2008年11月24日

もののあわれ335

朔日の程過ぎて、今年、おとこたうかあるべければ、例の所々遊びののしり給ふに、もの騒がしけれど、さびしき所のあはれにおぼしやらるれば、七日の日の節会はてて、夜に入りて、御前より罷で給ひけるを、御宿直所にやがてとまり給ひぬるやうにて、夜ふかしておはしたり。例の有様よりは、けはひうちよめき世づいたり。君もすこしたをやぎ給へる気色もてつけ給へり。



ついたちを過ぎて、上旬も過ぎた頃である。
今年は、男踏歌、おとこたうか、があるはずである。
これは、正月、14日に、殿上人たちが、催馬楽などを歌いながら、宮中、上皇御所、宮家を回る行事である。
例によって、音楽を、喧しく練習するため、騒がしいのだが、寂しい、姫の宮の邸が、あわれに、思われて、七日の節会が終わって、夜になり、御前から退出したが、御宿直所に、泊まる振りをして、夜が耽るのを、待ち、常陸の宮家に、いらっしやる。
邸は、いつもの有様よりも、活気があり、世間並みになっていた。
姫君も、少し和らいだ雰囲気である。

君もすこし たをやぎ
君も、少し、たをやぎ、つまり、和らぎ、穏やかな、感じである。
気色もつけて
そのような、雰囲気を、身につけている、という。

源氏の、優しさが、さびしき所のあはれおぼしやらるれば、という、表現で、語られる。




「いかにぞ、改めてひきかへたらむ時」とぞおぼし続けらるる。日さし出づる程にやすらひなして、出で給ふ。東の妻戸押しあけたれば、向ひたる廊の、上もなくあばれたれば、日のあし、程なくさし入りて、雪少し降りたる光に、いとけざやかに見入られる。御直衣など奉るを見出して、すこしさし出でて、かたはら臥し給へる頭つき、こぼれ出でたる程いとめでたし。生ひ直りを見出でたらむ時と、おぼされて、格子引き上げ給へり。いとほしかりし物懲りに、上げもはて給はで、脇息をおし寄せて、うちかけて、御鬢ぐきのしどけなきを繕ひ給ふ。

当時の、生活の有様であるから、訳すのは、大変である。
出来るだけ、現代に近い雰囲気で、訳すことにしてみる。

ただ、この風景描写こそ、源氏物語の、粋なのである。
原文のままに、読み、受け取るのが、一番良いと思う。

どうであろう、今までの形を改めて少し様子を変えてくれないかと、源氏は、思うのである。
日が少し上がると、わざと、ぐずぐずする振りをして、出て来る。
東の妻戸が開けてあるので、向かい合う、渡り廊下が、屋根もなく、荒れているので、日差しが、奥の寝殿まで、差し込む。
雪が降り積もる、その光、輝きで、それが、はっきりと、見える。
源氏が、御直衣を、お召しになるのを、奥から見て、少し縁側に出て、横になっている、姫の頭の格好、髪が、こぼれている様子は、立派である。
全然別な、姿を見られたらと、思い、格子を引き上げる。
以前、気の毒に思ったことに、懲りて、格子は、すべて引き上げない。
脇息を押し付けて、それに、格子を乗せて、鬢のほつれを、直すのである。

作者が、見ている風景である。
主語がないので、誰が、どうしたのかを、かんがえるのが、楽しいが、それがまた、物語の面倒さであると、引いてしまうこともある。

生ひ直りを見出でたらむ時と
おひなほりをみいでたらむときと
違った姿を、見せようと、と、訳すが、格子を引き上げるのは、光を入れるためであろうから、姫の心境なのであろうか、源氏の心境も、そうなのか。

いとほしかりし物懲りに、上げもはて給はで、
以前、気の毒な姿を晒したと、姫が思い、格子をすべて上げない。

一つの文に、二人の心境を入れ込めると、私は、見るが、それは、とんでもない、表現のあり方である。

私は、素人だから、そのように、解釈する。



わりなう古めきたる鏡台の、唐櫛げ、掻上の箱など取り出でたり。さすがに、男の御具さへほのぼのあるを、ざれてをかし、と、見給ふ。女の御装束、今日は世づきたりと見ゆるは、ありし箱の心ばせさながらなりけり。さもおぼしよらず、興ある紋つきてしるき上着ばかりぞ、あやしとはおぼしける。



凄く古ぼけた、鏡台、唐櫛げ、かがげの箱などを、女房たちが、取り出している。
意外に、男の道具まであるのを見て、洒落ていて、面白いと見ている。
姫の衣装が、今日は、世間並みだと、見えるのは、先日の、贈り物を着ているからだ。
そうと、気づかずに、面白い文様がついていて、派手な感じがする上着を、変だと、思う。

自分が贈ったものを、姫が着ているのだが、源氏が気づかないと言う。
贈り物の上着だけが、派手で、世間並みなのである。



源氏「今年だに声すこし聞かせ給へかし。侍たるるものはさしおかれて、御気色の改まらむなむゆかしき」と、宣へば、姫「さへづる春は」と、からうじてわななかし出でたり。源氏「さりや。年経ぬるしるしよ」と、うち笑ひ給ひて、「夢かとぞ見る」と、うちずして出で給ふを、見送りて、添ひ臥し給へり。口おほひの側目より、かの末摘花、いとにほひやかにさし出でだり。「見苦しのわざや」と、おぼさる。



源氏は、せめて、今年からでも、お声を聞かせてください。待たれる鶯の初音は、差し置いて、年が改まるのではなく、あなたの気持が改まるのを、見たいのですと言う。
姫は、さえずる春は、と、やっと、震える声で言う。
源氏は、それです。年を一つ取った証拠、と、笑い、夢のように気がすると、口ずさみ、立ち上がるのを、見送り、姫は、物に寄り臥している。
口を覆う横顔から、やはり、あの、紅花、末摘花が、見事な色で、出ている。
見たくない、姿であると、源氏は、思う。

姫の鼻先の、赤さを源氏は、見たくない。興醒めしてしまうのである。

改まらむなむゆかしき
その態度が、改まるのが、ゆかしい、と言う。
これは、現代文に、訳せない。
あらたま らむなむ ゆかしき
改まって欲しいものだと、思うのであるが、感触が違う。
また、これを、文法で、解釈しすぎると、興醒めである。

音である。
音、そのものの、感触を、感じ取ることである。



posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第9弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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