2008年11月21日

もののあわれ332

橘の木の埋もれたる、御随身召して払はせ給ふ。うらやみ顔に、松の木のおのれ起きかへりて、さとこぼるる雪も、「名にたつ末の」と、見ゆるなどを、いと深からずとも、なだらかなる程に、あひしらはむ人もがな、と、見給ふ。



橘の木が、雪に埋もれているのを、御随身を呼んで、払わせる。
それをうらやんでか、松の木が、ひとりでに起き返って、さっと、雪がこぼれる。
それは、名にたつ末の松山の白波かと、見えるのである。
それぼと、立派な返答ではなくても、受け答えが出来る人が、欲しいものだと、それを、御覧になる。

名にたつ末の松山
古今集
君をおきて あだし心を わが持たば 末の松山 波もこえなむ
これを本歌とする。



御車出づべき門は、まだあけざりければ、鍵のあづかりたづね出でたれば、翁のいといみじきぞ出で来たる。むすめにや、孫にや、はしたなる大きさの女の、衣は雪にあひて煤けまどひ、寒しと思へる気色深うて、あやしきものに、火をただほのかに入れて袖ぐくみに持たり。翁門えあけやらねば、寄りてひき助くる、いとかたくななり。御供の人寄りてぞあけつる。



御車が出るはずの、正門は、まだ開けてなかったので、鍵の管理人を探すと、年寄りが出て来た。
娘なのか、孫なのか、よくわからない年齢の、女が出て来た。
着物は、雪明りのため、汚れが目立ち、いかにも、寒そうである。
変な入れ物に、火を少しばかり入れて、袖で包んでいる。
年寄りが、門を開けかねているのを見て、側へ寄り、助けている恰好は、見られたものではない。
源氏の御供の者が、そこに行き、開けた。



源氏
ふりにける 頭の雪を 見る人も 劣らずぬらす 朝の袖かな

わかき者はかたちかくれず」と、うちずし給ひて、鼻の色に出でて、いと寒しと見えつる御面影、ふと思ひ出でられて、ほほえまれ給ふ。頭の中将にこれを見せたらむ時、いかなる事をよそへ言はむ、常にうかがひ来れば、今見つけられなむ、と、術なうおぼす。



源氏
老人の、頭に降り積もる、雪の白髪を見ていると、私の袖まで、老人に負けず、濡れるのである。今朝の雪に。

若きものは、かたち隠れずと、口ずさむが、鼻中云々という、詩の言葉から、鼻が赤く色づいて、たいそう寒そうに見えた、姫君の、お姿が、ふと思い出されて、自然と微笑むのである。
頭の中将に、姫君を見せたら、どのように、表現するだろう。
いつも、様子を伺っているのだから、すぐに、見つけられてしまうだろうと、やりきれなく思うのである。


鼻中云々の詩とは、白楽天の、詩の一節である。
内容は、省略する。

術なうおぼす
隠れる術は無い。見つけられる。



世の常なる程の、異なる事なさらば、思ひ棄ててもやみぬべきを、さだかに見給ひてのちは、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなる様に、常におとづれ給ふ。ふるきの皮ならぬ絹・綾・綿など、老人どもの著るべき物の類、かの翁のためまで上下おぼしやりて奉り給ふ。かやうのまめやか事も恥づかしげならぬを、心やすく、「さるかたの後見にてはぐくまむ」と思ほしとりて、様ことにさらぬうちとけわざもし給ひけり。



世間並みの、特別に変な器量ならば、忘れて、棄ててしまうだろうが、はっきりと、見てからは、かえって、可愛そうで、堪らず、色気抜きで、いつものお便りをされる。
黒豹でない、絹、綾、錦などを、老女房たちの着る物、あの老人の門番のためまで、上から下までのひとひ度のことを考えて、贈った。
このような、色気抜きの、援助も恥ずかしがらないゆえ、気が楽である。
そういう方の、後見人として、お世話をしようと、考え、普通はしないことまで、立ち入って、されたのである。

こういう、源氏の粋さに、救いを見る。
色恋抜きで、生活の面倒を見るというのである。

作者は、あれほど、姫の容姿を、コケ下ろしていながら、こうして、救いを用意している。
徹底的に、非情になれない。ならないのである。
源氏物語は、戦の場面がないだけではない。
悪人というものが、登場しないことも、特徴である。




「かの空蝉の、うちとけたりし宵の側目には、いとわろかりし容貌ざまなれど、もてなしに隠されて口惜しうはあらざりきかし。劣るべき程の人なりやは。げに品にもよらぬわざなりけり。心ばせのなだらかにねたげなりしを、負けてやみにしかな」と、物の折ごとにはおぼし出づ。



あの、空蝉は、寛いだ夕方に、横から見た時、とても、悪い容貌だったが、身のこなしによって、それほど、酷いとは、思わなかった。
空蝉に、劣る生まれの、姫君であろうか。
女は、身分によらないものである。
空蝉は、気立ては、穏やかで、奥床しい女だった。こちらの、負けで終わった。
と、何かの折に、時々、それを、思い出すのである。




posted by 天山 at 00:00| もののあわれ第8弾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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