2008年11月28日

もののあわれ339

かざしの紅葉いたう散りすぎて、顔のにおひにけおされたる心地すれば、御前なる菊を折りて、左大将さしかへ給ふ。日暮れかかる程に、気色ばかりうちしぐれて、空の気色さへ見知り顔なるに、さるいみじき姿に、菊の、色々うつろひ、えならぬをかざして、今日はまたなき手をつくしたる、入綾の程、そぞろ寒く、この世の事とも覚えず。もの見知るまじき下人などの、木のもと岩がくれ、山の木の葉にうづもれたるさへ、すこしものの心知るは涙おとしけり。




かざしの紅葉が、大半散り、源氏の、顔の輝きに、圧倒された感じである。
御前に咲く菊を折り、左大将が、差しかえる。
日暮れ近くになり、少しばかり時雨れて、空さえ、感動しているようである。
美しいお姿に、様々な色合いを見せる、菊の花をかざして、今日は、また一段と、技を尽くすのである。
最後の、入綾の時に、一段と輝いたお姿は、そぞろ寒く、つまり、鳥肌が立つほど、とか、ぞっとするほど、とかの、感覚である。現実のものとは、思われない姿である。
何も解るはずのない、下人たち、木の下、岩陰、山の木の葉に、埋もれている人にさえ、少しの美というものを、知る者は、涙を流すのである。


それが、源氏の舞う姿なのである。

かざし、とは、冠である。
冠や、髪に挿す花や、造花である。

入綾、とは、引き込む際に、更に戻って舞うこと。




承香殿の御腹の四の御子、まだ童にて、秋風楽舞ひ給へるなむ、さしつぎの見ものなりける。これらに面白きのつきにければ、こと事に目も移らず。かへりては事ざましにやたりけむ。その夜、源氏の中将正三位し給ふ。頭の中将正下の加階し給ふ。上達部は、皆さるべきかぎりよろこびし給ふも、この君にひかれ給へるなれば、人の目をもおどろかし、心をもよろこばせ給ふ、昔の世ゆかしげなり。



承香殿とは、桐壺帝の妃、女御のこと。
その、第四皇子が、まだ童形で、秋風楽を舞うのである。
それは、源氏の舞いに次ぐ、見ものである。
二つの、面白さは、ほかのことは、人目につかず、それ以外のものは、感動を削ぐうらみさえあった。
その夜、源氏は、正三位に、昇進した。
相手方の、頭の中将も、正四位下にお上がりになる。
その他の、上達部も、それぞれに応じた、昇進があった。それは、源氏の、昇進につられてのことである。
それゆえ、人の目を楽しませ、また、心まで喜ばすという、源氏の前世の、様子を知りたいと、思わせるのである。と、作者は、言う。

あたかも、現実に存在する、者の如くに、書くところが、物語である。




宮は、その頃まかで給ひぬれば、例の、「ひまもや」とうかがひありき給ふを事にて、大殿には騒がれ給ふ。いとど、かの若草たづねとり給ひてしを、「二条の院にし人迎へ給ふなり」と、人の聞えければ、「いと心づきなし」と、おぼいたり。




藤壺の宮は、その頃、里下がりをされていた。
例によって、お逢いする機会を求めて、うろうろ歩きまわっている源氏である。
左大臣の家では、大変不満である。
その上、若草の宮を引きと取ったことを、二条院には、誰やら、女を入れたと、告げ口した者がいて、以前にもまして、源氏を、非難する気持が強くなるのである。



心づきなし
心が、付かない。つまり、心無しであり、それは、心離れることである。
以前にもまして、源氏から、心が、離れるのである。




「うちうちの有様は知り給はず、さもおぼさむはことわりなれど、心うつくしう、例の人のやうにうらみ宣はば、われもうらなくうち語りてなぐさめ聞えてむものを、思はずにのみとりない給ふ心づきなさに、さもあるまじきすさび事も出で来るぞかし。人の御有様の、かたほに、その事の飽かぬとおぼゆる疵もなし。人よりさきに見奉りそめてしかば、あはれやむごとなく思ひ聞ゆる心をも知り給はぬ程こそあらめ、つひにはおぼしなほされなむ」と、おだしく軽々しからぬ御心の程も、「おのづから」と、頼まるるかたは、ことなりけり。




内輪の事を、何も知らないのであるから、そう思われるのも、もっともである。
素直に、普通の女のように、恨み言を言うならば、自分も、打ち明けて、安心させるのだが、余計な邪推をされるのは、いまいましい。
そして、つい、余計な浮気沙汰も、起こるのである。
葵の上の様子は、ここが、欠点という、はっきりとした疵は無いが、それに、最初に知った女でもあり、愛しく大切に思う、自分の心を、気づいていないのは、仕方がないとして、最終的には、その考えも直ってくれるだろうと、その穏やかで、軽々しくない、心を、いずれは、と、頼みにする。それは、他の女に対する気持とは、別である。


それは、妻であるからである。

人よりさきに見奉りそめてしかば
最初の女。最初に、契った女である。

葵の上は、左大臣の姫であり、頭の中将の、妹である。
そして、源氏の妻である。

人から、憧れられる夫を、得た女としては、何とも、しっくりとこない、風情である。
何故、そうなのかという、疑問に、作者は、答えない。
源氏は、いずれ、自分の愛情を知ってくれると、安易に考えている。

ところが、物語は、意外な方向に、展開する。

父の帝の后に、孕ませた源氏、その妻は、源氏に対して、どのような、行為で、報いるのか。
因果応報という、考え方を持って、作者は、対処するのか。

日本の、女は、恐ろしい。
叩けば泣く、殺せば、化けて出る。
情念の深さというものが、次第に、底流に流れる物語に、展開するという。
それもまた、もののあはれ、というものの、一つの側面として、捉えることにしたい。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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