2008年12月16日

もののあわれ356

桐壺には人々多く侍ひて、おどろきたるもあれば、かかるを、人々「さもたゆみなき御忍びありきかな」と、つきじろひつつ、そら寝をぞしあへる。入り給ひて臥し給へれど、寝入られず、「をかしかりつる人の様かな。女御の御おとうとたちにこそはあらめ。まだ世になれぬは、五六の君ならむかし。




桐壺、つまり、源氏の宿泊所では、女房たちが、大勢いて、目を覚ましている者もいて、源氏の朝帰りを、あんなに熱心にお出歩きですと、互いに突っつきあいながら、寝たふりをしている。
源氏は、部屋に入り、横になったが、寝付かれない。
美しい人だった。女御の妹君のいずれかであろう。まだ、初心なのは、五の君か、六の君であろう。




そちの宮の北の方、頭の中将のすさめぬ四の君などこそ、よしと聞きしか。なかなかそれならましかば、今少しをかしからまし。六は東宮に奉らむとこころざし給へるを、いとほしうもあるべいかな。わづらはしう尋ねむ程も紛らはし。さて絶えなむとは思はぬ気色なりつるを、いかなれば、言かよはすべきさまを教へずなりぬらむ」などよろづに思ふも、心のとまるなるべし。




そちの宮の、北の方、つまり右大臣の三女であり、源氏の弟の、太宰そちの宮の北の方である。その北の方と、頭の中将が、嫌う四の君などは、美しいと聞いていたが、それだったら、少し面白いと、思う。
六の君は、父大臣が、東宮に差し上げようと、希望しているので、もしそれなら、気の毒なことだ。
面倒なことだが、詮索しても、誰なのかは、解らないだろう。
あれっきり、別れてしまおうとは、思っていない様子だった。どうして、手紙をやり取りする方法を教えなかったのか、などと、色々思うのも、心挽かれてしまったからだろう。
最後は、作者の思いである。



かうやうなるにつけても、まづかのわたりの有様の、「こよなう奥まりたるはや」と、ありがたう思ひ比べられ給ふ。



こういうことにつけても、何より、藤壺の辺りであるから、何とも奥深く、近づき難いことだと、こちらと比類ないことだと、比べてみるのである。

つまり、藤壺の宮と、弘薇殿とを、比べるものである。
それにしても、色事にかけては、節操がない風情である。
エロ事師である。





その日は後宴の事ありて、紛れ暮らし給ひつ。筝の琴仕うまつり給ふ。昨日の事よりも、なまめかしうおもしろし。藤壺は、暁に参り上り給ひにけり。「かの有明出でやしぬらむ」と、心もそらにて、思ひ至らぬ隈なき良清惟光をつけて、うかがはせ給ひければ、お前よりまかで給ひける程に、良清ら「ただ今、北の陣より、かねてより隠れ立ちて侍りつる車どもまかり出づる。御方々の里人侍りつる中に、四位の少将、右中弁など急ぎ出でて、送りし侍りつるや、弘薇殿の御あかれならむ、と見給へつる。けしうはあらぬけはひどもしるくて、車三つばかり侍りつ」と、聞ゆるにも、胸うちつぶれ給ふ。「いかにして、いづれと知らむ。父大臣など聞きて、ことごとしうもてなさむも、いかにぞや。まだ人の有様よく見定めぬ程は、わづらはしかるべし。さりとて知らであらむ、はた、いと口惜しかるければ、いかにせまし」と、思しわづらひて、つくづくとながめ臥し給へり。





その日は、後宴のことがあり、取り紛れて一日を過した。
後宴とは、大きな宴の翌日に行われる、規模の小さなものである。
源氏は、筝の琴を勤める。
昨日の催しより、優雅で、面白い。
藤壺は、朝早く、上の局に参上していた。
君は、あの有明の人が、退出してしまうのではないかと、気が気でない。
万事に、抜け目ない、良清や、惟光をつけて、見張らせたので、帝の御前から退出するした時、只今、北の陣から、あらかじめ、物陰に隠れて立っていました車が、退出しました。女御様方の、ご家族がいた中に、四位の少将や、右中弁などが、急いで出て来て、見送っておりましたのは、弘薇殿がたの、退出であろうと思われます。相当の方々らしいご様子が明らかで、車は、三つ程ありました、と、申し上げると、源氏は、ハッとするのである。
どうやって、どの姫だと、突き止めよう。
父の右大臣などが耳にして、大仰に婿扱いされたりするのも、困るし。
それにまだ、姫の様子も、よく見極めていないのだから、重荷になるかもしれない。
そうかといって、知らないでいるのは、それはそれで、残念至極であろうし、どうしたものかと、思案に暮れる。
ぼんやりと、物思いに耽っている。




「姫君いかにつれづれならむ。日ごろになれば、屈してやあらむ」と、らうたく思しやる。



姫君は、どんなに、淋しく思っているか。逢わないで幾日もになるから、塞ぎ込んでいることだろうと、いじらしく、思うのである。

この、姫君は、若草の姫である。若紫のこと。
突然、文中に、出て来るので、戸惑う。
物語の難しさは、こういうことである。




かのしるしの扇は、桜の三重がさねにて、濃きかたに霞める月をかきて、水にうつしたる心ばへ、目慣れたれど、ゆえなつかしうもてならしたり。「草の原をば」と言ひし様のみ、心にかかり給へば、

源氏
世に知らぬ 心地こそすれ 有明の 月のゆくへを 空にまがへて

と書きつけ給ひて、置き給へり。


あのしるしの、扇は、桜の三重重ねで、色の濃い方に、霞んでいる月を描いて、それを水に映してある趣向は、珍しくは無いが、持ち主の、趣味教養が、懐かしく偲ばれるまで、使い慣らしている。
草の原をば、と言った、女の様子ばかりが、思い出される。

源氏
未だ、経験したことのない、悲しく寂しい気持がすることである。
有明の月の行くへを空の途中で、見失ってしまった。

と、書き付けて、傍に置かれた。


かのしるしの扇
しるし、とは、契ったという意味。
扇は、後で、確認するための、渡し物である。

源氏の歌の、有明の月とは、昨夜の女のことである。


しかし、この物語の、凄さは、戦いの場面が一切ないということである。
実に、平安な日々である。
平安期とは、何と、平和な時期だったのか。

歴史は、この後、騒乱へと、進む。

色恋に、戯れる平安貴族の有様を、批判しつつ、紫式部は、平和であることも、見つめているのである。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 181

原始ジャイナ教を見ることにする。

当時、様々な思想が対立し、争っていた。
マハーヴィーラは、その中で、事物に関して、絶対的な、あるいは、一方的な判断を下してはならないと、教えた。

事物は、様々な立場から、多方面にわたって、考察すべきである。

もし、判断を下す場合は、或る点から見るという、制限をするべきであると。

例えば、事物は、実体、または、形式という点から見ると、常住であると言い得る。
状態、内容という点から見ると、無常であると、言い得る。
すべては、相対的に、言い表し、相対的に、解するべきである。

これを、見方といい、ジャイナ教は、不定主義、あるいは、相対主義と、言われる。

マハーヴィーラは、ヴェーダ聖典の権威を、否定し、更に、バラモンの祭祀は、無意義、無価値であると、主張した。
そして、祭祀における、獣を殺すことを、罪であると、言い切るのである。
また、階級制度に、反対した。
合理主義的立場に立ち、あらゆる人間が、あらゆる時、あらゆる所においても、奉るべき、普遍的な法、ダルマがあると、主張した。

生き物は、生き物を、苦しませる。見よ、世間における大いなる恐怖を。・・・・・
かれらは無力なる弱き身体もと破滅に趣く。

マハーヴラは、この苦痛から、解脱するために、形而上学的考察を開始する。

宇宙は、大別して、霊魂と、非霊魂から成るとする。
霊魂は、地・水・火・風・動物・植物の六種に存する、六種の霊魂がある。
それは、物質の、内部に想定される、生命力を実体的に、考えたものである。

非冷酷は、運動の条件と、静止の条件と、虚空と、物質との、四つであり、霊魂と合わせて数えるときは、五つの実在体とする。

非常にすぐれていることは、或る場合は、時間を一つの実在体と考え、六つを、想定する。

時間というものを、哲学すれば、ノーベル賞ものである。
いまだに、時間というものを、人間は、把握していない。
それは、魚が、水に生きるということを、知らないように、人間も、時間というものを、知らないのである。

人間は、時間の実在を知覚することは、出来ないのである。
私が救いというものを、唱えるならば、時間の実在の知覚を、言うだろう。

生命は、時間という、空気の中に浸り、空気という、媒体に取り込まれて、生きているという、実感を感じ取れないでいる。

この、空気は、水とでも、風とでも、何とでも言っていい。

あらゆる、哲学、思想なるもの、そして、学問全般、宗教でさえ、時間というものを、知覚できないでいる。

時間を超越するという、宗教の悟りというものは、ヒステリーである。
単なる、妄想である。

さて、続ける。

虚空は、大空所である。
この中に、他の諸々の実在体が存在する。
時間は、単一にして、永遠であり、空間的拡がりを有しない。
物質は、無数に、存在し、多数の物体を構成し、場所を占有し、活動と下降性を有する。

物質は、原子から構成されているが、原子は、部分を有せず、分割し得ず、また、破壊することもできない。

原子それ自体は、知覚され難いものであるが、それらが、集合して、現実の知覚され得る、物質を形成する。

世界というものは、これらの、実在性によって、構成され、大初に、宇宙を創造したり、あるいは、支配している主宰神などは、存在しない。

人間の身体が、活動し、身・口・意の、三業を現ずると、その業のために、微細な物質が霊魂に、取り巻いて付着する。
これを、流入と言う。

その、微細な物質が霊魂を囲んで、微細な身体を形成し、霊魂を束縛し、霊魂の本性を、覆っている。

これを、繋縛 けばく、と呼び、これにより、諸々の霊魂は、地獄、畜生、人間、天上の四迷界にわたって、輪廻するという。

業に、束縛された、悲惨な状態を脱し、永遠の寂静に達するために、一方では、苦行によって、過去の業を滅ぼし、他方では、新しい業の流入を防止して、霊魂を浄化する。
そして、本性を、発現させるというものである。

これを、制御といい、それを、実行するには、出家して、修行者になり、一切の欲望を捨てて、独身の遍歴、遊行生活を行うことを、勧める。

この、修行者を、比丘と称し、托鉢乞食の生活を行うのである。

多数の戒律があるが、特徴的なものは、不殺生、真実語、不盗、不淫、無所有である。

不殺生は、特に重大な、戒律だった。
生き物は、命を愛するものである、ゆえに、命を傷つけることは、最大の罪悪である。

無所有というのは、徹底して、一糸もまとわない裸体で、修行する者もいた。

後に、白布をまとうことを、許される、白布派と、裸体のままの、裸形派に分かれる。
保守的な、裸形派は、なんと、断食による、死が、極度に称賛される。

修行に当たり、自己力のみを頼り、一切の、救済者、救い主を期待しない。

上記、あるところまでは、受け入れられるが、極端に行く着くところが、受け入れ難い。

同じ時期に、釈迦仏陀は、極端を嫌い、中道の道を説く。

余談であるが、三蔵法師玄奘が、天竺に渡った頃は、まだ、ジャイナ教の修行者がいて、
面白い修行法をしている者多数と、その、旅日記に書いている。

ところが、仏教と、共に、ジャイナ教も、インドでは、壊滅する。
それは、共に、殺生戒があるからである。
殺しをしない。

殺しをする、宗教が、台頭してくると、彼らは、殺されたのである。

それでは、この信者は、どのように、行為したのかを、見ることにする。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。