2008年12月11日

もののあわれ351

「たれと知られで出でなばや」とおぼせど、「しどけなき姿にて、冠などうちゆがめて走らむうしろで思ふに、いとをとこなるべし」とおぼしやすらふ。



どこの、誰かは、知らぬうちに、出てしまおうと、考える。
しかし、しどけない姿である。
冠なと、歪めたままに、走る後姿などを想像すると、いかにも、ばか者に見えるだろうと、躊躇するのである。




中将、「いかでわれと知られ聞えじ」と思ひて、ものも言はず。ただいみじう怒れる気色にもてなして、太刀を引き抜けば、女、「あが君、あが君」と向ひて手をするに、ほとほと笑ひぬべし。好ましう若やぎてもてなしたるうはべこそさてもありけれ、五十七八の人の、うちとけて物思ひ騒げる、けはひえならぬ二十の若人たちの御中にてものおぢしたる、いとつきなし。



中将は、どうかして、自分とは、知られまいと、何も言わずに、ただ、凄まじく怒ったように、見せかけて、太刀を引き抜くと、女は、あなた、あなたと、前に跪いて、手を合わせる。
それを見て、笑いだしてしまいそうである。
綺麗に若作りしている様子は、相当に見事なものであるが、五十七、八の、婆さんが、見栄も忘れて、あわてふためいている様、美しい二十歳の若者の間で、恐がっているのは、何とも不釣合いである。




かう、あらぬ様にもてひがめて、恐ろしげなる気色を見すれど、なかなかしるく見つけ給ひて、「われと知りて、殊更にするなりけり」と、をとこになりぬ。「その人なめり」と見給ふに、いとをかしければ、太刀抜きたるかひなをとらへて、いといたうつみ給へれば、ねたきものから、え堪へで笑ひぬ。




全くの別人のようにして、恐ろしげな有様をしているが、実は、目ざとく、知っているのである。
自分、つまり、中将と知って、わざと、そうして見せているのだと思うと、馬鹿馬鹿しくなる。
頭の中将だなと、解ると、大そうおかしく、太刀を引き抜いた肘を、強くつねったので、しまったと、思いつつ、とうとう、吹き出して笑う。

要するに、源氏も、典侍も、誰かと、気づいたのである。




源氏「まことはうつし心かとよ。たはぶれにくしや。いでこの直衣着む」と宣へど、つととらへて、さらにゆるし聞えず。源氏「さらばもろともにこそ」とて、中将の帯をひき解きて脱がせ給へば、脱がじとすまふを、とかくひこじろぬ程に、ほころびはほろほろと絶えぬ。中将、

つつむめる 名やもり出で むひきかはし かくほころぶる 中の衣に

上に取り著ば、しるからむ」といふ。君、

かくれなき ものと知る知る 夏ごろも きたるをうすき 心とぞ見る

と言ひかはして、うらみなき、しどけな姿に引きなされて、みな出で給ひぬ。




源氏は、本当に、正気の沙汰か。冗談も出来ない。さあ、この直衣を着ると、仰るが、中将が、しっかりと、つかまえて、離さない。
源氏は、それでは、仲良く、やりましょうと、中将の帯を解いて脱がせるが、脱ぐまいと、争う拍子に、縫い目が、ほろほろと、切れてしまった。
中将は、
隠していた浮名は、お互いに引き合って、ほころびた中着の縫い目から、漏れてしまった。

上に着たら、さぞ、目立つことでしょうと、言う。源氏も、

あなたの色事も、明るみに出ると、解っていながら、私を脅しに来たとは、浅はかだ。

と、言い交わして、二人ともに、恨まず、しどけない姿にされてしまい、二人で、出ることにした。




君はいと口惜しく、見つけられぬること、と思ひ臥し給へり。内侍は、あさましく覚えければ、落ちとまれる御指貫・帯など、つとめて奉れり。



君は、見つけられたことを、口惜しく思いつつ、お休みになられていた。
典侍は、呆れた事であると、思いつつ、残していった、指貫や、帯などを、翌朝、お届けになる。




典侍「うらみてもいふかひぞなきたちかさね引きてかへりし波の名残に底もあらはに」とあり。「面無のさまや」と、見給ふも憎けれど、わりなしと思へりしも、さすがにて、

源氏
あらだちし 波にこころは 騒がねど よせけむ磯を いかがうらみぬ

とのみなむありける。



典侍
お恨み申しても、何にもなりません。ご一緒に、いらして、ご一緒に、お帰りになられた、その後は。

底も、あらわになってしまい、悲しいことでございますと、ある。
あつかましく、憎いとも、思いつつ見るが、途方にくれたであろうと、思うと、それも、気の毒である。

源氏
暴れた中将は、何とも思わないが、中将を近づけたお前を、恨むぞ。恨まれずにいられようか。
と、返事をする。

何とも、ドタバタ劇である。

源氏の歌だけ、分析する。

あらだちし 波にこころは 騒がるど よせけむ磯を いかがうらみぬ

荒立つ、寄せる、磯、浦見 うらみ、は、縁語である。
さわぐ、は、心騒ぐと、波の騒ぐを、かけ、うらむ、は、浦見と、憾みを、かけている。

紫式部の教養が、伺われる。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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