2008年12月10日

もののあわれ350

典侍
立ちぬるる 人しもあらじ あづまやに うたてもかかる 雨そそぎかな

とうち嘆くを、われ一人しも聞きおふまじけれど、「うとまししや。何事をかくまでは」と覚ゆ。

源氏
人づまは あなわづらはし あづまやの まやのあまりも 慣れじとぞ思ふ

とて、うち過ぎなましけれど、「あまりはしたなくや」と思ひかへして、人に従えば、すこしはやりかなるたはぶれ言などいひ交して、これもめづらしき心地ぞし給ふ。




典侍
東屋に、立って、濡れる人など、ありません。ここには、困ったことに、落ちる雨だれ。
つまり、私は泣いています、と言うのである。

と、嘆くのを、私だけが、恨みを負うわけではないのに、疎ましい女だ。こうして、随分と、しつこいと、源氏は、思う。

源氏
人妻は、面倒だ。
あまり、馴れ馴れしくしないでおこう。

と、言って、そのまま、立ち去りたいと思うが、それも、あまりにはしたなくや、つまり、現代風に言えば、素っ気無いなと、思う直して、女の言うままに、戸を開けて入り、少し浮いた冗談などを言って、これも、時には、面白いと、思うのである。


ああ、嫌だと、思いつつも、源氏は、女に付き合おうとする。
ここに、源氏の、優しさと、曖昧さがある。
そして、女と、向き合うと、これも、面白いものだと、思う余裕である。

傍から、見れば、単なる好き者なのであるが・・・

あまりはしたなくや
はしたない、とは、無礼な態度、礼儀がない、あばずれ、などいう意味合いが、現代にはあるが、当時は、思いがなさ過ぎかと、心の心象を言う。

相手に、答えないのは、はしたなくありや、という風になる。

そして、源氏は、女の部屋に入り、冗談などを言い合う。そして、それも、面白いことだと、思う。

これは、源氏が基本的に、やさしい性格だということ。
女にだらしないとも、受け取れるが、平安期の貴族の世界である。

もののあわれ、とは、はしたなくや、という、心象風景もあるということだ。




頭の中将は、この君の、いたうまめだち過して、常にもどき給ふが妬きを、つれなくて、うちうち忍び給ふ方々多かめるを、「いかで見あらはさむ」とのみ思ひわたるに、これを見つけたる心地、いとうれし。かかる折に、少しおどし聞えて、御心まどはして、「こりぬやと言はむ」と思ひて、たゆめ聞ゆ。




頭の中将は、源氏が、大変に真面目に、いつも、説教ばかりするのを、いまいましく思い、何食わぬ顔で、本当は、内々に、忍び歩きをしている所が、沢山あるらしいと、それを、突き止めようとして、その機会を、伺っていた。
それで、この一件を知った時は、大変うれしく思った。
この機会に、少し脅し、まごつかせたり、懲りましたかと、言おうと、わざと、油断させていた。




風冷やかにうち吹きて、やや更け行く程に、すこしまどろむにや、と見ゆる気色なれば、やをら入りくるに、君はとけてしも寝給はぬ心なれば、ふと聞きつけて、この中将とは思ひよらず、「なほ忘れ難くすなる、修理の太夫にこそあらめ」とおぼすに、おとなおとなしき人に、かく似げなきふるまひをして、見つけられむことははづかしければ、源氏「あな、わづらはし。出でなむよ。蜘蛛のふるまひはしるかりつらむものを。心憂くすかし給ひけるよ」とて直衣ばかりを取りて、屏風の後に入り給ひぬ。



風が、涼しげに吹いて、夜は更けて、少し寝入ったかと、思われる頃に、そっと入る。
源氏は、心を許して寝ていたわけではない。
ふと物音を聞きつけて、中将の君とは、思わず、今もなお、女を、忘れかねている修理の太夫だろうと、思うと、あんな老人に、こんな様の、悪い振る舞いを見つけられるのは、きまりが悪いと、ええ、もういい。帰ろう。あの人の来る事は、蜘蛛の振る舞いで、はっきりしていた。騙しは、酷いと、直衣だけを取り、屏風の後に入るのである。


修理の太夫とは、修理職、造営修理を司る、長官である。すりのかふ、と、読む。

おとなおとなしき人
あのような、老いた者である。

蜘蛛の振る舞い
古今集 
わがせこが 来るべき宵なり ささがにの 蜘蛛の振る舞い かねてしるしも
衣通姫
の、出典である。




中将をかしきを念じて、引きたて給へる屏風のみとに寄りて、こぼこぼとたたみ寄せて、おどろおどろしくさわがすに、内侍は、ねびたれど、いたくよしばみなよびたる人の、さきざきもかやうにて心動かす折々ありければ、ならひて、いみじく心あわただしきにも、「この君をいかにし聞えぬるか」と、わびしさに、ふるふふるふ、つとひかへたり。



中将は、おかしいのを、堪えて、引き立てされた、屏風に近づき、ばたばたと、たたみよせ、大袈裟に音を立てる。
典侍は、年は、とっているが、たいそう、色っぽい女で、今までにも、幾度か、このようなことで、狼狽することがあったので、慣れていた。
酷く、胸が、どきどきしてくるが、この君を、どんな目に遭わせるのかと、それが、辛く、ふるえふるえ、じっと、つかまる。


ドタバタ劇である。
滑稽といえば、滑稽だが、彼らが、実に、暇だったということである。

老女の元にいる、源氏を、懲らしめてやろうと、中将の君が、典侍の部屋に出向くという。
この、中将は、源氏より、少し年上である。
実は、中将は、源氏を愛している。
自分の妹の夫であり、義理の弟になる。
明確な、行為は、書かれないが、二人の関係も、実に、妖しい。

事の後は、女を置いて、いつも、連れ立って、帰るという、有様。
深読みすれば、この二人にも、性的関係は、ある。
勿論、研究家たちは、否定するだろうが。





posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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