の舞は、するまいと、心に深く決めているので、ちょっとした返事なども、しないのである。
かといって、憎らしいと、思われたり、間の悪い思いをさせたりすることのないように、気配りする。
君は、矢張り、たいしたものだと、思うのである。




大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしとおぼせど、あまり包まぬ御気色の、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じ給はず。心苦しき様の御ここちに悩み給ひて、もの心細げにおぼいたり。珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ。誰も誰も嬉しきものから、ゆゆしうおぼして、さまざまの御つつしみせさせ奉り給ふ。かやうなる程、いとど御心のいとまなくて、おぼしおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。




大臣家では、このような、浮ついた、源氏の心を、面白くないとは、思うが、余りにも、人目を憚らない様子が、言っても詮無いことと、大して、怨むこともない。
姫は、痛々しく、体の具合が悪く、苦しんでいるので、心細く思う。
君は、そういう姫の気持を、珍しいことだと、思いもし、また、愛しいとも思う。
どなたも、どなたも、嬉しいものの、恐ろしい思いもし、色々と、物忌みを、させるのである。
こうしている間に、いっそう、心の休む間も無く、なおざりにされているわけでもないが、他の方々へは、途絶えが多いことであろう。

心苦しき様
源氏の妻の、葵の上の、懐妊である。

妻の様子が、いつもと違うのに、珍しいと、思うのだが、源氏の最初の子は、藤壺が産んでいる。しかし、それは、誰も知らぬことである。
勿論、作者は、知っているから、源氏は、妻が懐妊して、苦しんでいることを、珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ、という。つまり、自分の行状を知らずに、妻が懐妊して、苦しんでいるということである。

そういう状態なので、源氏は、他の女の所へは、行くことがない。
とだえ多かるべし、なのである。





その頃、斎院も下り居給ひて、后腹の女三の宮居給ひぬ。帝后、いとことに思ひ聞え給へる宮なれば、筋ことになり給ふを、いと苦しうおぼしたれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の感わざなれど、いかめしうののしる。祭の程、限りあるおほやけごとに添ふこと多く、見所こよなし。人柄と見えたり。




その頃、斎院を辞めて、代わりに、后腹の女三の宮が、就任した。
陛下も、后も、格別に大事にしている宮である。
その特殊な身分になることを、大変辛く思うが、姫宮方の方では、適当な方がいないために、このようになったのである。
儀式など、普通の神事ではあるが、大変な騒ぎである。
祭りの折には、規定の行事の他に、付け加わることが多く、この上なく、立派な見ものである。
これは、斎院によるものと、思われた。

いかめしうののしる
大変な出来事。騒ぎである。




御祓の日、上達部など数定まりて仕うまつり給ふわざなれど、覚えことに、かたちある限り、下襲の色、うへの袴の紋、馬、鞍までみな整へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつり給ふ。かねてより、物見車心使ひしけり。一条の大路、所なくむくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心心にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへいみじき見ものなり。




御祓、ごけい、の日は、上達部など人数が定まって、供奉されることになっているが、特に今回は、評判も良く、容姿の立派な人たちばかりであり、下襲、したがさねの色合い、袴の模様、馬や鞍まで、皆、立派に整えていた。
特別な、宣旨があって、大将である源氏も、供奉なさる。
そんなわけであり、前々から、見物の方々は、気を配っていた。
一条の大路は、隙間無く、恐ろしいまでに、混雑した。
あちらこちらの、桟敷や、思い思いに趣向を凝らした飾りつけなど。
女房達の、出だし衣の袖口までも、大変な見ものである。

女房達の、袖口とは、御簾の下から、わざと外に出して見せるものである。




大殿には、かやうの御ありきもをさをさし給はぬに、御ここちさへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、おのがどち引き偲びて見侍らむこそはえなかるべけれ。おほよそ人だに、今日のもの見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ見奉らむとすなれ。遠き国々より、めこを引き具しつつもまうで来なるを、御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな」と言ふを、大宮聞しめして、「御ここちもよろしきひまなり。さぶらふ人々もさうざうしげなめり」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ。




大臣家では、このような外出も、ほとんど出ず、その上、気分も優れないので、考えもしなかったが、若い女房達が、どうでしょう。私達だけでも、こっそりと、参るというのは、見物の見栄えがしませんでしょう。ご縁の無い人でさえ、今日の物見は、まず、第一に、大将さまを、いやしい田舎者までもが、拝もうとしているとのこと。遠い国から、妻子を連れて、上がって来ているというのに、それを、正妻である、姫君様が、御覧にならないのは、あんまりです。と言うのを、大宮が、耳にされて、今日は、ご気分も、よろしい日です。お付の人々も、つまらなさそうだし、と、急に、おふれを出して、御覧になることになったのである。


はえなかるべけれ
忍んで行くのは、行った甲斐がない。
ぱっとしない。
はえ、とは、見栄えであり、面目である。
なかるべけれ、の、べけれ、は、推量、未然形で、見栄えがしないだろう。つまり、ぱっとしない、のである。

堂々と、物見に行きたいというのである。

今で言えば、有名芸能人が、路上パフォーマンスをするようなものである。

あやしき山がつさへ
山賎であり、山里に住む身分の賎しい者たち。
田舎のきこりなど、である。
いやしい田舎者たちである。

賎しい
身分の無い者である。

大宮
葵の上の母。桐壺帝の妹。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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