2008年12月17日

もののあわれ357

「大殿にも久しうなりにける」と思せど、若君も心苦しければ、「こしらへむ」と思して、二条の院へおはしぬ。見るままに、いとうつくしげに生ひなりて、愛敬づき、らうらうじき心ばへいと殊なり。「飽かぬ所なう、わが御心のままに教へなさむ」と、思すにかひぬべし。男の御教へなれば、「すこし人慣れたる事や交らむ」と思ふこそうしろめたけれ。日頃の御物語、御琴など教へ暮らして出で給ふを、例の、と口惜しう思せど、今はいとようならはされて、わりなくは慕ひまつはさず。




左大臣邸にも、久しくご無沙汰したと、思い、また、幼い若君、若草も、可愛そうであり、慰めておこうと、二条の院へいらした。
若草は、見るたびに、とても可愛く成長して、優しく、利発な性質である。
不足のないように、自分の心のままに、教育しようとの、期待に応えてくれるだろうと思う。
男手の教育であるから、少し男に、馴れ馴れしくなるであろうかと、思うことが、不安である。
この数日、お話をしたり、琴などを教えて、一日を過して、お出かけになるのを、いつものように、残念と思われるが、この頃は、躾けられたせいか、むやみに、追いすがり、まといつくことはない。

今はいとようならはされて
いと よう ならはされて
大変躾けられて、である。




大殿には、例の、ふとも対面し給はず、つれづれとよろづ思しめぐらされて、筝の御琴まさぐりて、「やはらかにぬる割るはなくて」と謡ひ給ふ。



左大臣邸では、女君は、例の如く、すぐには、お会いにならない。
君は、所在なさに、色々と、思うこと多く、筝の琴を、まさぐりて弾き、やわらかに寝る夜はなくて、と、謡いになる。





大臣渡り給ひて、一日の興ありし事聞え給ふ。左大臣「ここらの齢にて、明王の御代四代をなむ見侍りぬれど、この度のやうに、ふみどもきやうざくに、舞、楽、物の音ども調ほりて、よはひ延ぶることなむ侍らざりつる。みちみちの物の上手ども多かる頃ほひ、くはしうしろしめし整へさせ給へるけなり。翁もほとほと舞ひ出でぬべき心地なむし侍りし」と聞え給へば、源氏「ことに整へ行ふ事も侍らず。ただ公事に、そしうなる物の師どもを、ここかしこに尋ねは減りしなり。よろづの事よりは、柳花苑、まことに後代の例ともなりぬべく見給へしに、ましてさかゆく春に立ち出でさせ給へらましかば、世の面目にや侍らまし」と聞え給ふ。





大臣が、おいでになり、先日の催しの、面白かったことを、申し上げる。
こんなに、年老いて、天子の御代四代を生きましたが、このたびのように、詩文が勝れて、舞も管弦の音も、完全にできていたことで、命が延びる思いをしたことはありません。諸道の名人たちが多い時代ゆえ、あなたが、それらのことを、詳しく知っておいででしたから、揃えられたのです。私のような、老人までが、踊りだしたくなるような、気持でした、と、申し上げる。
源氏は、特別に、揃えたことはありません。ただ、役目として、優れた専門家たちを、あちこちから、探し出したのでございます。何よりも、柳花苑の舞は、まことに、後世の手本ともなるに違いないと、拝見しました。まして、栄えゆく御代の春に、御前で舞われたら、一世の面目でございましたでしょう、と、申し上げる。





弁、中将など参りあひて、香蘭に背中おしつつ、とりどりに物の音ども調べ合はせて遊び給ふ、いと面白いし。


折から、弁や中将などが、集って、高欄によりかかり、思い思いの、楽器の音色を整えて、合奏されるのが、とても面白い。





かの有明の君は、はかなかりし夢をおぼし出でて、いともの嘆かしうながめ給ふ。東宮には、四月ばかりとおぼし定めたれば、いとわりなうおぼし乱れたるを、男も、尋ね給はむにあとはかなくはあらねど、いづれとも知らで、ことに許し給はぬあたりにかかづらはむも、人わるく思ひわづらひ給ふに、三月の二十余日、右の大殿の弓の結に、上達部、親王達多くつどへ給ひて、やがて藤の花の宴し給ふ。はなざかりは過ぎにたるを、「ほかの散りなむ」とやる殿を、宮達の御裳着の日、磨きしつらはれたり。はなばなとものし給ふ殿のやうにて、何事も今めかしうもてなし給へり。




あの、有明の女君は、儚い春の夜の、夢のような逢瀬を、思い出していた。
酷く、嘆かわしいほどに、物思いに耽る。
東宮には、四月頃にと、予定があるので、酷くやるせなく、思い乱れているのを、男君も、捜すのに、当てが無いわけではないが、どの姫ともわからず、特に、自分を嫌らう一家に関わりあうのも、体裁が悪いと思っている。
そこへ、三月二十日過ぎに、右大臣邸の弓の競技で、上達部や、親王たちを集めて、そのまま引き続き、藤の花の宴を、催すことになった。
桜の花の盛りは、過ぎていたが、ほかの散ってのちに、と教えられたのか、遅れて咲く、二本の桜が、また、趣がある。
新しくお造りになった、御殿を、姫君たちの、御裳着の日に、磨きたてて、飾られた。
派手な、家柄か、何事も、今流行りである。

ほかの散りなむ
古今集より
見る人も なき山里の さくら花 ほかの散りなむ 後ぞ咲かまし 伊勢
見る人もいない、山里の桜花は、他の桜が散ってしまった後に、咲いたらよい。さすれば、あるいは、見てくれる人もあろうに。
上記から、取られている。



源氏の君にも、一日、うちにて御対面のついでに聞え給ひしかど、「おはせねば、くちをしう、物の栄なし」とおぼして、御子の四位の少将を奉り給ふ。

右大臣
わが宿の 花しなべての 色ならば 何かはさらに 君を待たまし

うちにおはする程にて、上に奏し給ふ。主上「したり顔なりや」と笑はせ給ひて、「わざとあめるを、早うものせよかし。女御子たちなども、生ひ出づる所なれば、なべてのさまには思ふまじきを」など宣はす。




源氏の君にも、先日、御所で、対面の折に、お招き申し上げたが、お出でにならないので、御子の四位の少将を、お迎えに向かわせた。

右大臣
私の家の、藤の花が、普通の平凡な花ならば、どうして、殊更、あなたを、ご招待もうしましょう。

君は、御所に、いらした折なので、帝に奏上なさった。
得意顔だと、笑われて、わざわざ迎えに来たことであるし、早く行くかよい。内親王たちなども、育っている所だから、そなたを、他人のように、思うまい、などと、おおせられる。


物語の歌も、すべて、作者の詠む唄である。
その時々の、情景と、人物に合わせての、歌詠みである。
それも、大した、技である。
これにも、感心するのである。




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2008年12月18日

もののあわれ358

御装など引きつくろひ給ひて、いたう暮るる程に、侍たれてぞ渡り給ふ。桜の唐の綺の御直衣、葡萄染の下襲、裾いと長く引きて、皆人はうへの衣なるに、あざれたるおほぎみ姿のなまめきたるにて、いつかれ入り給へる御さまげにいと異なり。花のにほひもけおされて、なかなかことざましになむ。



源氏は、衣装を整えて、すっかりと暮れた頃、皆が、待ち遠しく思うころあいに、お越しになった。
桜の唐の、綺の直衣に、葡萄染めの、えびぞめである、下襲、したがさねである、裾を長々と引いて、他の人は皆礼装であるが、お洒落な、王族風の優雅な衣装である。
皆に、あがめられ、かしずかれて入る様子は、真に格別な雰囲気である。
花の色香も、それに圧倒されてしまい、興ざましのようである。




遊びなどいとおもしろうし給ひて、夜すこし更け行く程に、源氏の君、いたく酔ひなやめるさまにもてなし給ひて、まぎれたち給ひぬ。



管弦の遊びなども、大変面白くなさる。
夜が少しばかり更けて行く頃は、源氏は、酷く酔って、苦しんでいるように、見せて、そっと、席を外れたのである。




寝殿に女一宮、女三宮のおはします、東の戸口におはして、寄り居給へり。藤はこなたのつまにあたりてあれば、御格子ども上げわたして、人々出で居たり。袖口など、たう歌のをり覚えて、ことさらめきもて出でたるを、「ふさはしからず」と、まづ藤壺わたりおぼし出でらる。



寝殿に、女一の宮、女三の宮がおいでになる。
その東の、戸口においでになり、寄りかかっていた。
藤は、こちらの角にあたっているので、格子を上げて、端近くに女房達が、座っていた。
袖口など、踏歌の折に似て、わざとらしく、御簾の下から出しているのを、相応しくないと、何よりも、藤壺の辺りの、奥床しさを、思い出すのである。

袖口
出だし衣 いだしぎぬ、である。
見物する女房達が、着物の袖口を、御簾の下から、出す風情である。

踏歌
正月に、宮中で、行われる催しであり、公事である。

藤壺の邸とは、違う雰囲気であり、源氏は、こちらの、邸の様子を相応しくないと、思うのである。


源氏「なやましきに、いといたう強ひられて、わびにて侍り。かしこけれど、この御前にこそは、陰にも隠させ給はめ」とて、妻戸の御簾を引き着給へば、人々「あな、わづらはし。よからぬ人こそ、やむごとなきゆかりはかこち侍るなれ」といふ気色を見給ふに、重々しうはあらねど、おしなべての若人どもにはあらず、あてにをかしきけはひしるし。そらだきもの、いとけぶたうくゆりて、衣の音なひいと花やかにふるまひなして、心にくく奥まりたるけはひは立ちおくれ、今めかしき事を好みたるわたりにて、やむごとなき御方々物見給ふとて、この戸口はしめ給へるなるべし。




源氏は、気分が悪いのに、酒を強いられて困っています。恐縮ですが、こちらならば、私を、物陰に隠してくださるでしょうと、妻戸を御簾に、上半身を入れる。
人々は、あら、厄介なこと。身分の賎しい人は、高貴な親族に、寄りかかると申しますが、という、様子を御覧になる。
彼女達は、重々しくはないが、並の女房達ではない。
上品で、美しい様が、よく解る。
そらだきものが、大変に煙たく香って、衣擦れの音を、わざと、華やかにして振舞うという、奥床しさ、深みを現す様子ではなく、軽やかな粋を好んでいる様子である。
高貴な方々が、物見をすると、この戸口を占領しているのである。

そらだきもの
部屋の中を薫りで包むのである。



さしもあるまじき事なれど、さすがにをかしう思ほされて、「いづれならむ」と胸うちつぶれて、源氏「扇を取られて、からきめを見る」とうちおほどけたる声に言ひなして、寄り居給へり。女房「あやしくもさまかへける高麗人かな」といらふるは、心知らぬにやあらむ。いらへはせで、ただ時々うち嘆くけはひする方によりかかりて、凡帳ごしに手をとらへて、

源氏
あづさ弓 いるさの山に まどふかな ほの見し月の 影や見ゆると

何ゆえか」とおしあてに宣ふを、え忍ばぬなるべし、


心いる 方ならませば ゆみはりの 月なき空に 迷はましやは

といふ声、ただそれなり。いとうれしきものから。




場所柄を考えると、控えるべきことだが、さすがに興に乗り、あの女君は、どれだろうと、胸をときめかせる。
源氏は、扇を取られて、からめを見ると、おどけた調子で言いつつ、身を寄せかけて、座っている。
女房は、妙に変わった、高麗人ですこと、と、答えるには、事情を知らないゆえである。
答えはせずに、ただ、時々、溜息をつく、気配のする方へ、寄りかかり、凡帳越しに、手を捕らえて

源氏
ちらっと見た、月の姿が、再び見られるかと、いるさの山に、迷っています。
なぜでしょう、と、当てずっぽうに、仰ると、とても、堪えきれない様子で、


深く、お心をかけておいでならば、月のない空でも、迷いになるはずは、ありますまい

と言う声は、まさしく、あの女である。
それは、本当に、嬉しいことだが・・・

いるさの山
但馬国の名所である。

ゆみはり
月の枕詞である。

ほの見し月の 影や見ゆると
あの夜に、ほんの少しばかり見た、月、つまり、女のこと。
月の影とは、月影であり、月の光である。

星の光を、星影という。
月の光を月影という。
それらは、皆、光の影なのである。
つまり、太陽の影である。
夜の光は、皆、太陽の、日の影なのである。

女の歌は、思い深ければ、月の光のない、夜の闇でも、迷うことはないと言う。
つまり、ここにいますと、宣言しているのである。

ただそれなり。いとうれしきものから

これで、花宴を、終わる。

人生を、一言で言えば、ただそれなり、なのである。


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神仏は妄想である 183

釈迦仏陀の、生きていた、2500年前は、文字がなかった。
人が人へ、思いを伝える手段は一つ、口伝えである。

言葉は、音波となって、相手に伝わり、そして、言葉は消滅する。
聞き逃したり、忘れると、それっきりである。
聞いて覚えるという、作業が、思想を伝達する、唯一の道だった。

釈迦仏陀の教えは、そういう状態の中で、師匠と弟子によって、受継がれ、伝えられていった。
伝言ゲームである。

もし、誰かが、一度間違うと、そのまま、次に伝えられる。
誤りだと、気づかないままである。

丸ごと暗記しようとする、弟子たちの、緊張感は、堪らないものだったと、察する。

更に、釈迦仏陀が、来ていると、知れ渡ると、何日も、歩いて、釈迦仏陀の元に、話を聞きに来る。
一度聞いた教えを、一生かけて、咀嚼した人もいるだろう。

何度も、釈迦仏陀の言葉を、反芻するうちに、何事かに、気づくのである。その、気づきを、悟りというなら、理解する。
そして、それは、その人だけのものである。
悟りは、その人による。

現代は、文字も、映像も、ありとあらゆるものが、保存できる。
当時のことを、想像するのは、至難の業である。

更に、多くの情報に、晒されて、我を、見失うこともある。
しかし、そこに、最初で、最後だという、危機感はない。
いつかと、思いつつ、人生を過ごす人もいる。

情報の価値判断をするのは、誰でもではない、私である。

文字に記録することが、できるようになって、私は、聞いたと、経典を書くようになる。

ここで、重大なことは、それを、書くという人の行為である。
書くという、行為には、作為が生ずる。
更に、である。書かれたものを、どのように受け入れるかということでも、その言葉は、分離する。

文明は、進化したと、判断する場合と、堕落したと、判断する場合がある。

耳で聞いた言葉を、反芻して、我が物とすることが、それを、書くということは、一つの堕落である。

記録されたものだけが、正しいと言う、恐ろしい、独善にも、陥る。

書かれたものに、釈迦仏陀の、息遣いが、書かれることは、ない。

更に、書かれたものを、解釈するという、堕落が生まれる。
その、堕落が、論争を生む。
釈迦仏陀は、自分の言葉で、人が、論争するなどとは、考えてもいなかったであろう。
釈迦仏陀の言葉は、釈迦仏陀、生存によって、保たれ、その、寂滅によって、終わった。

初期仏典でさえも、釈迦仏陀の言葉の、切れ端である。
寝惚けたような、言葉の羅列が、続く。
そして、繰り返しである。
それは、伝えた者たちが、繰り返し、反芻したからである。

暗唱するために、唱えるとい行為が、生まれる。

大乗仏典に至ると、読経するという、行為自体が、信仰行為となるという、堕落である。
言葉にして、観念にするという行為は、釈迦仏陀の、教えと、真っ向から、対立する。

釈迦仏陀は、行為することを、伝えたのである。
人は、行為によって、成るものに成ると語った。

文字にせよとは、言わない。

修行者の、行為によって、釈迦仏陀の教えが、込められる。
つまり、行為、所作である。

理屈は、無い。
その行為、所作に、込められる、釈迦仏陀の教えなのである。

それを、小乗として、差別する、大乗の、大きな誤りは、甚だしい。

日本の伝統である、神道、この場合は、古神道であるが、所作しかない。
行為、所作によってでなければ、その奥の心が、解らない。
しかし、理屈を、好む者たち、所作の、煩雑さを嫌い、言葉を、欲して、神道には、教義が無い云々という。

伝統には、教祖も、教義も無い。
あるはずがない。
伝統なのである。

村祭りで、盆踊りをする。
意味は無い。
しかし、それを、始めた先祖たちには、深い意味があった。
なき先祖たちと、一緒に踊るというのである。
亡き人の霊を、呼んで、共に、踊って過ごすという。
それを、供養という言葉で、表すと、堕落する。

行為のみで、その意味を成しているという、伝統というものも、大切さをこそ、伝えて知らせるべきなのである。

様々な、民族の儀式に、長年に渡り、培ってきた、先祖たちの深い思いを、観る。

そこに、余計な言葉は、無い。
言葉で、語り尽くすという、宗教というものは、皆々、嘘である。

行為によってでなければ、その心は、表せない、知ることはない。

盆踊りに、参加してみて、はじめて、解ることがある。
見ていては、解らない。
見よう見まねで、子供たちが、踊りを覚えて、参加するようになり、先祖の思いを、感得する。
そこに、言葉は、無い。
ある訳が無い。

行為の中に込められた秘密があるのである。

拍手を打ち、深く礼をする。という、行為の中に、自然に対する畏敬の思いを、起こし、更に、その自然に隠れた先祖たちに、対するという、心である。

神とか、仏という、観念によって、成り立った神や仏ではない。

深く感じ入るものに、対する所作、行為によってでしか、解らないのであると、先祖たちは、気づいていた。

日拝という、太陽を拝する行為に、意味を、云々と、つけなかった。
誠のものには、言葉を使用してはいけないと、心得ていた。

夜の闇の中で、朝の太陽の光は、そのまま、命の元だった。
それを、理屈なく、そのまま、拝する。
なんと、見事な行為、所作であろう。

言葉は、行為を、補足するために、最低限使用されるものである。

言葉巧みな者を、注意して見なければいけない。
大半が嘘である。
いや、何一つ、誠が無い。

誠は、行為によって、成就する。

まこと、まアこオとオ、とは、真ん中の事である。
真事である。
しかし、しんじつと、読むと、誤る。

真実と読めば、それだけで、しんじつというものが、解ったと、錯覚する。
太陽を拝して、はじめて、まこと、ということが、解る、感じることが、できるのである。


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2008年12月19日

もののあわれ359



世の中変はりて後、よろづ物憂くおぼされ、御身のやむごとなさも添ふにや、軽々しき御しのびありきもつつましうて、ここもかしこも、おぼつかなさの嘆きを重ね給ふ報いにや、なほ我につてなき人の御心を、尽きせずのみおぼし嘆く。今はましてひまなう、ただうどのやうにて添ひおはしますを、今后は心やましう思すにや、うちにのみ侍ひ給へば、立ち並ぶ人なう心やすげなり。をりふしに従ひては、御遊びなどを好ましう世の響くばかりせさせ給ひつつ、今の御有様しもめでたし。ただ東宮をぞ、いと恋しう思ひ聞え給ふ。御後見のなきをうしろめたう思ひ聞えて、大将の君によろづ聞え給ふも、かたはらいたきものから、嬉しとおぼす。




この段は、源氏、21歳四月から、22歳の正月までの、話である。

桐壺帝が、朱雀帝に、譲位した。
御代の代わりである。
世の中が、代わり、何もかもが、物憂い、億劫になってしまた。
更に、昇進したために、身分に尊さが加わり、軽々しい、忍び歩きも、出来にくくなったのである。
ここかしこの、方々の心思いを、感じて、嘆きの数を積み重ねたせいでの、報いであろうか。
相も変わらず、つれない方の、心の模様を、嘆いているのである。
譲位後の、現在は、以前にも増して、間断なく、まるで普通の夫婦のようになっているのを、今后は、不快に思い、御所にばかりおいでになるため、競争する者がなく、気軽そうである。
よい機会があれば、管弦の御遊びなどを、世の評判になるほど、催されたりして、今の有様の方が、結構に拝されるのである。
ただ、東宮を大変に、恋しく思うのである。
守護役のいないのを、気がかりに思い、大将の君に、万事を依頼されるのにも、君は、内心、気の引ける思いがする、一方、嬉しいとも、思うのである。


少し説明する。
新しい帝は、源氏の兄宮である、朱雀帝である。
その、母后と、祖父に当たる、右大臣の勢力が、源氏にとっては、好ましくない、政治的状況になるのである。

次第に、物語は、複雑に展開してゆく。




まことや、かの六条の御息所の御腹の、前坊の姫宮斎宮に居給ひにしかば、大将の御心ばへもいと頼もしげなきを、「幼き御有様のうしろめたさにことづけて下りやしなまし」とかねてよりおぼしけり。




まことや、さて、とか、それでは、と、話を転じる時の言葉。
あの、六条の御息所を母君とする、前の東宮の、姫宮が斎宮の地位に就かれた。
御息所は、源氏の大将の気持も、まるで頼りになりそうもないと、姫君の、幼い様子が、気がかりであると、口実を作り、姫と、共に、伊勢に下ろうかと、思うのである。


六条御息所は、源氏の年上の愛人である。
源氏は、大将に昇格している。

下りやしなまし
まし、とは、推量の助動詞で、反実仮想の意味である。
や・・・まし、は、躊躇う気持を表す。
な、は、完了の、ぬ、の、未然形で、強意の意味になる。

下り や しな まし、となる。


院にも、「かかる事なむ」と聞しめして、院「故宮のいとやむごとなくおぼし、時めかし給ひしものを、軽々しうおしなべたる様にもてなすなるが、いとほしきこと。斎宮をも、この御子達のつらになむ思へば、いづかたにつけても、おろかならざらむこそよからめ。心のすさびにまかせて、かくすきわざするは、いと世のもどき負ひぬべき事なり」など、御気色あしければ、わが御ここちにも、げにと思ひ知らるれば、かしこまりて侍ひ給ふ。「人のため恥ぢがましき事なく、いづれをもなだらかにもてなして、女の恨みな負ひそ」と宣はするにも、「けしからぬ心のおほけなさを聞しめしつけたらむ時」と恐ろしければ、かしこまりてまかで給ひぬ。




桐壺院も、こんな事情があると、聞いて、前の東宮が、御息所を大変な大切な人として、寵愛されたのに、それを、軽々しく、並の人のよう扱っているということであるが、気の毒なことではないか。斎宮のことも、私の皇女たちと、同列に思っている。いずれにしても、粗末にせぬほうがよい。気まぐれに、このような、好き事をすることは、たいそう、世間の批難を浴びるものである。などと、仰せられ、院のご機嫌が悪いので、源氏は、そうだと、納得されるので、恐縮して控えている。
人の体面を、傷つけるようなことなく、角の立たないような扱うべきであり、女の恨みを、受けないように、しなさいと、仰るのである。
源氏は、人の道から外れた、藤壺に恋する心の、大それた気持を、万一、院がお聞きになったらと思うと、その時は、恐ろしいと、思い、恐縮して、退出された。


いづれをも、なだらかに、もてなして
いずれにしても、穏やかにして、もてなす、とは、取り計らう、取り扱う、世話をする、振舞う、もてはやす、ご馳走する、などの意味がある。
この場合は、男女の関係に対しての、なだらかに もてなして、である。

女の恨みな負ひそ
実に、面白い。
女の恨みを買うな、である。
負ひそ、の、そ、は、な、よりも、弱い表現である。
しかし、恨みな、と、な、を、つけて、後に、そ、で、終わる。
これは、日本人の、言い回しである。
深読みすると、女の恨みをかっては、いけない、と強いのだが、出来れば、買わないようにした方が、いいのですよ、と、最後に、柔らかく終わるのである。

何とも、微妙繊細である。

けしからぬ心
異しからぬ、と、書く。
異なこと、異常なこと、合点がいかないこと。

現代でも、けしからんと、怒ることがある。
怪しからんと、書くこともある。
それは、怪しいことなのである。

おほけなさ
身の程知らず、身分に合わない行為である。

源氏は、兄の、桐壺帝に、我が心を知られると、恐ろしいことだと、思うのである。




又かく院にも聞しめし宣派するに、人の御名もわがためも、すきがましういとほしきに、いとどやむごとなく、心苦しき筋には思ひ聞え給へど、まだあらはれては、わざともてなし聞え給はず。女も、似げなき御年の程を恥づかしうおぼして、心とけ給はぬ気色なれば、それにつつみたる様にもてなして。院に聞しめしいれ、世の中の人も、知らぬなくなりにたるを。深うしもあらぬ御心の程を、いみじうおぼし嘆きけり。



また、このように、御息所との関係を、知られて、諌めの言葉を述べるにつけて、御息所の名誉に関しても、自分のためにも、いかにも、色好みの行動であると、思われて、御息所が、気の毒でもある。
それは、大そう、大切なことで、今のまま、気の毒であると、申し上げているが、まだ、公に、きちんとした結婚の形を取らないでいる。
御息所も、不釣合いな、年の違いを、きまり悪く思い、源氏に打ち解けない様子である。
源氏は、その気持に、遠慮しているという風に、振舞われていて、その二人の関係が、院の耳にも入り、世間の人も、知らぬ者はないという状況である。
源氏の気持が、深くないということを、御息所は、大変、嘆いているのである。


それぞれの、心境を描くが、訳すのは、本当に、面倒なところである。

似げなき御年のほどを
似げなき、とは、相応しくないという意味。
御息所は、29歳であり、源氏は、21歳である。

源氏自身、好色の男と、思われることは、云々と言うが、実際、行っていることは、好色である。
何故、作者は、源氏に、そのように思わせるのか。
源氏は、自分の行為を、どのように、把握しているのかを、解っていないと、説明するようである。

好色ののせに、私は、好色ではないと、思っている男という、イメージである。
としたら、源氏という、男、とんでもない、男である。
その、身分を利用しての、好色の行為の数々を、何とする。

これは、当時の、貴族社会の、有様を、源氏を通して書いているのである。

紫式部の嫌うところの、男の、好色、好き者の、行為を、源氏に、集中させているのである。
当時の、貴族社会の、男達に対する、徹底した、批判である。

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神仏は妄想である 184

法華経に、限らず、鎌倉仏教、つまり、日本の新興仏教の始祖たちが、言う、兎に角信じること、という、呆れた、自己放棄、それを、禅では、放下、ほうげ、ともいう、姿勢を、説くのである。

今、ランダムに、本棚に手を伸ばして、創価学会の法華経の解説という本の、箇所を、読む。

諸仏の智慧が南無妙法蓮華経の智慧なら、その智慧に入る門はまさに信心以外にありません。南無妙法蓮華経の智慧を自分のものとするには「以心代慧」「以信得入」といわれるように、自己の浅はかな見識や智慧を捨てて、大聖人の御図顕された御本尊を信ずる以外にないのです。そして、この「信じる」ということがまさに難解難入なのです。

難解難入、なんげなんにゅう、である。
非常に難しいというのである。
信じなければ、智慧を得るのは、難しいというのである。
そして、信じることが、難しい。一体、信じるということを、何と心得ているのだろうか。

この、蒙昧は、計り知れない。
信じてしまえば、また、信じさせれば、後は、簡単に、騙せる。
どんな、無理難題も、信じた者は、行為する。
その一つが、金集めである。

浄土宗、浄土真宗、曹洞宗、日蓮宗などなど、その信徒を見れば、寺に言われた通りに、金を出す。出さない信徒は、除外される。

地獄の沙汰も金次第という、言葉があるが、あれは、寺のことを、言ったものである。
金を出さなければ、救いもないのである。

その証拠に、戒名なる、実に不思議な、金集めの方法がある。
全く、意味は無い。

私は、戒名についての、資料を徹底的に調べた、また、それを、肯定する者の、本も読んでみた。
全く、こじ付け、妄想の、様々である。

釈迦仏陀は、一切、そのようなことを、言わない。
まして、在家に対して、仏弟子に、云々などとは、言わない。
呆れて、物も言うことが、できないのである。

浄土宗、浄土真宗は、死後に、阿弥陀の世界に行きます。それで、救われますというのが、前提で、戒名なる物を、つける。
死後、どこに行ったのかは、誰も解らない。特に、坊主は、解らない。
何せ、その宗祖も、霊界の何処にいるのか、解らないという、様、ざまである。

勿論、霊界に、阿弥陀の世界、極楽などという、妄想の観念の世界は、無い。ある訳が無い。

霊界の相は、百人百様である。

さて、続ける。

信ずることができればそのまま智慧に代わるにもかかわらず、それが人間、とくに現代人にはなかなかできないのです。なかでも二乗、現在でいえば学者、評論家、芸術家などの知識階層は最も「信ずる」ことのむずかしい階層です。

どうであろうか、この、独断と、偏見、そして、独善の有様。
平然として、このように書けるという、それこそ、難しい階層であろう。
信じて、救われない階層なのである。

信ずることができれば、そのまま智慧に代わる・・・
誠、救いようがないというのは、このことである。
信ずれば、それが、智慧に代わる、だと。
つまり、思い込めば、それが、智慧だというのである。
アホも、ここ、ここに至ると、手がつけられないのである。

さらに、
それは、自己の習得した学問的な知識(声聞)に固執し、また社会や人生に対する自分なりの直感的な悟り(縁覚)を絶対のものとし、それを信じているからです。さらに、人間の知的活動には、それがひとたび開始されると、つぎからつぎへと展開して止まることを知らず、ついには知的活動を生み出した当の主体(生命)を遠く離れて、おおよそ主体とは関係ない孤立したものになるという恐ろしさをはらんでいます。そこからはみずみずしい生命の躍動は発揮されず、社会や他人に対する人間的な温かい関心も生まれるはずがありません。

どうであろうか、この蒙昧を。

これは、全く逆であろう。
主体を、信仰に明け渡して、それで、主体、つまり生命が、躍動するものだろうか。
信仰により、単に、催眠術に陥るということを知らない、暴論である。

彼らは、人間的な、温かみを持っているのか。
信徒同士、更には、信徒にすべく付き合いのある人には、温かいが、敵に対しては、冷酷無残、更には、激しい迫害をする。

彼らが、大聖人という、日蓮の言葉である。
いかなる大善をつくり法華経を千万部読み書写し一年三千の観道を得たる人なりとも法華経の敵をだにも・せめざれば得道ありがたし
というのである。

法華経の敵を、攻め抜かなければ、得道、仏の得を得られないのである。

人間的な、温かみがあるのは、知的活動を続けて、その人間としての、儚さと、小さき者であることを知る、人間の知性であり、理性であり、感性である。

どこに、みずみずしい生命の躍動が、信仰から、発せられるのか。
勘違いの、躍動であり、妄想、自己暗示、自己催眠の、躁的躍動であろう。

勿論、私は、それを、否定するものではない。
貧しく、日々の生活に追われて、息のつく暇もない生活をしている者が、教会のミサに出て、神の、主イエスの、信仰に満ちて、神に愛されている私という、勘違いを、信じ込んで、生きられるならば、何も、言うべきことはない。

その、知能で、やっとこさっとこ、生きられるのも、信仰ゆえである。

私の、祖母も、阿弥陀さんのところに、行くことが、救いだった。
それを、私は、笑わない。

宗教ではなくても、人は、何かを心に抱くのである。
心の、置き所というものを、誰もが持つ。

更に、続ける。
本当の知識階層とは、逆説めいていますが、人間の知的活動、その結果としての知識の累積に対する空しさを知り、人間の力を越えたより大なる実相への畏敬の念を失わない人といえるでしょう。つまり、時間的には無始無終、空間的には宇宙大の森羅万象を貫く根底の法理を知るための方便として学問や芸術を位置づけられる人こそ真の二乗といえるのです。
もっとも、究極的には南無妙法蓮華経を信ずる以外に真の二乗はありえないわけですが、声聞・縁覚階層に対する確固たる眼をもってもらいたいがゆえにあえて述べるのです。

日蓮が、仏教というものを、知らないという、証明は、幾つもあるが、題目という、御本尊を、受持し、題目を唱える以外に、仏になる道は、無いと、断定したことは、余りにも、愚かであり、情けないのである。
それを、教学として、学ぶという、愚行を繰り返す、諸々の、お馬鹿たちである。

仏教としても、間違いが、多すぎる。
あれ程、凄まじく、仏の教えを求めたら、通常だと、天竺に向かうはずである。何故、行かなかったのか。
日蓮は、何故、天竺を目指さなかったのか。
それを、解明すれば、彼の、誤りが解る。

上記、結局、持ち出すのは、宇宙大の森羅万象を貫く、根底の法理という。
根底の、法理などということばを、どうして口に出せるのか。
更に、実相という言葉である。

どこに、何の根拠があるのか。
何も無い。
ただ、信じることだというのである。

日蓮は、折伏という行為を主にしたが、誰も相手にならないのである。
自己陶酔、強迫的人格障害である。

気違いに、誰も、手出しは、出来ない。
それを、受継ぐ、日蓮宗その他、諸々である。

真っ当な感覚を、持つものは、そこに近づかない。
知能レベルの低い者、それらの、小難しい言葉の数々に、何やら、知った気になるという、お粗末さである。

文盲多く、知的レベルの低い鎌倉時代だからこそ、その時代性だからこそ、通用したのであり、この時代では、錯誤としか、言いようが無い。

法然、親鸞の、説教も、皆々、知的レベルが低く、あの、寝惚けたような、お話を、聞けたのである。

遠いところに、阿弥陀様という、仏様がいらしてねー
そこに、行くためには、ねー
念仏をねー
一度だけでも、唱えるとねー
阿弥陀様の、極楽にねー
行けるんだよー
である。

それを、小説を書けなくなった、有名作家などが、後押しして、何やら、命に別状の無いことを、書き付けて、その本が売れているというから、益々、救いようが無い。


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2008年12月20日

もののあわれ360

かかる事を聞き給ふにも、朝顔の姫君は、「いかで人に似じ」と深うおぼせば、はかなき様なりし御かへりなども、をさをさなし。さりとて、人憎くはしたなくもてなし給はぬ御気色を、君も、「なほことなり」と思しわたる。



このような、噂を聞かれるにつけ、朝顔の姫君は、決して、人の二の舞は、するまいと、心に深く決めているので、ちょっとした返事なども、しないのである。
かといって、憎らしいと、思われたり、間の悪い思いをさせたりすることのないように、気配りする。
君は、矢張り、たいしたものだと、思うのである。




大殿には、かくのみ定めなき御心を、心づきなしとおぼせど、あまり包まぬ御気色の、いふかひなければにやあらむ、深うも怨じ給はず。心苦しき様の御ここちに悩み給ひて、もの心細げにおぼいたり。珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ。誰も誰も嬉しきものから、ゆゆしうおぼして、さまざまの御つつしみせさせ奉り給ふ。かやうなる程、いとど御心のいとまなくて、おぼしおこたるとはなけれど、とだえ多かるべし。




大臣家では、このような、浮ついた、源氏の心を、面白くないとは、思うが、余りにも、人目を憚らない様子が、言っても詮無いことと、大して、怨むこともない。
姫は、痛々しく、体の具合が悪く、苦しんでいるので、心細く思う。
君は、そういう姫の気持を、珍しいことだと、思いもし、また、愛しいとも思う。
どなたも、どなたも、嬉しいものの、恐ろしい思いもし、色々と、物忌みを、させるのである。
こうしている間に、いっそう、心の休む間も無く、なおざりにされているわけでもないが、他の方々へは、途絶えが多いことであろう。

心苦しき様
源氏の妻の、葵の上の、懐妊である。

妻の様子が、いつもと違うのに、珍しいと、思うのだが、源氏の最初の子は、藤壺が産んでいる。しかし、それは、誰も知らぬことである。
勿論、作者は、知っているから、源氏は、妻が懐妊して、苦しんでいることを、珍しく、あはれと思ひ聞え給ふ、という。つまり、自分の行状を知らずに、妻が懐妊して、苦しんでいるということである。

そういう状態なので、源氏は、他の女の所へは、行くことがない。
とだえ多かるべし、なのである。





その頃、斎院も下り居給ひて、后腹の女三の宮居給ひぬ。帝后、いとことに思ひ聞え給へる宮なれば、筋ことになり給ふを、いと苦しうおぼしたれど、こと宮たちのさるべきおはせず。儀式など、常の感わざなれど、いかめしうののしる。祭の程、限りあるおほやけごとに添ふこと多く、見所こよなし。人柄と見えたり。




その頃、斎院を辞めて、代わりに、后腹の女三の宮が、就任した。
陛下も、后も、格別に大事にしている宮である。
その特殊な身分になることを、大変辛く思うが、姫宮方の方では、適当な方がいないために、このようになったのである。
儀式など、普通の神事ではあるが、大変な騒ぎである。
祭りの折には、規定の行事の他に、付け加わることが多く、この上なく、立派な見ものである。
これは、斎院によるものと、思われた。

いかめしうののしる
大変な出来事。騒ぎである。




御祓の日、上達部など数定まりて仕うまつり給ふわざなれど、覚えことに、かたちある限り、下襲の色、うへの袴の紋、馬、鞍までみな整へたり。とりわきたる宣旨にて、大将の君も仕うまつり給ふ。かねてより、物見車心使ひしけり。一条の大路、所なくむくつけきまで騒ぎたり。所々の御桟敷、心心にし尽くしたるしつらひ、人の袖口さへいみじき見ものなり。




御祓、ごけい、の日は、上達部など人数が定まって、供奉されることになっているが、特に今回は、評判も良く、容姿の立派な人たちばかりであり、下襲、したがさねの色合い、袴の模様、馬や鞍まで、皆、立派に整えていた。
特別な、宣旨があって、大将である源氏も、供奉なさる。
そんなわけであり、前々から、見物の方々は、気を配っていた。
一条の大路は、隙間無く、恐ろしいまでに、混雑した。
あちらこちらの、桟敷や、思い思いに趣向を凝らした飾りつけなど。
女房達の、出だし衣の袖口までも、大変な見ものである。

女房達の、袖口とは、御簾の下から、わざと外に出して見せるものである。




大殿には、かやうの御ありきもをさをさし給はぬに、御ここちさへ悩ましければ、思しかけざりけるを、若き人々、「いでや、おのがどち引き偲びて見侍らむこそはえなかるべけれ。おほよそ人だに、今日のもの見には、大将殿をこそは、あやしき山がつさへ見奉らむとすなれ。遠き国々より、めこを引き具しつつもまうで来なるを、御覧ぜぬは、いとあまりも侍るかな」と言ふを、大宮聞しめして、「御ここちもよろしきひまなり。さぶらふ人々もさうざうしげなめり」とて、にはかにめぐらし仰せ給ひて、見給ふ。




大臣家では、このような外出も、ほとんど出ず、その上、気分も優れないので、考えもしなかったが、若い女房達が、どうでしょう。私達だけでも、こっそりと、参るというのは、見物の見栄えがしませんでしょう。ご縁の無い人でさえ、今日の物見は、まず、第一に、大将さまを、いやしい田舎者までもが、拝もうとしているとのこと。遠い国から、妻子を連れて、上がって来ているというのに、それを、正妻である、姫君様が、御覧にならないのは、あんまりです。と言うのを、大宮が、耳にされて、今日は、ご気分も、よろしい日です。お付の人々も、つまらなさそうだし、と、急に、おふれを出して、御覧になることになったのである。


はえなかるべけれ
忍んで行くのは、行った甲斐がない。
ぱっとしない。
はえ、とは、見栄えであり、面目である。
なかるべけれ、の、べけれ、は、推量、未然形で、見栄えがしないだろう。つまり、ぱっとしない、のである。

堂々と、物見に行きたいというのである。

今で言えば、有名芸能人が、路上パフォーマンスをするようなものである。

あやしき山がつさへ
山賎であり、山里に住む身分の賎しい者たち。
田舎のきこりなど、である。
いやしい田舎者たちである。

賎しい
身分の無い者である。

大宮
葵の上の母。桐壺帝の妹。

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神仏は妄想である 187

大乗仏典の、法華経を見ている。

ここで、それを、仏教であるという人には、何も言うことが無い。しかし、初期、釈迦仏陀の、仏教というものを、見ることで、釈迦仏陀の、教えというものを、知りたいと思う人に、インド思想史から、見た、初期仏教というものを、紹介する。

仏教の実践的認識の最初に当面した問題は、人生の苦しみということであった。人間はどこにあっても、またいかなるものにたよっても、苦しみから脱することはできない。
中村元

生も苦しみ、老いも苦しみ、病も苦しみ、愛せざるものに逢うことは、苦しみ。愛するものに、離れることも、苦しみ。欲するものを、得ざることも、苦しみである。
五つの執着による、苦しみであり、苦しみとは、自己の欲するがままにならないこと、なのである。

それでは、それらが、何故、苦しみなのか。
それは、すべてが、無常であるからだと、考える。

上記、これも、観念となる。

無常だから、苦しいのである。
何故、仏陀は、そのように考えたのか。
それは、一つの、考え方である。

無常だから、楽しいのであると、考えることも、できたはずである。
ここに、仏陀の、病理がある。

青年、釈迦仏陀は、抑鬱症であったと、判断する人は少ない。
釈迦仏陀を、人間から遠い存在、更に、神格化するほどまで、高めたものは、何かということである。

鬱病の人は、すべてが、悲しみに彩られる。
瑞々しい、生命感覚を、持てないのである。
そして、それは、病である。

十歳くらいまで、子供は、いつも、シータ波という、脳波を出しているから、いつも、楽しく、わくわくして、生きている。
それが、成長するにつれて、シータ波が、後退して、脳に、複雑なシナップスが、現れてくる。それは、思考によってである。

その、思考は、言葉によってなる。

進化の過程で、子供のシータ波が、後退するようになっていったとすると、本来は、古代の人は、シータ波によって、生きていたと、考えられる。
それは、いつも前向きに生きるということである。

毎日毎日が、新しい発見であり、楽しくてしょうがないという、生命感覚に溢れていた。

しかし、脳が、複雑化するにつれて、人間は、抑鬱という脳の状態を、現してきた。
物を考える力が、そうさせたのか。
思考することで、人は、その精神に、翳りを帯びた。

宗教というものを、見詰めていると、次第に、人間の根本の心理状態というものを、見詰めるようになる。
本来は、何も意味の無いことであるが、そこに意味を、見出そうとするのである。

釈迦仏陀の憂鬱も、それであった。
一体、生きるとは、人生とは、何かである。

時代は、それから、2500年を経て、更に、その欲求が強くなった。
物事のカラクリと、物事の意味づけを、知りたい、知らなければ、生きていくことが、難しい。
更に、人間を超えたモノという、存在を、創作して、更に、理屈を、作り上げて、せめても、抑鬱の人生に、幻想でも、妄想でも、それに、託して生きたいと思うようになる。

本来は、意味の無いことにも、あたかも、意味あるが如くに、意味を見出す。

それは、人間の大脳化ゆえのことである。

仏陀は、そこからの、安心を得るには、何にも捕らわれないこと、執着しないことであると、説いた。
執着しなければ、つまり、忘れて生きれば、いいのである。
それを、説明するために、精神構造なども、分析して、受、想、行、識、などと想定し、諸行無常と、判断した。

しかし、それは、釈迦仏陀に、必要だったことであり、他の人には、必要ないことかもしれない。
この世の、相というものがあるならば、それは、百人百様に、見えるし、解釈もできる。

更に、霊能という、能力でさえも、百人百様の、様がある。

物質的なものは、色、それは、無常である。無常であるものは、苦である。苦であるものは、非我である。非我なるものは、我が物ではない。これは、我がアートマンではない。
と、仏陀が、考えた。

それは、たった一つの、考え方である。

だが、アートマン、我を否定するのではない。倫理的行動のよりどころとしての、アートマン、我というものを、承認していた。
故に、仏陀の、臨終の言葉は、
自己、アートマンに頼れ。法に頼れ。自己を燈明とせよ。法を燈明とせよ。
である。

人間の理法を実践するところに、真の自己が具現されると、考えたのである。

実に、明確で、単純素朴な、実践的生き方を、説いたといえる。
それに、後世の人々が、理屈をつけ始めた。
仏典というものが、出来上がると、更に、その仏典を解釈する、暇潰しが、行われた。更に、日本では、鎌倉時代に、個人の妄想により、甚だしく、逸脱した、仏陀の教え解釈が、拡大した。

そして、それが、組織になると、もう、手がつけられないのである。

弱さを知る人間は、弱さのままでいいとは、考えずに、妄想でも、何でも、力強く生きたいと、欲するべく、集団、そして、宗派なるものが、登場する。

これは、釈迦仏陀をはじめとする、思考の、自己の思考を試み者たちからの、堕落である。

それが、信じるという行為である。
信じるということは、思考停止状態を作る。

それらは、教えられた、教義を、人に説くのである。
信じているからという、理由だけである。
自分が、考えて、出したものではない。
ただ、信じただけである。

これは、迷いである。

信じるという行為が、迷いであるということ、明確である。
それは、実践し、自分が、考えたことではない。

その、教えの中に、我を、嵌めて、嵌めこんで、我というものの、意識を、失わせての、自己陶酔という、自己不在の、行為だからだ。

様々な、宗教の人の話を、聞かされると、そこには、本人の意思も、思考も、思索も無い。ただ、教えられたことを、繰り返すのみであり、更に、それを、信じない者は、悪であると、考えるのである。

これで、学んだ、言葉の数々を持って、我は、知っていると、完全に狂いを、演じる。

大乗仏教で、教えるところのもの、更に、日本の新興仏教の開祖たちの、考え方をもって、それを、ただ、信じているというだけで、堂々と、論じる様は、完全に迷いである。

何故なら、何一つとして、言葉によって、明らかにされるものは無いからである。
言葉は、仏教的言い方をすると、方便である。
もっと、極端な言い方をすれば、それらは、嘘なのである。

嘘も、方便も嘘である。

それでは、何か本当だろうか。
それは、無意味であるということだけだ。
何一つとして、確定した意味などというものは、この世には無い。
天地が、滅びれば、すべてが、滅びるに決まっている。
思索の足しにするという意味で、宗教は、存在する。
信じるモノではない。


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神仏は妄想である 185

創価学会による、法華経の解釈を見ているが、元は、日蓮正宗からのものである。
最初の、教学の本を見ると、日蓮正宗の主に従い云々、その元で、云々とある。
教義は、そこから出ている。

そこから、破門されたことにより、両者は、激しい対立を起こしている。
宗門側につく、ケンセイ会という団体は、いつも、会員増強のために、警察のお世話になるという、有様。
数が多いと、強いと思うのは、日蓮宗系の、拘りか。

日蓮大聖人は、末法において、甚深未曾有の法を成就する方法は、ただただ受持即観心以外にないと述べられています。
とある。

当時は、末法思想とは、常識であったようで、日蓮も、末法という危機意識を持った。
その、末法思想には、何の根拠も無い。
一人の中国僧の、戯言である。

釈尊の因行・果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与え給う
日蓮

受持、じゅじ、つまり、受けて持てばということだ。

釈尊をはじめいっさいの諸仏が修行して積んだ因行とその結果としての功徳はことごとく、私たちが御本尊に向かって南無妙法蓮華行と唱える一行のなかに含まれることを力説されています。
と、ある。

こんな、馬鹿げたことが、あろうか。
信ずる者は、確実に騙されるのである。
真っ当に、これを、信じているとしたら、あまりにも、お目出度い。

更にである。
御本尊とは、その文字であり、その文字を書く者は、日蓮である。つまり、日蓮は、釈迦仏陀ではなく、日蓮仏陀として、題目を書いた、それが、ご本尊である。
現在は、誰が書くのか。
日蓮宗系の諸派の、座主たちである。

釈迦仏陀の頃は、妙法蓮華経などという、言葉も無い。
釈迦仏陀の、教えを、仏教と言うならば、これは、仏教ではない。
全く新しいものである。
仏教とは、関係無い、新興宗教と、言う以外にない。

日蓮は、独自に、経典を読んだと言えば、聞えはいいが、偽書なども利用して、我が思い、教えを述べている。

更に、題目と、似る念仏宗を、徹底的に、攻撃する。
念仏無間地獄というから、甚だしい。
似ているものに対して、人は、激しい憎悪と、嫌悪を抱く。
更に、法然の方が最初であるから、地団太踏んだのである。

勿論、題目というのは、それ以前から、修行の一つとして、存在した。
最も、底辺の修行者たちによって、行われていた。
あまり、頭の良くない、お勉強の出来ない人のための、修行法だった。

私たちの場合では御本尊を受持し、勇猛精進して唱題に励む地涌の菩薩を、十方の梵天、帝釈、日月、大明星天、天照太神、普賢菩薩、妙音菩薩などの諸天善神や菩薩たちが必ず守護するということです。
と、いう。

諸天善神と、言われるインド魔界の、魔物が、守護するというのである。
要するに、それらの、魔物たちが、背後で、何やらするということであり、それは、相当に強い力を、発揮するであろう。

更に、法華経という、ファンタジーに出て来る、地涌の菩薩であると、自分たちを、そのように思うという、お目出度さである。

ハリーポッターの、魔法の学校の優秀な生徒であると、言うのと、同じである。
その場合は、笑って聞いていられるが、この場合は、マジで、信じるから、手がつけられない。

日蓮も、自分の背後で、蠢いていた、インド魔界の、魔物の、正体を知らず、よく解らずに、躁的行動による、人格障害を起こしていたのである。

クマラジューが、漢訳した、法華経に、帰依するという、仰天の有様を、真っ当だとは、到底思えない。

釈迦仏陀の傍にいて、智慧第一とされた、舎利佛、シャーリープトラなどの、二乗には、解らないと書くのである。
大乗経典に、飲み込まれてしまっている。

初期、釈迦仏陀の弟子も、解らなかったと、書く、根拠は何か。
大乗経典が、小乗否定で、成り立つからである。ただ、それだけ。

そして、
文底から、見れば
とくる。
文底とは、勝手な解釈、勝手な思い込みである。

その心が末法の愚痴の衆生にはなかなかわからないということです。
と、言う。

自作自演である。

恐ろしい、差別主義がある。
妙法蓮華経を、信じない者は、愚痴の衆生であり、私たち、信じる者は、地涌の菩薩であるという、自己暗示、自己催眠である。

人生は、演じることであるから、地涌の菩薩を演じることも、いい。否定はしない。
しかし、そこには、他者、つまり、法華経を奉じない人に対する、甚だしい差別意識がある。

宗教に付き物の、選民意識である。
特に、日本のキリスト教徒に、多い。

主よ、主よ、と祈る者が天の国に入るのではない。私の言葉を行う人が、天の国に入るのであるとは、主イエスの言葉であるが、主よ主よと、祈りだけで、キリスト教徒だと、思いこむ者、多数。
更に、その祈りが、主に聞き入れられていると、思い込むという、アホ振り。
質も、次元も違う、モノに、通ずるはずがないことを、知らない。

宗教の蒙昧は、計り知れない。
彼らは、深い深い、闇夜の中を歩いていることを、知らない。
明かりが、見えるという、蜃気楼を見て、地獄の道にまっしぐらなのである。

posted by 天山 at 00:00| カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月21日

もののあわれ362

ほどほどにつけて、装束、人の有様、いみじく整へたりと見ゆる中にも、上達部はいと異なるを、一所の御光にはおしけたれためり。大将の御仮りの随身に、殿上の丞などのすることは、常のことにもあらず、珍しき行幸などの折のわざなるを、今日は右近の蔵人の丞仕うまつれり。さらぬ御随身どもも、かたち姿まばゆく整へて、世にもてかしづかれ給へるさま、木草も靡かぬはあるまじげなり。



行列の人々は、身分に応じて、装束や、供廻りを立派に、整えている。その中でも、上達部は、際立つのであるが、お一方の、輝く美しさには、圧倒されていた。
大将、つまり、源氏の、一日だけの、随身として、殿上人である、丞などが、供奉することは、普通のことではなく、特別の、行幸の時のことであるが、今日は、右近の蔵人の丞が、お仕えしている。
その他の、御随身たちも、顔、身なりも、整えて、このようにして、世の人々から、大切にされているという様には、草木も、靡かないものはないと、思われる。

源氏の称賛である。

殿上の丞
近衛将監で、昇殿を許された者である。





壷装束などいふ姿にて、女房のいやしからぬや、又尼などの世を背きけるなども、倒れまろびつつ、物見に出でたるも、例は、「あながちなりや。あなにくし」と見ゆるに、今日はことわりに、口うちすげみて、髪著こめたるあやしの者どもの、手を作りて、額に当てつつ見奉りあげたるも、をこがまし。あさましげなるしづのをまで、おのが顔のならむ様をば知らで、えみ栄えたり。何とも見入れ給ふまじきえせ受領のむすめなどさへ、心の限り尽くしたる車どもに乗り、様ことさらび、心げさうしたるなむ、をかしきやうやうの物見なりける。



壷装束などという、姿で、女達の賎しいものや、また、尼などで、世間を捨てた者なども、人波に倒れ、転ぶように、よろめきつつ、物見に来ている。
いつもなら、でしゃばり過ぎるとか、憎らしいことと、思われるが、今日は、皆、無理もないと思うのである。
口がすぼんで、髪を、うちぎに、着込んでいる、賎しい身分の者達が、手を合わせて、額にあてつつ、行列を見上げているのも、滑稽である。
酷く、身分の低い男までが、自分の顔が、どんなものかを知らずに、顔いっぱいに、笑みをたたえている。
君の方は、全然、お目を止められるはずもない、国司の娘などまでもが、思い切り飾り立てた、車に乗り、わざとらしく、何かと、思われないかと、澄ましているのは、それぞれに、興味深い見物である。





まして、ここかしこにうち忍びて通ひ給ふ所々は、人知れずのみ、数ならぬ嘆きまさるも多かり。式部卿の宮、桟敷にてぞ見給ひける。「いとまばゆきまでねび行く人のかたちかな。袖などは目もこそとめ給へ」と、ゆゆしくおぼしたり。姫君は、年頃聞えわたり給ふ御心ばへの世の人に似ぬを、「なのめならむにてだにあり。ましてかうしもいかで」と、御心とまりけり。いとど近くて見えむまではおぼしよらず。若き人人は、聞きにくきまでめで聞えあへり。




まして、こんなもの以上に、忍んで、通われる先の、方々は、我が身の、数ならぬ思いを知り、人知れず、嘆く者も、多い。
式部卿の宮は、桟敷の方で、御覧になっていた。
真に、眩いばかりになってゆかれる、ご器量だ。神なども、目をつけるかもしれないと、不気味に思われた。
姫君は、長年、お手紙を差し上げ続ける、源氏の愛情は、普通の人と違い、並々の人でさえ、これ以上の愛情なら、心引かれるものを、こんなに美しくあれば、と、お心が、動いた。
しかし、今以上に、打ち解けて、逢うようなことは、考えない。
若い女房達は、聞き苦しいまでに、口々に、源氏の姿を、誉めそやすのである。

式部卿
源氏の父の、弟宮。
姫君とは、その宮の姫であり、朝顔の君と、言われる。




祭の日は大殿には物見給はず。大将の君、かの御車の所争ひを、まねび聞ゆる人ありければ、「いといとほしう、憂し」とおぼして、「なほ、あたら、重りかにおはする人の、物に情遅れ、すくずくしき所つき給へるあまりに、自らはさしも思さざりけめども、かかるなからひは、情かはすべきものともおぼいたらぬ御掟に従ひて、次々よからぬ人のせさせたるならむかし。御息所は、心ばせのいと恥づかしく由ありておはするものを、いかにおぼしうんじにけむ」と、いとほしくて、まうで給へりけれど、斎宮のまだ本の宮におはしませば、榊の憚りにことづけて、心安くも対面し給はず。ことわりとはおぼしながら、「なぞや。かくかたみにそばそばしからでおはせかし」と、うちつぶれやかれ給ふ。




祭りの当日は、大臣家では、見物をしない。
大将の君は、あの、車争いを、ちくいち申し上げる人があり、実に気の毒なこと、困ったことだと、思い、やはり、惜しいことに、重々しくしている姫であるから、物事に、情けが乏しく、無愛想なところがあるため、自分では、それ程にと思っていないが、こういう、間柄の関係は、お互いに、同情しあうべきものだとも、思わない。そういう性格で、次々と、不心得な者がさせた結果だろう。
御息所は、心遣いが、立派で、上品であるが、どんなに、嫌な思いをされたただろうと、気の毒に思い、御息所に伺われたが、斎宮が、まだ、本の御殿にお出でになるので、榊への、憚りを口実にして、簡単に、対面されないのである。
無理もないと、思いつつ、なんとしたことか、お互いに、角突き合わせないで、欲しいものだと、独り言が出るのである。

本の宮
御息所の邸である。

車争いの話を聞いて、源氏が、訪ねるが、まだ、邸には、戻っていないのである。
それは、無理もないことだと、源氏は、思う。

正妻と、愛人の、争いである。

posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神仏は妄想である 186

五濁の悪世 ごじょくのあくせ

方便品第二の終わりに、庭野は、五濁の悪世について書いている。

功濁というのは、時代が長くたったために起こってくる悪です。世の中も、同じ状態が長く続くと動脈硬化を起こしていろいろな弊害が起こる。だから、ときどき新鮮な空気を吸い込まなければならないのです。

こんな寝惚けたことを、平然として言う。時代は、いつも新鮮である。
そして、いつも、激動である。
動脈硬化などを、起こしている暇はない。

つまり、一つの物の見方である。そのように、見るということである。
まして、悪世、この世は、悪い世の中だという、観念を持つこと自体が、病気である。
後で、法華経の教えは、悟ればこの身がすなわち仏であり、この世がすなわち寂光土であるという。つまり、この世が、極楽になるという、言い方をする。
極楽は、我々の日常生活にあるのだと言う。
こうして、宗教家というものは、幻を語り、信者から、搾取する。

第二の煩悩濁というのは、字のとおり、煩悩(迷い)のために人間がみんなつまらない行いをするようになること。犯罪の横行はこのゆえです。

この人、何を言っているのだろうか。
犯罪の横行など、いつの時代も、あった。
今にはじまったことではない。

一番、つまらない、行為を繰り返しているのは、自分たちであろう。
自然に、人を裁いていることに、気づかないという、愚かさである。

第三の衆生濁というのは、人びとの性質が違うところから起こってくる争いです。もともとはひとつの生命で貫かれているということを知らず、表面の相違にとらわれて、それぞれが自我を主張するために、対立が起こり、家庭の中や社会が不和になる状態です。

これ程、愚かな、考え方もない。

性質が、違うということが、個性であり、それが楽しいのである。
意見の相違を、話し合いによって、解決するからこそ、人間であることの、醍醐味がある。

対立の中世界など、進歩も、発展もない。

いやいや、そんなことではなく、もっと、根本的な、生命原理であるというだろう。
法華経を信ずる者、その生命原理とやらを、知っていると、思い込むから、手がつけられない。
生命原理は、法華経など、いらないと、知っている。

第四の見濁というのは、ものの見かたがそれぞれちがうために起こる世の中の乱れです。みんな自己本位の狭いものの見かたをすめたに、くいちがいが起こってくるのであって、みんなが仏の教えのような正しいものの見かたをするようになれば、自然と争いのない平和な世界ができるはずです。

ここまでくると、アホとしか、いいようがない。

物の見方が、何故、自己本位と、決め付けられるのか。
皆が、仏の教えの正しい者の見方をすること。それは、全体主義であろう。
独裁政治と同じようなことを言う。
更に、争いのない、平和な世界が、出来ると、これまた、寝惚けたことをいう。
日本だから、このアホ振りも、通用する。

また、知能程度の低い人には、通用するが、このような、解釈に、頷いている者が、何人集っても、世界が、平和になることは、無い。

そこまで、言うならば、仏教発祥の地、インドに行き、それを、高々と掲げてみるがいい。
インドの仏教徒は、カーストの外にあり、つまり、カーストにも属さずに、最下層の貧民として、生きている事実である。

アホ、馬鹿も、極まれりである。
日本という、安全地帯にいての、この解釈、ほとほと、呆れる。
確か、この人は、世界宗教者会議というものを、提案したはずである。
何の役にも立たない、会議である。

宗教者が、手を結んで、何か一つでも、有意義なことが、出来たか。
そんなことは、一切無い。
この、平和ボケは、この人の、ボケ具合であろう。

最後の、命濁には、呆れて言葉も無い。

第五の命濁というのは、人間の命が短くなるために、人びとの考えることなすことが、目前の利益や、すぐの効果の現れるようなことばかりを追って、コセコセしたものになり、そのために世の中にみにくいゴタゴタが絶えず、ゆったりしたところのない状態です。これも、みんなが人間の永遠の生命ということに目を覚ましさえすれば、必ず救われることなのです。

人間の命は、長くなって、久しい。
目先の利益や、すぐに効果の現れるようなことばかりを追って、というが、それを、しているのは、その人の団体であろう。
現世利益を、求める人の群れ。
信仰を得てから、このように、変わりました。奇蹟が、起きましたという、布教雑誌を出して、まさに、目先の利益、すぐに効果の現れることを、求める人の群れである。

解りやすいということでは、評価するが、書いていることが、大嘘である。

死んでからでないと極楽へは行けないのではない、仏はわれわれの心の中にある。極楽はわれわれの日常生活の中にあるという、教えが、法華経の教えと言う。

念仏は、死後、極楽へ行くための、方法であるという、念仏宗を、暗に批判している。と共に、法華経の、正しさを説いているように、見受けられるが、逆効果である。

こんな、おめでたい、現実遊離した、教えが、正しいも何も無い。

完全悟る
大きな歓喜
自分も仏に成る

このように、説いた、この人は、仏になり、極楽に行ったのでしょうか。
霊界には、極楽という、次元も、質もありませんが・・・

この人は、法華経解釈によって、益々、妄想性を甚だしくして、自分が、何をやっているのか、解らなくなったようである。
毎日が、妄想の中で暮らせたという、幸せである。

会長先生と、信者に尊敬され、
死後は、開祖として、讃えられる。

ヒステリーの開祖の、霊友会から、野心を持って出て、教団を創り、開祖になり、と、最も、世俗的生き方をした。
世俗にまみれたのである。

その証拠が、本部の建物である。

人を騙すには、目に見える物が、必要である。
教えより、本部伽藍を建てて、信者を、撹乱させた、罪は、重い。

仏に代わって、私が、判定する。
未だに、三次元と四次元の隙間で、法華経を論じているのが、関の山である。
その、蒙昧に、気づいていないという、悲惨である。

また、日蓮を通しての、法華経解釈であるから、その蒙昧は、甚だしい。
何せ、六道から、声聞界、縁覚界、菩薩界の修業も、題目を唱えることで、超えてしまい、仏界に至ると、信じ込んだのである。

インスタントの、仏界に至る方法であるが、全く、誤りである。

要するに、日蓮自体が、仏教、釈迦仏陀の、教えを知らないのである。

自縛という、境地から、逃れられなかった、日蓮を見習えば、皆、この人のように、独善と、世の中から、遊離したことを、平然として、書き連ねるのである。

チベット民族や、ミャンマーの僧侶たちが、殺されても、平然として、何の行動も、起こさなかった。
小乗は、滅びて善しなのであろう。

それで、仏の命の、教えなどと、ほざいている様、あはれ、である。
身の危険の無い、日本では、どんな妄想を語っても、安全である。
あはれ、である。

posted by 天山 at 00:00| 神仏は妄想である。第4弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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