2008年12月15日

もののあわれ355

上達部おのおのあかれ、后、東宮かへらせ給ひぬれば、のどやかになりぬるに、月いと明うさし出でて、をかしきを、源氏の君酔ひ心地に、見過ぐし難く覚え給ひければ、上の人々もうち休みて、かやうに思ひかけぬ程に、「もしさりぬべき隙もやある」と藤壺わたりを、わりなう忍びてうかがひありけど、語らふべき戸口も鎖してければ、うち嘆きて、なほあらじに、弘薇殿の細殿に立ち寄り給へれば、三の口あきたり。女御は、上の御局に、やがて参う上り給ひにければ、人少ななる気配なり。奥のくるる戸も開きて、人音もせず。「かやうにて世の中のあやまちはするぞかし」と思ひて、やをら上りてのぞき給ふ。人は皆寝たるべし。



上達部、かんだちめ、は、それぞれ、退散して、皇后と東宮が、お帰りになった。
ひっそりとしたところに、月が明るく射して、趣深く、源氏は、酔い心地で、見過ごしがたく思い、清涼殿の、宿直、とのい、の、人々も寝てしまったので、このような思いがけない時には、もしや、これて良い隙かもしれないと、藤壺のあたりを、無理に忍んで、歩いてみる。
しかし、手引きをする人の戸口が、閉めてあり、溜息をついて、それでも、ここままでは、気持が収まらなく、弘薇殿の、細殿に、立ち寄ると、三番目の戸口が、開いている。
女御は、上の御局に、宴の後で、すぐにお上がりになったので、人が少ない様子である。
奥の、扉も、開いていて、人の居る物音もない。
源氏は、こういうことで、男女の間違いが起こるのだと、思い、そっと、上がって、覗かれる。
人は、皆、寝ているだろうと。

源氏は、物を置く台に乗ったようである。
長押、なげし、というものだ。

何とも、好奇心旺盛である。そして、その、好奇心と共に、物語が、続く。





いと若うをかしげなる声の、なべての人とは聞えぬ、「朧月夜に似るものぞなき」と、
うちずして、こなたざまには来るものか。いとうれしくて、ふと袖をとらへ給ふ。女、恐ろしと思へる気色にて、女「あなむくつけ。こは誰ぞ」と、宣へど、源氏「何かうとましき」とて、

源氏
深き夜の あはれを知るも 入る月の おぼろげならぬ 契とぞ思ふ

とて、やをら抱き下して、戸は押し立てつ。あさましきにあきれたる様、いとなつかしうをかしげなり。わななくわななく、女「ここに人」と宣へど、源氏「まろは、みな人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ。ただ忍びてこそ」と、宣ふ声に、「この君なりけり」と聞き定めて、いささか慰めけり。




大そう、若く美しい感じの声で、普通の人とは、思えない者が、朧月夜に、似るものぞなき、と言いつつ、こちらへ来るようである。
とても、嬉しくなり、ふっと、袖を、掴まえた。
女は、恐ろしいと、思い、ああ、気味が悪い、どなたかと、言う。
源氏は、なにゆえ、嫌なものですかと、言って、

源氏
あなたが、今夜の良い夜を、お解りなのも、私に逢うという、前世からの、宿縁です。

と言って、そっと、抱き降ろし、戸を閉めた。
あまりのことに、呆れている様子に、源氏は、思わず抱きしめたいほど、美しい。
震えながら、女は、変な人が、と、言うが、源氏は、私は、誰にも、許されている。人をお呼びになっても、構いませんよ。ただ、静かにしてくださいと、仰る声で、源氏の君だと、解り、少し、気持が、安らいだ。

源氏という男、とんでもない男である。
藤壺の所へと、思ったが、途中で、見つけた女を、口説くのである。
正に、エロ男である。

まろは、みな人に許されたれば、召し寄せたりとも、なんでふことかあらむ
私は、皆に、許された存在である。人を呼んでも、詮無いことだと言うのである。
自分の身分を利用して、好き放題である。

だが、これが、物語の所以である。
作者が、作る源氏像である。

女も、源氏だと、解ると、少し安心するのである。

恋において、源氏の行為は、許されるという、物語の、基本である。
その、人間の、どうしようもないモノを、見つめ続けて、紫式部は、もののあはれ、というものを、見つめている。






わびしと思へるものから、「なさけなくこはごはしうは見えじ」と思へり。酔ひ心地や例ならざりけむ、許さむ事は口惜しきに、女も若うたをやぎて、強き心もえ知らぬなるべし。らうたしと見給ふに、程なく明け行けば、心あわただし。女はまして、様々に思ひ乱れたる気色なり。源氏「なほ名のりし給へ。いかでか聞ゆべき。かうて止みなむとは、さりとも思されじ」と、宣へば


うき身世に やがて消えなば 尋ねても 草の原をば 訪はじとや思ふ

といふ様、えんなまめきたり。源氏「道理や。聞え違へたる文字かな」とて、

源氏

いづりぞと 露の宿りを わかむまに 小笹が原に 風もこそ吹け

わづらはしく思す事ならずは、何かつつましむ。もし、すかい給ふか」とも言ひあへず、人々起き騒ぎ、上の御局に参りちがふ気色ども繁くまよへば、いとわりなくて、扇ばかりを、しるしに取りかへりて出で給ひぬ。



嫌だと、思っているものの、無愛想な、強情な女とは、見られたくないと、思う。
源氏は、酔い心地が、いつもとは、違うようで、放すのは、残念であるし、女も、若くて、なよなよして、撥ね付けることもできないでいる。
可愛いと、思うが、夜は、足早に明けるので、心ぜわしい。
女は、君以上に、思い乱れている。
源氏は、是非、お名前を教えてください。お名前が、解らなければ、お便りも出来ません。これで、止めようとは、まさか思わないでしょうと、言うと、


不幸な私が、このまま、死んでしまえば、草の原の、お墓を探してくださらない、おつもりですか。

と、言う様子。美しく、優雅である。源氏は、もっともです。申し損ねましたと、言い、

源氏
あなたの、身の上を知ろうと尋ねている間に、人に噂が立って、二人の仲が、駄目にならないのか、心配です。

迷惑に、思われなければ、どうして、遠慮などしましょうか。もしや、私を騙すつもりですか。と、言い終わらないうちに、人々が起きて、ざわめき、上の御局に、行き交う気配がするのである。
源氏は、あわてて、扇だけを、後の証拠にと、取り替えて、その場を出た。


なんともはや、好き者の、源氏の姿というものが、明確にされている。
ただし、それでも、源氏の、姿は、見えない。
その、容姿も、定かではない。
それが、作者の狙いである。

読む者が、勝手に、想像、妄想する。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 180

リグ・ヴェーダに対する、懐疑論者が現れ、それにより、哲学的といえる思想の芽生えがある。

最初は、神々の個性が曖昧である、区別が判然としない。
更に、神々は一つの神の、異名にほかならない。

ただ一つのものが、広がりて、この世のすべてとなりぬ

そして、懐疑論者は、多くの人はいう、インドラは存在せずと。誰かれを見し。われらは誰をか讃えん、である。

恐ろしき神につき人は問う、かれはいずこに在りやと。人は答えていう、-――かれは存在せず。

そして、思索がはじまった。

神々を超越した、根源的な世界の原理についてである。

リグ・ヴェーダの中にも、哲学讃歌とよばれるものがあり、世界原理を想定して、多様な現象世界を成立させるものを、説明しようとしている。

おおよそ、二つに分けられた。
一つは、宇宙創造であり、一つは、出生を司るもの、である。

中でも、特徴的なものは、祈祷主神の登場である。
ヴェーダの、ブラフマンを司る神として立てられたものが、世界創造神にまで、高められた。
そして、万有の唯一なる主宰者となるのである。

リグ・ヴェーダの神が、一神教であるが、原人は、汎神論である。

原人は、千頭、千眼、千足あり、既存、未存の一切である。
四分の三は、天にあり、不死である。
神々が、かれを犠牲獣として祭式を行うと、讃歌や、祭祀が生じ、馬、牛、羊など、畜類が生じ、その口からは、バラモンが、その両腕から、王族が、両股から庶民が、両足から、奴隷が生じた。
太陽は、その眼から、インドラとアグニ、火の神とは、口から、風神は呼吸から生じた。臍の緒から天空が、頭から、天界、足から、他界、耳から方位が生じた。

有にあらず、無に非ざるもの、として説く讃歌において、汎神論は、頂点に達した。
そして、天地創造を行い、神々も、宇宙の展開より後に、現れたという。

そして、更に、言葉を、最高原理とする、思想も現れた。
ことば、は太初において、原水から生じたものである。
あらゆる神々の保持者である。
自分が、欲する者を、バラモン、仙人、賢者とも為す、という。

ことばの、本性は、経験的知覚の領域を、超越して、見つつある多くの人々も、実はことばを、見ざりき。聞きつつある多くの人々も、これを聞かずと、ある。

未来生を見れば、肉体は死とともに滅びるが、霊魂は不滅である。
その楽土は、死者の王、ヤマの支配する王国であり、最高天にあるとする。
後に、このヤマは、仏教の、閻魔、夜摩天となる。

天界に達するためには、祭祀を行わなければならない。
他人に対する布施、特に、バラモンに対する、布施が称賛される。
種々の誓いをたもち、苦行を行うべきである。

悪人に対する、死後の審判は、未だ、不明瞭である。

明確な、地獄の観念は、説かれていない。

上記、これが、後々に、カースト制を、生む基盤になるのである。

西暦前1000年頃から、アーリヤ人は、ジャムナー河と、ガンジス河の、中間の肥沃な平原を占領した。

司祭者を中心とした、氏族制農村社会を、確立し、孤立的、閉鎖的な経済生活を営み、バラモン教の文化を完成させるのである。

後の、インドに広範囲に渡り、影響を及ぼすことになる。

職業は、世襲制になり、四姓の制度が成立する。
バラモン、王族、庶民、隷民である。

更に、後世になると、多数のカーストが成立し、異なる階級の間では、結婚や、食事を禁止され、若干のカーストは、不浄とされた。
バラモンは、以後、三千年あまり、インド文化を、保持する。

悪名高いバラモン教の、カースト制である。

更に、ヴェーダが発展し、聖典製作が行われる。
リグ・ヴェーダは、勿論、サーマ・ヴェーダとは、歌詠の集成である。ヤジュル・ヴェーダは、祭詞の集成。アタルヴァ・ヴェーダは、呪詛などの、集成である。これが、後に、密教に混合される。

更に、各ヴェーダに、付随するものとして、ブラーフマナ、アーラニカ、ウパニシャッドが出来る。
上記を、総括して、広義の、ヴェーダとなし、天啓文学を人間の著作とは、見なさず、それは、永遠の存在であり、聖仙が、神秘的霊感によって、感得した啓示としている。

西暦前1000年から、西暦前500年までに、順次作製された。

作製したのは、人間であり、人間の創作である。

それぞれについて、説明していると、次に進まないので、以上にする。
この、ヴェーダ成立後の頃、釈迦仏陀が、歴史に登場する。

更に、釈迦仏陀と共に、多くの思想家も登場する。
ヴェーダの宗教が、単なる、迷信であると、判定する者も、現れた。

新しい時代の、動きに、唯物論者、懐疑論者、快楽論者、運命論者等々が、現れるのだ。
更に、出家して、禅定をする者も、多数。

この時代に、現れた人々を、沙門、「つとめる人」と称した。
当時は、言論統制など無い故に、何を言っても、殺されるということがなかった。

ただし、この時代に、現れた諸説は、インド一般では、異端とみなされる。
それは、ヴェーダを否定したからである。
当時、その代表的な人物が、六人いたことで、六師と呼ばれた。

勿論、釈迦仏陀の、集団も、異端の一つであった。

ここでも、一つ一つを、説明していられないので、特徴的なことを、挙げる。

サンジャヤの懐疑論である。
来世が存在するか
もしもわたくしが「あの世は存在する」と考えたのであるならば「あの世は存在する」とあなたに答えるであろう。しかしわたくしはそうだとは考えない。そうらしいとも考えない。それとは異なるとも考えない。そうではないとも考えない。そうではないのではないとも考えない
彼は、常に、意味の把握できない、曖昧な答弁をして、確定的な返答をしなかった。
ここで、形而上学的問題に対する、判断停止の思想が、はじめて、明らかになったという。

当時、インド、マガダの首都、王舎城に住み、釈迦仏陀の、二大弟子である、サーリープトラと、モッガラーナも、サンジャヤの弟子だった。
後に、同門250名を、引き連れて、釈迦仏陀に帰依する。

ここで、面白いのは、仏教と共に、発展した、ジャイナ教である。

六師の一人、ニンガタ・ナープッタである。
ニンガタとは、彼より以前に、古くから存在した宗教の、一派の名である。
彼が、この一派に入門して、悟り、その説を改良し、ジャイナ教が成立した。

ちなみに、悟りを得てから、偉大なる英雄、マハーヴィラと、尊称された。

この、ジャイナ教の、伝説である。
彼が、世に現れるまでに、23人の、救世主が現れ、第23祖を、パーサと呼び、マハーヴィーラは、24祖に当たるという。

正統バラモン系以外の宗教として、仏教と共に、発展した。

特徴的な考え方は、相対主義である。
事物に関して、絶対的、あるいは、一方的な判断を下しては、いけないというもの。
事物は、実体、または、形式という点から見ると、常住であると言い得る。同時に、状態、内容という点から、見ると、無常であると言い得るという。
すべては、相対的に言い表し、相対的に解するべきである。

不定主義、つまり、相対主義である。

さて、このジャイナ教の、上記の伝説などは、大乗経典に影響を、与えたと思われる。

要するに、仏教、初期仏教と共に、次第に、教義として、成立してゆく様を、見ることなのである。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。