2008年12月08日

もののあわれ348

帝の御年ねびさせ給ひぬれど、かうやうの方えすぐさせ給はず、采女蔵人などをも、かたち心あるをば、殊にもてはやしおぼし召したれば、由ある宮仕人多かる頃なり。はかなき事をも言ひふれ給ふには、もてはなるる事もあり難きに、目慣るるにやあらむ、げにぞあやしうすいたまはざめる、と、こころみにたはぶれごとを聞えかかりなどする折あれど、なさけなからぬ程にうちいらへて、まことにはみだれ給はぬを、まめやかにさうざうしと思ひ聞ゆる人もあり。




陛下は、お年を召したが、この道、すなわち、好色の道である、それは、いまだ、捨てられず、それで采女蔵人なども、器量才気のすぐた者を、特に、お傍に添わせていた。
それゆえ、自然に、気の利いた女官が揃っていた。
からかってみても、無視する者は、いない。
源氏は、それに慣れていた。
帝の言葉通り、変なことなのだが、女嫌いなのかと、試しに冗談を言う女房もいる。
源氏は、恥をかかせぬように、あしらい、本心、崩れることもない心なので、本気に、物足りなく思う、女官もいる。

帝は、源氏を、真面目な男だと、思っている。
女の元に出掛ける様子も、聞かないのである。
勿論、それは、誤解である。
源氏は、いつも密やかに、女の元に出掛けている。

げにぞあやしうすいたまはざめる
女官たちの、思いである。帝が言うように、女嫌いなのだろうか。
げにぞ あやしう すいたまはざめる
本当にそうなのかとでも、訳す事が、出来る。

だから、女房の中には、
こころみにたはぶれごとを聞えかかりなどする
が、源氏は、
なさけなからぬ程に うちいらへて
相手に恥をかかせないように、それらを、あしらうのである。




年いたう老いたる典侍、人もやむごとなく、心ばせあり、あてにおぼえ高くはありながら、いみじうあだめいたる心ざまにて、そなたには重からぬあるを、「かうさだ過ぐるまで、などさしもみだるらむ」と、いぶしかしう覚え給ひければ、たはぶれ言いひふれて試み給ふに、似げなくも思はざりける。「あさまし」とおぼしながら、さすがにかかるもをかしうて、物など宣ひてけれど、人の漏り聞かむもふるめかしき程なれば、つれなくもてなし給へるを、女は、いとつらしと思へり。




大そうな、年配の典侍で、家柄も良く、才気もあり、上品で、人々から尊敬されているのだが、非常に、好色な性分である。
その道には、尻軽な女である。
源氏は、こんなにいい年をして、どうして、ああまで、ふしだらなのかと、不思議に思い、冗談に言葉を掛けてみる。
すると、相手として、似合わないということもないと思い、呆れたことだと、思いもする。
それでも、こんなものも、面白いと、逢うこともしたが、人の耳に入ったら、余りに老人なので、つい、知らぬ顔をするが、女は、酷く恨めしく思うのである。

何とも、説明するのが、億劫になる、場面である。

さすがにかかるも をかしうて
自分でも、呆れたことだと、思うが、それも、面白いことだと、逢うのである。
つまり、関係するということ。

読者も、呆れる。
作者も、呆れる。




上の御梳櫛に侍ひけるを、果てにければ、上は御うちぎの人召して、出でさせ給ひぬる程に、また人もなくて、この内侍、常よりも清げに、やうだいかしらつきなまめきて、装束有様、いと花やかに好ましげに見ゆるを、「さもふりがたうも」と、心づきなく見給ふものから、「いかが思ふらむ」と、さすがに過しがたくて、裳の裾を引きおどろかし給へれば、かはほりのえならずえがきたるを、さし隠して見かへりたるまみ、いたう見述べたれど、目皮ら、いたく黒み落ち入りて、いみじうはづれそそけたり。「似つかわしからぬ扇の様かな」と見給ひて、わが持給へるに、さしかへて見給へば、赤き紙の、映るばかり色深きに、小高き森のかたを塗りかくしたり。片つ方に、手はいとさだすぎたれど、由なからず、「森の下草老いぬれば」など書きすさびたるを、「言しもあれ、うたての心ばへや」と笑まれながら、源氏「森こそ夏の、と見ゆめる」とて、何くれと宣ふも、「似げなく、人や見つけむ」と苦しきを、女はさも思ひたらず。





典侍は、帝の、おぐしあげに、同席していたが、終わったので、帝は、装束の係りをお召しになった。
そして、おめしがえに、出られると、後には、誰もいず、この典侍が、いつもより、小奇麗に、姿や髪の格好なども、なまめかしく、着物の着こなしも、大変に華やいで、色気たっぽとしている。
源氏は、それを、見て、若作りなことと、心づきなく見給ふもの、と、思うが、どう思うだろうと、そのまま、素通りも出来ない、惜しい気持がして、裳の裾を引いて御覧になる。
扇を、それも、派手な彩りの扇をかざして、こちらを見返ったまなざしが、とても、流し目の様子。
ただ、まぶたがすっかりと黒ずみ、凹んで、髪の毛も、そそけているのである。
似つかわしくない扇だと、御覧になり、ご自分のものと、取り替えて差し上げると、顔に映るほどの、濃い色をした赤い紙に、小高い森の絵の上に、金泥を塗ってある。
その片隅に、古めかしいが、うまい文字で、森の下草老いぬればと、書き散らしてある。
よりにもよって、とんだ文句だと、おかしくなり、森こそ夏のという意味ですねと、仰せになる。
なにやかにやと、更に仰りつつ、不釣合いだと、誰か、見つけて思われませんかと、迷惑に思うのであるが、女の方は、頓着しない。

心づきなく見給ふもの
この下りでは、いやらしい思いで、ということになるのか。
嫌だなーと、思う。

美しい源氏と、老いたババアの、色事である。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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